HAL'S DIARY
オーナーのひとりごと。買付けの裏日記など。
きまぐれに更新しています。

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日本の相続税
2015/09/07

日本の相続税。
基礎控除 3000万円
最大税率55%だと。
凄いね。

これを我が国の国民はどう思うかと私は気になって周囲の人に訊いてみた。
親の財産を只で貰う事を許さない。
金持ちの金など分捕ってしまえ。
金持ちを無くせば、社会が平等になると。
みんなの口癖は「平等」だというところであった。
相続税でお金を取ってしまう事に、喜んでいる人が意外に多くいたので、ああそんなものかと納得した。

しかし本当にそれで良いのか。
日本の国は自由主義国家で私有財産が認められている。
故に一生懸命に働き、家を建て財産を残そうとしている。
あとに続く子供達にも辛い思いをさせたくないし。
しかし、以前からもずっとそうなのだが、親が死に相続という状況が生じた時、みな初めて多額の相続税に驚くのである。すでに従来の相続税でもそうだったのだ。
私が聞いた人たちは「まさか、ここまで」と、言った人もいた。
結局、私有財産とは名ばかりで、国家に吸い尽くされると言う現実を知る事になる。
それで、皆そういう目に合った人たちが口にすることは、「日本は共産国家」だったのだ、というのである。
この現実をどうみるか?

アメリカなど税率だけみると日本に近そうだが、基礎控除が500万ドル、配偶者は免除。
要するに控除が5億あり、配偶者は無税という事になるので、まあまあの金持ちもあまり心配はない。
イギリスなど40%だが、控除32万ポンド、配偶者免除。
ドイツなど50万ユーロ、子供は40万ユーロ。
フランスなど子供ひとり10万ユーロだが配偶者免除で、最低5%。
イタリアなど無税になったのではなかったか。

これだけ見ても日本がいかに私有財産を認めたがらない國かという事が分かる。
気が付いた人がいると思うが、日本では相続税は「罰金」だと考えてほぼ間違いではない。
いや、そう思って差し支えない。

我々日本国の安定は、社会の安定、地域の安定、家庭の安定と順に守るべき単位が備わっている。
それが基本であるのだが、家庭の存続とか繁栄が一切抜けてしまったのが、現代日本の仕組みだという事が良く分かる。
要は儲かり過ぎたヤツは罰金だと。
国民に対する考え方は共産国家中国とあまり変わらないのである。
いやもっとひどいかも知れない、もし共産国家でなければ江戸時代である。「百姓は生かさぬように殺さぬように」という言葉が、今なお生きているのである。

それが自由経済、自由主義国家という所が可笑しい。
今後、日本人の金持ち個人・企業共に、どんどん外国に逃げだす事は間違いない。
子供の外国語教育が盛んな訳が良く分かる。

安倍首相が右翼だとマスコミなどで言われている。
こうして考えると全然、右翼でもない。
じゃあ、なんだろう?

国境
2015/09/06

時々仕事が終わった後に行く中華料理屋。
餃子が美味しいので行く事にしている。
オジサンは、餃子を買いに自民党の「二階さんが,三回来た」などと喜んでいる。

前にも書いたかも知れない。
いずれにせよ、そこの壁に大きな中国の地図が貼ってあって、私はその地図を見ると嬉しくて仕方がない。
なぜなら、尖閣列島と台湾の間に国境線がある。
太くて赤い線がくっきり。
尖閣列島は日本領になっている。
そんなに古いものではなかった。
国家管理の厳しい共産国家中国政府が認めた証拠である。

ところが、昨日行ったら、何と地図が新しく変わっていて、よくよく見ると、国境線がなくなっていた。
うーん、例え一千万人死んでも、台湾を取り戻すんだと言っていた中華料理屋のオジサン、やるなあ。
さりげなく国境紛争があるなあ。

