HAL'S DIARY
オーナーのひとりごと。買付けの裏日記など。
きまぐれに更新しています。

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JAN JOHANSSON "JZZ PA SVENSKA"
2014/12/05

JAN JOHANSSON "JZZ PA SVENSKA" MEGAFON MFLP S4 (SWEDEN)

私がジャズ専門のレコード屋を開店し、海外に買付に行くようになって、それで、あちこち外国にも少しづつだが知り合いが出来た頃だから15年も前の話になる。
ちょうど今頃の12月の始めスェーデンのイエテボリに滞在していた。
イエテボリは大学の街で清潔感があり、ひっそりして地味だが、それでもクリスマスが近づき活気が出てくる時期か、少しづつ飾り付けが始まっていた。
雪がちらつく中、知り合いの家に行きレコードの売買があって商談が終わり、ほっとした時何かの流れでクリスマスの話題になった。
先方が「日本ではキリスト教徒でもないのにクリスマスを祝うんだろ、ワムの曲とか聴くんだろ?」と皮肉もくれる。
まあ、嫌みが出ると言う事は、親しくなったという事でもある。
仕方なくニヤニヤしながら「こちらではクリスマスにはどんな音楽を聴くのか?」という私の質問に、いかにも北欧の人らしい真面目な彼は、「BING CROSBYの歌を聴く人もいるかもしれないが、日本と違うから、ほとんどの家ではこんなレコードを聴くんだよ」と言いながら立ち上がり、棚から取って見せてくれたのがこのアルバムである。

ジャケットにSVENSKA(スベンスカ)と文字がある。すなわちスエーデンの事なので、同国のトラッドを題材にしている事は分かる。
タイトルがジャズというからにはちゃんとスイング感もあり、静寂感が流れ、禁欲的で荘厳な音色の音楽でサウンドが胸に響く。
なるほどとメンバーを見ればJAN JOHANSSON(ヤン・ヨハンソン)とGEORGE REIDEL(ゲオルグ・リーデル)のピアノとベースのデュオで、暖炉の火が静かに燃えるかのように、淡々としかも内には熱い火がもえているのであろう、というのはこの事かと思える。

ジャケット・デザインはちょっとジャズらしくない。
「がま口」の写真をジャケットに使うとは、いやはやという気持ちにならない訳ではないが、言ってみれば、これはスェーデン刺繍で作られたバッグで、いかにもスエーデンの伝統工芸であり、同国の伝統と文化・音楽を表す写真なのである。
理解出来ると素朴さが伝わって良い写真である。
彼の話によると、一家に一枚という程のアルバムなのだそうで、若者達のなかには結婚すると夫婦で、いまや中古盤でしか入手の手段がないものの、アルバムを買い求めに来る事もあるそうだ。
クリスマスが近づいた頃、また冬の寒い夜、是非夕食後のひと時に家族にも聴かせてあげて欲しい一枚である。


MONICA ZETTERLUNDの映画
2014/12/04

MONICA ZETTERLUNDの映画「ストックホルムでワルツ」鑑賞。
スエーデンはじめ北欧の映画は、どれもちょっと斜に構えた所があるので、そんな感じを期待したのだが、いたって真っ当な作品で、ちょっと肩すかし。って別に悪くない。

ストックホルムに何度も通った私としては、グランドホテルなど有名ホテルの前や、見慣れた風景や、街角で聴こえる挨拶の言葉「ヘイ」「ハイドゥ」など、「ハイ」でもなく「ヘイ」でもなく、その間の発音になぜかホッとするものがあった。
なにより当時のスエーデンのジャズシーンを垣間見ること事が出来たのがうれしかった。
例えば、モニカ達がドンパンと呼んでいたARNE DOMNERUS(アルネ・ドムネラス)が楽団を持って、車体の横にドンと名前を入れたバスで各地を巡業している様子など、またリハーサルの様子など、興味深い物があった。
フリップスのレコード会社との駆け引きなども面白かった。

彼女はジャズというより民謡歌手・コメディアンとしての方も有名で、ジャズだけならそれほど売れなかっただろうと思われるが、結果としてビル・エバンスとの共演で、ポップ歌手・ジャズの双方で国民的歌手に上り詰めたのが良く分かった。
主演の女の子が自分で歌ったというのも驚く上手さだったが、声がそっくり似ているのも驚いた。
トミー・フラナガンやビル・エバンスのそっくりさんも中々の出来。
エラのそっくりさんは似ているかどうかは判断が付かなかった。
マイルスが店に来ているとアナウンスがあったが、誰が誰だか全くわからなかった。
ダグ・ワトキンスにいたっては、私は本人の顔も分からないので、私には無理だった。
そう言えばラス・ガリンもいたはずだったが。
残念。

