HAL'S DIARY
オーナーのひとりごと。買付けの裏日記など。
きまぐれに更新しています。

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CAROL SLOANE "LIVE AT 30TH STREET"
2016/04/13

CAROL SLOANE "LIVE AT 30TH STREET" COLUMBIA CL1923  (USA)

キャロル・スローン、私の好きな女性ヴォーカル・アルバムの入荷。
今回のは、プロモ盤で白ラベルなのが嬉しい、だが傷が2・3ある、あるがそれほど影響があるわけでは無い。
できればプロモ盤はぜひ聴いて頂きたい。

さて、この彼女の初録音,いや2度目か?どちらでもいいや。
1962年8月 コロンビアがある教会を入手しリノベーションしたスタジオを録音に使用した。
教会関連で録音した音は、マニアには要注意である、音が良い事が多いのだ。
裏のライナーを読むと、Friday August 31 1962 8:30PM  Columbia recording studio  207 East 30th St.
と、ここまで書いている、会社としては余程の力の入れ方だったに違いない。

この時の録音はBUCKY PIZZARELLI(バッキー・ピザレリ)カルテットがバック。
ギター・カルテットがバックとはジャズ・ボーカルには打って付け。
そこに観客を入れての録音でさぞ彼女も気分が良かったに違いない。それほどコロンビアも入れ込んでいたということである。
聴けば、新鮮さと歌の実力が垣間見える成程と頷ける好アルバム。
彼女は艶のある声なのに、さらっとしている。 かつセクシーで、すがすがしい声。
勿論 若さもある、明るさもある、そして自信に満ちている。

後期傑作「サブウェイ・トークン」の時にも書いたので、重複しても仕方ないのであまりくどくは言わないが、この頃2枚録音しただけで彼女のアルバムは、パタッと途絶える。
彼女にとってコロンビアのスタジオは楽しい場所ではなかった。いつも誰かと比べられているような気もしたし、自分が企業の商品としての扱いに反発も覚えた。コロンビアの会社の考えた方向性と食い違ってしまった。
早い話が彼女が、ショービジネスの世界にあって我がままだった、とも言える。
しかし人間、無理に良い子になろうとしてもなれない事だってある。

そのまま10年以上もスタジオから離れる事になるのだ、
勿体ないことである、しかし心配は無用、彼女の歌への想いは絶ちがたく、ローリーに住み、秘書の仕事を続けながらクラブ歌手として歌い続けていたのだ。
その結果また、花が咲く事になるのだから、人間捨てたものではない。

ジャケットを見ると、マイクを握りしめた彼女が歌っている写真である。
目を閉じて真剣に仕事をしている様子が伝わる。
可愛さもあるし、このまま続けていればきっと大歌手になれただろうと思える。
青一色のモノクロ写真で、ちょっとアイドル的でもある可愛らしいジャケットである。

A面3曲目の「Spring is here」など聴いていると、人には必ず いつか 春が来るものだと、私も思う。
良い唄だねえ。

彼女の初期のアルバムであるが、上記の理由で、あまり再発も無かったとみえ数が少ない。
ぜひ、こんな機会に聴いて頂きたい。


火事
2016/04/12

昼に新宿歌舞伎町辺りで火事だと騒いでいた。
広島の仲良しからもニュースで見たと電話をくれた。

それで夜 通って見た。
どうもゴールデン街だったようで、近づくと通行禁止と看板が立っている。
でも人が入って行くので、行かねばなるまい。
小路に入っただけで、焦げ臭いにおいが充満している。
おっと思ったが、冷静に考えるとそこは焼肉屋の裏口で、どうもその臭いらしい。
焦ってはイカン。

もう少し行くと、あったあった 現場だ。
2・3軒が焼けている。
2・3軒と言うのは、この辺りは70年も経っている小屋の連続なので、互いに寄りかかっているような状況で、裏から見ると、すでに朽ちかけているような様子。
2軒は屋根が落ちているので、はっきりしているのだが、もう一軒もまあ被害を被ったのだろう。
いつもの近所の野良猫も姿を消している。

警察や消防が沢山いてって、昼は29台来たと言っていたが、3台も来ればいっぱいになってしまうこの場所にどうやって29台入ったのか、オジサン その方が気になる。

ニュースを見ていたら、「ゴールデン街」を戦後すぐに出来た、小さな飲み屋さんと言っていた。
違うよ、1階で顔を見て、良ければ鍵を掛けて、2階に上がるという仕組みの、赤線地帯だよ。
嘘を言っちゃいかん。

賭博で...
2016/04/11

朝からバトミントンの選手の賭博の話でテレビの中は大騒ぎ。
鬼の首を取ったかのようなコメンテーターのきれいごとの話を訊いていて、ムカついてテレビを消した。

TVマスコミにおいて、以前もどこかの校長先生が女の子は子供を産めと言った発言がイカンという事件とも言えない話を事件にして騒いだ。
こういう個人を叩く時の アナウンサーやコメンテーターの奢り高ぶった態度、きれいごとをシャーシャーと言う時の態度が我慢ならない。
絶対に反論できない相手に対して、安心して叩きまくるという図式は何とかならないものか。

先日も書いたが大企業の支払った税金の少なさを叩くのがあなた方の仕事ではないのか?
それが社会におけるマスコミの正義ではなかったのか?

