HAL'S DIARY
オーナーのひとりごと。買付けの裏日記など。
きまぐれに更新しています。

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2018/10/02

家内が近くの公園に「白い萩と赤い萩が並んで咲いていて綺麗でしたよ」と。
「そうか、じゃあ中秋の名月と一緒に見られれば良かったなあ、言ってくれればよかったのに」
「あなたはお仕事でしたから、言いませんでした。でもね、曇っていたのが、ちょっとだけ雲が消え月が見えました」

という事で、仕事で帰りが遅くなって、月も見なければ、団子も食べなかった。
萩も見ていない。
でも、おはぎは一個だけ食べた。
良しとするか。

そういえば萩と言えば、芭蕉の俳句

     一つ家に 遊女も寝たり 萩と月

誰かが、この俳句を「も」ではなく「と」ではないかと言ったら、金子兜太が怒り、「も」に決まっている、風情のない人間は困ると反論していた。

ま、どっちでも良い話だなあ。
いや、私の話がどうでも良い話だった。
ハンセイ






挨拶
2018/10/01

レコード屋の店員、これは私も含めての話であるのだが、客であろうと思われる方々から挨拶がなってないという指摘が度々ある。
勿論、直接言われた事は一度もない。

ネットの書き込み、また、店を回っているという通の方々の意見・噂である。
これらの店員の挨拶云々の指摘が最初にがあったのは、確か評論家の寺島氏が某チェーンの店員は挨拶も出来ないのか?と書いたことから始まる。それを受けた読者から、一斉にそうだそうだと更に広まったと思う。
一応中小企業の中ながら大手のレコード屋、しかも店員という叩きやすく反論できない所に、目を付けた所が上手い、というか流石の人生のプロという気がしないでもない。
しかし、我々業界としても、挨拶も出来ないようでは社会人として、いや仕事人としてよろしくはない。
大いに反省しなければならない。

しかし、一つ私は言いたい事がある。
そんなに不満なら、指摘した方々も態度を変えられないのか?。
それで、欧米でのやりとりの例を挙げたい。
現地のレコード屋など膨大な数の店を廻った私の観察によると、客は店にはいると「ハロー」と言わない人はいない、レジでも「サンキュー」とか「グッドバイ」の最低限度の挨拶はする、勿論相手の顔を見て。
店員だけではなく客も挨拶をしない人はいない。

ウチの仕入部長も外国では、レジが済むと店員に必ずHave a nice dayなどと声を掛ける、すると店員さんからYou too!と帰ってくる、互いに笑顔で。

さて幸いな事に、当店に来たお客様に感じの悪い方はいない。
それは店が3階にあって入りにくい場所にも関わらず、わざわざ来るのだから、よほど気合が入っているためだと思われる。

私はお客様に対し、ウチに来てそうしろと言っているわけではない。
ただ店員が不愛想だという方々は、あなたが不愛想でなかったかのか?と、ちょっと思ってしまった。

今日の日記の内容は、仕入部長から「こんな事を書くな!」と怒られるだろうな。
ヤベ!

QAUTETTO DI LUCCA
2018/09/30

QAUTETTO DI LUCCA ”QUARTETTO DI LUCCA” RCA-ITALIA PML 10361 (Italy)

さて、60年代を代表するイタリア屈指の名盤である。
カルテット・デ・ルッカ、読めばそのままルッカの街のカルテット。
ルッカ(LUCCA)の町はイタリアの中央やや北側フレンシェから西側の海に向かいピサの近くである。
街は小さいが、ここの出身者にはプッチーニがいて、歴史的にも独立心旺盛な民主政治の進歩的な町であったという。
そんなDNAの故なのか若者数人でバンドを結成したのが始まりとなった。
彼等のポリシーは「軽音楽を軽視しない」という事で音楽活動を進めたようだが、中々のナイス・ポリシーであったと褒めたい。ジャズメンはこうでなくては。
Antonello Vannucchi( アントネロ・バヌッチ)(v)
Vito Tommaso(ビト・トマソ)(p)
GiovanniTommaso(ジョバンニ・トマッソ)(b)
Giampiero Giusti(ジアンピエロ・ガスティ)(drams)
1959年の彼らはサンレモ・ジャズ・フェスティバルに出演し、大いに観衆にその名前が注目されたのである。
その後イタリア各地で演奏に恵まれRCAとも契約に至る。60年からカルテットとして活動し、演奏範囲はヨーロッパ各地に広がり評価も高く、チェット・ベイカーとも共演したらしい。そしてついに、62年にはレコード発売に漕ぎ着けたのである。それがこの作品で、彼らの革新性の高い演奏が聴かれる、芸術アルバムが世に出された。

