HAL'S DIARY
オーナーのひとりごと。買付けの裏日記など。
きまぐれに更新しています。
  
| 中勘助 「銀の匙」 | - 2015/09/29
- ちょっと前に、新宿のサブナードの臨時の古本市で、中勘助の「銀の匙」を見つけて、嬉しくなって買って来てしまった。
一冊、復刻版とやらを持っていたのだが、20年も前に友人に貸して以来戻って来ていないので、見つけ次第もう一つは買って置こうと思っていたのだ。 それで、ここ2・3・日は面白くてそればかり読んでいた。
最初に読んだのが20代の終わり頃だった。 家で何かの話の時、義父に一番好きな小説は何かと聞いた所、「私はね中勘助の銀の匙が一番好きでね、今の人にが面白いかどうか解らないがね」というと本棚から持って来てこれだよ、と渡されたので、それをありがたく頂いた事にして、読んだのだ。 正直にいうと何とも昔臭くて、純心すぎて、こんなものかと思った。 それの後40歳になった時に読み返したら、とても気入って、こういう本が好きになるという事は、私も息災人で無くなった証拠だという事にして、以来私のマイ・フェイバリットになった。 それで、今回私もいよいよ、いい歳になったので、心落着いて読めるだろうと思ったのだ。 昔の仮名遣いなのだが、古い人間の私には苦にならない。
ところで話は飛んで、読んでいて面白い所に気が付いた。 「すばらしい蛾がどこからか飛んできて、褐色の厚ぼったい翅をふるはせながら気ちがひの様に花から花へ飛びまはるのが気味が悪かった」
その素晴しいと言う意味は、素晴らしいというのだが、どうも今の意味と異なっているようだと思い調べたら、素晴らしいと言う意味は、元来「とんでもない」という意味だった事が分かった。 正反対の意味だったのだ。
なるほど、昔の名作は読むべし名盤は聴くべし。
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| カード会社から | - 2015/09/28
- 昨日、カード会社から店に電話が掛かって来て、「おたくの陽介さんのカードがアメリカで使用されようとしています。本人は現在どちらにおりますか?」と。
おどろいて、「本人は現在ヨーロッパにおりますので、アメリカでカードが切られる事など絶対に有りません」と答えた。 カード会社の方も、ここ数日間ヨーロッパでカードが使用されている事を把握しており、コンピュータがオカシイと判断したようなので、使用不可にいたしましたという。 お蔭で犯罪に引っ掛からなくて良かったとほっと安心して、もしかして通販かなにかで購入したのかと本人に電話で尋ねると、そんなはずはないという。 驚いた事に、番号やパスワードもスキミングされてしまったらしい。 しかし、ちょうどヨーロッパに旅行中だったので発覚したのだが、ウチのように世界中を旅行していると、アメリカで不正使用されてもコンピュータもエラーとはしないわけで、こちらも文句は言えない。 今回はラッキーで良かったと思うと同時に、ゾーっとした。
カード会社も再発行しましょうと言ってくれ、至急で一週間ほどで作ってくれると言う。 ああ、驚いた。 しかし、カード会社も中々の実力だね。
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| フォルクス・ワーゲン | - 2015/09/27
- ニュースでやっているフォルクス・ワーゲン自動車の数値不正事件。
いやはや、よくもやったという感じである。 今回ばかりは、流石のワーゲンも大打撃で、他企業もドイツの自動車産業全体に大きな影響がありそうだ。 ドイツはやばいぞ。
しかし、これは車のマニアとして非常に興味深い物がある。 私が言いたいことは、エンジン自動車 対 電気自動車 という図式か?
