HAL'S DIARY
オーナーのひとりごと。買付けの裏日記など。
きまぐれに更新しています。
  
| LULU “LOVE LOVES TO LOVE” | - 2015/10/20
- LULU “LOVE LOVES TO LOVE” COLUMBIA SCX6201 (UK)
英国コロムビア盤のサントラ・ポップスのアルバムである。 LULU(ルル)は当時、シャウトの利いた歌手として、イギリス人ながらアメリカのポップス・チャートにも顔を出した頑張り屋だった。いかにも白人の女の子が張切った感じのパンチのある唄い方が私は好きだった。 このアルバムには、私の大好きな曲である「To Sir with love」が冒頭に収められている。たまらない! それでなくても、時々、YOU TUBE等で見てしまう。
この歌の事は前にも書いたと思うが、ずっと過去のデータになってしまって探しても解らなかったので、もう一度書こう。私の記憶がある内に。
この歌は、イギリスの60年代の映画「To Sir with love 邦題:いつも心に太陽を」の挿入歌で、歌手のルル本人も出演し、あどけない10代の女子高生を演じている。 勿論、主演はアメリカの俳優、シドニー・ポワチェ。 私の友人によるとポワチェの一番の傑作映画は「夜の大捜査線」だという。 他に「野のゆり」等もヒットし、60年代彼は大変な人気で、特に日本で凄かったのだ。 黒人と言え上品さを前面にして、まだ黒人の地位の低い頃であるから、その人気の凄さは圧巻であった。 その彼が先生役で、ロンドンの下町の中学に赴任し、場所柄、結構荒れていそうな校内のごたごた話が続くというシチュエーションになっていて、ちょっと小生意気な生徒たちが最後は少し大人になって卒業して行くという学園物。良いんだこれがまた。 気楽に見られる中々面白い映画なのだ。 そうそう、映画の面白い順番は、1に学園もの、2に法廷ものと決まっているから、当然面白いに決まっている。 映画の中で、当時のイギリスの先生方も若者の言葉に付いて行けないらしく、子供達のアップテンポで韻を踏む会話に、先生がチンプンカンプンだったりするのが可笑しい。きっとどこの国でもいつの時代でもそうなのだろう。
その中の歌が良い。 Those schoolgirl days of telling tales and biting nails are gone (噂話をしたり 爪を噛んでいた 女学生の時は過ぎ去り) But in my mind I know they will still live on and on (あの時の一つ一つが思い出で、今なお私の心に生き続ける) But how do you thank someone who has taken you from crayons to perfume? (クレヨンを持たせてくれ、やがて口紅を持たせてくれた人たちに、どう感謝したら良いのだろうか) It isn't easy but I'll try (簡単ではないが、やろうと思う)
詩の中で、「クレヨンから香水に持ち替えさせてくれた...」という箇所におじさん痺れたんだわ。 1967年の唄だけど、聴いているとホロリとしてしまう、痺れるわ。
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| 春画展 | - 2015/10/19
- ここのところ、なぜか急に「春画展」の話題が出て来た。
細川元首相の関係の永青文庫で浮世絵の春画を集め見せていると。 聞けば、女性客が圧倒的に多くいて、若い女性などしげしげと見詰めているという。
日本も変わって来て、春画を白日の下に堂々と女の子が見る時代になったのだ。
そういえば、10年も前になるか、オランダの知合いのおじいちゃんが「ミスター池田、あなたはYOU PORNというのを知っているか?」 Noと答えると、それはいかんと、是非にネットで見なさいとキツイ忠告だったので、日本で見られないといけないとホテルでさっそく、はやる心を押えてネットを開いてて見ると、あらま、PORNというだけあって大股開きのオンパレード。 その内にXVIDEOというサイトはもっと良いと言う話になって、お金も要らず、只であれが見放題。 気が付けば何時間も経ってしまうという、性の事ならなんでもそろう、前代未聞の大安売り。
思えば若い頃など、なんとかあそこが写っている写真を見たくて、友達と大騒ぎをしたり、恥を忍んで本を買いにいったりしていたのが今更ながら思い出す。 なんと可愛らしかったことであろうか、しかし、ああ馬鹿らしい。 今こそ、この世の天国かと思われる。 人によってはクリックし過ぎて腱鞘炎になったりもする。 老い若きも、いや、おんな子供も一斉にクリック一つであの映像が画面いっぱいに映し出される世の中になったのだ。 この間、当店にやって来た東京都だかの「青少年有害図書」の検査をしているというオバサン3人組が偉そうに廻って来て、有害図書があるでしょ!と決めつけた様子で入って来たが、そんな場合ではない。 有害図書はないが、パラダイスのサイトはいくらでもある。 法律も含め、いったいこのギャップはなんだろう。
そんな時に春画展など、今時のお姉さんに取って、なんでもない一枚の過去の大人しい絵でしかない。 しかし、そういうお姉さん方は結婚したらどういうお嫁さんになるのだろうかと、想像すると大変に怖いが、私など、もう、そういう心配は不要なので、安心した。
結局、性にも風情が無くなったのだ。
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| 酒場でミートソース | - 2015/10/18
- 先日、地下鉄丸ノ内線の新宿御苑の駅の近くを歩いていると、ちょうど昼ごろだったが、長い行列が出来ていたので、こんな場所に人様が並ぶような立派な店があったかと思いしみじみ眺めると、どうも居酒屋のよう?