そうそう、想えばストックホルムのアーランダ空港の階段を降りると、目の前に例のワルツ・フォー・デビーのデカイ写真がドンと飾られていて、その写真を見るといつもほっとしていた。
と同時に、私にはこういう白人の国は遠い国だと思い知らされる、瞬間でもあった。
ほっとしたり、遠く感じたり、忙しい旅だったのだ。
私のような日本という遠くの国から見た白人達の国、そういう国の象徴的な歌手がモニカであって、その映画だから、よけいに気合が入ったのだった。

筋は、父と有名になりたい芸能人の娘の葛藤という当たり前過ぎる話。
ジャズ、特にスエーデン・ジャズやボーカルに興味が無ければ、この映画が受け入れられるかどうか、私は心配で仕方がない。

しかし彼女は、スエーデン国内では国民的大歌手、スエーデン本国においては大いに受けたに違いない。






DODO MARMAROSA - GENE AMMONS “JUG & DODO”
2014/12/03

DODO MARMAROSA - GENE AMMONS “JUG & DODO” PRESTIGE PR 24021 (USA)

2枚組のアルバム入荷。
PRESTIGEレーベルが盛んに再発をするようになった70年代に発売されたはずである。
当時レコード屋で新入荷を見ると、DODO MARMAROSA とGENE AMONSの共演となっていて、これは買わにゃイカンと購入した記憶がある。
ちょっと冴えない、やっつけ仕事風のジャケットにため息をつきながら眺め、聴き出すと、そんなどうでも良い事を考えていた事も忘れる最高の音楽。
だがジャケットが壜=ジャグと、鳥=ドドという、なんともお笑いの絵柄で、もうちょっと素敵な写真でもなかったかとオジサン怒るのだが、檻の中にも訪問、というか正直に言えば「ぶち込まれた」事がある暴れん坊のアモンズと、ほとんど録音をしていないので写真も無いドドでは、まあ、どうしようも無かったのかもしれない。
まあ、このジャケット・デザインだから高額にならずに済んだとも言える。

この作品の話に行く前にというか、なんというか私の好みで、まず名盤「DODO’S BACK」を聴いて頂きたい。
雰囲気が出た所で、もっと聴きたくなったと思ったら、このアルバム。
だって、他にちょうど良い作品が無い人だから。

どうでも良い前置きは置いといて、
この作品は61年に彼の復帰作「ドドス・バック」が出た翌年の、62年のやはり同じくシカゴでの演奏である。
ディスコグラフィーには 1962年5月となっている通り、この時にピアノ・トリオとジーン・アモンズを入れての4人編成との両方テープが残っていたようで、なぜか発売に至らなかった。
至らなかった理由は分からないが、立派な演奏が2枚分あったわけで、非常に惜しい事をしたとおもうのだが、まあ、今こうして聴く事が出来たから良かった。
LPは2枚あり、最初の方は二人の演奏があり、後者はトリオが中心となっている。
どちらも好演奏であるが、個人的は二人の共演の方が、より感動する。
数あるテナープレイヤーの中において彼ほどのグルーブ感というか、ブルースの味わいを持ったプレイヤーは珍しくしかも洗練されたサウンドは天下一品。
その彼と、シカゴというアメリカの深い地で、アメリカの深いジャズを共演して、サウンドを作り上げたドドも又素晴らしいピアニストだったと、深い感動を持って、オジサンはうなだれ、しみじみと聴くのみである。
ついでだが、このアルバムは意外にも音質は良好で、安心して聴く事が出来る。

一枚目など、A面のGEORGIAからアモンズ節にしびれて、最後の「The song is you」「Just friends」などトリオ曲など、どうしてもあの「ドドス・バック」に想いが至って仕方がない。
苦労した大人の音楽というものは、聴くものの心にぐっと来る。
おい、今の音楽家!苦労が足らんぞ! といって怒ってもなあ。


いやしかし....、しかしだ、良いレコードという物はあるもんだね。
うん。

九州、鳥栖のジャズ喫茶
2014/12/02

九州と言っても、佐賀県鳥栖市。
ここにお住いのジャズマニア、というかクラシックも好きなので音楽マニアと言った方が当たっている。
その方から、レコードの事で電話が掛かって来て、話をしていたら、ジャズ喫茶をオープンしていたと。
「あれ、言いませんでした?」
「聞いてない」