今、盛んにCMをやっている日産自動車の電気自動車・自動運転。 トヨタはハイブリットで電気モーターを利用。 ホンダも追随している。 こういう自動車王国日本の電気モーターありきの国の産業。
しかし俺たちはエンジンだと、それも燃料が安くて燃費も良く、しかもクリーンなエンジンを開発しているとエンジンに拘り、ドイツはディーゼルでクリーン・ディーゼル・エンジンを主張し売っている。
これは日本対ドイツの販売合戦でもある。 それでドイツよ、ざまあ見ろという場合でもない。 なぜなら、自動車産業の中におけるエンジンの製造は、基幹であるばかりでなく、燃料エンジンがあればこその自動車産業であった。 そのエンジンは部品の数1万点にもおよび、その製造に携わっている企業・人数だけでも膨大な数の人々がいる。それが、電気モーターなるという事は、大量の人が職を失い、しかも電気メーカーが簡単に参入できるという、恐ろしい事態なのである。 それでも電気、電気と連呼している日産は一体どういう気持ちなのか、まあ社長は外人だから日産の一つや二つなくなってもどうでもない。 しかしトヨタの場合は賢いというのか、電気といってもしっかりガソリン・エンジンを搭載してエンジンを切らさないようにしているのは立派である。
また、ディーゼルはかつて石原都知事が空気を汚すディーゼルは禁止とし、日本におけるディーゼル・エンジンの火が消えてしまった。 しかし、ドイツや欧州ではここぞディーゼルとクリーンなエンジンを次々と開発し、遂に自動車メーカーの技術の競争といわれるル・マン24時間レースにおいてディーゼルで優勝し、ここにドイツありと世界に示したのだ。 その中で、ガソリン・エンジンに対して、どうしても窒素酸化物と煙という有害物質から逃れれない故、触媒などで解決しているのだが、それがコストが高くなる原因でもあり、開発がアメリカの掲げる数値に届かなかった結果の、事態となったものらしい。
簡単にポイっとエンジンを捨て去ろうとしている日本に対して、あくまでエンジンに拘ったドイツ人の技術者たち。 電気にすれば発電量は増加しなければならず、そうなると原発の必要性は増す事になろう。 私のようなクルマ好きとしては、ドイツの姿勢を応援したくなるのである。 何と言っても、やっぱりクルマはエンジンだから。
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| 振込関連詐欺 | - 2015/09/26
- 最近聞いた話。
実は、振込関連詐欺は騒がれ出した頃より、今の方がずっと件数が多いのだそうだ。 今までは、金融機関も窓口でオカシイト思うと、尋ねていたが、最近はジジババに逆切れされるので、もう放っておいた方がいいかという状況でもあるらしい。
これは日本だけの事件だ。 一度アメリカの知合いに尋ねた所、アメリカではまず本人に確認し、悪ければ警察も入れてそのように処置を取るし、問題が無いければ、またそのような処置をすると。 これは家庭の重大問題であると、したがって内々に処理をする事など有り得ないと。 絶対に金で解決出来るはずが無い。 一度金を払えば、又脅されるのがオチである、という話をしてくれた。
これは一体何だろうと思うと、どうも日本の家庭にあると思われる。 親父達は家庭から逃げ、母親も女としての自分の事で精一杯。 子供は塾任せ。 そこまでしても、大きな社会の中で見れば、大して勉強が出来る訳でもない。 だが結局、10時や11時過ぎに夕食を取る小学生。
家族が夕食のテーブル即ち「家庭の愛」で、母が作った食事をとりながら、毎日の話がある、 こういう姿は単にほのぼのとした光景ではなく、家庭が原点であるというある意味宗教そのものだと思うのだが、こういう姿形が日本から消えた。
そうやって育てている内に、家庭と言うのは結局お金だけが「絆」だという結論になる。 いざという時に、お金を払ってくれる親 もしくはジジ・ババこそが理想的な人だと言う事になる。 故に、振込め詐欺に金で解決しようとして、ついここぞ自分の出番だと勘違いして張り切ってしまい、引っ掛かってしまうジジ・ババが五万といるのだ。
いかに家庭として地に足が付いて居なかったかという証拠である。 また正義も金で買えると、「金社会」を作ってきた責任が今、のしかっかっているのである。 従って、払いたい人は多いに払えば良いのである。
しかし、こんな国でいいのか?