消費税
2015/09/04

安倍首相、安保法制については頑張っているようだが、景気に関しては、全く駄目だった。
今後も多分、駄目だろう。

景気が上向いていると言っているのだが、世の中は実は非常に不景気である。
政府が考えている好景気と言うのは、一部の大企業のみで、それも業界一位の企業だけ。
ごく一部の大手だけが競争に打ち勝ちマーケット拡大に成功し、その数字を基に見て、あたかも社会全体が良いかのように映っているだけ。

要は、消費税8%に値上げした事が、いかに中小小売店を圧迫したことか。
景気対策と言いながら、片方で平気で税金値上げはいかにも愚かである。

それが次回は10%に値上げだと。
もうすぐに悪夢の消費税10%がやってくる。
段階的に挙げれば被害が少ないとでも思っていたとしたら、間違いなく指導者失格。
消費税が上がった瞬間から一年以上にわたり、売り上げは落ちる。
ダメージを連続2度与えられたら、我々はもう立ち直れない。
一度で10%に揚げた方がましだった。
所詮は金持ちだけのための首相だったということである。

更に驚いた事に、新聞に出ていたのだが、10%になったときに、貧乏人が可哀想だから、その差額分を返してくれると。
馬鹿も休み休み言えという事。
「バラマキ」は愚かな政治の典型である。
バラヤキ政策で失敗した国は、調べればいくらでも出てくる。
民主党がバラマキをやっても、ウケなかった事をお忘れか?

昔、誰だったか渡辺美智雄だったと思うのだが、テレビで言った事が「みなさん、税金からあれを払え、これを払えと言いますが、もしそうするとしたらその裏には何人の担当者がいて、その経費が幾ら掛かると思いますか?年金だって予算の半分近くは人件費なんですよ」と。
いや、今の時代を予測していたのかと感心する。
バラマキは、結局税金の中から経費を沢山使うだけの事なのだが、もらえるとなると国民は誰も怒らない。
しかし、実際は人を雇い経費が膨らむのである。
差額など、それ相当を返還したければ、税金で控除すれば良い話である。
人気取りの官僚やどの政党であろうと、彼等のずるさに引っかかってはいけない。

これぞ、衆愚政治と言われる所以である。
もう、日本は駄目だな、右も左も同じだ。

50年代のスピーカー
2015/09/03

昨日の夕方は、仕事をさぼってオーディオ仲間のお宅訪問。

こんなのが倉庫から出て来たと可愛らしい2本。
タンノイのVLZ、25センチのフルレンジで古い物。
通常見る箱とちょっと異なっていて、よく見る箱より以前の箱で台形になっていて、更に上部を「籐」にして音が天井からも抜けるようになっている。これがミソか。
音は元気溌剌で素晴らしい表現、これを知っていたら他の物を買わずに済んだと大笑い。
これがタンノイかと思えるはっきりした音で狭い家の中でも大きな音を出さなくても十分である。
これはオーディオ仲間の一人が譲り受ける話になった。
家に持ち帰ってもきっと満足するに違いない。

次に、こんなのもあるよと出て来たのが、エレクトロ・ボイスの20センチのフルレンジ
箱はバロネットという後ろがコーナー型になっていて、モノラルで使っていた時代であろう。
ユニットはPS8Bといい、前期の時代物で、アルミのセンターになっている。
音は若干ヨーロッパ的な上品さでかつ良好。ただ、帯域が極めて狭い。
一応、箱の後ろから低音が漏れる仕組みになっていて、コーナーに設置する事により、低域を補う事になっているのであろう。
しかし現代の我々はどうしても低音がないと満足しない。大型のウーファーと3ウェイなどという事になろうか、と話していると、そう言う事だからパトリシアを買えと言う事だと友人がいう。
という事は、20センチのフルレンジを真っ当に鳴らすためにパトリシアは出来た、という事か?
人の声を思った通りに鳴らすためには、技術者という人は、あれ程の大きさの箱とシステムが必要だと思ったという事である。
それだけの価値のある見事な「人の声」であった。
しかし、むつかしそうなスピーカーだ。
いや、割り切れば簡単なことである。
(後日談、近所にお住いの音楽家の夫妻が気にいって購入されたようだが、話によると、部屋に持ってって鳴らした所、見事に低域がでた。考えたら実家にあった古木で床板を張ったので、その事が良かったのでないかという話であった)


