HAL'S DIARY
オーナーのひとりごと。買付けの裏日記など。
きまぐれに更新しています。

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紅葉
2014/12/21

昼飯に行って帰ろうとすると、やけに風が強い。
私の帽子に銀杏の葉がとまった。
それを取りながら、ふとロンドンの街の風景を思い出す。
秋のロンドンは落ち葉を踏みしめて歩く。
大きな木の街路樹から落葉はカーペットのように積る。

ロンドンに住みたいなと思う瞬間でもある。
もちろん民族の異なる国など住んで良い事など無い事は、私だって知っている。
けれども、日本であれば、落ち葉があると区役所に電話してすぐ片付けろとか、銀杏(ぎんなん)が臭いとか大騒ぎ。また街の掃除もすばやくて、そんな風情など全くない。
その後は、造園業の車が繰り出して、木の枝を短く短く切って進む。

そこに行くとロンドンの人たちは、辛抱強いのか、秋の風情を楽しむのか、それとも誰一人として役所などに電話等しないのであろうか。
それとも住人の苦情に対して、役所もウルセイ!と一括する強さを持っているのか?
どちらにしても私は感心してしまうのである。

でも、東京だって木々は紅葉するのである。
最もロマンチックな季節でもある。

都会では 柿の葉紅葉 にも感動


モニカの話で
2014/12/20

年の瀬だと言うのに暇なこと。
では暇に任せて今、旬のMONICA ZETTERLUNDの話と併せて開店当時の事など。

当時は親切な方々も沢山来られた。
その中に、当店のカートリジにモノラルが無い事を確かめて、一本持って来てくれた人がいる。
オーディオ・テクニカのモノラル用、もう使っていないのでくれると。
私の好みでは無いが、せっかくのモノラルなので有り難く頂戴しておいたがその後、使った事は無い。

私に急用があって、彼だけが暇そうなので2日間店番を頼んだ所、売り上げがそっくり無くなっていた事があって、呼びつけて怒った。
勿論売り上げの記録も付けてない。
そうすると彼は、釣銭が無かったから自分で出したからだという。
前日に4万円渡してあった事を確認すると、当日家に忘れてしまって、釣銭を店に置いてないから自分は苦労したのだと、あたかも私の責任のよう。
よけいに怒って、解っている分だけでも払えと言ったら、被害者のような顔をして渋々はらった。
売り上げの半分も払ってないだろう。

その内に、モニカ・ゼッターランドのビル・エバンスとの共演のアルバム「WALTZ FOR DEBBY」が壁に飾ってあるのを見つけて、彼が欲しいという。
ただ5万円のお金をどうやって支払か考えているらしかった。
やがて、彼が口を開いた。
「ちょっと引いて下さいよ」
「いいですよ一割くらいは」
「それでね以前、御宅にカートリッジを差し上げましたよね」
「うん?」
「あれはね、3万何千円もするんですよ。それを3万で売る事にしましょう。」
返すと言いたい所を、私は冷静を保って「それで?」
「4万5千円から、そのカートリッジ代を差し引いて1万5千円」
「それで?」
「いやいや、色々私も協力したのだからもうちょっと、引きなさいよ」
「?」
「一万も払えば良いでしょう」
ムッとした私は「あなたはそう言う考え方で良いのか?」と尋ねると
彼は「良い」と。
私も彼と縁が切れるならそれも有りがたいと思いOKとし、1万円を置いて彼は去った。
彼が帰る時に「あなたとの縁はこれきりですよ」と。
カートリッジは数日後、誰かにあげた。

その後彼は、ショップを開いて同業者になった。
その内に、奥さんという方が来た。
挨拶だと言いながら奥さんはこういった。
「ディスク・ユニオンは怖くは無いけど、怖いのはハルズです」

何が怖かったのだろう? 今もって、私には謎である。
勿論訊く気も無い。

THE BEATLES “A COLLECTION OF BEATLES OLDIES”
2014/12/19

THE BEATLES “A COLLECTION OF BEATLES OLDIES” PARLOPHONE PCS7016 (UK)