まさか居酒屋に人が並ぶのだろうかと、不思議に思って観察すると、看板にミートソースが自慢らしき事が書かれていた。
良しそれならばとその夜、閉店間際なら入れるだろうと11時近くに寄ってみた。 店員さんの話によると、土曜日の朝の人気番組「おやおや、又寄り道ですか?」の「ぶらり、途中下車の旅」に出たとの事。 その直後だったので、長蛇の列だったとの事であった。
で、件のミートソース。 ここも、人が並ぶような店によくありがちな、食べる順番にしきたりがあった。 それはまず混ぜない事だと。そして2・3口食べてから、すこしだけ混ぜ合わせ、全体が減って来たら、替え玉をするなりし、最後にトマトスープを注文してくれと。 たしかに、麺は店主がイタリアで修業したという通り、チーズと混ぜ込んであって、なかなか美味しい。 麺だけでも食べられてしまいそう。 ただ、ここは居酒屋というだけあって割り箸でたべる事になっている。
思ったのだが、割り箸で食べるとどうも、うどんになってしまう。 フォークを出してくれたら、もっとイタリアンの味になると思うのだが.....
場所は、御苑の駅から、新宿通りを新宿方向に向かい、都民銀行のちょっと先の右側にある。 「東京MEET酒場」という名前。
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| MIKE CUOZZO “with the COSTA-BURKE TRIO” | - 2015/10/17
- MIKE CUOZZO “with the COSTA-BURKE TRIO” JUBILEE 1027 (USA)
今回のアルバムの入荷は久しぶりだ、しかもオリジナルの青いラベルである。 当然、音質も良い。 今までも時々入荷はあったが、どうしてもセカンドのラベルで、ショップの親父としては忸怩たる思いであった。 JUBILEE(ジュビリー・レーベル)の青いラベルが入ると嬉しいものだ。
MIKE CUOZZO(マイク・コゾー)というテナーサックスのワンホーンは、淡々としていかにも白人のサウンドでレスターヤングのようであり、またスタンゲッツのようでもあり、もうちょっと太くて、なかなか耳触りが良く、心地良く聴くことが出来る。 こんなに良いなら他にも作品が沢山ありそうなのだが、この通好みのジャズプレイヤーは作品数が特に少なく、ディスコグラフィーを見ても、たった2項目で終わってしまう。 1955年のMike Cuozzo - Mighty Mike (Savoy MG 12051)そして、1956年の当アルバムが主な所で、 なんとも勿体ないミュージシャンである。 メンバーは、両方ともEddie Costa とVinnie Burke と組んでいたようで、仲間であったらしい。 しかし、こちらの作品の方は、Eddie Costaがピアノに終始しているので、コゾーのワンホーンが引き立っていて、気持ちが良い。 Costaのピアノも知性的で上品さのある良いプレイである。 Burkeのベースの音もしっかり録音されていて、良い音が聴ける。 作品としては文句のない上出来なのである。
1925年生まれのこのテナー・プレイヤーは、それならば早く亡くなってしまっていたのかと調べて見たら、なんと、早々と引退して建設業に参入し、それなりの成功を収めたとなっていた。 まあ、ジャズでは食えないと悟りビジネス界に飛び込んだ所は、人生としては評価できるものの、ジャズ界としては大変惜しいとも言える。 まあ、これも人生あれも人生というところか。
一度聴くと、欲しくなってしまうアルバムである。 いずれにせよ、テナー・ワンホーンはなにより魅力がある事はいうまでもない。
おまけに私としては、かつて当店の裏にあった美味しい珈琲屋、それが「COZZO」という似た名前だったので、コーヒーを飲みに行くたびに、CUOZZOを思い出していたわけで、それがよけいに思い入れがある。 懐かしいなあ。
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| BRIGITTE FONTAINE “COMME A LA RADIO” | - 2015/10/16
- BRIGITTE FONTAINE “COMME A LA RADIO” SARAVAH SH 10006 (FRANCE)
