HAL'S DIARY
オーナーのひとりごと。買付けの裏日記など。
きまぐれに更新しています。

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レコード屋めぐり
2015/07/26

今日は、ロサンゼルスの街のレコード屋を巡る。
以前行った事のある店などをピックアップしておいたので、順に廻るのは良いけれど何しろただ、だだっ広いロスの街。
地下鉄網もまだそれほど完成するには至っていないし、ワン・ブロックも大きくてとても歩いては行けない。
必ず車が必要なのだが、国際免許を取って来ていなかったので、ツアーデスクに相談すると、一日8時間で運転手つきの車を手配してくれると言う。ちょっと割高だが、お願いして廻ってもらう。
せっせと廻ったのだが、8時間でも時間が足りないくらいだった。

ところで、外国に時々プライスを付けていないレコード屋がある。
そういう店に入った瞬間失敗したと思うのだが、せっかく来たからとせっせと見る事になる。
しかし、カウンターに持って行って値段を付けてもらうと、非常に高額な事が多い。
もちろん日本よりも高い。
それで、何時間も掛けて疲れた結果が、ああやっぱり見るんじゃなかったと後悔することになる。
時間がもったいない。
店なのだから値札くらいつけておけばよい物を、一体どういう事か。
そういう店に限って親父は横柄だ。

しかし、最近は現地のどこの店でもレコードの値段が高くなった。
時代の流れを感じる。

途中のご飯は、jack in the boxというハンバーガー屋。
ミディアム・サイズのコーラの紙コップの大きい事。
これを運転手は今までは2・3杯はお代わりをしていたと言う、おかげで糖尿病になってしまったと嘆いていた。
今はダイエットコーラを2杯だけにしていると言う所が笑える。

何しろ一杯で1リットル位は入るから。

2年ぶりの海外旅行。
2015/07/25

最近は長旅に身体が持たないので、出張を控えていたと言うか、若手に任せている。
しかし、今回は仕事ではない。
知合いがスペシャル・オリンピックスという知的障害者のスポーツ大会をサポートしているので、一緒に来いという事で同行したのだ。
ついでにレコード屋も廻れるし。
やって来たロサンゼルス。
久しぶりに来たら、エライ変わりようで、地下鉄が走っていてびっくり。
オリンピック・スタジアムでの開会式に大統領本人が来ないのがちょっと淋しいが、代わりにミシェル・オバマ夫人が登場して盛り上がる。
ステービー・ワンダーも歌を歌った。
選手入場はスポーツ・イベントの最大の見どころ、日本選手団の入場にこちらも胸が熱くなり、一生懸命に拍手して大いに盛り上がった。
アメリカ人の、自国選手団が入場するやサッと一斉に立ち上がり、競技場が割れんばかりの大きな歓声と拍手をするところの応援の、静と動の切り替わりの凄さにも驚いた。
しかし、大きなイベントの時に歌うアメリカの国歌の荘厳さは言葉に表せない程凄いし、歌手の歌の上手さに感心させられる。
それに比べ日本の国歌は歌が難しいし、声量のある歌手が少ないので、今度のオリンピックで一体誰が歌うのか、オジサン心配になってしまった。
うーん。

今日はアメリカへ
2015/07/24

今から、アメリカに行くのだが、なんだか副鼻腔炎の具合いが良くない。
数日間から病院に行っているのだが、好転しない。
何だかなあ。

ところで副鼻腔炎とストレスが一番いけないらしい。
そうは言われても仕方ない。

あるオーディオの事
2015/07/23

私のステレオを聴きに来た北海道の方が、マランツ#7と#8の音を気に入り、同じようなものが無いかという話になった。
それで、ふと思い立って、知り合いのある持ち主に声をかけてみたら、お譲りしても良いですよと、いう事になり、トントンと嫁入り話がまとまった。

