HAL'S DIARY
オーナーのひとりごと。買付けの裏日記など。
きまぐれに更新しています。

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SAM “THE MAN” TAYLOR
2014/11/30

SAM “THE MAN” TAYLOR “日本民謡の旅”UNION  UPS-30 (日本)

店で値付けをしていて、まあ懐かしいアルバムが入荷したものだ、としばし眺める。
レコードを取り出すと、前のオーナーさんも長年聴いていなかったであろうか、カビが付着していたので、それを洗い流し、ちょっと聴いてみた。

それで、うん、こんなものか。せっかくだから裏も聴こうと思いながらB面にひっくり返し聴くと、あらま、びっくり。
「五木の子守唄」が結構良くて、思わず聴き入ってしまった。
誰がアレンジしたのか、演奏は誰かも、全く記載がない。まあ、当時のムード・アルバムはこんなもの、所詮は金儲けの道具である事が感じられる。
しかし、それにしてもサックスのサウンドは素晴らしく、アレンジも悪くない。
オジサン嬉しくなってしまった。

ところで、昭和30年代、日本にテレビ、洗濯機や冷蔵庫の家電ブームが起こり、三種の神器として、持てはやされた物に続き、ステレオの購入に拍車が掛かる。
ステレオを買って、そのステレオの迫力を試したレコードとしては、蒸気機関車が左から右に走って行くレコードの他に、今回のようなサム・テイラーのアルバム、特にハーレム・ノクターンが収録されたのがベストであるが、民謡、歌謡曲、歌手のバックと一時はどれも大人気であったのだ。
それこそ。一家に一枚のアルバムなのであった。

私は家にステレオが無かったので、友人宅でやっぱりサム・テイラーを聴き、その男らしいテナー・サックスのサウンドに痺れた。
そのサウンドはムード・テナーといわれ、ジャズのサウンドの代名詞ともなるわけで、その影響力の浸透性は計り知れないのである。
コルトレーンは知らなくても、サム・テイラーは知っているというオジサン、オバサン達がいるのも頷ける。

そういう事を思い出しながら、サム・テイラーばかりが何故ウケたかと思うと、それは昔彼が参加したアメリカ盤のレコードを聴くと、非常に優れたテナーマンである事が解り、アメリカの音楽仲間からそのサウンドゆえに、男の中の男、すなわち「ザ・マン」と呼ばれた事が理解できるのである。
男の中の男のサウンドは、聴けば納得のすばらしさなのである。

ただ彼はちょっと日本に来すぎた。
そしてレコード会社も安易に「むせび泣くテナー」なとと、訳のわからぬ表現で持ち上げた。
今でも、必ず良いテナーの音があると、皆さん一応に「むせび泣く」ブログに書かれている通りである。
本当は、素晴らしいジャズメンだったのだから、ジャズの方向に持って行って欲しかったが、ムード音楽の代名詞にされてしまったが、今となっては仕方のない話である。
そんな事を考えながら聴くサム・テイラーのテナーはやっぱり一番の男だった!

一曲くらい聞いてやってね。
オーディオから風情のある音が聴こえるかどうか、試す良い機会でもある。

捕り物
2014/11/29

昨日の夕方からお客が少ないと思ったら、ここのビルの入り口で捕り物があって、犯人1人に、警察20人、パトカー6台。
それも大した事件でもなくて、職務質問を受けた若者がゴネタという事で、警察出動となったらしい。

それがよりによって、ここのビル。
収まりかけた頃、警察は入るなら入れと通してくれたといいながらお客様が来て、訊くと下ではまだ大騒ぎが続いているというので、私も慌てて見に行った所、近所の知り合いのレコード屋が楽しそうに見物していた。
どういう状況かと聞くと、警察が騒いでいるだけで全く分からないと、要領を得ない話。

とにかく、たった一人の若者に、警察が20人で騒いでいただけという事件になる。
警察も、交通取り締まりの時はエライ重圧的だが、こういう犯人に20人掛かりとは、弱いなあ。
しかし、弱いといっても程度がある。