このアルバムを聴く度に、私は購入した当時に戻る。 気に入ってよく聴いた。 もちろんブリジット・フォンテーンの歌も良かったが、私は大好きなART ENSEMBLE OF CHICAGOがこんな世界的なヒット作品に入っている事が、とても誇らしかった。 ここでは主役のブリジット・フォンテーンの事はちょっと置いておく、フランスのアンダーグラウンドのシャンソン歌手で、余りにも有名で、他にも作品は膨大にある。 であるがジャズ関連として心地良さがあり余りに出来が良すぎて、だが私にはこの一枚しか知らないので、書きようがない。 今まで、幾多の先輩方が絶賛しているので、そちらを参照されたい。
それで、ついシカゴ関連に入る。 AEOCは兎に角、渡仏後あちらで吹き込んだ作品が好評だったので、米国本土に逆輸入され、フランスで有名になったなら凄いに違いないと、逆に煽られる形で本国で高評価になり、あっという間にフリージャズのエースになった。 こんな話を何度も、何処でも書いているので、自分でも何だか分からないのであるが、兎に角、彼等は68年頃はBYGに作品を発表。 さらに69年の吹込みは圧巻で、People In Sorrow(Pathe)、そしてこれ、Comme a LA radio、さらにLes Stances A Sophie(これは70年か)と歴史に残る作品3連発、 これが短期間で次々と発表できる能力の高さは、今風にいうとヤバイという事になる。 それも、しかももっとヤバイ事に、作品はどれも非常に個性的であり、どれを聞いても、一体どれが最も彼等らしいのか見当がつかないのだ。 夫夫が代表作といいながら、どれも音楽性が違う。 こんな面白い人達がいたのである
このアルバムが日本で急に注目を浴び、売れたのは実は70年後半である。 有る時、会社の一年後輩の生意気なヤツが寄って来て、「池田さんに教えて上げる、ブリジット・フォンテーンという人の、ラジオのように、というレコードがカッコいいので、流行っているんだよ」と。 あの時の自慢げに寄って来た顔が忘れられない。 むっとして、そんなのはずっと前に買って、僕の愛聴盤だと言ったら、不愉快そうに帰っていった。 私のあまり好きでないヤツだったから面白くなかっただけの話である。 モトエ。
この作品といい、People In Sorrowと言い、主役であっても無くても淡々とした音の運びが、何故故これほど落ち着き払っていて、静寂感をここまで突き詰めた音楽家はいなかったのではないかと思うのである。 あたかも日本の「侘び寂び」の精神が、それらしく表現していないにも関わらず、なぜか醸し出されているのが不思議なのである。 こういうのを個性という。 また芸という。
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| EDDIE LOUISS “OUR KIND OF SABI” | - 2015/10/15
- EDDIE LOUISS “OUR KIND OF SABI” MPS/BASF CRM751 (GERMANY)
しばらくぶりに入荷。 良いアルバムである。 以前、3年程前だったかこのアルバムの日本盤「さび」」と「ROOM1220」が一遍に入荷したので、その所に書いたと思うのだが、あの時は確か、大阪万博ジャズ・フェスティバルの事に頭がいっぱいで、当時の状況を書いて終わった気がする。 この一連のアルバムを見ると、大阪万博の事件を思い出してしまい、当時の官僚「堺屋太一」の悪党ぶりに怒り心頭、頭がいっぱいになってしまうのだ。
ところで、このアルバムは大阪万博の一連の作品として日本で録音されたものである。 じゃ、日本の「さび」がオリジナルだと言いたいのであるが、どうもそうはならなかったようで、ドイツ本国のMPSが版権を取ったようだ。 録音は1970年の8月。大阪万博のまっ最中。 ヨーロピアン・オールスターとして来日した彼等は、ライブや録音とあちこちで活躍した。 そのなかで、EDDIE LUISS(エディ・ルイス)はかなり精力的に参加している。まあ、言ってみれば鍵盤奏者は彼しかいない訳で、オルガン、ピアノ、マリンバと都合が良く、引っ張りだこだったのである。