今回入荷のこのビートルズのベスト盤、大変音質が良くて驚いた。
かつての日本盤のイメージしかなかったので、聴いてみると生々しい音。
ジャケットも盤も大変綺麗なオリジナル盤だけの事はあったので、傷が無い分、それなりに音質も期待できるかなと思ったのだが、それ以上の音質。

このアルバムはベスト盤。
だが、只のベスト盤にあらず、それはLP未収録のシングル盤を中心にしたものなのである。
シングル盤といえばモノラル・カッティングである。
そのモノラルのまま収録したのではなく、ステレオにミックスして収録した事に意味があって、頑張った分だけ音質はぐっと向上している。

特に「A HARD DAYS NIGHT」の始まる部分のジャーンという不協和音の所、これほどの生々しい分離能力のある音で聴いた事が無かったので、店にいた一同って3人だけど、びっくりして、感心。
まあ、1秒半の間だけ感心しても仕方ないが、そこは蛇の道は蛇。

久しぶりに聴いた。
なにしろ、ビートルズのレコードは聴いていて知らない曲が無いのがいい。
あの時代のは、いいねえ。

BARNEY WILEN “FRENCH BALLADS”
2014/12/18

BARNEY WILEN “FRENCH BALLADS” IDA IDA-014 (FRANCE)

私の好きな一枚。
1987年のアルバムである。
CDの時代に入っていて、私はもうレコードを買わないようにしていたので、当時このレコードは買っていなかった。
このIDAというレーベルからは、バルネの作品は他に2枚もリリースされていたにも関わらず。
その後、何年か経って人に薦められて、レコードで発売されていた事を知って慌てて買った。
レコードの出来はどれもが良かった。
バルネはやっぱりナンバー・ワンのテナー奏者だと思った。
オン・タイムで買わなかった事を後悔した。

その中でどれがどれという事は出来ないが、大変良い出来である。
このフレンチ・バラッズというタイトルであるからフランスのエスプリがどのように表現されているのかと思って聴くと、期待を裏切る事はない。
内容は勿論シャンソンからも得ているがミッシェル・ルグランの曲も多い。
説明がフランス語なのでちょっと困る事も無い訳ではないが。

「SOUS LE CIEL DE PARIS 」言わずもがなの「パリの空の下」である。
ジュリエット・グレコの歌など喜びにつけ、悲しさにつけ何度聴いた事か、
パリの空の下、歌は流れる....という歌詞。
そんなパリの日常の街と人の風景を歌った歌。
それをジャズでやっても素敵。
人々の明るさをシンバルの音色で表現したのかも知れないと思って聴く。

「L’AME DES POETES」(詩人の魂).
詩人がいなくなっても、街に歌は流れる....
というシャンソン。
どうしたってフランス人の彼は、歌の雰囲気を外すことはない。
「枯葉」も出てくる。
確かにパリの良い風情をそのまま聴かせてくれる。
ピアノのMICHEL GRAILLIERも、こういう曲の演奏は外さない。
良いアルバムである。

IDAの他のアルバムもそれぞれ感心するできで、これが手に入れば、あちらも欲しいと言う事になってしまうのは仕方の無い話である。

駐車禁止で
2014/12/16

店の下の道路に駐車して、レコードが入った箱をいくつも降ろし台車に積み、エレベーターで店まで運び、仕舞って、早く車を動かさないと駐禁で捕まるといけないと思いながら下に降りたら、既に紙を貼られた後。
例の二人組が嬉しそうに取り締まっている様子が目に浮かぶ。

運んだ荷物を降ろす事もままならない。
車とは運搬のための道具である、従って到着すれば、人なり荷物なりを下す事は当たり前の行為、その行為を否定するとは、どういう思考回路なのであろうか。
タクシーの運転手がトイレに行く事すら許していない国って凄い。
なんという残酷な国なのだろう、日本と言う国は、と私は怒った。

ところで、日本の国家権力は駐車禁止の事をどういうふうに解釈しているかというと。ちゃんと記載がある。

放置車両とは、違法駐車と認められる車両で、運転者がその車両を離れて直ちに運転する事ができない状態にあるものをいい、駐車時間の長短は問いません。(配達や貨物の積み卸しのためでも、車両を離れ直ちに運転する事ができない状態になれば、放置車両となります)