所詮、日本の警察は弱いものイジメだけだけなんだな。

秋深し
2014/11/28

お昼に行った、そば屋の店先の路地。
秋の花が咲いていた。

ほととぎす、むらさきしきぶ、のぎくと秋の花が三種。

衆議院解散
2014/11/27

今月の初めに、安倍内閣行き詰まりの先は衆議院解散と書いたら、本当に解散してしまったので、大当たりでちょっと驚いた。
だが、このままでは世論と不景気はイカンともし難い所にいた事は間違いなく、信を取ると言うのが通常の姿であるから、こういうことか。
判断としては、このままでも選挙に勝てるし、また勝てばミソギは済んだと言えるわけで、安倍内閣は安泰という事になる。勝算あっての解散。

しかし、近年まれに見る最高の内閣の布陣と言われていたにも関わらず、ひょっとして仲の良くない大臣に寝首を掻かれるのではないかと不安になったか、それとも取巻きに地位を狙っているヤツがいると囁かれたか。
あるいは、どこかの外国の首相に日本は女性を大事にしないと言われてその気になったか。
日本の指導者としてイージーに過ぎた。

大臣の首をすげ替えて見たものの、これが意に反して不評。
国民、特に女性票の人気取り大失敗。
かえって、能力の無さと、我慢する胆力の無さを世間に知らしめてしまった。
おまけにいくら本人が、景気上昇と言えど世はそうは思っていない訳で、消費税値上げ以来消費の落込みは数字が示している。
消費税値上げを一年半延長といえど、いつかは上がる事は間違いなく、そんな小手先で国民を騙しても、財布の紐は騙されない。

一方、衆議院解散で喜ぶはずの野党は、解散理由が分からないなどと、馬鹿丸出し。
選挙こそ政治の基本だという事をお忘れか? もはや、政治のやる気も見えず、議員の席に固執する事だけが仕事だと示したようなもの。
これこそ腕の見せ所、消費税は5%に戻すとでも言えば良いものを、共産党など8%を死守しますなどと消極姿勢。
民主党など自分たちが消費税を上げた本人達なのに忘れたふり。またマニフェストを持ち出して中間層の収入増だと、中間層と言うのは上の層が豊かにならないと、収入が上がって行かないは当たり前。
中韓ばかり気が行ってしまい日本人を馬鹿にした政治は、民主党でこりごりだと思うのは私だけではあるまい。
分裂に忙しいその他の党は、もはや問題外。

しかし、川向うの船団が日本領土に入りやりたい放題でも、手も出さない自民党政府など見るにつけ腹が立つ。
こんな党に票を投じて良いのかという思いもある。
票を投じたい党がない現状こそ、自民党は圧勝で間違いない。

しかし、ここで日本人と日本領土を守る事、消費税を5%に戻す事、ついでに食生活を守る事、を掲げた党が出て来ると一挙にひっくり返る事もありうる。
じゃ、軍のクーデターってことか?
うーん。

歯医者
2014/11/26

コーヒー屋に居たら、子連れのお母さんが入って来て、煙草に火を付けながら、「これからこの子を歯医者さんに連れて行くの」。
ママさんとの会話を聞いていると、なんでも以前受診した根っこの治療が完全でなかったから、また化膿してしまったと。
ママさんと二人で歯医者が悪いと怒っている。
私も思わずというか、感極まってというか、横から口をはさむ。
年は幾つかと訊くと、4歳だと。
4歳で、金属を被せていて、虫歯で根っこが化膿?
「お母さんは歯磨きをしてあげていますか?」と訊くと、そのおっかさん、
「歯磨きするとその後に、また何かを食べたくなるらしく、何か頂戴と言うので、あげていた」とあっけらかんとしたもの。
お婆ちゃんも一緒に住んでいるのだが、家族でそんな育て方をしているようだ。
永久歯が生える頃にはもうブリッジとか入歯とか?

寝る時間の遅いのは新宿なので百歩譲って、まあ当たり前だとしても、夜遅くに食べさせるわ、歯磨きは出来ていないわ、話を聞いている内に、自分がそんな母親に口を挟んだ事が悔やまれてきた。
悪いのは歯医者ではなくて、お前だ!