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| 食べ物文化 | - 2015/09/25
- 最近、つくづく思う。
オレ達から上の世代は、日本をトンデモナイ方向に持って来てしまったのかもしれないと。 日本は変わった、日本は終わったと思う事が沢山あって、その理由のどれから上げて行ったらよいか分からない程日本は変わった。 何と言っても食生活。
これから、のらりくらりとしながら結局はTPTが締結される事になると思われる。 食べ物はアメリカに依存する事になる。 人間、食べることが生きる目的の大半であるから、食物を押えられたら終わりである。 その後は、アメリカによる日本支配は決定的なものになるだろう。 日本の農業は衰退するのだが、それでもアメリカから金を受け取った政治家や評論家たちは、合理化だと平然としているに違いない。 ところがヨーロッパを見れば、フランスなど実は大変な農業国であり、他の欧州諸国も立派な自給自足の農業国なのである。 その上で、工業がある。 自国の農業生産率の落ちた国の未来は無い。
実は以前にもこんな問題があったのだが、それは二百海里問題。 70年代末にあった国際間の争いで、魚の消費世界一の日本はさあ困った。 しかし、時の政府はこう言った。取らなければ買えばいいじゃないかと。 これは現在のTPT問題と同じである。 自国で取れなければ買えば言えばいいじゃないか。議員や官僚のつぶやきが聞こえて来そうである。 普段はよいが、不漁や冷害の際には買いたくても買えない。 更に膨大な金がとられる、更に交換条件で政治的な損害を被る事になる。
せっかくの食文化を持っていた日本こそ、もはや未来はない。 マクドナルドが日本中に蔓延り、その他外食産業という食事を工場で作ってしまう事が常識になり、何から何までチェーン店が当たり前。 台所が汚れるからと魚を焼く事もなく、また食事は家で作らなくなり、子供たちが急須のお茶も知らない社会。 調味料はすべて工場で作られたもので、出汁も家庭で取る事もない。 アメリカが進駐して以来、米を否定し外国の食文化を有りがたがった。 今もワインだチーズだと大騒ぎで朝の、満員電車に乗ればチーズ臭くてカナワンという時代。 その一方で、グルメぶって、牛肉はA5だの、魚はどこそこの一流品だの、酒はどれで無なければならないとか、自分で料理はできないけど、一億総グルメ。 グルメぶっても自分では何も作れない。 家庭の味を伝えられない、こんなだらしのない家庭は世界には無い!
あそうか、家庭とは継続では無かったのか、日本では。 一時の人の集まりか。 それもいいかあ。
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| ジェネリック | - 2015/09/24
- 役所から健康保険証が送られてきた。
とても有り難い事なので、感謝。
しかし、保険証を剥がして見たら、驚く事が書かれている。 私はジェネリックを使いますと言うカードになっている。 しかも、それを切り取って持って歩けと言う、恐ろしい役所からのお知らせ、いや脅迫状だがね。
いや、驚いた。 レコードもオリジナルだけど、薬だってオリジナルが好きなんだ、私は。 こうなったら、早く死にたいね。
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| お彼岸 | - 2015/09/23
- お彼岸なので、「おはぎ」を買って来る。
私はあんこは粒あんの方が好きなので、粒あんのを一つと、中にあんこが入って外を胡麻で包んであるのを一つ。
昼食に「おにぎり」を二つ買って来て食べてしまった後すぐに、おはぎを頂く。 しばらくしたら気持ちが悪くなった。 食べ過ぎだったのか。
胃の薬を飲めば平気だい。
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| PIERRE FAVRE TRIO “SANTANA” | - 2015/09/22
- PIERRE FAVRE TRIO “SANTANA” PIP -1 (SWISS)
