HAL'S DIARY
オーナーのひとりごと。買付けの裏日記など。
きまぐれに更新しています。

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最近の犯罪で
2016/10/27

最近、テレビを見ていて気になるのだが、CMをやっている企業がどいういう会社なのか見当がつかない。
まずゲームを作っている会社がある、あの世界に冠たるSONYがゲーム会社だから驚く。
サラ金の過払い利息取戻し業とか。
携帯電話、通信、インターネット関連とか。
それからよく分からないサービス業が五万と。
その他、コメンテーターで出演する、経営者というのが、コンサルティング関係だと言うのが何んのコンサルなのかさっぱり見当が付かない。

思えばそういう時代になったのか?
かつては、物を作る、それを仕入れて売る、といった分かりやすい図式だったのだが、時代が進み、社会が複雑化するとともに、サービス業とよべる範疇の企業だらけになってきた。
結局はアメリカのように、頭の良いヤツが、金儲けができる社会という事になった。
一生懸命に働いて製造業にいても、もっと賃金の安い国が競争相手では儲けも、たかが知れている。
それより、頭を使ってビジネスの隙間、通信、アイディア、付加価値などで金を動かした方が賢明だということか。

もう多分、私は日本の企業の、半数の会社の仕事内容を把握できていないと思う。
全く知らない仕事というか。

その証拠に犯罪が、すでにわれわれのジジイの年代が、理解できていない「詐欺事件」などが多発しているという事が、正にそういう事である。

あはっ!

必殺仕掛け人
2016/10/26

テレ玉(本名 テレビ埼玉)が朝9時から再放送していた、藤田まこと主演の必殺仕事人?仕掛け人だか、が昨日で終わってしまって、画面の中で主人公たちがチリジリに散って行き、番組が終了した。

それで、今日からどうなるかと思っていたら、そのまま「必殺シリーズ」として続いていた。
タイトルがちょっと変更になり今日から「必殺 仕舞人」だと。

所が主人公がなんと、私の好きな「京マチ子」。
これがちょっと、もうすぐ60歳に近い年齢ながら、なかなかどうして良い雰囲気。
日本人の良いところを持っている、腰の据わった 良い女優だなあ。
美人だしね。
昔の人は綺麗だなあ。

これも、前作同様、朝からテレビの前なら動けないんだわ。

オジサン 止められない!



髭を生やした
2016/10/24

白内障の手術のあと、目に水が入ってはいけないと顔を洗う事を禁止されたので髭も剃らずにいた。
そのまま、1週間、2週間と過ぎてしまった。

そうしていたら髭に対する愛着も出て来て、そのままにしてある。
しかし、最近、髭が長くなってきたら、何だか肌がチクチクする。

そろそろ、このまま行くか、それとも剃ってしまうか決めないといけない。


ROLAND KIRK “The Return of the 5000 Lb. Man”
2016/10/23

ROLAND KIRK “The Return of the 5000 Lb. Man” WARNER BS 2918 (USA)

私の好きなアルバムが入荷。
こういうのを聴くと、ジャズって良いなあといつも思う。
このアルバムは1976年、彼の最晩年の2・3枚の内の一つである。
それなりに、彼の作品には「素朴」さ「したたかさ」が混在していて、ある意味確信犯的な信者にウケるサウンドを感じているのだが、晩年の作品もまた どれがどれと捨てがたいものがあるので、一枚だけを取り上げるのも憚られる。
だが、私が考える一枚は特にこれだと言いたい。

彼は77年に脳梗塞で亡くなったのだが、発売当時は、これが半身不随になった直後の作品だと言われていたのだが、最近の書物を読むと、倒れる直前の録音と言われている。しかし、何故そんな事が気になるかと言うと、この作品を聴いた人は、だれでも彼が悟りの境地に到達したかのような気がするからである。
ジャケットを見るとタイトルが「帰って来た5000ポンドの男」となっていて、メートル法に直すと2トンの男とはいったい誰の事かと考えてしまった。
彼の銅像の事なのかと思ったり。
ウルトラマンの事かと思ったり。なんだろう?