思い起こせば、3年ほども前になろうか。
うちの店に月に一度、通って来てくれていたお客様がいた。
残り少ない人生、気に入った物を買うんだと、良い廃盤を買ってくれていた。
買い物の後、せっかく遠くから来てくれていたので、二人で近くのコーヒー屋に行き、色々な話をした。
その時に、自分はマランツの7と8を持っていて、気に入っていると。
訊けば、番号は結構初期の部類に入るものであった。
私に売ってよと言うと、自分が死んだらあげるよと笑っていたが、他にも友人が狙っているから、どうなるかなあ、という話であった。

ある月、彼が店に現れない。
これはおかしいと思い携帯に電話をすると、使われていませんというメッセージ。
もしやと思い、知り合いのレコード屋に電話をすると「知らないね」という。
変だと思っているうちに、急に騒がしくなって、どうも彼が亡くなったという。
それも地元のショップに友人たちと複雑な人間関係が絡んで、レコードは案の定、知り合いのそのレコード屋に流れた。
亡くなった事を知っていながら横取りされるの恐れ、教えてくれなかったらしい。
生前の本人の話では、カビだらけで売りももにならないよと笑っていたレコードである。そこまで必死に守らなくても良いのにとおかしかった。
オーディオセットはこれまた、私の知り合いの方が、故人の知り合いだという数人に囲まれて、グダグダとお説教がまいの中、あまり楽しくなかったという雰囲気の中で、これも何かの縁、せっかくだからとまとめて譲り受けた。
その#7と#8を持ち帰り、使う前にオーバーホールをしたいと思っていたら、偶然近所に良い人がいた。
日本のオーディオ電気関係の設計などをして大学でも教えている、権威のような方で、快く修理を引き受けてくれ、特に抵抗などは本人が昔のままに作ってくれるという手の込よう、ボディはもちろんの事、さらに中の線の部分も一本一本綺麗に掃除をしてくれ、見事かつアンティック感漂う、製品に生まれ変わった。

私としては、かつての持ち主との親しさや話の内容から、彼の#7と#8には執着があった。
私が使う事はなくても、なんとかうまく生かして使ってみたいと思っていたので、それを譲っても良いと言ってくれたのが、なんとも嬉しかった。

それを受け取りに行き、今度は嫁入り前に、私の知り合いの修理屋さんでオーバーホールをしてもらおうと電話をすると、なんと札幌に引っ越したという。
それはありがたいと、札幌に送った。
修理屋さんからは、見事な修理で一体誰がやったかと聞きたいということであった。斯く斯く然々で感心された。
アンプはおなじ道内なので直接届けてもらった。
私はちょっとしか聴いていないが、確かに良いアンプだった。

スピーカーは私の知り合いが持っていたD130の初期モデルがあったので、それを中心に、高音が強すぎないように組んだ。
16Ωのものである。
D130と思えない上品さがある。
今日、電話が来て、よく鳴っていると報告があった。

私は3年前に亡くなった持ち主に、あなたのアンプは良い人の所を歩き、最良の状態を保ち、みんなに大切してもらい、今、最終の行き場所に落ち着いた事を心の中で報告した。
持ち主だって最後までコレクターだったから、これであの世で心が落ち着く事であろう。
なんだかホッとした。

オーディオやレコードは結局は人から人へ渡って行く、しかし、渡り方は大切だと思う、良い物であればあるほど。

オリンピック・スタジアム
2015/07/18

今朝、NHKのニュースでも詳しくやっていた建設費用が高くなってしまった問題。
私は思う。
建設以前の問題とした、設計者が何故日本人でないのか?
こういうイベントは我が国の競技場はこういうレベルだと、素晴らしいでしょと、世界に示すのがオリンピックなのではないか。
国際的というのは、我が国の様々な事例を海外に示す事ではないか?
序でに言えば、オリンピックは競技場の周辺などにも彫刻や絵画なども飾る。それは必ずその国の芸術家なのである。
それは世界に我が国の芸術はこういうレベルだと示すことなのだ。
いわば、発表会の場なのである。
そして、それは大変重要な事ではないか。
その意気込みを失ってしまった日本は、一体何を世界に示すのか?