更に、こんなのもあるよと出て来たものはハートレイ(Hartley)の25センチのフルレンジ。
良く見る(?よくも見ないな)のは白い色のコーン紙だが、見せられたのはコーン紙が黒い色で、こんなものは初めて見た。
説明によると、この会社がアメリカに引っ越す前にイギリスで作っていた頃のものだと。それは古いなあ。
音はメリハリのある素敵な音色。
50年代の女性ボーカルなど声に粘りは出るしムードも満点。
型番は215MSという。
シュワルツコップもカーメンマクレも完璧であった。
ネットで調べてもこの型番は出てこなかった。

三者とも素敵な音色だが、面白い事に、50年代、アメリカではエレクトロ・ボイスのこの20センチは、ウエスタンの755よりも高額だったそうだ。
また、ハートレイの方も、イギリスではタンノイの15インチのREDよりも高額な商品だったそうだ。
成程なあと感心した。

オーディオという物が、当時いかに「人の声」を再生する事に力を注いでいて、また、それがいかに困難であったかという証拠である。
恐るべし50年代の20〜25センチ・クラスのスピーカー・ユニット。
考えていると大型は要らなくなってしまうが。

昇圧トランスの事
2015/09/02

私が現在使用中の昇圧トランス。

ステレオ用にスタンコア(STANCOR)のトランス。
これは2個のトランスを友人が知合いに頼んで箱に詰めて頂いたもの。
ステンレスの筐体に入れてあるので、トランスは見えないが、開けてみると綺麗に並んでいて、ウエスタンの線を使ってある。良い仕事である。
以前は、同じトランスをアルミのボディの上に二つ乗せてあ、まあ普通のトランスのイメージの物を使っていたが、聞き比べた所、同じスタンコアでも、スチールとアルミの音の違いが出たので、ジャズとしてはスチールの方が好ましかったので、私としてはこれにした。
本当はどっちも持っていたかったが、友人がお互い一つづつ持っていようというので、一つだけ。
本当はもう一個欲しい。
音は、ごく普通の音である。

もう一つ、モノラル用。
これは、メーカーは良く分からないがオーストラリア製である。
オーディオにオーストラリアとは聞かないなあと思うのだが、なんでも米国ウエスタンの現地でのパーツ供給として、作られた物らしい。
友人か持って来て、これは良いよ、というので借りて使い気に入っていたのだが、返せと言われて値段を聞くと、ちょっと高かったので返却したのだ。
ところが映画「道」の女ではないけれど、私の家から消えてしまったとたんに、角がひっこんでいるデザインも50年代の凝りようが素敵だし、やっぱりあの音だったと思い、未練がましくもう一回返してもらったものだ。
友人も、お前は面倒なやつだなという様子で、返してくれた。
借りていると有難味がないので、ああこんな音かと思うのだが、無くなって見るとあれは良い音だったと。
それで、今度は購入するからという事にした。
それで、友人宅に行ったら、同じ物がもう一つあって、二つ揃ったらステレオになるから欲しいなあと思ったのだが、なんともう一つの方は筐体が黒。それも縮緬仕上げで素敵、でも色違いは嬉しくないなあと思い欲しいとは言えなかった。黒の方がもっと良かったかな?
でも、本当は二つ買ってしまえば良かったと思っている。
音は、大人し目の音というか、柔らかい音でこれも普通。
ジャズとしてはどうかな、と思わない訳ではないが、私の経験ではジャズを聴く場合は他のアンプやスピーカーが強めの音の物を選択する事が多くなってしまうので、トランスの選択は大人目の物の方が合う事がある。

プレイヤーはトーレンス124が3台なのだが、一台はバリレラを付けているのでトランスは不要。
トランスの要らないカートリッジという物は、ケーブルも1セットは不要でもあるので、金が掛からない所が大変に有り難いものである。

