HAL'S DIARY
オーナーのひとりごと。買付けの裏日記など。
きまぐれに更新しています。

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ハンデ
2015/02/01

あるヨーロッパの国に身体障害のレコードディーラーがいた。
その人からも、結構レコードを仕入れていた。
でも、お互いレコードを売ったり買ったりしている訳で、お客とかち合う事もある。

有る時、私は街のレコード店で知り合った年配のコレクターからレコードを売ってもらう事になった。
自宅に伺いこれはいくら、あれはいくらと商談が進んで、最後の方に数枚残ったレコードがあった。
それで、先方がこれは一体いくらくらいが相場かと訊くので、私はかくかくしかじか 50ユーロで買うといった所、それっぽちの価格かと言う。
それで、80ユーロと言ったところ、急に話が違ってきて「これは○○さんが欲しがっていたから、彼に売りたい」と。
「では、90ユーロ出そう」と私。
「いや、価格では無い、彼は身体にハンデキャップがある、だから彼に売りたいのだ」と。
そう言われると、それ以上は競争にならない。

そういう事が先方と或いは、他のコレクターともしばしばあって、向こうの人達は優しいのだなと感心する反面、私は絶対に彼には仕入で勝てないのかと思った。
良く考えると身体のハンデキャップは確かにハンデではある。
しかし、レコードの仕入に関しては、かれは圧倒的に有利で、私の方が不利という事になる。
コレクターの人たちに、あれが欲しいと言っておけば、皆喜んで持って来てくれる。

それで、ハンデキャップという事の不思議さに気が付いた。
ハンデのある彼は有利で、ハンデの無い私が不利。

その話を一度、彼にしたことがあった。
私はどうしてもあなたに勝てないと。
お前も頑張れよと、彼は笑っていた。

彼もまた人生のプロである。
人生色々、人の世は面白い。

ある男性ヴォーカリスト
2015/01/31

ちょっと前の事。
初めての客から電話があり、叔父が亡くなったので、レコードを処分したいと。
用事のついでに店に寄るという事で待っていると、しばらくしてお持ちになった。
6箱ほどの結構な量であった。

亡くなった方は年齢と共に衰弱し、身寄りがなかったので、役所から甥という事で探し当てられ、連絡が来て初めて叔父の存在を知った。
身内という事で引き取り、最後まで介護され自宅で息を引き取った。
実の親でも面倒見たくない人もいる世の中なのに偉い。
「せっかくなので叔父との会話につとめ、音楽や家族の事など訊くと、始めての話が多くて驚いたのですが、とても良かったです」と言っていたのが印象に残った。

叔父は若い頃、ジャズが好きで、どうしてもジャズ・ボーカリストになりたかった。
ところが当時ジャズなんか歌っているようでは駄目だと父親が許さず、最後は喧嘩のようになり勘当され、千葉の家を出て行った。
そのまま家族とは消息を絶った。

しかし、本人の意思は固く働きながらチャンスを見ては唄を歌い、一時はマーサ三宅さんにも習った事があったらしい。
あちこちで仕事を探したり歌ったりしている内に、最後の方は仙台に住んでいたようだ。
「よほどジャズと歌が好きで、一生歌っていられたから幸せだったと思います」との事であった。
勘当された時に新規一転、名前を変え、長谷川俊一と名乗っていたらしい。

私は、名前の書込みのある古いレコードを興味深く聴いた。
生活は苦しかったらしいと言うものの、あの名盤、この名盤は元より、この一曲という隠れ名盤もちゃんと持っていて、よく勉強されている。
またポップスの男性ボーカルもかなり持っていて、ヒット曲、女性が好みそうな雰囲気の曲なども勉強されている。
ライナーの空白部に、曲調、セリフ、コード、など歌手ならではの注意事項も書き込んでいる。

それらを私も追いかけて見たり聴いたりしているうちに長谷川俊一というボーカリストの雰囲気まで想像できるようになってしまった。
針を下すと、あ、これはこの人向きではないのではないかと思ったり、これってすらすら歌ったのか?と考えたりしてしまう。
好みは意外とポップス寄りだったのかなぁとか、これは流行だから歌っただけかなぁとか、どうやって語りを入れたのかなぁとか、想像してしまい、なんだか只の他人と思えなくなってしまった。

いやイカン、商売に深入りは禁物。

タクシーで
2015/01/30

タクシーに乗って運転手に話しかけたら、今日は面白くない事があったとエライ怒っていた。
その理由とは、
若造が乗って来て、いきなり「物産ビル」と言った。
運転手は何の事だか分からなくて判りませんと答えた。
すると、不機嫌になって、新橋のどこそこを入って、ああだ、こうだと言われ、なるほどと思って走って客を送り届けた。
するとその若造が降り際に。
「三井物産のビルくらい覚えて置け、常識だぞ!」
と怒鳴って降りて行ったと。