思えば最初に誘致を言いだした石原知事はいなくなり、猪瀬氏に代わってこれで行けると思った瞬間、足を引っ張り知事の座から引きずり下ろした時から、多額の金のおこぼれにあずかりたい人々の群れに、取り込まれた結果であろうか。

こういう巨大かつ大きな意味合いの建造物こそ、日本人に設計をさせないといけない。
もう、終わった感じがする。

CHET BAKER “AND HIS QUINTET WITH BOBBY JASPAR(vol.3)”
2015/07/17

CHET BAKER “AND HIS QUINTET WITH BOBBY JASPAR(vol.3)” BARCLAY 84.042 (FRANCE)

以前、三枚一遍に入荷した事があったので、一度は書いたと思うが、昔過ぎて遡れない。
ウチの日記もインデックスやジャンル分けにしないと、遡って探すことが困難になって来た。
まあいいや、もう一度書こう。

チェットは53年終わりころにパシフィック・レーベルにジェリーマリガンと共に10インチでデビューしてから、あっという間に人気はうなぎ登り、54年に吹き込んだ10インチ盤「シングス」も大ヒット。
55年に欧州ツアー敢行という運びとなった。
デビューたった2年で、いきなり欧州ツアー、しかもジャズメン、という事はいかに、プロモーターに勝算があったかということである。
たしかに、映画「太陽がいっぱい」のリメイク版の中でも、イタリアの若者が、今一番カッコ良いジャズはこれだと、発売されたばかりのチェットやマリガンのSPをとっかえひっかえ聴いている様子が写しだされていた。
個人的に言えば、アート・ブレイキーが出てこないのにショックを受けた。
モトエ。

さて、ツアーはフランス、スイス、ドイツ、オランダ、イギリスとどこへ行っても観客は集まり、ツアーは大成功だった、たったひとつ、ツワーディックの急死事件以外は。
しかし、チェットは困難にも打ち勝って、アメリカに意気揚々と帰って来た。
そんな、彼の人生で最も華々しい時の演奏の記録である。
55年10月から56年の春までのフランス・バークレイ・レーベルに吹き込んだ記録の貴重さ、素晴らしさは今更言うまでもない。

1集は赤を基調にして、2集は黄色が基調に、3集は青が基調となる。
特にこの第3集は素敵なデザインで、チェットの顔が、両手でも持ったトランペットに隠れていて、その様子を斜め後ろ上からのショットである。
Tシャツというか下着姿なのだが、正面から光が当たっている所も如何にも洒落ている。
チェットの像がダークブルーの闇から浮かびあがった良い写真である。
ジャズは赤黒ではなくてブルーだから。
リスニングルームの壁に飾っておきたい写真のベストテンにも入ろうかと言う出来で、思えばアメリカ盤のタラップを降りる写真と共に、この時のアルバムはどちらも秀逸で、金の掛かっていないジャズのアルバムの中で燦然と輝く。
また、第3集はそれまでの1・2集と異なり、サックス等との演奏が収められていて、そのどれもが好演奏。
もちろんボビー・ジャズパーの演奏は素敵。
これほどの衝撃的なアルバムはジャズ史上で考えても、そんなに多くはない。

チェットの演奏は若いころから晩年まで、どれもそれなりに良く、聴いて楽しめる。
だが、この時のアルバムは、年齢、この時期、ジャケットデザイン、レア度、とどれをとっても楽しめる。
特に第三集は、ャケット・デザインが優れているだけに嬉しい。