という事で、長年の夢をかなえてジャズ喫茶というか音楽喫茶を作っていた。
それも一年も前からオープンしていたと。
この間福岡の大宰府まで行ったと言ったら、大宰府から25分なのに近くに来てなぜ寄らないのかと、怒られた。
ごめんなさい。
しかし、夢がかなってうらやましい。

スピーカーは アルテックの大型 A−5
マッキントッシュのアンプで鳴らしていると、さぞ迫力のある音に違いない。


店の名前
「音楽小屋」

店の住所
 佐賀県鳥栖市曽根崎町1554-1

電話(携帯):090−1977−9744

情報(ご友人のブログから拝借)
http://blog.livedoor.jp/miles1950/archives/1766313.html

お近くの方や、いえ遠くの方々も、是非行って見て下さい。


(後日)
電話が掛かって来たので訊くと、あの大変立派なログハウスは、自分で何年も掛けて山を歩き探しだした杉の丸太を購入し、運搬し、知り合いの個人のビルダーに作ってもらったそうだ。
部屋の中にはお気に入りの薪ストーブを置かれている。
羨ましい限りである。

ところで、ご友人という方のブログが実は大宰府のジャズの店だったようで、今度行ったときは、その大宰府の「ジャズ工房Nishimura」から、ここの鳥栖のジャズ喫茶「音楽小屋」、更に足を延ばして佐賀市にある知り合いのジャズ喫茶「シネマテーク」にも行きたいと思った。
考えると楽しくなる。

DON PULLEN - MILFORD GRAVES “IN CONCERT AT YALE UNIVERSITY”
2014/12/01

DON PULLEN - MILFORD GRAVES “IN CONCERT AT YALE UNIVERSITY” SRP RECORDS P.G.286 (USA)

こんな素敵なアルバムが入荷。
ジャケットは金色の地に黒い文字で、二人の演奏者の生が並んで記され、中央にエール大学でのコンサートだと書かれ、下に曲目が記載され、それも、「P.G.T」 と 「P.G.U」のたった2曲だという事が解る。
タイトルのP.G.とは彼らの名前、ピューレンとグレイブスのイニシャルである事は容易に想像が付く。
丁寧な事に演奏時間だけは記載があって、それぞれ、18:44、23:00だというところが、可笑しい。
このコンサートは1966年に行われた。

この時の演奏の続きがあって、SRPレコードから「NOMMO」( LP-290)として発売されていて、そこには、いかにも続きだと解るのだが、「P.G.V」、「 P.G. IV」、 「P.G. V」、というタイトルである。
これら2枚で演奏がワンセットという事になる。

演奏は1966年で、彼等のアナーキズムなフリーフォーム演奏運動の活動の記録としては最初期の、65年のESPに続く第2弾であり、演奏の充実さ、彼等らしさ言えば、断トツである。

ところで、このアルバムはアメリカに於ける前衛ジャズの初期の記録として。非常に優秀な演奏であり、もちろん先輩にはセシル・テイラーという大物がいたのであるが、それでもドン・ピューレンはその演奏からの影響は感じられるものの、セシル・テイラーがフリージャズ一辺倒であるのに比べ、彼はより自由で、通常の4ピートの部分も出て来て、マイルドなフリージャズという感じがある。
60年代はアメリカ黒人の復権の年でもあるのだが、その時代にフリージャズ活動を始めた黒人達の多くは、黒人人権運動であり、意識改革でもあるわけで、そこの登場した、ミルフォードも当然その流れにあって、彼はアフリカらしさを取り戻す事に取り組んでいた。そのドラム・サウンドはアフリカの民族的ある。
かつて来日して、日本フリージャズ関係者と演奏した時、彼は「日本人らしさがない」と怒ったという話があり、その事で日本勢が奮起した結果素晴らしいレコーディングが出来たという話を聞いた事があるが、まさに自分たちの民族意識の復権こそが彼の音楽の象徴であったと思う。
と言って彼はアフリカンな演奏をしている訳ではない。
それはアフリカの音楽ならアフリカのミュージシャンが演奏した方が良いと、本人が言っている通りで、彼のやっている音楽はアメリカに於ける己が空気を吸って生きている土地の音楽であり、そこにいる歴史的背景を持つ己自身のアイデンティティーに因る音楽なのである。
故にフリ−ジャズならば、余計に自由でなければならず、彼は彼の音楽であり、日本人音楽家には、より日本人らしい音楽をやれという通りで、かれこそ己の音楽の実践者である。
特に彼がそういう意識の高い人であるので、こういう話になってしまった。