オーディオの趣味というものは、システムを導入した後で、やれカートリッジだ、やれ昇圧トランスだ、やれケーブルだと、意外に多額のお金が掛かる。
本当は、この部分を念頭に入れていない事が多く、後から後からあれだこれだとお金が掛かるのがシンドイ。
でも、これも趣味の楽しみのひとつでもある。

(写真 左がスタンコア、右がウエスタン用モノラルトランス)

ケーブル
2015/09/01

友人が新しいケーブルを作ったと見せに来た。
銀線だと。
銀は嫌いだと私がいうと、「いやいや、それがね」という。

何でも、人工衛星に使われている銀線を入手して、これは只物では無いと直感したと。
それで、試聴してみると、やっぱり銀特有の高音のキシキシ感がある。
あるが、かなり良い。
今までの銀とは違う。
これは、ちょっとイケるかもと考えていると「これだけではない」と、取出した自作の新製品、って一本しかないけど。

なんでも銀線の周囲に細い銅線を這わせてあると。
聴けば、まろやかになって綺麗な高音、かつ低音はちゃんと出ている。
早速、実験的に使っている。
私のお気に入りの一本になりそう。
しかし、注文で作ってもらったら高いかもしれないな。

マンション、富久クロス
2015/08/31

新宿区1丁目の近くの富久町、新宿御苑から歩いて5分の、高層マンション。
周囲は一戸建てがぐるっと囲む地域に、迷惑なマンション、それも55階建ての高さ。
どうして一戸建ての街に、こういった高層マンションを平気で作るのか理解に苦しむ。
地元でも評判は良くない。
それは当然で、突然太陽も見えなくなるような建物が出来て嬉しい人が居るはずがない。

所で、販売状況は完売だったようだ。
店はイトウヨーカ堂が入る予定で準備万端。

それで、管理事務所が一斉に引っ越しをされては敵わないと、勢い、それぞれの入居者に、引っ越しにスケジュールを尋ねたらしい。
すると、引越して予定の無い人が2/3もいたらしい。
居住するつもりもない人達が、ただ購入したわけで、管理事務所ガックリ。
要は中国人などが財テクだかマネーロンダリングだかで買っただけ。
住む気はないと。

実際、居住者にしたら住む人が少ないと、安全面でも人通りが無いわけで、物騒でいけない。
不安になる人も出て来た。
オマケにここは近い駅が新宿御苑で歩いて5分は掛かる、夜は商店街でないので暗い。
もう、売ってしまおうかな、と言っている人もいる。

よくもまあ、こんな迷惑なマンションを作ったモノである。
日本の高層ビルの建設もいい加減にしないと。
先進国とはとても言えない。


安全保障関連法案
2015/08/30

最近の「安全保障関連法案」の反対運動は、まだ続いている。
特に今回目立つ、「3拍子の行進」などは日本人の体質ではないので、どこの国の方々か想像が付く。
他人の国でよくもまあ反対運動が出来るものかと感心する。

ニュースでも組織の公式発表12万人とかテレビ朝日が言っていたが、警察の発表は12,000人だったし、別に日本中で盛り上がっているわけでもない。
まあ、職業デモ隊が仕事をしているのだろう。
ところで、それで思い出すのだが、かつての学生運動、安保闘争の頃の動員数と比較してみよう。

60年安保の時の動員数は連日凄い物があったが、最高は圧倒的で13万人。
議事堂前のみならず、人の列がずっと続いていた。
全学連として、求心力があった頃で、私の姉も盛んにデモに参加していて、血気盛んというか女だてらと言うか、盛んに政府批判をしていた事が記憶にある。
参考の写真を借りて見ると、確かに凄い人数である。

その後の、我々の世代の70年安保は組織分裂が進み、圧倒的な数というよりは、地域ごとにデモというよりは、投石などの直接行動があって市街戦の一歩手前という感じであった。
学生側が投石・棒なら、国家権力側は催涙弾と、これはこれで中々の見ものであった。
まてよ、そう言えば火炎瓶という武器もあって、機動隊員の中には殉職した人がいたと聞いた。
あれに銃などの武器を供給出来たら、もしかして革命だったかもしれないと思わない訳ではないが、所詮そこまでの革命戦士でもなくみんな小粒で、資金も援助も無かったということであろう。
坂本龍馬やビンラディンのようにバックに付く金・物がなかったんだな。