この1集から3集までの中で、1・2集は時々出て来るのだが、何故か3集は非常にレア度が高い。
売れなかったのか、不思議な一枚である。

深い闇の中に、微かな青い光の中に浮かび上がる彼のトランペットとそれに隠れた顔が、何とも言えず意味深で、見る者の心が揺さぶられる。

お金の事
2015/07/15

随分、昔の話になる。
私も若かった頃、会社の仲間がいて、その中の後輩Kは入社3年目。
それが仕事も優秀で、半年間のヨーロッパ臨時駐在の命を受けた。
さて、Kは欧州に行くのは良しとして、その間の現金だの貯金通帳だの何処に預けようかと考えた。
私が預かっておいてやると言った所、彼は悩んだ。
池田さんに通帳に判子など預けてしまえば、きっと貯金を下ろしてレコードを飼ってしまうに決まっている。
その点、もう一人の先輩Aに預けた方がましだと。
Aは同じ大学出身で、しかもKが就職を内定していた某大手薬品メーカーを蹴ってまで、わが社に入社させた程の仲の良さ、何があってもその先輩の友情と信頼に掛けた。
そして欧州駐在をこなし無事に帰って来た時に、爪に火をともして貯めた50万円の通帳は、たった1000円になっていた。
通帳の数字を見てむらむらとなったAが博打に使ってしまったのだ。
それも意に介することなく、笑いながらKの肩をポンと叩いて「大丈夫だよ、直ぐに返すから」。
その後、Aはギャンブルに狂い会社を去った。
今も50万は却っていない。

もう一つ。
同じ頃の同僚でBがいた。
Bの父親は身体が弱っていた。
それで父親は考えたらしい。
貯金は3千万ほどある。この通帳と判子を誰に預けようかと。
Bには妹が一人いた。
父親は、Bに預けたら、きっと使ってしまうに違いない、親子の仲も実際それほど良くはない。
それで妹の方に託した。
Bが家を購入したいので頭金の一部にお金を少し借りようかと、父親に話したところ、「ああいいよ」となった。
所が妹がうんといわない。
良く確かめたら、預かってたった半年で残金は「0」に。
何に使ったかと問い詰めれば、新宿のホストクラブにつぎ込んだと。
半年間、通い詰めて、金が無くなったら、縁も切れたと。

一つ言えることは、「人格と、お金の人格は別」と言われる所以である。
もう一つ「人格と、下の人格は別」とも言われる。
男も女も同じである。

一挙に夏
2015/07/14

雨の日が続いたと思っていたら、数日前から急に晴れた。
晴れたのは良いが、今度は暑くてかなわない。

毎年ながら、これで。


  七月は 脳を休めて 水飲んで  (動火)




WYNTON KELLY “KELLY BLUE”
2015/07/13

WYNTON KELLY “KELLY BLUE” RIVERSIDE 12-298 (USA)

今更ではあるが、私はこのアルバムが非常に気に入っている、マイブームだな。
それは、私のオーディオ装置がアルテックの820A(改)と言う、まるで車のマフラーのメーカーのような名前になってしまうのであるが、それによってこのレコードの音のメリハリの凄さに開眼した事が一つ。
それから、当店のあるお客様がこのアルバムを気に行っていて、一押しだというので、そんなに良いなら聴き直そうかとなったのである。

それで。このアルバムの音は抜群である。
かと言ってブルーノート系のような、造り上げてしまった音ではなく、ナチュラルながら十分なメリハリを持っているからである。

もちろん一曲目のボビー・ジャスパー、ベニー・ゴルソン、ナット・アダレイとの三管編成は悪いはずがなく、このアルバムを代表する名曲で、私なども若い頃からこれが掛かると口ずさんで聴いた。
私が今回取り上げたいのは、次に来るA−2のSoftly as in a morning sunrise(朝日のようにさわやかに)である。
これは、なぜかは知らぬが、特別の凄い音なのである。