要するに、一人で運転している人は、車が停止して離れた瞬間、あなたの車は放置車両だと。
我々は、放置という概念は、すぐに戻って来られる事、または気に掛けている状況を、日本語では放置とは言わない。
そんな馬鹿な取締りの発想は何処から生まれたのか。
本当にムカつく。

どうりで、ここ新宿駅の近くの交通量の多い所で、やくざの車の運転手が3時間も停車しても、警察は手出しが出来ないのは、こういう下らない集金のための、取締りのための、取締りをしているからである。
こんな事で警察に協力するものがいるとでも思っているのか?
と怒っても、幾ら残酷でもこれこそ日本人が望んだ取締り。
私一人で反対してもどうにかなる物でもない。

しかし、警察官の顔を見る度にムカつく。
それが最近は、新宿にいると警察だらけ、毎日陰に隠れて一時停止の取締りか。
こんな人たちの給料のために税金が使われていると思うとメゲる。

ジャック・ダニエル−シナトラ 
2014/12/15

ウヰスキーの話。
友人が、やっと探しあてたと携帯で興奮地味に話している。
フランク・シナトラのウヰスキーだと。
一度、酒屋で見かけたのだが、次回でいいやと後回しにしていたら、市場から消えてしまい、伊勢丹で2万円だったので、悔しくなって、顔の利く格安店に頼んでおいたら入れてくれたと。
わざわざ買って持って来てくれた。

確かにコレクター心をくすぐる作りで、ラベルには「Sinatra」と書かれている。
箱も立派な造りだが、中にブックレットが付いていて、フランク・シナトラとジャック・ダニエルの会社の事が書かれている。
見れば欲しくなってしまう逸品。

今回の私の友人、当店の紙袋のデザイナーなのだが、凝り性なので、どんな些細な商品にもうるさい。
その彼の話による
 シナトラ本人にオレの専用の酒をつくれと言われた会社だが、それは無理だと断った、しかし、全部買い取れば良いだろうと言った。
それならばやるかと、専用の樽から作る事になった、通常の樽と異なって、この樽は内側に溝を切った。
そうすると面倒なので誰もやりたがらないが、お金を頂いているので、そうしたらしい。
その内に、本人が先に亡くなってしまった。
それが今回、こうして世の中に出て来たものだそうだ。

ボトルも素敵。
飾って良し。
ジャズのファンとしては、ちょっと嬉しい。

味は?
私はもったいなくて開けられないが、持ち帰って即開けた友人の話によると、まろやかで口当たりが大変よろしい、という事である。
シナトラのレコードを聴きながら、ストレート ノー・チェイサー!

しかし、ウイスキーは水がないと飲めないよ。

DEAN MARTIN  “DREAM WITH DEAN”
2014/12/14

DEAN MARTIN  “DREAM WITH DEAN”  REPRISE R6123 (USA)

このアルバムは、男性ボーカルで声を張り上げないで歌って欲しいアルバムのナンバーワンにもなろうという作品。
私も一枚持っている。
一度手放してしまったのだが、どうしても欲しくてアメリカかどこかで購入して今に至る。
それ以来、ずっ〜と手元にある。
時々チリチリというノイズが入るが、このアルバムはそんな雑音があっても気持ち良く聴く事が出来る、不思議なアルバム。
疲れた時や、これで最後にして寝ようかな、などという時に聴く。
また、オーディオの男性ボーカルが、「太く」しかも「風情」が出ているかどうか、そしてギターの音がしっかり存在感が出ているかどうか、チェックする際にも使う。
こういうレコードから風情がなくなったら拙いから。

このアルバムは家に来た人に聞かせようとすると、知っているよと、大体今更という感じになるので、最近は余り人に書かせることが無くなった。
以前、知合いにこんなの知っているかと聴かせたら、その人が気に入ったらしく宣伝して歩いて、いつの間にか、彼の方が私に教えた事になっていて、ちょっとムカッとした記憶がある。
しかし、聴けばそんな昔の事も忘れる気持ちの良い、ムードいっぱいのアルバム。
海外買付けに行った時には、常に探していた一枚である。