また、一曲目の「Eulipions」というのはどういう意味なのだろうと考えてしまったが、表紙を読めば彼が考えた架空の国であるらしい。その辺りから、どうも死後の世界を意識したような気配がある。
そう想いながら聴けば、この作品は、アメリカの音楽の歴史そのものではないか?
そうか、彼は今まで生きて来て、体験した自国の音楽を、彼の中で解釈しそしてこのアルバムに残した。
冒頭のEulipionsはテナーサックスをじっくり聴かせる。その音色は世界トップ・クラスなのだが、彼はそれをちょっと刺激的にしてある。そこが何とも言えず凄い。考えて見ればテナーサックスこそジャズの代表的楽器である、サックスあってのジャズとも言える。そこにMCが入ったり、コーラスがあったり、まさにアメリカの音楽エンターテイメントのワン・シーンそのものである。
次のSweet Georgia Brownにはウォッシュボード(washboard)=洗濯板が使われる。すなわち、黒人ジャズエンターテイメントに欠かす事の出来なかった楽器でもあったし、黒人音楽の歴史でもある。
Loving youはミニー・リパートンの曲で世界的にヒットした。アメリカ70年代の代表的な曲を彼が取り上げても不思議はなく、その彼女が76年にガンと報じられたのだから、彼が彼女の音楽をピックアップしても不思議はない。
Goodbye pork pie hatはミンガスの代表曲でもある。ミンガスはジャズの歴史的にも音楽的にも代表者であり、またローランド・カークも在籍した事でもあり、ここに取り上げる必然もあったのだ。
そして、Giant stepsはコルトレーンの代表曲、コルトレーンこそアルバムがスミソニアン博物館に収納されている現代ジャズの頂点の一人でもある。
こうしてつらつらと考えると音楽の歴史を、彼は編纂して聴かせてくれたのではないか?

そうして思えば、彼は黒人の音楽の造詣が深く、その歴史を直接聴いてきただけに、こうしてサウンドに表す事が出来た。
このアルバムがジャズとそれを取り巻く周辺の音楽シーンを、取り上げて聴かせ、彼の集大成としたのではなかろうか。
こうして聴けば、彼の音楽は、やっぱり大した物なのである。

栗きんとん
2016/10/21

歩きついでに伊勢丹に寄ったら、中津川の川上屋の「栗きんとん」が売られていた。
早速、購入。
だれか来た人とお茶でも入れて一緒に食べようかと思っていたのだが、その前にあっという間に一人で食べてしまった。
明日はもっと大きい箱のを買おうかな。

栗きんとんは栗を砂糖と炊いて、茶巾絞りにし、形を整えたもので、岐阜県中津川市の秋の名物である。

最近は、何処のデパートにも一年中、どこかの栗きんとん屋が入っているので、別段珍しい訳ではない。
しかし、今頃の時期になると中津川でも名店と言われる店の物が、各デパートにちょこちょこと特別に出される。
たしか、ナンバーワンと言われる「すや」のは高島屋に出るような気がした。

秋は、柿、きのこ、栗と出てくる。
これらの秋の物は、味が薄味で甘過ぎず、しかもほのかな薫りがある物が多い。
実に日本的で好ましい。
秋は本当に良い季節だ。

昨日は、アディロンダック
2016/10/20

昨日の夕食は、アディロンダックへ行った。
そこで、コーヒーのマシンを買ったので、淹れ方の勉強をしているとお嬢さんが言うので、それならばと一杯頂いた。
熊さんの絵を書いてくれた。
買ったばかりだと言うのに、なかなかの出来栄え。
ママさんが、膝が悪くて店に出られないからと、彼女が前向きに頑張っている。
料理の腕前もママさんに負けないし、仕込みも頑張ってデザートのケーキも一生懸命に作っている。
若い人が頑張っている姿は、見ていると気持ちが良い。

唄、故郷の空
2016/10/19

ずっと前から、新宿でも夕方5時(だと思う)になると、街角のスピーカーから曲が流れてくる。
住宅街にね。

夕空晴れて 秋風吹く
月影落ちて 鈴虫鳴く......
たしか「故郷の空」という曲。

あれを聴くと、私などなんとも淋しい想いに捉われて、悲しくなる。
音が悪いので、余計に空しくなる。
新宿でなくても、旅先などで聴いて日には、もうこの街に来たことすら後悔するほどの淋しさ、わびしさ。

そう思っていたのだが、他人に言う程でもないと、長年 黙っていた。

ところが、今日店に来られた年配の仲良しが、突然、その話をし出して、「あの曲の侘しさは言いようが無くて、自分など、もう死ぬのかと思う」という。
もう少し明るい曲にならない物かと。

