HAL'S DIARY
オーナーのひとりごと。買付けの裏日記など。
きまぐれに更新しています。
  
| RENATO SELLANI “UN PIANOFORTE PER DUE INNAMORATI” | - 2019/08/17
- RENATO SELLANI “UN PIANOFORTE PER DUE INNAMORATI” SCEMA
超レア・オリジナルのJUKE BOX盤はまずお目にかかる事のない幻の名盤。 仕方がないので再発盤で聴いてみた。
個人的にオリジナル盤は持っているのだが、ジャケは破れていて盤も傷があるので、せっかくだから売らない事にして傷盤ながら愛聴盤として今に至る。 イタリアの代表選手レナート・セラーニとアゾリーニなど3人の名手の揃った、この長いタイトルは「恋する2人の為のピアノ」というのだから、決してジャズの作品として世に問うたものではないのかもしれない。 しかし、隠しても隠し切れない音楽環境の育ちの良さというのか、才能というのか、短い曲ばかりなのに、これほど聴く人の心を打つ作品も珍しい。 勿論ピアノトリオにおける音質は演奏以上に重要なのであって、まさに、しっかりしていながら柔らかいという、三拍子そろった素晴らしさ。
3曲目のLes Feuilles Mortes(枯葉)は、フランス語の枯葉の歌詞が、そのまま聞こえて来そうな気がして、耳を澄ませると「Les feuilles mortes se ramassent à la pelle........」と、最近もジャズで取り上げる事の多い曲であるが、最近演奏されたものは本家の曲の感じが出たものはあまりお目にかかれることは無くなった、そうだジャズでは、Autumn Leavesだったな。 しかし、良い演奏である。 次の曲の「Sulle onde del Danubio」、邦題は「ドナウ川のさざ波」という。 私はあまり好きな曲ではないが、3拍子の原曲をセラーニは4拍子にして上手く演っている。でも時々、演奏家達は拍子を変えているものだから。此の事はどうという事もない。 朝食の後、聴いていたら家内がやって来て「このドナウ川のさざ波、素敵な演奏ね」といいながら、この人のようにピアノを弾いて見ると言い出して、鍵盤に向かっていたのだが、やがて「黒鍵ばかりで、とても難しい」と感心した面持ちで帰って来た。 いとも簡単に、しかも親しみ易く演奏するのは大変なことだ。しかもだ、私のように嫌いだという人にも好きにさせるような演奏はそうそう出来るものではない。
以前、店で仕入部長がオリジナル盤を試聴していた時に、あまりの良さに「これ何?ピアノはだれ?」と、怒鳴ってしまったら、ジャケットを見せてくれたので、ああ、これだったか、と納得したのである。 音はピンと張りつめて、そこにピアノの豪華な響きがあり、曲の哀愁も出て驚いた。
さて前置きが長くなったが、再発の盤だが、元来のテープの音質が良いせいで、当然、再発といえど出来上がったレコードは音質が良いのが当たり前である。 レーベルはSCHEMA(スケマ)というミラノの、現地ではちょっと反社の噂のある会社である。 あくまで噂ではあるが、従って、褒め過ぎたりしないようにする。
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| ALEXANDER VON SCHLIPPENBACH “GLOBE UNITY” | - 2019/08/16
- ALEXANDER VON SCHLIPPENBACH “GLOBE UNITY” SABA SB15109 GERMANY
ピンク・ラベルのオリジナル盤の落ち着いた音質で聴いたのは久しぶりの事である。 この芸術的なジャケットの絵画と音楽を繋ぎ合わせて、聴く喜びを大いに味わった。
シュリッペンバッハは1966年の秋、ベルリン・ジャズ・フェスティバルに置いて大成功を収めた曲のタイトルがグローブ・ユニティという。 それを12月、スタジオでアルバム録音したものである。 以後シュリッペンバッハはヨーロッパ・フリー・ジャズの先端を行く音楽家として今に至る。 60年代はフリージャズ運動の激動の時期で、次々と活躍の場が広がり、レーベルなども起きた。その時期の代表的作品・人・レーベルを少々挙げる。 JCOA Communication Fontana 1965 Han Bennink New Acoustic Duo icp 001 1967 Peter Brotzmann Octet "Machine Gun"1968 Mnfred Schoof Europian Echoes FMP 001 1969 Derek Bailey"The Topograpy of The Lungs" Incus 1970 と言った、いわば政治革命の如く、ジャズにおける革命運動、まあどちらもアナキズムであるのだが、前衛という言葉にすべては委ねられ、フリージャズという新ジャンルが産まれ、猛スピードで増殖して行ったのである。 その中にあって、このグロ−ブ・ユニティーは以後、オーケストラの名称ともなり、前衛ジャズにおける中心的存在として活躍する。