それをマスメディアという強大なパワーを、個人にぶつけることの恐ろしさを、あなた方は解っているのか?
分かっているからそうすんだよなあ。
これをまさに「いじめ」という。
世の中からいじめが無くならないのは、テレビがそうだから。

SARAH VAUGHAN “COPACABANA
2016/04/10

SARAH VAUGHAN “COPACABANA” PABLO 2312 125 (USA)

アメリカにおける女性ジャズ・ボーカルといえば、ビリー・ホリデーを筆頭に、ダイナ・ワシントン、サラ・ヴォーン、エラ・フィッツジェラルド、カーメン・マクレーなどを挙げると、実際の所、次を白人に譲ってしまう感がある。
それほど、彼女達はジャズ・ボーカルの「代表」であり、良い時代のボーカリストすなわちイコール・ジャズであり、有無を言わせぬ圧倒的である。
オマケに何と言っても女性ボーカルは花である。
その中でも、近代に於いてはサラ・ヴォーンは紛れもないジャズ・ボーカルリストとして栄光の日々であった。
その彼女も70年代に入った所で、日本でも「ラバース・コンチェルト」が大ヒット。
来日もあり一般大衆の中に入って行き、日本から彼女への富の流入が増すとともに、ジャズのマニアからは乖離して行く事になる。
まあ、どちらでも良い話ではあるが、マニアにおいては70年からほぼ「失われた10年」でもある。
その、彼女も終わったねと言われていたのが、79年発売の一枚「I Love Brazil!」で突如復活を見せたのだ。
マニアの懐に戻って来たのは意外だった。私たちは驚いたね。

それもダサイ レコード会社と思われていたPABLO(パブロ)から。
嫌々だが購入してみると悪くない。
その後、発売になったのは当アルバムである。
同じブラジルをテーマにした、まあ2匹目のドジョウでもあるのだが、2匹目どころか、圧巻のブラジリアン。
それも堂々たる体格を思わせる力強い歌声で迫ったボサノバは見事。
いや、ボサノバはバックがやって、彼女は彼女のまま。
いや、見事な復活であった。
冒頭のタイトル曲など気持ち良いっタラありゃしない。
2曲目も十分に堪能出来る。

パブロの代表はノーマン・グランツ、流石のジャズ商人は次々と商品いや作品を世に送る。
それこそ、もういいだろう!という間もなく、傑作が連続ホームラン。
「Send in the Clowns」「Crazy and Mixed Up(枯葉)」
商売はカクある物だという見本を示したのである。
80年の幕開けの彼女の活躍には脱帽だった。
いや、感心したのなんのって。

ねこパン
2016/04/09

今日は、買って来たパンで昼食。
暇なので、寛いでタバコも吸ってしまえ。

その、食べたものは「猫パン」
たまに食べたくなって買いに行く、
可愛いでしょ。
可哀想で食べられないけど、えい! 一口でパクッ!

東新宿の「どん助」というパン屋さん。
職安通りと並行する左側の狭い路地にある。


商売
2016/04/08

時々、昔の会社の同僚などに「お前は良い時に会社を辞めたから運が良かったね」と言われたりする。
それは退職金が2倍出た時だったので、それで店を始められたからだというのだ。
その度に「そうだ、そうだ」と私は同調しているのだが、心の中では違うと思っている。

私は退職した時、次に行くべき会社があったと思っていたのだが、全くそんな事は嘘で、退職金を狙っていただけであったり、胡散臭い話であったりした。
また、かく言う私もいい気になって、ポルシェは買ってしまったし、次の仕事が決まらず、何となくお金は使ってしまったのだ。
退職金が多く出たからどうという事もなく、徐々に金は無くなり、どうしようも無くなったのである。

結局、やむ得ず店を始めたのである。
これしか選択肢が無かったので店を開いた。
不足していた操業資金は、近くにあった新宿区に相談に行った。
そこの相談員の先生の親切な教えがあり、経営者になる事の計画性、意識、働き方など学び、開業までこぎつけられた。
そういう意味では運があった。
しかし、そこからは運だけではどうにもならない。

