HAL'S DIARY
オーナーのひとりごと。買付けの裏日記など。
きまぐれに更新しています。
  
| 暖かい | - 2022/03/17
- ここの所、暖かくて、いや暑いくらいである。
散歩に行けば、紅梅の色の艶やかさに和んでいたのだが、もう散っている。 蕗の薹(フキノトウ)は茎がたって花が咲いている。
季節の移ろいは早いものである。
蕗の薹(フキノトウ) 旬は短し トウはたち
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| 本、「ジャズ・スタンダード」 | - 2022/03/13
- ジャズ関連の本を買うために紀伊國屋に行った。
物色するも欲しい本など何も見当たらず、最近のジャズの本はどうしてこうも微細なジャンルに拘ったりして面白くないと一人で文句を言っていた。 そうしたらこんな本が、「ジャズ・スタンダード」。 先日、アディロンダックに行ったらマスターが「ウチのお客さんが翻訳したんだよ」と言っていたのを思い出した。
一冊9,000円とちょっと高いものの、くわしく一曲づつ解説してあるので、購入した。 なかなかの力作であった、ただ、演奏している主な作品がすべてアメリカのレコードばかりで、例えばモニカ・ゼッターランドやリタ・ライスの歌、等々等々ほとんど引用されていないのが、実に残念だった。
書いた方も、翻訳した方も勉強が足りないね。 と文句を付けてしまったが、内容は素晴らしい。 ジャズに取って、スタンダード曲を知らないと話にならないから、有難い本である。
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| 猫 | - 2022/03/11
- 下高井戸のコーヒーハウスの「2−3」。
なんと猫を買ったらしい。 黒猫で名前が「ネル」だと。
写真を送ってくれた 黒猫は可愛いなあ。
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| 猫 | - 2022/03/10
- 朝の散歩で会っている茶色の猫「チャコ」。
ここの処、ちょっと離れた場所に住家を決めたらしい。
ご飯は食べにくるものの、あれほど懐いていたオジサンにもそれほどシツコク絡む事もなくなり、食べ終わるとサッサと住家に戻るという。
やっぱりそういう時期が来たかと、ちょっと寂しくなった。 オスの猫はグループの中で住んでいると、時期が来ると、縄張りにいられなくなって出て行く事になる。 男は辛いのである。
オジサンが私に、飼ってやってよ、と心配するのも良くわかる。 しかし、ウチも夫婦とも75歳、今までずっと猫や犬がいて、やっとホッとしたのだし、今後面倒は見られない。 なんとかならないかなあ、と思うのだが、チャコはしっかり縄張りを決めて頑張っている。
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| 無益な戦争 | - 2022/03/09
- テレビのワイドショーは、画面の下に視聴者の書込みが多数表示されている。
見ていると「無益な戦争はやめろ」「戦争はいけない」「侵略はいけない」等と反戦の言葉が沢山並ぶ。 さて、本当に戦争はそれほどいけないものなのか?
思えば、各国の領土はかつての多くの戦争によって、領土拡大し、また領土が縮小し、現在の地図になっているのである。 それに失敗した民族はユダヤ人であり、ミャンマーのロヒンギャであり、その他中東のいくつかの国を持たない民族である。
ロシアのプ−チンにすれば、ウクライナのNATO加入の可能性はロシアの国防上危機でもあり、国土の拡大の必要を感じたのである。冷静に判断すれば、他者が批判しようが彼には必要だったのである。 国家において領土は人が何人死のうが守るものなのである。 いかなる戦争においても、戦争前は有益な戦争である。 ヒトラーだって東條だって己の中では勝算はあったのであり、勝てばそれは当然の正義であった。 負ければ無益な戦争とも言えるのであるが、もし、領土が削られても国土が残れば、国民の不満はあったとしても、それはそれで有益なのである。 これは前の大戦の戦勝国であり、負けたドイツや日本にも当てはまる通りである。 故に戦争があったからこそ、今の平和があるのである。
国は、最善を尽くして戦争に至る事がないように外交戦術を巡らすものである。 北朝鮮は見事にナイフをちらつかせて、なんとなく親子三代生き残っている。 失敗例は今回のロシア侵攻である。
が、もし、侵略を受けた場合は全力を挙げて戦うものである。 日本人よ、戦争は負けてはいけない!