有りそうな話ではある。
ああいう会社の人はプライドが高いんですね、と呆れていた。
私も一時親戚に物産の社員がいた時は、やっぱりえらいプライドの高さに面倒くさいやっちゃと思っていたので、良く分かる。
だけど本当に偉い人は、例外はあるものの、そんなプライドは見せないもの。
タクシーの運ちゃん相手に威張るようでは、人生大した事はないわな。

だが世の中、そんな事は普通にあるから、いちいち怒っていてもしょうがない。

お茶
2015/01/28

知り合いにお茶の味にうるさい人がいて、せっかく美味しいと思って買って来ても、気にいらないと二度と飲まないので、困ってしまうと奥さんがこぼしていた。

それで、会った時にやっぱりお茶の話になって、面倒になってきて、私が「じゃあ。抹茶をちょっと入れて飲めばいいじゃないですか?」と言うと、それもそうだが、と。
友人の話。

抹茶が入ったお茶って、寿司屋で良く出される。
寿司屋とか、安いお茶に入っている抹茶入りという物。
あれは抹茶では無く、藻なのだそうだ。
そう言われてしまうと、なんだか美味しくなくなった。

なんだかなあ。
味にあまりうるさい人も大変だね。

趣味の世界で..
2015/01/27

オーディオの趣味の世界で、まだ聴いたことのないスピーカーは沢山あって、なんとか聴かせて頂きたいと思っているが、その中で特別なものがある。

それは、ウエスタンのフルレンジで「750A」と「755A」というユニット。
両方とも20センチのものだが、750Aは1937年に発表されたもので、戦争が終わってからの物が「755A」というところらしい。

片方は神様と呼ばれ、片や原器と呼ばれるらしい。
そういうのを聴かずしてオーディオは語る事ができないぞ、と言われると返事ができない。

だれか聴かせて!



CAROLE KING “TAPESTRY”
2015/01/26

CAROLE KING “TAPESTRY” A&M ODE SP77009 (USA)

往年のPOPSアルバム入荷。
邦題が「つづれおり」といった。
そのままのタペストリーというタイトルでよいものを、ヘンな題名をつけるものだと思った記憶がある。

私が社会人になっていた頃のヒットアルバムで、社内の人に教えられた記憶がある。
その時は、私はジャズ一辺倒だったから、話題も無いとまずいと思って仕方なく購入した。
家に持って帰って聴いたところ、ものすごく怒りが湧いてきた。
なぜなら私の大好きな黒人の女の子のグループ、シレルズのヒット曲「Will you still love me tomorrow?」を歌っている。日本では小ヒットだけど、私の中ではグレーテスト・ヒット。
そんなもん、白人の姉ちゃんが歌うなと。
おまけにこれまた、私の好きなアレサ・フランクリンのこれも小ヒットだけどさ、「Natural woman」は歌っているわ、
ケシカランと怒っていたら、だれかが、「それはね、彼女が作った曲なのだ」と教えてくれた。
びっくりしたなあ、もう。

それで、ちゃんと正面から聴いた訳。
それで、この作品というか、私の好きな2曲に関しての話ではあるが、アメリカの音楽というのは黒人が小ヒットした作品を後から白人が歌って大ヒットさせるものだなあ。という事が理解出来たわけ。
「Will you still love me tomorrow?」などはシレルズが歌うと見るからに黒人が作ったような曲なのに、彼女の歌からは黒い色など微塵もない。
「Natural woman」も同様に、そのちょっと前にアレサ・フランクリンが歌っていた時は黒人が作った歌だと思い込んでいたのだが、これも彼女が作った歌だった。こういうカメレオンのようなというか、歌い手によってどうにでも変わってしまうような歌を、どうやって作っているのかという事に驚いた。
驚いた事は彼女が歌うと白人の歌にしか聞こえない。
シレルズもアレサも、きっと「なんで今更、本人が歌うのよ!」と怒っていたのではなかろうか。
更にやっかいな事に、元よりもっと上手く唄ってしまう。作った本人だし。
非常にショックだったアルバムであった。

でも、今となっては、ちょっと子供っぽさのある、とても良い作品だとおもえるようになった。
この作品の事で色々な人と話した結果、面白い事に、聴く人みな、自分にぴったりの歌だと思う所があるのだという事も知った。
まるで村上春樹の小説のように、受け手がだれもが自分に重ね合わせてしまう事ができるような作品なのだ。
ヒット商品の特徴でもある。