しかし60年も70年の時も、バックに共産国がいて、相当数の工作員が入り込んでいたという話が後から出たが、どちらも武器を供給するほどは、運動家に力が無いと見切られていたのであろう。
よく考えて見ると、どちらの時も安保反対と言いながら、日本の独立を考えていたかと言うと、それは危なくて共産国家建設と言ったものの、結局ソ連の下に入ると言う、アメリカの代わりにソ連の植民地化でしかなかったのだと、今になってつくづく思う。
こうして過去から現在考えると、日本の政治運動は、結局はどこかの国の傘下に入るという前提が見えて来てしまう。
故に、日本の政治運動に「日の丸」の旗が無いのはそのせいである。

国を守ると言う重要な事に関して言えば、現行憲法は日米安保条約ありきの弱い憲法だと知って置く必要はある。

男はつらい
2015/08/28

この間知り合いが、奥様が空港から電話を掛けて来て、「今から韓国に行くから」と言われてしまい、ガッカリしていた。
そういえばそんな話は一杯あって、夕食時に奥様から「明日からハワイ旅行で一週間いませんからね」といきなり言われてしまった人もいる。
そういう話をしていたら、もう一つ同じような話があって、朝寝ていたら「今からゴルフで今日は○○ホテルに泊まりますから」とさっと出かけて行った話もある。
もっとすごいのは、夕食の時子供たちが明日はディズニーランドに行くと喜んでいたのでみんなで行こうと話していた、朝起きたら家の中には自分一人だった、という話もある。

そういう時代ということで......?
男につらい世の中だね。

ブルースの事。
2015/08/27

今朝、入荷のレコードを整理していたら出て来た、こんなアルバムが。

松本英彦・宮沢昭・松浦ヤスノブ “恍惚のテナーサックス” 日本ビクター SJV-227

「テナーサックス・三大プレイヤーの豪華な競演」というサブタイトルが付けられた、当時のヒット作品だった事が伺える。
青江美奈の恍惚のブルースから始まって、ムード歌謡をムード・テナーで聴かせ、さらに3人のテナーサックスが4曲づつ演奏し、そのサウンドの違いを聴かせようという念の入れよう。
当時のステレオが流行り始めた日本で、我々の親の世代が女房と共に、あるいは彼女を家に連れて来て、ムードに浸ったのだろうと思うと、あの時代に戻りたい気になる。
こういうのは面白いもので、三者三様のサウンドがあって、その違いは明白。
私も思わず、最後まで聴いてしまった。
ヨーロッパなどでは、こういうムードミュージックの演奏は一流音楽家がやることになっている。
それはムード音楽こそ演奏家の音楽性が高くないと、下品になってしまうからである。
そういう意味では、今回のこのアルバムは中々の出来であった。

ところで、私が気に留めたのは、このアルバムのライナーの事。
日本におけるブルースの概念の事を書いているのだが、ちょっと紹介すると。
「日本ではブルースという言葉がずっと広い意味で使われ、ブルーなメロディーを持ったスロー・ナンバーをこの名で呼ぶようになりました」

そうなのだ、日本のブルースは、アメリカで始まった本来のブルースとはかけ離れているのだが、ブルーな気分の歌だからブルースとなったのだ。結局は歌謡曲のジャンルの中の話である。
解りやすい説明で、これ以上の説明のしようのない所である。
ところで、ブルースだけではない、サンバも日本に来ると「てんとう虫のサンバ」になるし、フラメンコも「星のフラメンコ」になったし、BE−BOPも「ビーバップ・ハイスクール」になった。
よく分からない所が、また日本の良いところなのだろう。

しかし、アルバムの細かい所も聴いたり読んだりしていると勉強になる。

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