独立してからの私は人間が変わったと、自分でも思える程頑張った。
サラリーマン生活の月の労働時間に換算すると、毎月200時間の残業は当たり前で、それを50歳過ぎてから18年続けた事になる。
それがどうという事も無く働いた。
近所のそば屋のマスター達に言わせると、ただ座っているだけの楽な仕事を言われるのだが。
しかし、一日も休むことなく働いた。
海外買付に行く前日も遅くまで店の準備をし、海外から帰ったその日は店に出て普通に働いた。
時差などまったく感じなかった。
そうやって、死ぬ気で働いて来た結果だと思っている。

だけど個人の商売ってのは、「自分の価値を世に問う」という事だと思うのだが、そこが面白い。
きっと大企業の経営者には分からないだろうな。
好きで無ければ出来ないが、やる気が無ければどうしようもない。

MUSIC FOR THE BOY FRIEND
2016/04/07

MUSIC FOR THE BOY FRIEND DECCA (USA)

今回入荷のアルバムは “He really digs Jazz” Dcca 8313.
ブルーのビキニのお姉さんが恥ずかしそうにポーズを取ったPetty Girlで、Esquireの雑誌の中のイラストで載っていた女の子の絵である、

アルバムは50年当時、雑誌「Esquire」との相乗りで作られたものである。

裏ジャケを見ると 、Petty Girlの説明と共に、Music for the boy friend というシリーズが 8313〜6まで4枚作られた事が書かれている。
これらのジャケットは、今でもたまに見かける。
その度に自分で買おうかと思いながら、ついに一枚も持っていない。
こういうのこそコレクションにすれば良かった。

しばらく店の看板にでもしておこうかな。

スティック砂糖
2016/04/06

朝、セガフレードに寄って、カプチーノを一杯。
「イタリアンで美味しいなあ」と気分が盛り上がっていた所、と、そこにのろのろと歩いて向かって来るのは「レゲーのオジサン」じゃなかった浮浪者。

通り過ぎるかと思いきや、なんと私のいるカウンター近くまで来る。
あれれ、と見ていると、これまた遅い動作で腕を上げると、むんずとスチック砂糖を掴んだ。
あれま、取って行ってしまうのか?
興味津々で見ていると、数を数えだして、5本頂いた。
すると、ポケットを探り10円を取出し、カウンターにパチリと置いた。
あれま律儀だこと。
ここでちょっと考えて、彼はもう一度戻り、また5本を数え、もう一個コインをパチリと置いて立ち去った。
5本で10円だと決めている所が可笑しい。
立派な行いに、私は思わず感動。

ちょうど作業中で現場を見ていなかった店のお兄さんを呼んで来て、この20円は浮浪者が砂糖を貰って行ったお金だからね、と話すとお兄さん「いえね、時々、10円玉が置いてあるんでなんだろうと思っていました」
と納得されていた。

私とお兄さんの間では、少なくともちょっと感動的な話として盛り上がった。
コーヒーでも奢ってあげればよかったなあ。

SARAH VAUGHAN “A LOVER’S CONCERTO”
2016/04/05

SARAH VAUGHAN “A LOVER’S CONCERTO” 日本フォノグラム

仲よしが来て、今度 人前でレコードを掛けるのだが、LOVER‘S CONCERTO の良いのがないかと言う。
それで、ちょうど良いのがあると、サラ・ボーンのを見せた。
すると「そうではない、シュープリームスの方が良い」と言いだす。
昔の親父はうるさいなあ。
ちょうど倉庫にあった、シュープリームス「I Hear A Symphony」を聴かせると、「うん、これだ」と。
サラ・ボーンは駄目なのかと聴くと、ダイアナロスの方がしっくり来るのだそうだ。
ムッとして、サラ・ボーンの方が低音の迫力もあっていいだろうというと、そこが可愛らしさのあるシュープリームスの方が良いと言う。
まあ、人の好みは千差万別。

彼が帰ったあと、このアルバムを聴くと、良い雰囲気だねえ。
サラのこの曲は1970年代、日本で非常にヒットした。
一時は各家庭に一枚と思われる程の勢いだった。
今回のアルバムも、ちょうどそんな感じのヒット曲・有名曲いっぱいで、73年のライブ・インジャパンの曲も入れた日本独自の造りでもあろうか。

だが、聴けば70年代の良い時代の唄である。
彼女の低音は迫力があるし、高い声も伸びる、素晴らしい歌唱力である。

いいねえ。

ビル破壊工事
2016/04/04

近所のビル破壊工事。
大変な迫力である。
バルタン星人の爪のような、強力な鋼鉄の鋏で砕いて行く姿は圧巻であった。
通行人が立ち止まってしばし眺める。
私も眺めていると、どこかのオジサンも感心しながらカメラを向けていた。
私も負けじと写真を撮る、といってもケイタイであるのがちょっと残念ではある。

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