暖炉の前で火を見つめている彼は、ディーン・マーティン。
シナトラ一家の一員として俳優・歌手として日本でも大人気で、西部劇にも出た。
テレビの酔っ払い司会も有名だが、実は後になって彼は、酒は一滴も飲めなかったと聴いて驚いた。
アメリカのエンターテイメントの奥深さ、凄さにぞーっとしたのである。

という彼の唯一のジャズっぽい作品で、バックのギターがツボを押さえて妙。
後ろのライナーを見ると、ちゃんと記載があってバーニー・ケッセルにレッド・ミチェルのカルテット、こんなバックがいるんだもの悪い訳ないや。
1964年の吹込み。
彼の人気盤は数あるが、歌、演奏、サウンド、風情どれをとっても超一流。
勿論大ヒット曲の「Everybody loves somebody」も収録。
冒頭の「In confessin’」などカッコよくて痺れてしまう。
2曲目も、3曲目も、ってキリが無い....
ちょっと酔った感じで歌っているね。見事!

是非、手元に一枚置いて、疲れた心を癒して頂きたい。
世の中は嫌な事がいっぱいあるからさ。

DONNY HATHAWAY “LIVE” ATCO
2014/12/13

DONNY HATHAWAY “LIVE” ATCO SD 33-386 (USA)

昨日、従業員がこんなアルバムが一遍に3枚も入荷したと、持って来た。
ソウルのアルバム。
それで見た瞬間、「じゃ、一枚買っても良い?」と訊くと。
「いいよ」
「いくら?」
「1万円」
「やった」という訳で、一枚しか入ってなかった財布から全財産1万円も払ったんだ。
その後、もう一枚のレコードに貼る値札を、パソコンで印刷していると、¥9,000円になっている。
オレの方がお客より高い金で買わされたのかとムカッとして、文句を言うと、好きなのを取ったんだから良いでしょ、だって。
3枚とも、みな綺麗だったけど、客に悪いから、オレはその中でも下位だと思うコンディションのを取ったのに、一番高い金額で買わされたのか。チクショウ!
まあ、いいか。
手に入ったから。

それで、家に帰って聴くと、なんというカッコ良さ。
低音がドスドスと弾けて、近所からクレームが来たって構うもんか。
「オレ」も70年代の青春に帰るぜ、ちょっと薹の立った青春だけど、よく聴いたもんさ。
71年にこのアルバムがリリースされた事になっている。オレも会社に入って2年目、勤務先の近くにあるレコード屋で買った記憶があるからちょうどそんな年か、翌年か。
そのこレコード屋のねえちゃんが可愛かったから時々行ったんだ。
そうしたら先輩に見られて「オマエはあの子狙いで行ってんのか」と言われ恥ずかしくなった。

ソウルと言えば、テレビでソウル・トレインの放映もあって、60年代のオレ達の青春時代のオーティス・レディング、アレサ・フランクリン、サム・アンド・デイブ、とかウイルソン・ピケットなどから、ジェームス・ブラウンが王様になり、まさにソウル・ミュージックの時代に移って来て、もうオレ達のリズム・アンド・ブルースの時代ではなかった。
踊りも狭い店の中で、ステップで踊る暗くてマニアックな時代から、大型ディスコの時代に移行し、赤坂の「ムゲン」などステップも知らない女の子達やその取巻きの男が溢れていた。
ソウル・ミュージックもより大衆化が進んでいたのだ。
そんな時に出た、会心ヒット作。
このアルバムの良いところは、冒頭のソウル大名曲「What’s goin’ on」につきる。
このアルバムの凄い所は観客のノリノリの歓声と雰囲気。
こんなライブ・レコードを聴いていると、会場に居る気になってワクワク・ドキドキ、オレもあの場に居たかった。
A面最後のキャロル・キングの名曲「You’ve got a friend」など観衆の叫びと一緒に歌った声とを、共に聴きながら、まるで映画のシーンを見ているかのゆな錯覚に陥る、このレコーディングと臨場感。
オレの心も熱く、かつ哀愁の悲しさに、ただ、どうしようもなく胸が切ない。
行き場のない青春の心の彷徨がまざまざと胸の浮かび上がる。
しかし、観客の声なのに、聴いていてこれほど、心が揺さぶられるアルバムと言うのも他に知らない。
こんなソウルのアルバムもあったんだよな。
久しぶりに興奮シマクラチヨコ。