先日、友人が来店し、人生の中でどのコンサートが一番良かったかという話になった時、彼はすかさず「それはグローブ・ユニティー・オーケストラであった」と即答したので、間違いないと賛同し、我々店の人間も大いに感心したのである。 確かに、ここのグループの音楽は前衛ジャズでも、飽きさせる事無くフリージャズの信者で無くとも、あっという間に聴き終わった記憶がある。
それもそのはず最高のメンバーがずらりと揃った、マンフレッド・ショフ、ブロッツマン、デュデック、ブロイカー、ハンペル、コワルド、そしてシュリッペンバッハなど正にオールスター・チームである。 良くぞ束ねたものである。
音楽はただ、ギャーギャーとサウンドが流れているわけでは無く、サウンドが絶えず動き、制止し、高く、低く、強く、弱く、集まったサウンドが一瞬のうちに散って行き一体どこまで破壊するのかと思うとまたすーっと集まって来る。といった音の動きの面白さも大きい。 あえて一言でこの作品を申すならば「格式高い」演奏であると言いたい。
芸術だの前衛だのとのたまわっている信者の言葉はその内にまた聴くとして、まずは音の動きの面白さを大いに楽しんで頂きたい。 本当はそれと同時に行われていたパフォ−マンスも面白いのだが、レコードで想像していただきたい。
それからウンチクを傾けたら良かろう。 まずは聴くべし。
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| ドラマ水戸黄門 | - 2019/08/11
- いつの時期のドラマか、分からないのだが、最近CSでやり始めている「水戸黄門」続編。
それがなんと黄門様をやっているのが武田鉄矢。 いやいや、言っちゃいけないんだけど 似合わない事。 もう副将軍という感じではなく、汚らしい近所のジジイ。
それに御付きの助さん格さん、それに佐助の品の無さ。なんだか悪者にしか見えなくて、見ていて話がこんがらがってしまったよ。
平教員の金八先生の役の時は良い感じだったけれど、格式高い徳川の副将軍ともなると、一応はちょっと品の良い所も見せないといけない。 いくら、ちりめん問屋の隠居に化けているとは言え、そこはかとなく漂ってくるものが無いとね。
セリフも軽すぎて、学校の芝居になってしまう。
しかしだ、最近の役者がなぜ時代劇に向かないのか。 画面を見ていて思うのだが、いつもいっている事だけど、体つきが違う事はもちろんの事、なにより「肩の線」が違う。 どうしようもない。
演技も目の演技じゃなくて、表情をあまり作らないで、背中で見せないとね。 ほんとにどうしようもない。
しかし、一番悪いのはNHKだね。 おい!NHKどうしてくれるんだ。 金ばっか取りやがって、こういうのをぼったくりというんだ。
なんで、水戸黄門から話がNHKにいくんだろうね?
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| 昔の名前 | - 2019/08/09
- 昔の名前、だからと言って小林旭の話ではない。
朝食を食べながらテレビを見ていたのだが、CMやら芸能ニュースなどで出て来たタレントの名前が思い出せない。 私が「この人誰?」と訊くと、家内は「ほらあの人。ほら...」というばかり。 3人ほども続いて結局誰の名前も分からなかった。
その後、1時間ほどしてCSを見ていて古い時代劇で「あ、この人誰だっけ?」 「あ、この人はね、三ツ矢歌子」 私は大爆笑・感心の繰り返し。 「三ツ矢歌子の名前が良く出るね」と本当に感心してしまった。
「深田恭子」の名前が出たのは、その日の昼過ぎの事であった。
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| 今日は一人で | - 2019/08/06
- 今日は一人で店番。
ここのところの暑さなどと疲れが溜まって、オジサンは居眠り状態。 仕方なしに、ちょっとだけ店を閉めて、下のイレブンピーエム(11pm)じゃなくて、何だっけそうだ、セブン・イレブンにコーヒーを買いに行き、ついでに「でん六」という会社のピーナツチョコを買って、いい気分。
毎日休みたいなあ。 日記にもジャズのレコードの事を書きたいんだけど、大概のレコードに関する話は今までに1,300枚分くらい書いた、従って、余程書き足したい事でも無ければ、たとえ文章が下手だとしても今更書くことも無い。
何か書こうとすると、恥じさらしな日記は止めてくれと、家内に言われてしまう。 どうも、上手くないナア。
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| 朝のテレビ・ニュースで | - 2019/08/05
- 「あいちトリエンナーレ2019」の展示が従軍慰安婦像が混じっていたなど、抗議が来たとの事で中止になったと。
では、どんな作品が展示されていたのかと、ちょっとネットを探してみたら、なるほど反日作品のオンパレード。 それは大変だったろう。
