HAL'S DIARY
オーナーのひとりごと。買付けの裏日記など。
きまぐれに更新しています。
  
| 保育園落ちた... | - 2016/03/10
- 保育園落ちた、日本死ね。
テレビを見ていると、国会の場でも、こんな事を取り上げている。 民主党議員もここぞとばかりに政府自民党を攻撃。 テレビでも、もっぱら政府が悪いという論調になっている。 オジサンは驚いてしまった。 まず、誰が書いたかもわからないネットの書き込みに信頼性がないことは社会の常識。 それをいきなり国会の場に取り上げた人の正義感を疑う。 また、マスコミも。
でもな、「日本死ね」という言葉は使わないとおもうのだ。 一人の子供が保育園に入れなかったから、日本が死ななければいけないという論調に、違和感があるなあ。 全文もテレビで紹介されていたのだが、その日本語の汚いこと。 言葉使いの汚いオジサンも、思わずこれは「ひどい」とうなってしまったひどさ。
問題にする前に、日本語を問題にして欲しかったな。 そういえば私の経験でいうと、サヨクの女はなぜか言葉が悪いものだった事を思い出してしまった。 まずは日本語を直してからやろうね。
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| スピーカーのこと | - 2016/03/09
- 雑誌、ステレオ・サウンドの別冊「歴代名スピーカー」にこんな事がかかれていた。
映画館はあくまでも人の声の再生がメイン。だから中域を基点に高低両音域へレスポンスを広げていく。 それに対しコーナーホーン型システムが決定づけたホームオーディオの基点は低音である。基音帯域をまずしっかり固め、その上に倍音を載せていく。これが音楽再生のセオリーであって、音づくりの基本的な考え方。
これは1950年代の話であるが、なにかとても重要な事のような気がする。 もちろん中域ありきでも良いわけだが、音楽を鑑賞するという事の基本はそういう事なのかなと最近特に思う。
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| JOE SULLIVAN “MR.PIANO MAN” | - 2016/03/08
- JOE SULLIVAN “MR.PIANO MAN” DOWN HOME ECORDS MG D-2 (USA)
昨日に続き、良いジャケ写繋がりで....
ちょっと珍しいアルバム。 レーベル名はDOWN HOMEというのだが、VERVE系のトラディッショナル用のレーベルで数枚発売されているようで、このアルバムも後に、やはりというかVERVE(1002)として発売された。
ジョー・サリバンは1906年生まれのピアニスト。 スイング・スタイルの位置にいようか、古いスタイルであるが達者なピアニストである。 その彼のピアノ・ソロ作である。 達者なだけにピアノマンとは大絶賛のネーミングである。
これは、なによりジャケットが素晴らしい。 デビット・ストーン・マーティンのデザイン画であるが、額の汗を腕で拭っているのか、考え事をしているのか、右手は近景にクローズアップされ、髪の毛の渦巻きも大胆である。 シャツの柄だけ赤く色づけし、これまた渦巻きである。 この絵の特徴は、とにかく大胆な構図であることであり、大迫力である。 彼の絵の中でトップ・クラスの出来である事は間違いない。 説明するより写真を見て頂いた方が、説得力がある。
しかし、何度見ても、凄い絵だなあ。
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| テレビ | - 2016/03/06
- 風邪をひいて、店を休んだ。
寝るのも飽きて、昼過ぎからテレビを見た。
私はテレビのCMが好きではないので、CMが始まったとたんチャンネルを変える癖がある。 だがドラマを見ていて思わず引き込まれ、CMをそのままにしていた。
しかし、せっかく面白いドラマもCMがはいったとたんに現実というか冷静な気持ちに戻らさせられる。 なんとも味気ないドラマ鑑賞であった。
もったいないことである。 なぜならテレビというものは、かつて映画館から人を奪い、またラジオからも人を奪った、最高のエンターテイメントになったはずではなかったか。 従って、テレビには映画の代わりになって観客をたのしませる義務があると思うのだ。 子供の頃、母と一緒によく映画に行った。 洋画だったり、時代劇だったりしても、夢中でスクリーンに見入ったあの時間、興奮、喜びを奪い、また日本中にあった小さな映画館を葬った責任として、なすべき仕事があったはずである。 また、画面にでるのは視聴率優先で人気のジャニー関連の人ばかり。 せめてドラマの時は、10分おきのCMは遠慮したらいかがであろうか? 民放に期待するも酷というなら、せめてNHKくらいは良いドラマにでもして欲しいものであるが、これが最近は民放以下の思想しか無いようで、最も視聴率を気にする放送局がNHKであり、その時代劇の出演者も話にならない。 時代劇をダメにしたのはまちがいなく、NHKである。
まあ、いいんだけどね。 今の世の中の人は、どうせ筋書きしか見ていないんだよね、みんな。
こうして考えると、日本は音楽も映像・映画も、良いものがどんどん失われていくなあ。
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| はったい粉 | - 2016/03/05
- 近くの自然食を売っているような雑貨店に入ったら、置いてあったので懐かしくて思わず買ってしまった。
