HAL'S DIARY
オーナーのひとりごと。買付けの裏日記など。
きまぐれに更新しています。

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税金を払わない巨大企業(文春新書)
2016/03/31

消費税は本当に必要なのか?
消費税率を10%にしたくて仕方の無い安倍首相。
いや、安倍さんは官僚に言われているだけなんだけどね。
雀の涙の僅かばかりの低減税率を持ち出して、国民を騙くらかしてなお消費税の増額に踏み切りたいと。

そもそも経済的に言えば世界の中で、圧倒的な健康優良児の日本という国において、本当に消費税は必要かと考えると、実は全くそんな事は無くて、払うべき企業が法人税を払っていれば、消費税などなくても問題は無いのだ。
その説明をしたくて、資料として購入した本。

「税金を払わない巨大企業(文春新書)」 

この中から、ちょっと抜粋して説明しようと思ったのだが、読んでいて、ムカついてきてしまた。
分かっていて読んでいたのだが、腹立ちを抑えきれなくなった。
説明するのも憚られる。
えーい! 私が説明するより、ぜひ、購入して皆さんで読んでくれい。

いかにして、抜け道があって、巨大企業が税金を納めずに、この世の利益をむさぼっているか良く分かると思う。
企業はもちろん、個人でも金(税金)を払う意志の無い人間はいくらでもいる。
安倍さんが、昨年の春闘の前に各企業に給料を上げてくれとお願いした事が、良く分かったと思う。
納税するべきお金が巨大企業には唸っていたからで、ちょっとくらい給料に廻しても全く問題が無いはずであったから。
しかし、それとて巨大企業の高給取りに恩恵が行くだけの事でもある。

結局、世の中の仕組みとは「税金とは取り易い所から取るものだ」という事が良く分かる。
なんだかなあー.....、。

昔は大企業の社員はバッチを付けて肩で風を切って歩いていた。
でも、そういう企業の社員を見つけたら、一言言ってあげたらいい、税金を払ってから威張れよ、と。

あ、ヤバエ。ウチの客にも大企業がいるんだ。
あんたは別だからね。(モミモミ)

ロイヤルホスト
2016/03/30

ロイヤルホスト略して「ロイホ」のデザートが結構好きで、時々行きたくなる。
ケンタッキー・フライドチキンとかと同じ様な感じ。

好みは写真のヨーグルト・ジャーマニー、コーヒーゼリーや季節のパフェであったりする。
なぜ良いかと考えたら、ここのアイスクリームが結構美味しい。
特にチョコレートのアイスクリームが美味しい。

大したものだと思うのだが。
でも私が美味しいと言うと、店が無くなってしまうからなあ。

新宿そだち
2016/03/29

新宿の朝、歌舞伎町入口バス停の真ん前に自転車を停めていたらしいお姉さん。
場所が場所だけに、ファッションから見ても、早朝、お帰りになるような方でもあるし風俗関係者かと見た。
それが荷台にチラシやらプットボトルやらを入れられていたようで、怒りながらそのゴミを辺り一面にブチ撒けていた。
ゴミが自転車のカゴに捨てられていれば、怒りたくなる気持ちは分からないでもない。
しかし、近くのコンビニにでも行きゴミ袋を貰って来るとか、方法はあろうが、彼女はそれを四方八方けっこう遠くにも投げ捨てる。
いやいや、見事なこと。
オジサン、見ていてちょっとムカッとした。

いやちょっと待てよ、この辺りは週に2・3回はゴミ掃除の車が出動して、靖国通り沿いを清掃して行く。
お姉さんはそれを知っているからこその態度か?
エライ! さすが新宿そだち、恐れ入った。

帽子
2016/03/28

最近はここの店の周囲の知合いからも、池田さんのトレードマークだね、と言われて喜んでいる私も、春はハットは被れない。
なにしろ関東の空っ風と言う通り、東京も近代化を遂げたと言っても気候の事象までは変えられず、春なればどうしたって風は吹く。

東京の風はけっこう強く、ハットは特に要注意。
ぼやっとしていると道路の真ん中を、我が帽子がコロコロと転がって行くのを見送る事になる。
だから春はキャップが良い。

私など一度は、四谷三丁目の信号のど真ん中で、風に煽られ帽子が吹っ飛び、運転手たちが、気の毒がったのか、車が一斉に停まり、私が一人で走り回って帽子を拾うと言う恥をさらした。
まさにマングースのごとき、わが身であった。

恥じ!