それで作品群を眺めると俳句というのがあって、その俳句が展覧会に展示されているからには、大層立派なのかと見てみた。
作品名 :9条俳句 形態 : 俳句 内容 : 憲法9条
梅雨空に『9条守れ』の 女性デモ
いや、あまりの出来の良さにオジサン声を失ったよ。 いかにも素人の作品の,これが展覧会に飾られるんだね。審査ってないの? それなりの芸術作品の展示会でしょ?見た人はどう思ったのであろうか。 だから、抗議したんじゃなかろうか? 因みに作者は不明であった。 いやはや。
ところで、表現の不自由とはどうも、川向こうの国などの反日運動をもっとやりたいと言いたいらしいのだが、今でも反日運動は新聞・tvで十分にやられているけれど、まだ足らないんだね。
表現というから映倫や言葉の足かせの方をもっと自由にしろというのかと思ったよ。 そっちはあまり不自由じゃないみたいだね。 不思議。
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| 女性天皇の話 | - 2019/08/02
- 私は愛子様が天皇に成られる事を反対するものでは無い。たった一人の天皇と皇后のお子であるのになぜ女だからという理由で天皇になれないのかと思う。
その点において、多くの国民の考えは、あるマスコミの報道によると8割に上がると。 単純に考えると天皇の概念が国民の象徴なのに、なぜ皇室は頑なに否定するのであろうかと、こういう事なのである。
小泉総理の時だが、愛子様の女性天皇の可否の話題が上った時、ある代議士が「もし愛子様が留学でもされ、青い目の男性と結婚され、連れて帰られたとしたら、我々はその方を天皇ご夫妻として、従来の通り容認出来ますか?」そこまで言うかと、ちょっと私も怒ったのだが、2・3年の間、冷静になって考えてみるとあながち遠くも無い。
さて、そんな国民の素朴な願いに1つの問題が持ち上がった。あの眞子様の小室さんという青年との結婚の話。 女性宮家容認の説も出て来た折、皇室の眞子様が宮家となる可能性もあるのだが、もし小室さんという方とご結婚したと仮定すると、我々からも尊敬申し上げる存在に成られると言う事である。 すると何かのイベントの時に、我々が手を振るとあちらも手を振ってくれる事になる。 しかし、ここで私は異議を唱えたい。 いや、あのお方に私は手など振って頂きたくはない。
日本国民が小室氏のように印象の良くない話題で週刊誌を賑わわせてしまった男性を認める事が出来るのか? 日本という国はほぼ単一民族の国でもある。近年の移民奨励政策で外人歓迎のムードがいつまで続くかしれないのだが、天皇の配偶者として、外人男性を認めることが出来るか?
もっと言うと、天皇家の子供たちが、キリスト教の学校に行ったりする事も、何がしかの不満を感じせざるを得ないものがあって、こうなるともう、皇室の在り方にも疑問を感じないわけでもない。 日本誕生以来続いてきたと教わった皇室が、敗戦後、象徴なのだから庶民いわば普通の市民と同じでよいのかという事である。 庶民は今や、家制度も消滅し、家も家系も途絶えても仕方のないと思っているのだが、天皇家も同じで良いのであろうか? オコガマしい話をして、本当に申し訳ないのだが...
長くなってしまった、皇室継承問題で厄介なのは女系、男系の説もある。 国民もよく考えて意見をもたないといけない。
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| 簡保保険の不適切 | - 2019/08/01
- 2・3日前から郵便局の「かんぽ生命保険」の不適切契約と報道があって、今朝の見出しなどでは18万件という。
どこだかの指摘により調査した結果、当初の数字がどんどん増え、今朝の報道と相成った。大幅に増えてしまったと。
どういう事かと読んでみたら。 契約者が保険料を二重に支払ったり、無保険状態になったり、こられを分かっていたのに隠匿した可能性もあると。
これは新聞もマスコミもヘンじゃない? 「不適切」じゃない。 「不法」とか「悪」などというのではなかろうか。
新聞社の方々は日本語を知らないんだね。 じゃいったい何人(ナニジン)だ?
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| 狂い | - 2019/07/31
- テレビを見ていたらアナウンサーが発疹をはっしんと言っていたので、ほっしんと言わないんだね。
という事から家内とテレビの言葉使いの話になった。
気狂いと言ってはいけない事になったのだが、色川武大の狂人日記のタイトルも掲載できないと頑張った編集者もいたらしい。 もちろん、クルマ気狂いやジャズキチ等と書くこともいけないらしい。
家内が「カーキチ」が駄目なら「クルマ愛好家」でしょ。 続いて、やや考えた様子があって、じゃあ「女狂い」というのは「女愛好家」と言うのかしら?
だと、おいおい!
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