私の田舎では「麦こがし」と言った。 そのなの通り麦の粉である。 粉と適当な分量の砂糖を、どんぶりに入れ、暑いお湯を注ぎ、急いでかき回すとできあがる。 それが子供頃の記憶ではなんとなく美味しいものだったのだが、今日食べて見ると別に美味しい訳でもない。 昔懐かしい味である。
そういえば、お湯を入れかき回すといえば、そば粉と同様だが、そば粉の方が温度も高くなくてはならないし、かき回し方も生にならないようにしないといけないので、真剣さが違う。 祖母にしっかり混ぜて!と言われながら、手を廻した記憶がある。 はったい粉の方は、勝手にやりなさいという様子であった。
どちらかと言うと、はったい粉の方が子供のおやつという感じであった。 しかし、何十年ぶりに食べた。 まだ、沢山残っているから食べないともったいない。
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| GIL CUPPINI “GIL CUPPINI QUINTET” | - 2016/03/04
- GIL CUPPINI “GIL CUPPINI QUINTET” HOLLYWOOD HLP4000 (Italy)
今、店の壁に飾ったこのアルバム。 このアルバムは、18年前に店を開くまでは、私が知らなかった作品であった。 それがヨーロッパに行くようになり、知る事になる。 それは有る時ミラノで知り合った、マフィアだという噂のある人から、人陰の無い車の陰に連れて良かれ、どうだと見せられたのが最初の出会いである。 従ってこのアルバムも、いや演奏者もマフィアの関係者かと思ってしまった。 という事は、イタリアのレア盤である相当の数の人がマフィアになってしまう。それはない。
このレーベルは「HOLLYWOOD」という彼の自費レーベルであろうか、その後レーベルを売ったのか、名前を変えたのか知らないが今度は「BROADWAY」という名前に変わり、レコード番号は「BW4000」となる。 イタリアも第二次大戦の敗戦をアメリカの支配下に置かれたので、いやにアメリカの名前が氾濫した事は現地に行けば良く分かる。この例もそんな感じがして、アメリカかぶれの私には好ましい。 ただ、最初の頃は、オリジナルがどっちかどっちか忘れてしまい、その度に、狡いイタリア人のディーラーにオリジナラーレなどと引っ掛けられそうになって困った。
ところで、このアルバム、中々の好演奏である。 ジャケットの裏を見ていると一曲目が「THE DRUMS」となっているのだが、レーベルを見ると、2曲目から始まっていると、ヘンだと思いながら聴いてみると、なるほど一曲目は本人のドラムソロである。 それも、ドラム賛歌の詩の朗読もありのドラム・ソロ。この人はドラムが大好きなんだね。 2曲目から、通常の演奏である。 それが中々のイタリアン・ハード・バップ。 メンバーを見るとGIANNI BASSO、 OSCAR VALDAMBRINI、 SERGIO FANNI、 ERALDO VOLONTE、RENATO SELLANI、GIORGIO AZZOLINI、GIORGIO BURATTI 、そして本人というオール・イタリアン・ジャズメンというスター総出演、そこにスエーデンの英雄LARS GULLINも参加していると言う念の入れよう。悪いはずがない。 近年、このアルバムを再発したパオロ・スコッティの話によると、50年代の終わりに何回かに分けて録音して貯めていたものを、60年になってまとめ上げ発売したものだという。 これがジル・クッピーニ本人の初リーダー作となったのである。
演奏はスタンード曲に、彼等のオリジナル曲を混ぜていて、どちらの曲も、人の心をつかむ良い感じで「TOPSY」などはリー・コニッツとウオーン・マーシュのATLANTIC盤に匹敵する好演奏。 更にB面にはジャズボッサもあって、これがクラブ・ジャズ・シーンでも騒がれたのであるが、彼のもう一枚の「MEAZZIレーベル」の方がクラブとしては更に人気があり、こちらがジャズファン用、MEAZZIがDJ等と言われた事もあるが、いずれ劣らぬ作品である。
ヨーロッパの当時のハードバップは、アメリカン・ジャズとはちょっと違って、リズムが粘らない事が今になって見ると新鮮で良い。 まあ、あれもいい、これもいい、という所か。 所詮ジャズ・マニアである。
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| RED GARLAND “ALL MONIN’ LONG” | - 2016/03/03
- RED GARLAND “ALL MONIN’ LONG” ESQUIRE 32-099 (England)
さても珍しいアルバムの入荷。 白々として明けて行くけだるい朝、下から太陽が昇って来て、およそ半分に差しかかろうというところである。 朝の長い時間を現わしたものであろうか? 理由は分からぬが、太陽はちょうど中央にいなくて、右側をやや多めに開けてある,ESQUIREの文字のスペースを確保した物であろうか? どこか面白い。 構図は大変シンプルで良い。 原盤はPRESTIGEレーベルの人気盤(7130番)である。 オリジナルは朝の運河の朝霧の中、徐々に明けて行く写真でなかなかの傑作写真である。 となると、こちらも欲しくなるなあ。