そしてこの作品、ドイツ盤のタイトル「Our kind of Sabi」という、「おれたちのサビ」とはこういうものだと主張した作品である。 もちろん日本語の「侘び、寂び」という単語は外国でも知られているわけで、この間の東京オリンピックのシンボル・マークのパクリ事件で、日本側のなんとかいうデザイナーの人は他の作品でも、アメリカのデザイナーの作品もパクッていて、日本のマスコミが取材に行った。 その中で、矢印マークの製造過程を説明していて、サンドパーパーを掛けて古色を出そうてして、これは「WABI―SABI」だと言っていたのが可笑しかった。 モトエ。
そのSABIの精神性を強調した作品なのである。 曲によってオルガン、ピアノ、マリンバと引き分ける。 JOHN SURMAN(ジョン・サーマン)もソプラノ・バリトンを引き分け、彼の名前を売った。 ドラムはDANIEL HUMAIR(ダニエル・ユメール)が勤め、日本ですっかり有名になった。 一曲だけペデルセンが参加して、しゃきっとしたナイス・ピアノトリオに仕上げている。 演奏は白いファンキーとでも言おうか、良い出来である。 そして、みな若い。 録音などには当時油井正一も手伝い、ベーレントがライナーを書いた。
ある意味、日本でのヨーロッパ・ジャズやフリージャズの方向にも目が行くようになった、きっかけともなった万博作品群の代表的な一つでもある。 良い時代だったなあ。
ジャケットは白一色にまとめ上げた、なかなかのデザインである。 かつては、日本盤より断然の人気だった事を付け加えておく。
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| SONNY ROLLINS "SAXOPHONE COLOSSUS" UK-ESQUIRE | - 2015/10/14
- SONNY ROLLINS "SAXOPHONE COLOSSUS" ESQUIRE 32-045 (UK)
またまた、2・3日前に続き、サキコロのちょっと珍しい英国プレスの入荷。 これは英国のESQUIRE(エスクィヤー)で発売あされたものである。 サキコロはジャズのマニアには特別な作品でもあり、人気も高かったので、様々な盤がヨーロッパ各国でプレスされていて、そのジャケ写を見るのも楽しみである。 本当の気持ちが、みんな自分で買ってしまいたいのである。
今回のは、意外にあっさりした絵柄で、サックスのネックの部分のシルエットである。 上部に大きく、SAXOPHONE COLOSSUSと2段に書いている。 イメージで迫ったものであろう。 当然、PRESTIGレーベルのオリジナルRVGスタンパーである。
こちらもまた、人気があっただけに、綺麗な物が少ない。 仕事が終わったあと、じっくり聴いたが、何とも言えないサウンドでしびれた。
ジャズっていいねえ。
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| SONNY ROLLINS “TENOR MADNESS” | - 2015/10/13
- SONNY ROLLINS “TENOR MADNESS” ESQUIRE 32-058 (UK)
ここの所、ESQUIREのようなジャケット違いのヨーロッパ・プレスが続く。 米国のスタンパーだが、盤の材質が良い気がするし、音的にも満足できるものが多い。 それで、今日はPRESTIGEの7047番テナー・マドナスの英国プレスである。 勿論、オリジナルのRVG手書きスタンパーを使ってプレスしてある所がミソ。 ジャケットはアメリカ盤と異なっていて、人間の目のイラストの上下に文字をあしらっている。 ちょっとダサイところが何とも言えない。 泥臭い感じが良い。
このアルバム、ロリンズのほかにコルトレーンの名前も書かれているが、参加しているのは、冒頭のテナー・マドネスの一曲のみ。 後はロリンズのワンホーンである。 だが、私はテナー・マドネスのいかにもコルトレーンらしく吹きまくった様子も好きだ。 最もふたりが近かった時期ではなかろうか。 その後は音楽性がどんどん離れて行くばかりである。 そう言う意味でも、しみじみと聴いてしまう。 いかにもプレステージらしい、暗い中に元気がある、ハードバップである。 ロリンズのワンホーンの「When you lover has gone」「Paul’s pal」「My reverie」などゆったりしたバラードばかりで、大いに豪快なサウンドも楽しめる、
私は若い頃から、好きでよく聴いた。 なんだか、昔に戻ってしまうなあ。 1956年のハードバップの良い時期の、ナイス・アルバムである。