フリージャズのピアノ・トリオ・アルバムであるが、中々どうして聴かせどころの多い作品である。 フリージャズの作品は大体がクールというか冷徹で繊細で淡々と行くのだが、これは意外にホットであり、聴いていて山あり谷ありで楽しめる。 私など、かつてはFMPの同名のアルバムを持っていたのだが、FMPの10年も前に68年にスイスで自費出版されていた事を知り、大騒ぎで入手した。 すでに廃盤となっていて、それは苦労したのである。 今は再発がこのPIPレーベル名で出ているのので、混乱してしまい、FMPがオリジナルなどと言う人もいるらしい。再発ブームも厄介で良し悪しである。
ところで、このアルバムの良い所はジャケットにもあって、いかにもお金を掛けずに、しかもセンスよく作ろうとなったら、こんな感じになったという感じか。 濃紺と白のモノクロのはっきりしたデザインが中々コレクター心がそそられる。 裏ジャケはなぜかFMPっぽい雰囲気になっているのが不思議である。
メンバーは、ドラムのPIERRE FAVRE(ピエール・ファーブル)、ピアノがIRENE SCHWEIZER(イレ−ヌ・シュワイツアー)、ベースがPETER KOWALD(ペーター・コワルド)というトリオ編成である。 いずれも、三者が全力を挙げて音と音の激しい交錯と衝突が聴き所。 飽きさせない所が素晴らしい。 フリージャズは聴いていてどこか抜ける所があったりするのだが、これは集中しているうちに、あっというまに聴き終わってしまう。 シュワイツァーは、67・8年辺りから演奏活動が始まるので、いづれにせよ最初期の演奏という事になる。 フリージャズでこんな言い方はオカシイかも知れないが、女らしくもなく力が漲って瑞々しさがあり、只のガンガンとやっている訳でなく気持ちが良い。 ベースのコワルドはドイツ出身でフリージャズとしての環境が良かったのか、当時はドイツのフリージャズ・シーンは圧巻だった。その中で腕を磨けたのが良かったと思う。 何しろ大砲のようなブロッツマンなどが居たわけで、ベースの音など普通にやっていたら、観客席には聴こえて来ない、そういう環境に居ればこそ、こんなしっかりと音も大きく、ビーン・ビーン・バチン・バチンと響くようになったのかもしれないと思うのだ。それでいて正確な音の運びは感心させられる。 ピエール・ファーバルのドラムも、これでもかという力技で、今に通じる体育会系のフリージャズ・ドラミングの始まりでもある。 芸術家には珍しく「体育会系」と言える演奏である。 フリージャズとして初心者もベテランも聴いて楽しく、かつ傑作アルバムである。
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| 知り合いが来て | - 2015/09/21
- 大阪の古くからの仲の良い人が来られた。
今度来た時は一緒に食事でもしましょうと言っていたのに、当店の従業員が急遽海外買付に行く事になってしまい、私は一人で店番という事になった。 それで、店の中でお茶を飲むくらいでおしまい。 なんだかなあ、と悪い気持ちになっていた。
今日は、北海道の仲良しが来店。 やっぱり来たら一緒に食事でもしましょうと言っていたのだが、今日も私が一人で店番で、せっかく来てくれたのに、店の中で話をしただけ。 申し訳ない。
嘘つきのおじさんになってしまった。
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| 社会の不満 | - 2015/09/20
- 気が付いたのだが、フェイスブックやMIXIなどブログを書いている人の多くは怒っている。
政府に、政治体制に、社会の不公平さに、貧困に、学校に、役所に、会社に、店に、レストランに、その他様々な不満を抱え、怒る。 怒りのその、はけ口にブログがある事がよく分かる。
面白い事に、政治で言えば右翼も左翼も、また中立も皆不満がある事が分かる。 今回の安保法制にしても、右も左も不満を抱えている。 面白いものである。 片方が不満で、もう一方が満足なら理解出来るのだが、どっちも不満であるらしい。
結局、この世はいくら公平を心がけようが満足を与えようと、市民の中に不満の人は必ずいるのだ。 今の世はその、はけ口があって良かった。 思えば、これこそ民主主義という。
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