花に嵐の...
2016/03/27

知合いのお嬢さんが東京の大学に行くことになった、
それで、父親も最初は合格したことを喜んでいたのだが、少し日にちが経ち、落着いた時「この子を遠くへやるために、私は頑張ってきたのだろうか?」
と淋しがっているという。

地方から進学するという事は、そう言う事である。
ある日を境に、まさに「巣立ち」という事に他ならない。
親に取って、ちょっとだけ学校に行かせるだけだと思ったのに、これが別れの始まりだったかと愕然とする事なのだ。

子供の方も、卒業、就職、結婚などと進み、ふと思い起こせば、必至に生きた我が人生、故郷にいた年数より東京で暮らした年数の方が長い事に気が付き、己の親不孝ぶりを嘆くも既に遅し。
こうやって皆生きて行くんだなあ。
でも、前に進むしかないんだな、人生は。

「花に嵐の例えもあるさ、さよならだけが人生さ」
人間とはかくのごとし。

2016/03/26

田舎の姉が餅をついたからと、わざわざ送ってくれた。
箱に、餅、豆もち、草もちなど沢山入っている。
ところが、ウチの仕入れ部長は餅は嫌いだと食べる気もない。
どうも最近の若い衆は餅等食べないようだ。

しかたなく、一人で持ち帰り冷蔵庫に入れて、せっせと食べていた。
半分ほどになってホッとなっていたのだが、この間から下痢をするようになった。
それで、餅を見たらカビが生えていた。
そのせいで下痢をしていたのかと、カビだけ取って食べていたのだが、どうもかび臭い。
これはひょっとするぞと、カビを取った後、匂いを嗅ぐとなんとカビの匂いがプンプン。
オイラ、こんなものを食べていたんだ。
下痢程度で済んでよかった。

子供の頃は、餅のカビ等食べてもなんとも無かったのだが、弱くなったものだ。
青カビはペニシリンの元だから健康の元だなと言っていたのだ。

今は、そうは言わないなあ。

SHELLEY FABARES “JOHNNY ANGEL”
2016/03/25

SHELLEY FABARES “JOHNNY ANGEL” COLPIX CP426 (USA)

ジャズ・ファンの方はちょっとお休み頂こう。
その間に、POPSアルバムの紹介を。

ジャケットに可愛らしい、そして若いのにちょっと上品そうな女の子。
その横にIncludes her great hit “Johhny Angel”としっかりと書かれている。
そう「ジョニー・エンジェル」は私の高校時代の代表的な、好きな一曲であった。
何しろ彼女は、テレビの「センセット77」「サーフサイド6」「ルート66」等の粋な話とはちょっと異なったホームドラマ「うちのママは世界一」で彼女を見る事が出来たのである。
憧れちゃうよね。
Johnny Angel
Johnny Angel、
You're an angel to me......
と私も何度口ずさんだ事か。
僕って可愛い! いや、モトエ。

1961年、アメリカのティーンエージャーの時代が始まろうとしていた、まさにその時、この一曲は大ヒットしアルバムも発売された。
ティーンエージャーという甘酸っぱい想い出の数々、シックスティーという時代のアメリカの音楽界への憧れ、それと同時に豊かさを絵に描いたようなテレビの中のアメリカン・ドラマの数々。
アメリカへの憧れが、そのままに続いた結果、私はポップスからジャズのファンになり、ついにマニアになった。
そんな原点でもあった、あの頃のポップスは特別に面白い。

当時の話に戻ると、ジョニー・エンジェルは日本でもヒットし、伊東ゆかり、などによって日本語で歌われ、和製ポップス全盛となり、大いに楽しませてくれた。
今も聴くとたちまち、16歳のボクに戻ってしまう。
ロマンティックな胸がキュンとなっていて高校生に。
最近のあっちの方ばかりマセた、今時の高校生には分からないだろうなあ。

そんな、彼女の大ヒット作品。
ジョニーエンジェルはじめ、スタンダード曲の「It’s been long long time」。
Kiss me once
kiss me twice
kiss me once again…
 という唄も悪くない。

アメリカの60年代の歌は本当にいい。
まず、歌手は必ず10代の若い人に決まっていて、いや、たまには20代もいるさ。
シャララーというコーラスで始まり、
適当にリズミックで、
甘酸っぱくて、
それでいながらどこか生真面目で、上品さをちょっと保っっている。
寂しいけど、実は豊か。いや、豊かなんだけどちょっと寂しい。
こういう曲、なんだか不思議なんだよなあ。

WES MONTGOMERY “DOWN HERE ON THE GROUND”
2016/03/24

WES MONTGOMERY “DOWN HERE ON THE GROUND” A&M/CTI LP3006 (USA)

これは珍盤の入荷である。
いや、通常の盤なら別に珍しいとは言わない。
しかし、今回のはモノラル盤であり、しかもプロモーション・コピーなのである。
ちょっとジャケットを見てみよう。
正面にPROMOTIONAL COPY ・NOT FOR SALEとシールがある。
そして面白い事に、STREREOと印刷されている場所に、隠す様にMONAURALとシールを貼ってある。
すなわち、このアルバムにはモノラル盤が発売されなかったかも知れないという事である。
時代からしてモノラル盤が発売されていてもオカしくはない。
それがモノラルの盤が作られ、プロモとして関係者に配られたのだ。
モノラルという事はラジオ・ステーション用であると察する事が出来る。