しかし、最近はこういうアメリカのかつてのレコードの綺麗な物は入手が困難になってきた。
今の内に、私も手に入れておきたいなあ。
こういう内容の良いレコードは、オリジナルでもセカンドでもどっちでも良い。


(オリジナルは売れたけど、英国盤などヨーロッパ盤ならまだあります。)

SARAH VAUGHAN “NO COUNT SARAH”
2015/01/25

SARAH VAUGHAN “NO COUNT SARAH” MERCURY MG 20441 (USA)

店のホームページに通販リストをアップした後で、入荷があった。
タッチの差で間に合わず、掲載は無し。

これは私の大好きなアルバム。
かつて20代の頃、良く聴いた。
あの頃のスピーカーは三菱の2S−305という大型モニターだった。
こういう歌はちょうど良い感じで鳴っていた。

まずジャズ定番名曲「Smoke Gets in Your Eyes」。
これは、京急(京浜急行電鉄)の電車の発車の時のベルのド〜レミファソラシドレ〜のように、アルトサックスMarshall Royalの音階が上がっていき、それを受けてサラのTHE〜Y と上がって行く、という洒落た演出。
ここが、このアルバムの出来の良さのすべてがある!
ライナーにも最初の30秒!と注釈がつけられた通りである。
このイメージは最後まで着いて廻る。
後は丁寧に、丁寧に唄って行く。
始まり部分や、所々の音の引っ張り具合は、流石ジャズ界ナンバーワンであった名人の技。
一つも文句はなく、全く以て素敵なジャズ・ヴォーカルである。
終わりのかすれ具合も完璧。
感動のあまり、もう一度針を冒頭に戻して聴いてしまうから、ちっとも先に進まない。

かと言って、このままで終われるほどヤワな作品でなく、2曲目「Doodlin」の雰囲気も、一曲目の雰囲気をちょっと落として、観客の心を落ち着けてくれる、にくい配慮。
3曲目の「Darn That Dream」はこれまた、ナイスなジャズ・ヴォーカル。
途中ちょっと顔を覘かせる、Joe Newmanのムード・トランペットも素敵。
あれ、今日確認して見たらThad Jonesの方かもしれないが、もうどうでもいいや。
歌の良さに変わりはないし、同じベイシー楽団の中の話だ。

B面は一転、完璧なジャズの作品。
中々の構成である。
だが、始まりのイメージが濃厚で20年位はA面しか聴いていない。
それ程、素晴らしいアルバム作品だということである。

ジャケットは、白地に大きな字体で「NO COUNT SARAH」と3段書きになっていて、「O」の字の中に彼女の写真をちょっとだけ入れている。カウントは居ないけど、サラはいると言いたかったのか。

本当は自分で買ってしまおうと思ったけど、やっぱり商品だからお客様優先。
2週間売れなかったら、自分で買おうかな。

ところで、どこでも言い尽くされたのでなんだけど、NO COUNTとはカウントベイシーがここでは参加していないと言う意味。
時々ジャズのアルバムにこういう言い方がある。
例えば、ピアノ・ホリデーというタイトルがあった場合は、その通り、そのバンドのピアニストが休んでいて、ここには入っていないという意味。
昔は洒落ていたのだ。
ピアノレスと言うより良いもの。

NANCIE MALCOMS “THE WEST COAST OF BROADWAY”
2015/01/24

NANCIE MALCOMS “THE WEST COAST OF BROADWAY” CAMDEN  CAL-422 (USA)

そろそろ通販リストの原稿の準備もしないといけない。
そう思い、しばらく見てもいなかったバックヤードの棚の中を引っ掻き回していると、あら不思議、こんなレコードが手着かずで眠っていた。
思えば、30年も聴いていなかったアルバムである。
もう記憶が失せていたが、確かいい感じのヴォーカルだったはず。
これは聴かにゃなるまいとターンテーブルに載せて聴いた。

いやいや、良くぞ大切に長い年月、保存されていただけあって、さらっとして良い歌声だ。
ピアノとの息がピッタリあって良いなあ、と思いよく考えたら何の事はなくて彼女の弾き語りだった。
ジャケットの写真は本人がピアノに肘を掛けてにっこり笑っているのであるから、早く気が付くべきであった。
いかにも裕福なアメリカの庭園らしい場所にわざわざピアノを引っ張り出して、真っ白なドレスを着て、芝生の上で写真を撮った訳で、相当レコード会社も気合を入れていたに違いない。
まあ、ジャズっぽさがあるポップスのレコードとして売ろうと。
所で、彼女の情報はほとんど見当たらない。
ライナーにも子供の頃からダンスも習っていた事くらいしか書かれていないので、私は書きようがないのだが、当アルバムも一度日本盤で再発されているので、そこのライナーに何か情報があるかもしれない。

