HAL'S DIARY
オーナーのひとりごと。買付けの裏日記など。
きまぐれに更新しています。
  
| SARAH VAUGHAN “COPACABANA | - 2016/04/10
- SARAH VAUGHAN “COPACABANA” PABLO 2312 125 (USA)
アメリカにおける女性ジャズ・ボーカルといえば、ビリー・ホリデーを筆頭に、ダイナ・ワシントン、サラ・ヴォーン、エラ・フィッツジェラルド、カーメン・マクレーなどを挙げると、実際の所、次を白人に譲ってしまう感がある。 それほど、彼女達はジャズ・ボーカルの「代表」であり、良い時代のボーカリストすなわちイコール・ジャズであり、有無を言わせぬ圧倒的である。 オマケに何と言っても女性ボーカルは花である。 その中でも、近代に於いてはサラ・ヴォーンは紛れもないジャズ・ボーカルリストとして栄光の日々であった。 その彼女も70年代に入った所で、日本でも「ラバース・コンチェルト」が大ヒット。 来日もあり一般大衆の中に入って行き、日本から彼女への富の流入が増すとともに、ジャズのマニアからは乖離して行く事になる。 まあ、どちらでも良い話ではあるが、マニアにおいては70年からほぼ「失われた10年」でもある。 その、彼女も終わったねと言われていたのが、79年発売の一枚「I Love Brazil!」で突如復活を見せたのだ。 マニアの懐に戻って来たのは意外だった。私たちは驚いたね。
それもダサイ レコード会社と思われていたPABLO(パブロ)から。 嫌々だが購入してみると悪くない。 その後、発売になったのは当アルバムである。 同じブラジルをテーマにした、まあ2匹目のドジョウでもあるのだが、2匹目どころか、圧巻のブラジリアン。 それも堂々たる体格を思わせる力強い歌声で迫ったボサノバは見事。 いや、ボサノバはバックがやって、彼女は彼女のまま。 いや、見事な復活であった。 冒頭のタイトル曲など気持ち良いっタラありゃしない。 2曲目も十分に堪能出来る。
パブロの代表はノーマン・グランツ、流石のジャズ商人は次々と商品いや作品を世に送る。 それこそ、もういいだろう!という間もなく、傑作が連続ホームラン。 「Send in the Clowns」「Crazy and Mixed Up(枯葉)」 商売はカクある物だという見本を示したのである。 80年の幕開けの彼女の活躍には脱帽だった。 いや、感心したのなんのって。
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| ねこパン | - 2016/04/09
- 今日は、買って来たパンで昼食。
暇なので、寛いでタバコも吸ってしまえ。
その、食べたものは「猫パン」 たまに食べたくなって買いに行く、 可愛いでしょ。 可哀想で食べられないけど、えい! 一口でパクッ!
東新宿の「どん助」というパン屋さん。 職安通りと並行する左側の狭い路地にある。
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| 商売 | - 2016/04/08
- 時々、昔の会社の同僚などに「お前は良い時に会社を辞めたから運が良かったね」と言われたりする。
それは退職金が2倍出た時だったので、それで店を始められたからだというのだ。 その度に「そうだ、そうだ」と私は同調しているのだが、心の中では違うと思っている。
私は退職した時、次に行くべき会社があったと思っていたのだが、全くそんな事は嘘で、退職金を狙っていただけであったり、胡散臭い話であったりした。 また、かく言う私もいい気になって、ポルシェは買ってしまったし、次の仕事が決まらず、何となくお金は使ってしまったのだ。 退職金が多く出たからどうという事もなく、徐々に金は無くなり、どうしようも無くなったのである。
結局、やむ得ず店を始めたのである。 これしか選択肢が無かったので店を開いた。 不足していた操業資金は、近くにあった新宿区に相談に行った。 そこの相談員の先生の親切な教えがあり、経営者になる事の計画性、意識、働き方など学び、開業までこぎつけられた。 そういう意味では運があった。 しかし、そこからは運だけではどうにもならない。
独立してからの私は人間が変わったと、自分でも思える程頑張った。 サラリーマン生活の月の労働時間に換算すると、毎月200時間の残業は当たり前で、それを50歳過ぎてから18年続けた事になる。 それがどうという事も無く働いた。 近所のそば屋のマスター達に言わせると、ただ座っているだけの楽な仕事を言われるのだが。 しかし、一日も休むことなく働いた。 海外買付に行く前日も遅くまで店の準備をし、海外から帰ったその日は店に出て普通に働いた。 時差などまったく感じなかった。 そうやって、死ぬ気で働いて来た結果だと思っている。
だけど個人の商売ってのは、「自分の価値を世に問う」という事だと思うのだが、そこが面白い。 きっと大企業の経営者には分からないだろうな。 好きで無ければ出来ないが、やる気が無ければどうしようもない。