しかし以前プーチンが言っていた通りである、すなわち「共産主義の影響でいまも多くの国が戦いに明け暮れ、多くの人が死んでいるのである」と。 それを本人が実践してしまうとは。
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| またガソリン値上げ | - 2022/03/04
- またまた、ガソリン値上げ。
私はお手上げ。
なぜ、政府はガソリン税を下げる、または撤廃すると、言わないのだ。 卑怯だ。
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| 朝の散歩で | - 2022/03/03
- 毎日の散歩は、天気の良い日には欠かさず行うようにしている。
散歩を通して色々知り合いも出来た。
まず、豆柴のマメちゃん。 人懐こくて、気が付くと走って来てくれる。 それから黒い豆柴のアズキちゃん。 顔馴染みになったので、擦ってくれと身体ごとぶつかって来る。
猫はまだ、私の顔は覚えたらしいが、近距離に来る事はない。
知合いと言っても、犬だけだな。
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| 円相場 | - 2022/03/02
- ヨーロッパ圏で戦争が始まって、私は円が高くなるのかと思っていた。
すでに一週間たったが、円が意外に上がっていない。 ドルだって,アメリカが戦争しそうな塩梅なのだ。 そうなると、世界で最も安定していそうな通貨は円という事になるが、どうも、世界ではそうでもないらしいなあ。
要するに、世界は既に日本など相手にしていないという事なのだ。 円は世界の中心のいくつかの信用される通貨から、外れていたという事である。
円安、円安と、円安ばかり目指しているから、威厳が無くなったんだね。
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| PACO DE LUCIA “FRIDAY NIGHT IN SAN FRANCISCO” | - 2022/03/01
- PACO DE LUCIA/ AL DIMEOLA/ McLAUGHLIN “FRIDAY NIGHT IN SAN FRANCISCO” CBS/SONY
25AP2,035 (JAPAN)
アメリカ盤オリジナルではなく、これは日本盤である。 だが、どうしても書いておきたい、それは こんなにも良いアルバムを放って置けなかったから。 レコードにはSampleのシールが裏に貼ってあり、ジャケットの中にジャケ写真の小さいのが入っていたので、なんだかちょっと嬉しかった。
1980年の師走、ギターの名手3人が揃った名盤である。 演奏を聴くと、このアルバムはパコの為に作ったようなものである。 A面の「Mediterranean Sundance」は、圧倒的に凄い。 感心している内にどんどん演奏は進み、あっけに取られている内に終わってしまった。もちろん次の曲のマクラフリンとアル・ディメオラも良い、が、A−1の演奏は え? え? となって、もう一度針を乗せる。 そして、又乗せる。という事を繰り返してしまうのだ。 猛烈なスピードで弾いているのに、それが鬱陶しくない。 スペインの哀愁がそこはかと漂い、みんなは只管パコを持ち上げているのである。 私は只々、感心、感動、唸ってしまうだけ。 勿論、他の二人だって悪いはずがない。パコが目立つだけである。
パコのギターは良い。 Pedro Iturraldeと共演したFlamenco-Jazz(Saba)では、20歳になったかならないかの青年であるが、音楽はスペイン系だがはっきりとした見事なジャズを聴く事が出来る。 この時のアルバムはジャズ・イン・ザ・ワールドというシリーズであり、世界の音楽とジャズの融合が主眼であったのだが、そのシリーズの中でも代表的な作品となったのである。イトゥラルデのテナーも抜群で、言うも言われぬ哀愁のある好演奏であった。
しかし、このスーパー・ギター・トリオ。 良い演奏である。 それに、日本盤も音が良い。
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| Sentimental Journey | - 2022/02/28
- 家でレコード聴いていて、ふと昔の事を思い出してしまった。
子供のころ親戚のお姉さんが歌っていた歌。
1950年代の話であろうと思うのだが、センチメンタル・ジャニー、それからテネシー・ワルツ。
それで棚を漁ってみたら出てきた、出て来た。 まず、Doris Day(ドリス・デイ)が歌っていたセンチメンタル・ジャーニーはネコロンビアの10インチ盤でThe hot canariesというアルバムに収録されているものである。 もちろん1945年頃の全米大ヒット曲なのだからSP盤が初出なのだが、この10インチが何番目のプレスかは、最早当時の若手どころではなくガキだった私には分かるはずもない。 しかし、聴いているとDoris Dayの声は若くて妙に哀愁があって可愛い、一生懸命に歌っているのが良く分かる。 大好きだな この曲。 だから、その後のJackie McLeanのセンチメタル・ジャーニーも好きなんだわさ。 10インチ盤の次の曲がPeggy LeeのLet's do itであったので、そのまま聴いてしまった。
私はそのまま勢いづいて、今度はPatti PageのTennessee waltzのアルバムを取り出す。
テネシーワルツは1950年になってからのヒット曲でこれも全米一位か?Mercuryからタイトルもそのままに10インチ盤で発売になっている。 この頃はジャズもポップスも一緒って感じが良い。 50年は日本でも活気が出てきた時代なのか、ヒットを狙って江利チエミも日本語で歌って、日本の社会も盛り上がった。 私のこのレコードは針飛びがあったのが残念であったが、なんとか楽しめた。
思うに、戦後から1950年のポップスの代表曲はこの2曲だったような気がする。もう一曲Dinahがあったが、これは戦前から引っ張って、引き続き歌われた曲であったし、男歌なので今一つ広がりには欠けたかな?
兎に角、ドリス・デイとパティ・ペイジそれからペギー・リーの歌は支持を集めたのであった、と子供心に覚えがある。 それは圧倒的であったし、もう一つ意外にも歌が情緒的という事なのだが、強さ一点張りのアメリカ人にも、センチな曲調が好まれているという安心感でもあった。
アメリカが進駐してきて、文化も徐々にアメリカに慣らされてゆく第一歩だった。 凄いよね、私などガキの内からアメリカ民主主義に洗脳されたのだから。
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