って、他人の事に怒ってもなあ。

ケータイ
2014/11/25

地下鉄丸の内線に乗って、ふと気がした
皆携帯をいじっている。
本を読んでいる人はひとりだった。
ケイタイと言っても、スマホだし。
世の中、変わった。

100歳以上が
2014/11/24

この間、知り合いと話していたら、100歳以上の人口5万人だと聞いて驚いた。
ちょっと前には、100歳以上の人は、金さん銀さんの二人しかいないと思っていたくらいに、珍しいはなしだったのがなんと5万人。
植木等の「スーダラ節」の歌ではないが、「長生きした人、5万人!」
ちょっと待てよと、では90歳台もいっぱいいるだろうと調べてみると。90代は150万人もいる。
あと数年もすればこの人口の相当数が繰り上がると、あっと言う間に2,30万に達する事になる。
80代はとみると、740万人もいる。
70代は、1260万人。
ついでに60代は、1770万。

日本の人口、 1億2000万人。
年金が貰える世代、すなわち65歳から上の人口は3260万人もいると、4人に一人以上が、年金受給資格者。
これはもう、若手が年寄を食わせていく事は無理。
おい!若い奴よ働け、と叱咤激励するのもいいけれど、思えば残酷な話だ。
私は、若い人たちに迷惑を掛けたくないから、人生希望定年制を設けて貰おうかな。
この間も、予告で死んだ人がいたけれど、長生きの先は、それでいいのかもしれないな。
若い人たちに迷惑をかけたく無いもの。

ところで、東京都の人口を調べていて、ヘンなのが出て来た。
年齢不詳 189,000人だと。
東京都の総数1300万。
今の、この世の中に年齢が判らない人達が18万人もいると。.
近代国家にありえない話だけど。
これって一体なんなの?

TEDDY WILSON “ THE TEDDY WILSON” CBS/SONY
2014/11/23

TEDDY WILSON “ THE TEDDY WILSON” CBS/SONY SONP 50332-3 (JAPAN)

日本におけるジャズの名盤の発掘において世界に自慢ができる作品である。
発売当時、真っ先にという気持ちで購入し聴いた。
暫くは、仕事から家に帰ると必ず聴いて勉強した。
そして友人達とこの作品を聴き、彼こそが「インプロヴィゼーション」の実践者としてもっとも相応しい人では無かったかと、よく話し合った。
モダンジャズの範疇ではないものの、聴くとやけに新鮮で、こんな斬新なフレーズがバンバン飛び出してくるのかと、過去のジャズを築いた人たちに感謝の気持ちになったのである。
ここに出てくる演奏は35-8年頃のブランズウィック(BRUNSWICK)レーベルのSP音源で、1970年代と言えど我々後発のマニアにとってSPでなぞる事などすでに不可能であったのだが、大和明先生などの苦心の末こいうアルバムが出来上がった事は、誠に有り難いの一言に尽きる。
何だか、あいさつ文を書いているような感じになってしまった。

久しぶりに聴けば、たちどころにあの頃に戻る。
A-1など始まると、そのまま聴き入って仕事にならない。
歌謡曲で聴いたかと思える節回しがあって、日本の歌謡曲もこうやってみると、当時の作曲家達も聴いて勉強したのだろうと、ご苦労が身に沁みる。
SP音源故、所々でチリッという音があったりするものの、総じて音質は良好である。

私はいつもソニーの会社の事を、社会に最も必要で無い物を作って、最も儲かった会社、と言っているが、この作品だけは、良くぞやったと言いたいところである。

ジャケットの内側には油井正一の文や大和明の文が掲載され、真ん中に野口久光の当時のジャズメンのイラストが載っていて、聴いても見ても楽しめる。
ジャケットの表紙は単なるレ−ベル写真がどんと大写しになっているだけであるが、これはこれで良しとする。

日本盤なのでいつでも入手できると思っていると、最近は滅多に入荷しなくなった。
こういうアルバムを聴いて楽しむことが出来ると、ジャズマニとして一人前だと思える気になれる一枚である。

最近の果物。
2014/11/22

最近の果物がやけに甘い。

果物好きとしては、今であれば葡萄、洋ナシ、林檎、と買ってくるとみな一様に甘い。
甘いどころではなく甘過ぎる。
果物の中に砂糖でも注射しているのかと言う甘さ。
葡萄など口の中がべとべとになって1房食べられない。
宮崎のマンゴーだって甘くて私は気持ちが悪い。
甲府の葡萄も甘すぎる。
イチゴも甘いだけで酸味がどんどん失われている。
柿だって甘くて水っぽくて、一体子供の頃からのしっかりした柿は何処に行った。