ところで、このアルバムは大変に珍しいもので、その存在はなんと意外な事に1974年のスイングジャーナル「幻の名盤読本」の記事で知った。
しかし、こんな自費出版のアルバムが何処にもあるはずも無く、私は散々探した挙句に、結局その後アメリカのメール・オークションで入手したのである。
ところが、もっと驚いた事に、このアルバムも当時のアメリカのESPなどと同様、芸術活動の一環としての美術・音楽の一致があったか、手書きの絵柄のジャケットも時々見かけるようになった。手書きの方は言ってみればサンプル、贈答、超マニア向け販売用という特殊な意味合いの方があるので、マニアには嬉しい話である。
だが、オリジナルとしてはこの金地のジャケットで良いのである。
言ってみれば、こちらがなければ、手書きも生きて来ないという物であり、双方の2枚を持ってセットという話でもある。
フリージャズと言っても、最近のノイズのような、遊びのような、アイディア音楽というか悟りというか、なんとも言えない音楽とは一線を引くので、興味がある人は是非聴かれる事をお薦めしたい。

彼の熱い激しさと、素晴らしい心意気がある。

SAM “THE MAN” TAYLOR
2014/11/30

SAM “THE MAN” TAYLOR “日本民謡の旅”UNION  UPS-30 (日本)

店で値付けをしていて、まあ懐かしいアルバムが入荷したものだ、としばし眺める。
レコードを取り出すと、前のオーナーさんも長年聴いていなかったであろうか、カビが付着していたので、それを洗い流し、ちょっと聴いてみた。

それで、うん、こんなものか。せっかくだから裏も聴こうと思いながらB面にひっくり返し聴くと、あらま、びっくり。
「五木の子守唄」が結構良くて、思わず聴き入ってしまった。
誰がアレンジしたのか、演奏は誰かも、全く記載がない。まあ、当時のムード・アルバムはこんなもの、所詮は金儲けの道具である事が感じられる。
しかし、それにしてもサックスのサウンドは素晴らしく、アレンジも悪くない。
オジサン嬉しくなってしまった。

ところで、昭和30年代、日本にテレビ、洗濯機や冷蔵庫の家電ブームが起こり、三種の神器として、持てはやされた物に続き、ステレオの購入に拍車が掛かる。
ステレオを買って、そのステレオの迫力を試したレコードとしては、蒸気機関車が左から右に走って行くレコードの他に、今回のようなサム・テイラーのアルバム、特にハーレム・ノクターンが収録されたのがベストであるが、民謡、歌謡曲、歌手のバックと一時はどれも大人気であったのだ。
それこそ。一家に一枚のアルバムなのであった。

私は家にステレオが無かったので、友人宅でやっぱりサム・テイラーを聴き、その男らしいテナー・サックスのサウンドに痺れた。
そのサウンドはムード・テナーといわれ、ジャズのサウンドの代名詞ともなるわけで、その影響力の浸透性は計り知れないのである。
コルトレーンは知らなくても、サム・テイラーは知っているというオジサン、オバサン達がいるのも頷ける。

そういう事を思い出しながら、サム・テイラーばかりが何故ウケたかと思うと、それは昔彼が参加したアメリカ盤のレコードを聴くと、非常に優れたテナーマンである事が解り、アメリカの音楽仲間からそのサウンドゆえに、男の中の男、すなわち「ザ・マン」と呼ばれた事が理解できるのである。
男の中の男のサウンドは、聴けば納得のすばらしさなのである。

ただ彼はちょっと日本に来すぎた。
そしてレコード会社も安易に「むせび泣くテナー」なとと、訳のわからぬ表現で持ち上げた。
今でも、必ず良いテナーの音があると、皆さん一応に「むせび泣く」ブログに書かれている通りである。
本当は、素晴らしいジャズメンだったのだから、ジャズの方向に持って行って欲しかったが、ムード音楽の代名詞にされてしまったが、今となっては仕方のない話である。
そんな事を考えながら聴くサム・テイラーのテナーはやっぱり一番の男だった!