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| BENNY GOLSON “FREE” | - 2015/10/12
- BENNY GOLSON “FREE” ARGO LP-716 (USA)
これはよく目にしそうで、意外にお目にかからない珍しいアルバムである。 日本盤がありかなり出回っていたので、それでよく見かけるようなイメージなのであろうか。 しかし、オリジナル盤はレアである。 それが今回は、更に珍しい事にプロモ盤でラベルにNot for saleと印刷されたクリーム色のラベルである。 当然音質も良好なので嬉しいかぎり。
ところで、このアルバムはあまりハードバップ・ファンに評価が高くないかもしれないのだが、それが不思議な、なかなかどうして立派な作品なのである。 彼は50年後半からの活躍した人で、リバーサイド、プレステイジと歩き、60年になりARGO(アーゴ・レーベル)に移籍した。 59年にはCurtis Fuller(カーティス・フラー)と組んで、Blues-Ette(ブルースエット)なる名盤も出した。 その柔軟さを、ゴルソン一人で演奏して見せたのが62年のこの作品かと思える。 メンバーはTOMMY FLANAGANN, RON CARTER, ART TAYLOR のワンホーン。 ゴルソンのワンホーン作品は珍しい。 彼はアレンジ能力も高く、リー・モーガンやカーティス・フラーなど仲間のサウンドを考えたり、またホーン楽器の下を支えるのが得意で、周囲の人のサウンド作りの面倒を見るのが彼の好みでは無かろうかと思える。 いずれにせよ、面倒見が良い人で、そういえば、リー・モーガンを銃で撃った奥さんが刑務所から出て来た時のインタビューがあって、それによるとゴルソンはリー・モーガンが若い時から音楽的な面倒をよく見たそうで、ついでにクスリもごゴルソンが奨めたそうだ。 そこのあたりを奥さんは苦々しく思っていたという。 音楽的には恩人だが、私生活となると憎しみの対象と言う、人間には作用・反作用が付いて廻る。 それは置いといて。
いずれにせよワンホーン・アルバムは少ない。 そういう意味では彼のソロを聴く事が出来るのは有り難い。 また録音はVanGelderによるもので、盤上には刻印がないものの、やはり高音質でこれも有り難い。 選曲もよく「Mad about boy」「 My romance」などスタンダードが多く、オリジナル曲は2曲にしてある。 しかし、どの演奏も親しみやすく、非常に好感が持てる良い演奏である。
ジャケットは少年のやや抽象的な絵画になっていて、色も深いので、簡単に目立つことは無いのが惜しい。 しかし、演奏が好きになって見ると、味わい深いデザインで悪くない。
ソフトなテナーサックスのサウンドが聴ける、大らかなハードバップで、誰にでもお薦めできる作品である。 ワンホーンのテナー作品はどっちにしても良いやね。
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| PHIL WOODS等 “4 ALTOS” | - 2015/10/11
- VA (PHIL WOODS etc) “4 ALTOS” ESQUIRE 32-074 (UK)
これも、昨日に引き続き、別ジャケのヨーロッパ・プレスである。 PRESTIGEの7116番の英国エスクァイヤー・レーベルで作られたものである。 ジャケットは例によって米国盤に準ずることなく独自のデザインで、その絵柄の可笑しさ野暮ったさが何とも言えず微笑ましく楽しい所がよい。 このジャケットも又漫画風で、太ったトリが4羽、一本の綱に乗っている。 4人が一本で繋がっているのか、はたまた4人ともスリル満点の綱渡りといいたのか、いずれにせよ面白い。 そして、4ALTOSと大きく書かれていて、周辺に点々と4人のアルト奏者の名前が書かれている。 即ち、PHIL WOODS, GENE GUILL, SAHIB SHIHAB, HAL STEINである。
今となっては米国オリジナルの4アルトもほとんど見ない一枚でもあると同様に、こちらもまた大変レアな一枚である。 勿論、スタンパーはRVG刻印のアメリカ製のスタンパーを使用している、マニアックな一枚でもある。
こういうのはマニアにはたまらない。
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