クールさが非常にシビアであり、この時代においては、非常に斬新で革新的な演奏である事が分かる。
それでいて、決してフリー・ジャズでもなく、絶妙な、稀に見る出来の良さなのである。
俺たちは、アメリカのジャズの物真似でなくイタリア人のジャズをやるんだと、だから単なるスイングでもないのだというバシバシと決めた音楽の気概がある。
その後。なぜか彼等は軽音楽が好きだという通り、彼らの名義でPOPSの45回転EPが時々見ることがあるが、それも実に興味深い話である。ポップスとジャズはかなり近い種なのだな。

だが彼らは65年にはグループは解散し、兄のビト・トマソは異なる道、映画・演劇などの音楽を手掛けるようになり成功したようだ。
バイブのバヌッチはオーケストラに所属しジャズ以外の音楽活動を残した。
従ってジョバンニ・トマソだけがイタリアン・ジャズの代表的ベーシストとしてプレーヤーのキャリアを継続したことになる。

ジャケットを見ると彼等4人が思い思いのスタイルで、石造りの古い建物の、前で撮った写真である。
石の重ねた柱が見事で、4人ともクールな様子である。
一件ミラノの駅ではなかろうかと思ったのだが、どうもフィレンツェの美術館の前にいるらしい。
1962年、イタリアの航空会社アリタリアが日本との就航を開始した記念で、日本美術展覧会が開かれたらしい。その入り口に浮世絵の版画ポスターが貼ってあり、ALITALIAとTOKYOの文字が読み取れる。
優秀だが彼らの唯一のLPで、大変珍しく、貴重な記録である。

WYNTON KELLY “KELLY AT MIDNITE”
2018/09/29

WYNTON KELLY “KELLY AT MIDNITE” VEEJAY LP 3011 (USA)

かつて、MIDNITEというのは間違っていて、小さな会社だから字も知らないと馬鹿にしていたファンの方も多々いたのであるが、NIGHTは略してNITEと書くこともあるので学が無いなどと威張ってはならない。
さて、今回はオリジナルでかつ、深ミゾありの良い感じのアルバムである。もちろん、ジャケットにコーティングもある。
こういうのはジャケや盤面を見ているだけで、さぞかし良い音がするに違いないと伝わってきて、好き者としては非常に興奮するものである。

さて、このアルバムのウイントン・ケリーのピアノの雰囲気がよく出たハード・バッパーとしての面目躍如盤なのである。
音質もメリハリがあって、バシバシ決まるところが爽快な気持ちにさせられる。
A−1Tenperance からまったくもってモダンジャズらしいピアノである。
2曲目のバラードも彼らしい聴かせ方を知っている演奏で見事。
さて実はこのアルバム、B面が真骨頂なのである。
Philly Joe のタカタカというドラムに誘(イザナ)われて、ピアノが入るところの流れの見事さにあっけにとられる。
歌心たっぷりで輝きのあるサウンドは聴いてなぜかリラックスしてしまうのだが、音楽は至って隙のない見事さで、良い仕事しているのである。
ノリとタメがあって、スイングして、良いジャズだなあと、感心して最後まできいてしまった。

彼の名盤と言えば、Riverside ”Kelly Blue” や、Veejay ”Kelly Great”など、誰もが挙げるところであるが、ウイントン・ケリーの良さが出るのはピアノ・トリオ、そういう意味でも、このアルバムは聴くにはお誂え向きでもある。
ましてオリジナル盤の音の良さは、余計に音楽芸術が引き立つというもの。
それに、もう一つ忘れてはいけない、ここでのPhilly Joeのドラムの音がバチンバチンと決まり、出来が大変よろしいのである。