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| MUSIC FOR THE BOY FRIEND | - 2016/04/07
- MUSIC FOR THE BOY FRIEND DECCA (USA)
今回入荷のアルバムは “He really digs Jazz” Dcca 8313. ブルーのビキニのお姉さんが恥ずかしそうにポーズを取ったPetty Girlで、Esquireの雑誌の中のイラストで載っていた女の子の絵である、
アルバムは50年当時、雑誌「Esquire」との相乗りで作られたものである。
裏ジャケを見ると 、Petty Girlの説明と共に、Music for the boy friend というシリーズが 8313〜6まで4枚作られた事が書かれている。 これらのジャケットは、今でもたまに見かける。 その度に自分で買おうかと思いながら、ついに一枚も持っていない。 こういうのこそコレクションにすれば良かった。
しばらく店の看板にでもしておこうかな。
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| スティック砂糖 | - 2016/04/06
- 朝、セガフレードに寄って、カプチーノを一杯。
「イタリアンで美味しいなあ」と気分が盛り上がっていた所、と、そこにのろのろと歩いて向かって来るのは「レゲーのオジサン」じゃなかった浮浪者。
通り過ぎるかと思いきや、なんと私のいるカウンター近くまで来る。 あれれ、と見ていると、これまた遅い動作で腕を上げると、むんずとスチック砂糖を掴んだ。 あれま、取って行ってしまうのか? 興味津々で見ていると、数を数えだして、5本頂いた。 すると、ポケットを探り10円を取出し、カウンターにパチリと置いた。 あれま律儀だこと。 ここでちょっと考えて、彼はもう一度戻り、また5本を数え、もう一個コインをパチリと置いて立ち去った。 5本で10円だと決めている所が可笑しい。 立派な行いに、私は思わず感動。
ちょうど作業中で現場を見ていなかった店のお兄さんを呼んで来て、この20円は浮浪者が砂糖を貰って行ったお金だからね、と話すとお兄さん「いえね、時々、10円玉が置いてあるんでなんだろうと思っていました」 と納得されていた。
私とお兄さんの間では、少なくともちょっと感動的な話として盛り上がった。 コーヒーでも奢ってあげればよかったなあ。
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| SARAH VAUGHAN “A LOVER’S CONCERTO” | - 2016/04/05
- SARAH VAUGHAN “A LOVER’S CONCERTO” 日本フォノグラム
仲よしが来て、今度 人前でレコードを掛けるのだが、LOVER‘S CONCERTO の良いのがないかと言う。 それで、ちょうど良いのがあると、サラ・ボーンのを見せた。 すると「そうではない、シュープリームスの方が良い」と言いだす。 昔の親父はうるさいなあ。 ちょうど倉庫にあった、シュープリームス「I Hear A Symphony」を聴かせると、「うん、これだ」と。 サラ・ボーンは駄目なのかと聴くと、ダイアナロスの方がしっくり来るのだそうだ。 ムッとして、サラ・ボーンの方が低音の迫力もあっていいだろうというと、そこが可愛らしさのあるシュープリームスの方が良いと言う。 まあ、人の好みは千差万別。
彼が帰ったあと、このアルバムを聴くと、良い雰囲気だねえ。 サラのこの曲は1970年代、日本で非常にヒットした。 一時は各家庭に一枚と思われる程の勢いだった。 今回のアルバムも、ちょうどそんな感じのヒット曲・有名曲いっぱいで、73年のライブ・インジャパンの曲も入れた日本独自の造りでもあろうか。
だが、聴けば70年代の良い時代の唄である。 彼女の低音は迫力があるし、高い声も伸びる、素晴らしい歌唱力である。
いいねえ。
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| ビル破壊工事 | - 2016/04/04
- 近所のビル破壊工事。
大変な迫力である。 バルタン星人の爪のような、強力な鋼鉄の鋏で砕いて行く姿は圧巻であった。 通行人が立ち止まってしばし眺める。 私も眺めていると、どこかのオジサンも感心しながらカメラを向けていた。 私も負けじと写真を撮る、といってもケイタイであるのがちょっと残念ではある。
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| おいしい、 | - 2016/04/03
- ふぐを食べたいなあ。
だれかご馳走してくれないかなあ。 でも、もう季節も終わりか....