今回のそれは英国で作られたもので、スタンパーは米国ヴァン・ゲルダーのを使用し、盤にはRVGと刻印がある。。 盤はなぜか、やけに重く廃盤としては非常に好ましい。 演奏は表記の通り、コルトレーンとドナルド・バードの二管をフィーチャーしたもので、まさにPRESTIGEらしいナイス・セッション。タイトル曲はファンキーななかなか良い曲である。 聴いているとハードバップの良いところ、楽しいところがいっぱい入っている。 コルトレーンの良い時のソロも沢山でてくる。
あっちも良いけど、これもいいなあ。
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| RADKA TONEFF “FAIRYTALES” | - 2016/03/02
- RADKA TONEFF “FAIRYTALES” ODIN LP03 (NORWAY)
ラドカ・トネフのアルバムの事は、一度「ウインター・ポエム」という作品を取り上げた気がするが、ずいぶん前の事なので、もう一度、考えながら話を進めたい。 彼女は人生でLPは3枚しかない、それはこの作品のある30歳という若さでこの世から去ったためである。 しかし、本人がいなくなったにも関わらずこのアルバムは発売後、5万枚も売ったと言う。ノルウエーの人口が500万人しかいない国で、5万枚売ったという事は如何に大ヒットかということである。 近年、ノルウェーや隣国スエーデンなどで、彼女の音楽性に急速に注目が集まり評価が上がっていて、それにつれてレコード人気も高く、探すのが困難になって来た。 それにしても、今となっては探せどなかなか見つからないのだ。
この「FAIRYTALES」は82年、STEVE DOBROGOSZ(スティーブ・ドブロゴス)のピアノだけで作ったものだ。 冒頭の「The Moon Is A Harsh Mistress」は多くの歌手が歌っているが、彼女のは透明感と心の中を覘かれているような気になってしまう不思議な唄である。 その後のクルトワイルの曲「LOST IN THE STAR」も透明感のある声だが、しかしぐさっと来る格別な雰囲気を持っている。 切羽詰った声の感じも悪くない、個人的にも大好きな一枚である。 なんでも彼女は有るミュ−ジシャンに恋をしたのだが、振られたのがきっかけで自殺に至ったと言う、今時、信じがたい純情な心の持ち主だった。 唄からも一途さが伝わってくる。 不幸は彼女から離れることがなく、また彼女も不幸から離れる事を望まなかった。
聴くと精神的に安心させられる音楽である。 それでは、まるで心の療養のための音楽のようだな。 ジャンルを問わずファンがいるというのも頷ける。
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| CHICK COREA “RUTURN TO FOEVER” ECM 1022 | - 2016/03/01
- CHICK COREA “RUTURN TO FOEVER” ECM 1022 (GERMANY)
仕入の箱を見ていたら、このアルバムが出てきた。 またあったかと思いながらひっくり返していると、おお、これはオリジナル。 それも、ジャケットがしっかりしていて珍しい事だ。
このアルバムを見る度に、私のコレクター時代を思い出す。 私は、廃盤も購入していたが、新譜もまたせっせと購入していた。 その中にあってECMレーベルは特に注意をして集めたものだ。 と言っても、私が買いだした時に、これらのアルバムはまだ日本盤で満足していたので、オリジナルの輸入盤を持っていなかった、それが徐々にオリジナル盤に興味が移行してから50枚ほどもリリースされてからの購入であったので、後から思えば、既に、ほとんどが2度目のプレスであった。 なぜなら、ショップで眺めていると、新入荷の中にはジャケットが、どうも自分の持っている物と若干違う。 それで買って帰り、比較し、盤の重さを計ったり、ジャケの造りを調べたり一人反省会を開いているうちに、これはイカン!という事になり、初期に作られた物と思われるものに買い替えていった。 その結果、ECMはどこまでがこの造りというのを自分なりに決めた。 当時はECMに関して誰も興味を示していなかった頃である。
そして、まさに1972年のこのアルバムこそ、ECMオリジナルの特徴を示した作品だったのである。 大ヒット作ゆえ、膨大にプレスされていたので、多くは後発の盤である。 さて、その中で新入荷の中から原盤を探す楽しみは言いようがない楽しみで、有る時は店の親父に頼んで、入荷分30枚くらい全部見せて貰って事もある。 そうしてようやく、このオリジナル盤に行きついたのである。
あまり詳しく書く事は控えるが、まず、背文字がない事。 LCと書かれたマークが無い事。 盤もやや重い事。 これでオリジナル盤として十分である。 ところが、問題があってECMレーベルの最大の欠点である、コーティングが剥がれてしまう事。きっと糊が弱かったのであろう。 これがほとんどの初期のジャケットに起きてしまいどうしようもない、これさえ無ければ、まず完璧である。
こういう状態の良いアルバムと言うのが、今となってはほとんど無い。
ところで、店の中を漁っていたら、日本盤も出てきた。 トリオレコードではなく初期のポリドールから発売された物で、音質はどちらかというとアメリカ的な音質である。油井正一の解説も新鮮で、読み応えがある。
当時、私は思った。 ジャズが一体、こんなに新鮮ですがすがしくて良いのかと。 若いお姉ちゃんに「大好き!」などと言われるジャズがあっていいのかと。怒ったさ。 しかし、私も好きな一枚だった。
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