ところで、VeeJayはブラック・ミュージックのレーベルとして、1953年に黒人夫妻によって設立されたレーベルで夫婦のイニシャルからVJとなったらしい。ソウル、R&Bなど黒人音楽をリリースし、かなりの利益を得、56年にはジョン・リー・フッカーとも契約した。
勢いに乗って58年からジャズ部門を作り、ウイントン・ケリー、ウエイン・ショーター、ポール・チェンバースなど良い人材とも契約し、いくつかのアルバムも制作し、中でもエディ・ハリスのExodusはかなりのヒットになった。
また60年代にはビートルズと契約をした最初の米国レコード会社であった。
1964年1ケ月だけで、260万枚のビートルズのシングルを売ったという、その偉大さがわかる。
ところが好事魔が多し、2年後には、会社は倒産したのである。
音楽産業の栄光と挫折を短期間に味わったのである。
数あるレーベルの中でも、圧倒的に面白い会社で有ることは間違いない。
ブラック・ミュージック好きな方が研究される事を望む。

秋刀魚のはらわたの中のウロコ
2018/09/28

太ったサンマの塩焼きは美味しい。

さて、サンマを食べた時に、はらわたにウロコが入っている時と、そうでも無い時がある。
サンマのウロコなど、口に入ってしまった時はちょっと失敗だったなあ、と後悔することになる。
でも、どうしてそうなるか、調べてみた。

だいたい夏のサンマはウロコを飲み込んでいないらしい。
秋からのサンマはウロコを飲み込んでしまっているという。

それは、夏は「刺し網漁」なので、それほどウロコを飲み込んでいないと。
秋には「棒受け網漁」という漁法になるので、サンマ同士が重なり合って、互いのウロコを飲み込んでしまうという事なのだとか。
漁法によって異なるという事でもある。
かと言って、買う時に魚屋でいちいち教えてくれもしない。

まあ、サンマは頭から食べられるけど、ウロコには気を付けよう。
気分が壊れるから。

ジャズ喫茶、Nutty
2018/09/27

知っているつもりで知らない近所のジャズ喫茶。
という訳で、新宿区のジャズ喫茶に行こうと決めて、と言うか天気も悪いし暇なのよ ウチは。

高田馬場じゃなくて早稲田。
私は頭の良い大学には縁がないので、高田馬場と早稲田がどのくらい遠いか見当がつかないのよ、だからタクシーに乗って頭が白くなった運ちゃんに「早稲田!」と元気よく声をかけたわけ。
ワンメーターかと思いきや、なんと1700円だって、びっくりしたな、もう。

早稲田には、ナウイ東京に珍しく都電の駅があって、NUTTY(ナッティ)というジャズ喫茶はその近くにあるらしいんだ。
出発前にネットで確かめたはずの目的地付近にはラーメン屋があったのだが、見つけられずスマホの道先案内にしたのだが、歩き始めると、1分が2分、2分が3分とだんだん道が遠くなってるみたいだに。
ちょうど自転車に乗ってきたお巡りさんに尋ねると、どれどれと私のスマホを手に取って、「ああ、これは反対方向に来てますね、ラーメン屋があったでしょ、そこを入って下さい」
「え、さっき無かったですよ」
「いや、ちょっと中に入ればありますよ」
「すみません」とまた3分かけて戻ったのよ。
これでも私は、昔地理を勉強した事もあるからして、初めての道でも迷ったことがないのよ。
昔の自慢は見苦しい!スマン。

とまあジイジの愚痴は置いといて、nuttyにたどり着いた次第。
清潔そうな入り口に、会話厳禁と書かれたジャズ喫茶。
うーん、これは最近流行りの、ジャズ喫茶っぽい顔をしているが実はコーヒー屋、というのとは違うぞと。
今どき会話禁止とは怖いなあ、どんなオーディオのラインアップで、どんな音量だろうと中に入ると、そうでもない。
スピーカーは4331だと。
しかし、43シリーズになるとかつてのJBLのサウンドは影を潜めて、普通の音になる。
上も下も出て、真ん中も普通に出て、欠点の少ない音になるという事か。
みんなが聴くのだから、それが一番。

感じの良いご夫婦がやっている店でコーヒー500円
また行こうかな。

好きな店だったのに...
2018/09/26

2・3日前に行きつけのうなぎ屋さんに行ったら、お姉さんが真剣な眼差しで「いつもありがとうございます。今までお世話になりましたが、今月いっぱいで閉店します」だと言われた。
なぜか、私は非常に激しいショックを受けた。

悲しいなあ。
お姉さんにも会えないしなあ。
お前は女の子の事ばかりか?
スマン....