私は以前、三菱の2S−305というNHK仕様というスピーカーであったので、まあこんな音かという感じだった。音よりも演奏がよいという。
ところがスピーカーが変わった結果、音楽の表現が全く違って来てしまい、早くアルテックで聴くべきだったかと思った。
この曲はソニー・クラークもブルーノートで演っているが、ブルーノートのサウンド作りが印象的なので、圧倒的にあちらに引っ張られてしまうのだろう。
しかし、こちらのサウンドは勝るとも劣らぬ、アタック音などバチンと出て来てそれもナチュラルだから、気持ちが良い。
このアルバムに収録された曲の中でも、断トツに凄い。
なぜ、そうなったのかは私も解らない。
それにこの時の演奏はメロディの美しさは言うまでも無く、彼の背筋がピンと伸びた、気合十分の様子が伝わってくる。
今更に、彼の音楽は凄かったと感心した。

もちろん彼には名盤が五万とある。
優しかったり、暖かかったり、寛いだ気持ちにさせてくれる、良い作品ばかりである。
しかし、ウイントン・ケリーここに有りと言う作品は、正にこれの、この一曲に尽きる。
ウイントン・ケリー、ポール・チェンバース、ジミイ・コブ、偉い!
しかし、こういうサウンドの演奏を聴いていると、やはりマイルスがウチ来いと誘うだけの事のある男だったと確信するのである。

ところで、1959年2月に3三管編成でたった2曲しか収録がなく、トリオの演奏は3月に収録されているのだが、どちらもアルバムにするには、もう1・2曲不足しているのだ。
しかし、双方とも出来が良かっただけに、カプリングして発売したのだろう。
せっかくなので、どちらも完成形にしてリリースしていれば、どんな名盤になったかも解らず、惜しい事をしたとおもうのだが、まあ、なんとも不思議なアルバムである。
しかし、結果オーライで良かった。

しかし、この頃あたりのウイントン・ケリーは素晴らしいね。
ジャズだよね

「江戸っ子だってねぇ」浪曲師 広沢虎造一代
2015/07/12

「江戸っ子だってねぇ」浪曲師廣澤虎造一代 【吉川潮】NHK出版

友人が面白かったから読みなよ、と置いて行った。
嫌いじゃないから読んでみた。

「旅ゆけば 駿河の道に茶の香り ♪」

私は大して浪曲を聞いた訳ではない。
だが。たいがいの話は大まかであっても知っている。
何でだろう、思えば子供時分から。
婆さんがいつもラジオで 聴く傍で一緒に聴いていたからだ。
ウチの婆さんは、新聞も読まないくせに、その時間になると急に現われて、時間だ時間だとダイヤルをどこそこに合わせろと、エノエチケイだの私に指示をする。
私もエノエチケイってどこなのととぼけて見せたりしてNHKに合わせる。
そして浪曲を聴くのだ。
私は、あんまり悔しくて母に告げ口をするのだが、母とて姑にに敵う訳はない。
いつも婆さんの独壇場。
それで、一緒に聴いていたんだな。
無理を承知の浪花節。

本を読んでいると、昔を思い出す。私が子供の頃の、婆さんの浪曲好きは元より、近所のどの家の年寄も皆浪曲を聴いていた。
ラジオと浪曲は一体だった。
その中で廣澤虎造は一番のスターだった。
力道山のテレビに負けるまで。
聴かない私も話を覚えているんだもの。

学校で習った勉強は覚えていないのに、こんな事ばかり覚えていた。
馬鹿は死ななきゃなおらない ♪




ところで、私は廣澤虎造のレコードを持っている。
清水次郎長の話、6枚組のボックス。
この機会にと聴いてみると、いやいや、いやいや、廣澤虎造の声の良い事。
廣澤虎造のあとに廣澤虎造なし、と言われた事がよく分かる。
こんな声の良い人が日本人にいたのかと、オジサン驚いた。

きっとジャズ・ボーカルでも歌謡曲でも大成したに違いない。
彼はニューヨークでサッチモを聞いたらしい。
自分と同じだと思ったというから、そういう事だ。
どちらもブルースだったんだな。

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