「ふぐ喰って わが心にも 毒溜めて」
オレは毒を溜めて、悪いヤツになるんだ。
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| 昨日の日記で... | - 2016/04/02
- 昨日の日記に、昔の映画の場面・場面における人間臭さ、俳優の存在感等が良いと書いた。
それからもう一度、考えてみた。 昔のアメリカの有名な映画スターなど、決して演技は上手いという物でも無い。 日本においても昔からスターの演技は大した事がない。 しかし、それでも昔の映画の方が心に響くものがある。
考えてみると、それはかつての人たちの持っていた「しぐさ」「表情」とか「背中の演技」が、自然に備わった事なのかな思う。 言ってみれば、悲しさや、辛さが日常にあって、それが子供の頃から見に染みついていたのかなあと、思うのである。 貧しい世の中に育ったかつての世代は、人の背中が語る言葉にならない言葉を、発しかつ読み取る能力が自然にあった。
アメリカ人に同じ事が言えるかどうかは知らないが、それらしく感じる事はある。 まして、日本においては背中が語るものは沢山あった。
私の祖母は嫁である私の母の悪口を、わざわざ外に出て家の前に流れてくる小川に、鍋を持ち出しガサガサと洗いながら、背を向けたまましゃべる。 それを母は、台所の流しにいて、やはり背を向けたまま手を動かしながら、耳にしている。 悲しさは背を見れば子供にもわかる。姉たちも黙って机に向かう。 そういう背を見る事から伝わる、心の悲しさを私は知っていた。 多分、日本の家庭の中の多くは似た経験にしているはずである。 このような表に出難い感情の表現、口から発する事のない表現があり、日常の中で私たちは形成されたのだと思う。
その時代に育った人たちの演技には、そういう悲しさが自然に備わっていた気がする。 それは音楽にもいえる事ではないか。
昔は良かったというのが正しいかどうかは別にして、ある意味、私などあの時代から抜け出せない。
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| 映画「オーケストラの妻たち」 | - 2016/04/01
- レコードを処分したいという方がいて、御宅に伺ったところ、ジャズやら映画などの話になり、嫌いじゃないから徐々に盛り上がり、この映画はどうだこうだと長引いた。
それで、ゲレンミラーが実際に出ている映画があって、楽団の巡業の内幕のような事も解って面白いと、わざわざDVDで見せてくれた。 最初はスタート部分と10分くらい所の演奏だけでも見せてくれるという事だったのだが、見ている内にこちらも乗ってきて、二人でまた盛り上がる。 そんなこんなで最後まで映画鑑賞と相成った。
それで、本当に本人が出演していてオジサンびっくりした。 その後の物語ではジェームズ・ステュアートが演じていて、これが又そっくりで嬉しかったのだが、本人出演は更に面白い。 話は、ジャズメンをめぐる他愛もない恋と結婚のドタバタ劇。 本人はなかなかのハンサムだったし、音楽が楽しめた。
1942年の日本との戦争中の話なので、アメリカ側の戦意高揚の事を私が喜んで見ているのもどうかと思わない訳では無いが、ジャズの話なので良しとした。 だが、昔の映画の場面・場面における人間臭さ、俳優の存在感等々、なんとも言い難いものがある。 女優のアン・ラザフォードも古風な美人で私のような年齢の観客には昔を思い出してしまう。これがまたブリッコながら可愛いんだなあ。 ジャズという音楽に関係する人々の話も興味深く、恥ずかしながら最後まで見てしまったのであった。 しかし、戦時中にこんな楽しい映画を作っている豊かな国とは戦争などするものではない。
レコードを買い取りに伺ったのに、他人の家でDVD一本を丸々見てしまうとは図々しかった。 私はいったい何をしているのだろう。 楽しかったから、まあいいか?
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