確認すると、べつに確認しなくてもよいのだけど、甘いものが嫌いな人が言ってもそれは単なる意地悪にしか聞こえないかもしれないが、いちおう私は甘党である。
その甘党の私が思うのであるから、余程甘いという事になる。
そもそも果物に過度な甘さを要求してどうする。
こんなに甘いものを国民に食べさせていて、良いのか。

胃腸科の先生に訊いてみた。
甘いものは胃に悪いので、余り食べないようにと言われた。
こちらが訊く前に先生は、ついでに糖分の多い果物も同様であるという。
現代人は甘いものを取り過ぎで、コレステロール、中性脂肪と問題山積な健康的特徴をだれしも持っている状況だと。
じゃ、イケないよね。

日本の農業は凄い凄いと言われるのだけれど。
果物は酸味があって、やや甘さがあってこその果物。
それがお菓子のようになっては、もはや果物とは言えず、菓子に分類するしかない。
これが農業の目標点だったとしたら問題じゃないか?
この状況はイカン!と思うのだが、そんな事で怒っているのは私だけか?

考えてみたら、菓子の「菓」という字は「このみ」(木の実)とも読んでいたのだから、当然の事なのかな。

プラザ
2014/11/21

今日は所要があって、埼玉の大宮に行った。
その街の名前が「プラザ」というので、大変そそられ、訪問先のご主人に尋ねると、東急が開発した地域で、中心にはショッピングセンター、郵便局、病院は勿論のこと、小学校、プール、テニスコートまで有した一大新興住宅団地だったそうで、私も車で走っていて、センターを中心に円を書くような、しかも整然とした綺麗な街であった。

店の仕事が終わって、10時過ぎだったか、近所のそば屋に行くと、いつもの常連がいたので、今日はかくかく云々大宮のプラザという場所に行った話をすると、相手が「あれ、私の家はそのプラザの隣の田園の中」と言うので、話が盛り上がった。
建設関係の設計を生業にしている彼の地元の話。

大宮に井戸尻とよばれる低地があり、そこに目を付けた東急不動産が昭和45年ころから開発に乗り出し、一大住宅団地を作ったと、確かに最初はプールやテニスコートまであり、日曜日ともなれば近隣の住民が見物に出かけるほどの最新の団地だったそうだ。
それが昭和60年ころ地名変更で「プラザ」となったのだそうだ。
プラザという珍しい地名にひょっとして東急が絡んだかなと想像したので、当りだった。
おしゃれな人たちが住んでいるという事であった。
それで、その建設関連の人に、「じゃ、そのこの住民は東京都西区などと言ってませんか?」と訊くと、笑って頷いていたから、そうなのだろう。
いや、たまプラ周辺も含む私の地元の青葉区ではよく「東京都青葉区」という人達が多くいるので、きっと同じだろうと思ったから。

プラザという地名はもう一つ、田園都市線にたまプラーザ略して「たまぷら」があるが、こちらは残念ながら駅名だけで、地名は美しが丘という。
東急沿線は「にこタマ」といい「タマぷら」といい、いやらしいな。モトエ。

その他、渋谷東急プラザという待ち合わせ場所としてしか機能していないと陰口を叩かれるショッピングビルがあり、ここは小さいながら昭和40年に開業した。
プラザという名称が流行ったか、京王プラザホテルは昭和46年に開業した。東急ではないな?。
私が昭和45年入社で、最初に働き始めた東急系の会社は赤坂東急プラザにあり、この赤坂東急プラザはホテルと併せて昭和44年開業でこれだけは周囲から羨む良い立地の豪華なビルであった。
プラザという名前は、当時東急電鉄の社長の五島昇が命名したもので、当時の言ってみればナウイ名前だったわけで、これは意外に好評であった。
昭和の時代イケイケドンドンで昇さんもやる気満々であったのだ。
懐かしいのぉ。

ところで、せっかくの立地に恵まれたわが社は、3年ほどは営業していたものの、営業不振ということで渋谷の駅裏の片隅に追いやられていったのが、心残りでいつか赤坂に戻ろうとみんなで話し合ったものだが、そういう事もなく、やがては身売りに至った。
東急グループの開発の歴史のひとこまと、私がいた会社の思い出が重なった話になってしまった。

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