一曲くらい聞いてやってね。
オーディオから風情のある音が聴こえるかどうか、試す良い機会でもある。

捕り物
2014/11/29

昨日の夕方からお客が少ないと思ったら、ここのビルの入り口で捕り物があって、犯人1人に、警察20人、パトカー6台。
それも大した事件でもなくて、職務質問を受けた若者がゴネタという事で、警察出動となったらしい。

それがよりによって、ここのビル。
収まりかけた頃、警察は入るなら入れと通してくれたといいながらお客様が来て、訊くと下ではまだ大騒ぎが続いているというので、私も慌てて見に行った所、近所の知り合いのレコード屋が楽しそうに見物していた。
どういう状況かと聞くと、警察が騒いでいるだけで全く分からないと、要領を得ない話。

とにかく、たった一人の若者に、警察が20人で騒いでいただけという事件になる。
警察も、交通取り締まりの時はエライ重圧的だが、こういう犯人に20人掛かりとは、弱いなあ。
しかし、弱いといっても程度がある。

所詮、日本の警察は弱いものイジメだけだけなんだな。

秋深し
2014/11/28

お昼に行った、そば屋の店先の路地。
秋の花が咲いていた。

ほととぎす、むらさきしきぶ、のぎくと秋の花が三種。

衆議院解散
2014/11/27

今月の初めに、安倍内閣行き詰まりの先は衆議院解散と書いたら、本当に解散してしまったので、大当たりでちょっと驚いた。
だが、このままでは世論と不景気はイカンともし難い所にいた事は間違いなく、信を取ると言うのが通常の姿であるから、こういうことか。
判断としては、このままでも選挙に勝てるし、また勝てばミソギは済んだと言えるわけで、安倍内閣は安泰という事になる。勝算あっての解散。

しかし、近年まれに見る最高の内閣の布陣と言われていたにも関わらず、ひょっとして仲の良くない大臣に寝首を掻かれるのではないかと不安になったか、それとも取巻きに地位を狙っているヤツがいると囁かれたか。
あるいは、どこかの外国の首相に日本は女性を大事にしないと言われてその気になったか。
日本の指導者としてイージーに過ぎた。

大臣の首をすげ替えて見たものの、これが意に反して不評。
国民、特に女性票の人気取り大失敗。
かえって、能力の無さと、我慢する胆力の無さを世間に知らしめてしまった。
おまけにいくら本人が、景気上昇と言えど世はそうは思っていない訳で、消費税値上げ以来消費の落込みは数字が示している。
消費税値上げを一年半延長といえど、いつかは上がる事は間違いなく、そんな小手先で国民を騙しても、財布の紐は騙されない。

一方、衆議院解散で喜ぶはずの野党は、解散理由が分からないなどと、馬鹿丸出し。
選挙こそ政治の基本だという事をお忘れか? もはや、政治のやる気も見えず、議員の席に固執する事だけが仕事だと示したようなもの。
これこそ腕の見せ所、消費税は5%に戻すとでも言えば良いものを、共産党など8%を死守しますなどと消極姿勢。
民主党など自分たちが消費税を上げた本人達なのに忘れたふり。またマニフェストを持ち出して中間層の収入増だと、中間層と言うのは上の層が豊かにならないと、収入が上がって行かないは当たり前。
中韓ばかり気が行ってしまい日本人を馬鹿にした政治は、民主党でこりごりだと思うのは私だけではあるまい。
分裂に忙しいその他の党は、もはや問題外。

しかし、川向うの船団が日本領土に入りやりたい放題でも、手も出さない自民党政府など見るにつけ腹が立つ。
こんな党に票を投じて良いのかという思いもある。
票を投じたい党がない現状こそ、自民党は圧勝で間違いない。

しかし、ここで日本人と日本領土を守る事、消費税を5%に戻す事、ついでに食生活を守る事、を掲げた党が出て来ると一挙にひっくり返る事もありうる。
じゃ、軍のクーデターってことか?
うーん。

歯医者
2014/11/26

コーヒー屋に居たら、子連れのお母さんが入って来て、煙草に火を付けながら、「これからこの子を歯医者さんに連れて行くの」。
ママさんとの会話を聞いていると、なんでも以前受診した根っこの治療が完全でなかったから、また化膿してしまったと。
ママさんと二人で歯医者が悪いと怒っている。
私も思わずというか、感極まってというか、横から口をはさむ。
年は幾つかと訊くと、4歳だと。
4歳で、金属を被せていて、虫歯で根っこが化膿?
「お母さんは歯磨きをしてあげていますか?」と訊くと、そのおっかさん、
「歯磨きするとその後に、また何かを食べたくなるらしく、何か頂戴と言うので、あげていた」とあっけらかんとしたもの。
お婆ちゃんも一緒に住んでいるのだが、家族でそんな育て方をしているようだ。
永久歯が生える頃にはもうブリッジとか入歯とか?

寝る時間の遅いのは新宿なので百歩譲って、まあ当たり前だとしても、夜遅くに食べさせるわ、歯磨きは出来ていないわ、話を聞いている内に、自分がそんな母親に口を挟んだ事が悔やまれてきた。
悪いのは歯医者ではなくて、お前だ!

って、他人の事に怒ってもなあ。

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