聴いてソウル・ブラザーになろうぜ。


THE SPONTANEOUS MUSIC ENSEMBLE "CHALLANGE"
2014/12/12

THE SPONTANEOUS MUSIC ENSEMBLE "CHALLANGE" EYEMARK RECORDS EMPL1002

本日、入荷のアルバム。

レア盤も数えれば色々出てくるのだが、フリージャズのレコードの中において、名実ともに揃った名盤でかつレア盤は数少ない。
個人的に言えば、私の長いコレクターズ人生、かつショップ人生の両方を含め、2度しか見た事がない。
ショップやコレクターの中には運が付いて廻るので、若干、差異はあるものの大体人生で、出会っても2,3回までではなかろうか。
かと言って、あまりにレアなので他人に言っても、別に欲しがらない所が実に可笑しい。
そういう珍しさなのである。
珍しさを示す表現がこんなもので良いのか大いに疑問であるが、仕方がない。
知っている人は相当のマニアという事になる。

まず、メンバー、JOHN STEVENS, TREVOR WHATTS, KENNY WHEELER, PAUL RUTHERFORD,BRUCE CALE, (JEFF CLYNE)。
スティーブンス、ワッツ、ラザフォードの3人はなんと英国空軍音楽院の出身、それも同期の桜であったらしい。
それがどうしてそうなったのか、卒業後エリートの道が約束されているにもかかわらず、エリートとは大きな違いのアナーキーの道を着々と進み、遂に国を代表する音楽アナキストとになった。という訳だ。
そしてこれが65年演奏の彼らの初アルバムとなった。
聞くところによると、なんでも数百枚しかないという話であった。

このメンバーはその後も活躍を続け、層の厚い大英帝国フリージャズ界において中心的な役割を果たし、そして現在に至っている事は言うまでもない。

1曲目の「E.D.'S MESSAGE」という曲のE.Dとは、もちろんエリック・ドルフィーを表していて、2曲目の「2.B.ORNETTE」はもちろんオーネットであリ、当時の彼らに影響を与えた偉大な先輩達である。
ジャケットの絵は、当時の芸術家仲間による作品で中々のシンプル・モダンな前衛的作品である。
当時の芸術家たちの音楽も美術も一緒に活動しようとした心意気が伝わる。
65年当時に戻って聴けば、将来を背負って立っている彼らの展望、野望、苦悩がまざまざと浮かび上がってくるのである。
ため息の出るレコードである。

旅人の...
2014/12/11

今日は雨が降って、新宿の街もなんとなく憂鬱な気分だ。
ちょっと沈んだ時に、ヨーロッパへ買付けに行き、一人で歩いていた街角の風景を思い出す。

私が年に何度もヨーロッパに行き、どこかの街の通りをあるいている時、例えば、ストックホルムの郊外の家がまばらになっている小路を歩いている。
家と家の間にはリンゴの木が植えられていて、花が咲いている頃、私はひとりで歩く。
葉が出て来て青々をしてきた頃も。
青い実がやや大きくなって来た頃も。
赤い大きなリンゴがたわわに実ってきた頃も。
そこに雪が降り、落ちたリンゴの赤い色が点々と見える頃も。
雪が吹雪いていて何も見えない頃も。
私はその家のカーテンが閉まっていたり、夜に明かりが漏れているのさえ知っている。
そういう街の小路の子供達も時々顔を見ているのに、私は何度も何度も、何年もそういう小路の人たちを見ているのに、あの人たちは私の事を誰も知らない。

一体これは、なんという孤独なのだろう。
私はこんなに季節の変わり目も見ながらいつも、この町を想いながら歩いているのに、誰も私の事を知らない。
あの人たちの家が幸せそうに見えるば見えるほど、私は孤独。
こういうのを本当に、孤独というのだという思いをいつも感じていた、
寂しさとはこういう事をいうのだろうと、いつも思っていた。

そう言う時に、突然思い出す俳句がある。
季節的に今ではない、春には遠い、いや春には遅すぎたか。



      「旅人の 我も数なり 花ざかり」 (井月)



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