朝の連ドラ
2018/09/25

ようやく終わりが近づいたNHK朝の連ドラの「半分青い」。

最初の内は、なんだかんだと言いながら見ていたものの、主人公が漫画家を止めて、豊川悦司が出なくなったあたりから、気もそぞろ、ストーリーも取っ散らかってしまって、面白くない。
作者が半年という長い時間を持て余しているのが伝わってくる。
最近良い評判の作者らしいが、ウチの家内も仕方なしに見ているだけ。
小さなセリフとかチマチマした、カッコ良いセリフばかりに気を取られ過ぎ。
面倒で見てられない。
と言いながら実は、佐藤健の出るところだけは食器洗いの手を休めて見ている。彼女の言うには、佐藤健がいるから見ているのだと。続けて、最近ちょっと面白かった朝ドラは「ひよっこ」の有村架純と「とと姉」の高畑充希くらいか?
という評論である。
とすると、やっぱり少しは主人公を演じる彼女たちも技量が問われるというところであろうか。

しかし、朝ドラの学芸会風のドラマながら、観客の目を引き留めるには、やっぱりハンサムな男がいないと話にならない。
竹内涼真もそうだった。
「女」が中心の朝ドラでさえ男は大事だな。
私なども、思わず見てしまうもの。


BING CROSBYのレコードで..
2018/09/24

BING CROSBY “MERRY CHRISTMAS” DECCA (TEICHIKU)

テイチクで作られた10インチ盤ペラジャケで、レインボー・ラベルである。
このアルバムが米国で最初にリリースされたのは1955年でDECCAの黒銀ラベルであって、それが60年にレインボー・ラベルに変わったのだから、日本盤10インチ盤と言う事としてはその後という事になる。

このアルバムは買い付けで外国に行くと多く見かけた。
見るたびに、アルバムを持っていたであろう人々の幸せを想像してしまい、レコードを探す私の指の動きが止まってしまうのであった。

このアルバムを表現すると「家庭の幸せ」という事につきる。
これ程幸福という言葉に結びついた音楽が他にあったであろうか、いや、あるはずもない。
12月も押し迫った寒い夜、厚手で柔らかな色合いのカーテンの部屋の中には光とぬくもりがあり、良い服を着た可愛らしい女の子といたずら盛りの男の子、父親は美しい妻とともに暖炉の前に座り、笑顔の溢れる家族はアルバムを聴いている。
そうでなくとも、こんなアルバムをクリスマスに聴くことが出来る家族は、どんな家庭であっても不幸であるはずはない。
日本においてもや。
アメリカの家庭で幸せであったものが日本においても幸せであるに決まっている。

私はビング・クロスビーがサンタ帽をかぶり笑顔のアルバムを見つけると、これを持っていた方々はその後どうなったのだろうかと思う。
レコードを聴いていた幸せの時は過ぎ去り、過去に思いを馳せていた残りの人生も終わりを告げたのであろうか?
残りの人生の中で一度でも、このアルバムを取り出して掛けたことがあっただろうか?
息子や娘を呼び、一緒に聴いた事があったであろうか?

このアルバムを聴けば音楽から垣間見える かすかな幸せ、神への感謝、明日への希望、そんな家庭の中の小さな幸せがいつまでも続くはずであった。
しかし、時は待つことはなく、ホワイト・クリスマを聴いた日々も永遠ではない。

2・3日前、親戚の行政書士から遺品の中にレコードがあったので、価値を見てくれといわれ、取りに出かけて行ったものの中に見つけたのだ。
なんだか、しんみりしてしまう。
家に持って帰って聴いてみよう。

菓子「赤いサイロ」
2018/09/23

北海道の友人が来て、お土産にお菓子「赤いサイロ」を頂く。
このお菓子は、冬季オリンピックの女子カーリングの選手のおやつタイムで食べていて、あれは何だと、北見の名物らしいと注文が殺到し、今でも入手困難なものらしい。

お菓子は、箱に入れられたチーズケーキ。
チーズケーキであるが、ジーっとなるこってりでは無くさっぱりと甘さも控えめに、軽く作られていてパクパクと二つ三つはイケてしまう。

中々の菓子である。

今でも女満別空港には端っこの方にちょこっと置かれているという。
奥ゆかしいのだな。





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