レコード盤を見ると、ラベルはプロモ用である事を証明する白い紙に印刷されている。
勿論、ラベルにもNOT FOR SALEと印刷され、スタンパーを見ればVan Gelderの刻印がある。
いや、嬉しいコレクターズ・アイテムである。

作品は一流で、CTIにおけるWESの3部作。
ストリングスも入った例のさわやかサウンドで、イージーリスニングと言っていたけれど、ジャズとポップスが融合した成功例である。
A―1から心地良さに包まれて聴いてしまう。
徐々にクロスオーバー・フュージョンのサウンドに向かい、徐々に変化して行く事になる70年代らしい実に特徴的な、良い作品である。

しかし、モノラル盤は心が躍るなあ。

JOHN COLTRANE “WITH THE RED GARLAND TRIO”
2016/03/23

JOHN COLTRANE “WITH THE RED GARLAND TRIO” PRESTIGE 7123 (USA)

別名、トレーニング・インと呼ばれる人気作品。
なぜなら、その後いかにもプレステイジ・レーベルらしい黄土色の横顔のジャケットで再発され、そのタイトルがトレーニング・インだったからで、しかも、日本に紹介された物が、その後発盤であったために余計にそのイメージが定着した。
勿論 冒頭の曲のタイトルがトレーニング・インである事も大きい。
従って、私などは横顔が最初だと思っていたのだ。

しかし、私がこのオリジナル盤を入手した時には、そのデザインの斬新さに驚いた。
黒地に赤い筆を殴りつけたような、炎を連想させる、荒々しいデザインを見た瞬間、これぞオリジナルと敬服したのである。
みごとな前衛芸術である。
ジャズという音楽芸術と絵画の芸術の融合を図った一枚でもあり、前衛芸術に関心を寄せていた当時の若者たちに、大変好評のアルバムであった。
1957年、初リーダー作を発表した直後の録音で、若いコルトレーンのジャズに掛ける意気込みも伝わる、素晴らしさ。
当時はマイルスのアルバムにも、またコルトレーンのアルバムにもバックをレッド・ガーランドと決まっている。
サイドはポール・チェンバース(b)、アート・テイラー(d)というオールアメリカ・リズム・セクションである。
私など、それぞれの人の名前を聴いただけでも響きがナイス・サウンド!
良い時代のジャズ、ハードバップである。

そういう意味でも、待望のアルバムの入荷である。
おまけに、今回のは ジャケットがピカピカで新品同様、擦れも無いという嬉しさ。
いや、いいわぁ、これは。



昔選手、今容疑者
2016/03/22

清原選手の薬物関連話しは連日TVの恰好の餌食になった。
昨日までは清原選手、逮捕の日から清原容疑者とこれでもかと連呼の数を数えていると、私はTV世界の恐ろしさを感じてしまう。人の扱いの変わりよう、 手の平を返すと言う言葉の通り、TV社会のありようを、これほど見せていただいた事はない。

それで、それらしき記事が掲載された週刊誌を買い、ほとんどの週刊誌なのであるけれど、良く分からない情報を作っている週刊文春やら週刊新潮などを読んでみると、なんとなく、人が生きるという事はどういう事であろうかと思われる事がある。
きっと清原選手は「淋しがり屋」の人間だったのではなかろうか。
故に、選手として、また有名人として、成功に至らなかった最も大きな理由ではなかったか。
彼の話を訊いていると、私は桑田という選手といつも比較してしまう。

どの週刊誌にも必ず書かれている事件の原点、早稲田に進学と言っていた桑田を一位指名した巨人、清原を指名するとカモフラージュをして遂に指名されなかった清原。
桑田は野村監督をして野球もプロだが、人生でもプロと言われた通りの経済面でもまたやり手である。
それに比較し余りに純粋過ぎた。
未来の希望に膨らんでいた高校生が、卒業と同時に味わった社会への不信と、戦わず味わった挫折。
戦う事も許されず、しかも球団は違っても、己も又野球界に行かなければならないと言う理不尽さ、太刀打ち出来ない大きな球団という組織に対し、18才の彼の心は、すでに凡人の及ぶところではない苦しみを背負ったのである。
それを思うと、彼を責める事を 私は出来ない。

しかし、冷静に言えば、それでも彼が自を成長させるには、それなりの努力をする必要はあった。処世術といっても良い。
もし打ち勝っていれば、日本の歴史的な選手になっていた可能性はある。
彼が自らをスター選手と思うなら、スターに付き物の「孤独」に打ち勝つ意志が欠けていたと言う他はない。
彼に欠けていた物はたった一つであった。

そうでなくとも、人生という物は「孤独」に強くなければいけない。
かつての長嶋も王も、みな孤独に強かった人なのであろうと、私は思う。
もっと言えばサラリーマンであろうと何であろうと、孤独に強くなければ、人生の成功はない。
これは他人ごとでは無いのだ。

残念なことである。

だが彼は、今でも国民の多くにとっては清原選手である。

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