確かに、私もそう思う。
大体、あんな曲を一体誰が選択したのか?
まあ、どうでもいい話だけどね。

やる
2016/10/17

私はよく、演奏したことを「演る」と書くことにしている。
その「やる」というのが、日本語の中では大きな意味がある。

口に出せば「やる」である。
しかし、その道の専門においては英語のcanはすべて「やる」であり、その漢字はその都度、担当により異なるはずである。

仕事帰りに一杯「飲る」
目を「遣る」というのもあるし、まさに「遣る」というのもある。
ようし景気づけに今日はうなぎでも「やる」かというのもある。
映画の中の悪役が「手前ぇら、やってしまえ」いう殺人も「殺る」である。

まことに日本語の「やる」は範囲が広い。
かつ、良い言葉である。
面白いものだね、日本語は。

カートリッジの事
2016/10/16

私が使用しているレコード・プレイヤー関係は、3台のトーレンス124であるが、アームとカートリッジの組み合わせは、まずSME3009にはEMT・XSD15、これはステレオ用である。
つぎにモノラル用としてオルトフォンのアームSMG212にA/Bタイプという古めのもの。これは8gの針圧で50年代のオリジナル盤にはなかなかの相性である。
それから、タンノイのバリレラをちょっと改造し、78回転SPとモノラルを切り替えて使用出来るようにしている。これは太い音で男性ボーカルなど実に上手く鳴ってくれるが、女の声が若干太くなってしまう事もある。

しばらくメンテをしていなかったので、オーディオファブさんがこられたので、ちょっとチェックとメンテナンスをお願いすることにした。

雑談の時に、「タイプA/Bが、曲によってもうちょっと高音が伸びて欲しいなあと思う時があってね、これはなんとかならないの?」と私が言うと、
彼が「いやいや、そういう音の製品なんだから、そういうものとして受け入れないとね」と答える。
まあ、確かにその通りである。
次に「EMTのカートリッジが、もうちょっと甘い音色で鳴って欲しい時に、素っ気ない音になってしまうのだけど、これはなんとかなるでしょ?」と聞くと、
「いやいや、EMTはそういう性質の音だから」
とまあ、そのとおりで若干甘味に欠ける部分がある。まあ、使用目的から考えればそういう事である。

レコードによっては、我がカートリッジでも全く問題がないものもあるが、しかしその反面、私の好み合わずちょっと感じが違っているものがある。
そのためにわざわざ、3台のプレイヤーを揃えているのだが、それでも、まだ足りないものがある。
だからと言っても、プレイヤーをもう一台という訳には行かない。

しかし考えてみれば、オルトフォンの当時の製作者が「これは、ここまでの性能で良し」としたわけであるから、すべてのレコードにマッチした製品など存在しない。
カートリッジの音は「あちらを立てれば、こちらが立たず」という所が非常に大きい。
従って、得手不得手が必ず存在する工業製品だという事も出来る。
その取捨選択の妙がオーディオの楽しさでもある。

その反面。
いい加減にして、諦める事が肝心な趣味でもある。
私は、ある程度まで行ったら、諦める派で、自分のシステムの欠点が分かっていても、他人にあれこれ言われても しばらくは絶対に他の製品に手を出さない。
そうしないと、いつまでも自分の好みが一定しないし、お金ばかり掛かってどうしようもないから。

欠点も認めてこそのオーディオの楽しさである。
しかし、面倒だな。

息子に子供が
2016/10/15

息子に子供が誕生した。
私もようやく御祖父ちゃんになった。
嫁の最初に出来た子が子宮外妊娠で、危険な状態となり、片方の卵管を取ってしまっていたので、もう出来ないものと半分諦めていたので、今回のおめでたには夫婦とも非常に喜んでいた。
それが切迫早産の恐れがありという事になり、2か月ほど寝て暮らさなければならなくなり、嫁はもちろん、手伝いに来てくれたお母様にも大変な、ご苦労を掛けた。
生まれたとの知らせを受けた時は、私もなんとも嬉しい限りであった。

息子ももう40歳になる。
ちょっと遅い方ではあるかもしれないが、父親になった。
この先はどうなるかは分からないが、息子には嫌われようが、疎まれようが、我が息子がこの世に生まれた事は素晴らしい。
その瞬間だけも男として、「男がい」があったということである。

若い夫婦に、この曲を贈る。
「Child is born」

ついでにyoutubeの映像も
https://www.youtube.com/watch?v=F1jTqWLrzjI

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