作品はリリースされたものの幸運の女神は微笑まなかったか、彼女のアルバムはどうもこれ一枚のみであるらしい。
でもいいじゃないか、たった一枚でも生きた証の、己の写真が載った作品が残ったのであるから。
私など死んだら何も残らないのだから。モトエ

アルバムは、歌とピアノ・トリオの演奏が互い違いにある構成で、なかなかの好内容である。
1959年の録音でリリースが60年であると思われる。
レーベルがカムデンという再発というか廉価版レーベルの会社であるところが引っ掛かって、本当はRCA盤があるのではないかと思ったが、どうもこれがオリジナルで良いと思われる。
内容は、さらっとした自然な歌声で、これまたナチュラルなピアノである。
それも会社の意志に反してしっかりしたジャズ・ピアノであり、それにちょっとだけ適当にポップス感を付けただけである所が、聴き易さになっているのだ。
いいね、こういうの。

共演者たちを見ると、Al Viola (g),Jim Aton (b),Mel Lewis (ds)と好メンバー。
なるほどと思える、立派な作品だわ。
一曲目から気持ちいいが、「My Ship」やアル・ヴィオラとのギター・カルテットの「If I were a bell」等、捨てがたい良い味である。
大名盤だと大騒ぎはしないが、通好みの良いアルバムである。

私としては過去のアルバムはもう掘り尽くして、新たに良い作品など発見はないと思い込んでいただけに、嬉しかった。
って、ただ勉強していなかっただけのことだけど。

オーディオラックの事
2015/01/23

去年、オーディオラックを知合いに頼んで作った。
その結果は、失敗だった。

アンプが綺麗に納まって、プレイヤーも程好いサイズに納まって、すっきりするはずだったのだが、見事に外れた。
使うのを止めた。

失敗の原因は、家具をつくる側と、音を追及する私との考えが一致していない事による。
家具を作る側は、オーディオラックという物が家具として著しく美しくないと思っているらしい。
レコードがむき出しになっているのが、どうも嫌だと思っているらしい。
まあ、我々とは違う。

家具は買った方が良い。
作ってもらうと、図面からサイズのイメージが出来ないので、どうしても大きすぎたり、こんなはずではなかったと思う事になる。

予算も無くなってしまったし、お金が無いから、もう作り直しはない。
仕方なく、捨てる寸前だった、以前使っていたラックを引っ張り出してきた。
汚くても、これでいい。

後に残ったのはやるんじゃなかったという後悔ばかり。、
部屋の雰囲気とか考えた私が悪かった。
そうこうしている内に、何もやる気がなくなって、何をするにも面倒になってきた。
ついでに仕事にも身が入らない。

なんだかなあ。

音と人
2015/01/22

昨夜、晩くジャズ喫茶「アディロンダック」にいった。
しかし、ここはいつもどういう風に書こうかと悩む。
喫茶ではない、スナックというのも昭和の暴力スナックのようなイメージになってしまう、レストランというのもちょっと違う。
ジャズバーというにはちょっとアットホーム。
ジャズの会話の店、これでは何のこっちゃ。
じゃ、ジャズの店でいいか。

話の本題を忘れてしまった。
思い出してと。
エー。

それで、オーディオの事になった。
ママさんの話。
「ウチのオーディオが時々、壊れて、これをセットしてくれた知り合いを修理に呼ぶでしょ。そうするとその人が入ってくるとシャキッとしてしまうのよ」という話。
確かにオーディオにはそういう所がある。

何度もそういう事になってしまう。
その人に会うと、機械が直ってしまう。
具合が悪いといっていたのに、小児科に行くと元気になってしまう。まるで子供の病気のように。
そうなのだ。
不思議だけど、そういうものである。

ところが、もっと厄介な事がある。
オーディオが人を選ぶ!
どういう事かというと、ある人が来ると音が急に駄目になるのだ。
もちろん反対もあるが。
本人には分からない。
これは不思議だが、本当にそういう事はある。
本人がああしろこうしろと言うのだけれど、一番はあなたが出て行けば直る事だとも言えない、もどかしさ。
分かるかな?

私たちの仲間の間では、電気の流れが違う人なのだということにしている。
どうしようもない。
その人が悪いわけではないし。

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