HAL'S DIARY
オーナーのひとりごと。買付けの裏日記など。
きまぐれに更新しています。

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買い付け
2008/11/24

  お知らせ

買い付けから帰ってまいりました。
帰ったばかりなので、いつもの月末のリストの更新が間に合いません。
枚数が少なくても、至急リスト作成しますので、月をまたいだ、来週の火曜日辺りにでも、リスト更新する予定でいます。

店頭にも結構、よい物が順次並べるつもりでいます。
今しばらくお待ち下さい。

メール
2008/11/13

お客様から、「一昨日、メールでオーダーしたのに返事がない」と電話があった。
やっぱり。
以前から迷惑メールが、物凄い数で入って来るので、困っている。
そこで迷惑メールと必要メールを別けるようにしてあるのだが、どうも時々、大切なメールも自動的にシャットアウトしているらしい。

この前も、あるお客様からメールの返事がなかったと言われて、「機械的に迷惑メールにしちゃったんですかね」と言ったら、「俺のメールは迷惑メールか」と気分を害されてしまった。

さて、どうしたら良いのか?

電車の中で
2008/11/12

朝乗った、電車の中で鼻くそほじっている若者を見て、汚いヤツもいるもんだ、と思いながら見ていた。

電車を降りたとき、ふと鼻くそをほじっている自分に気が付いた。
あちゃー!

落し物
2008/11/10

朝、歌舞伎町の前を歩いていたら、歩き煙草を監視しているおじさんが、何かを落とした。
それを拾おうと屈んだ時、帽子を落とした。
今度は帽子を拾うと屈んむと、ティッシュを落とした。
帽子を脇に抱えて、ティッシュを拾おうとしたら、ポケットからボールペンが落ちた。
おじさん、両手にいっぱい物を抱えながら、ボールペンを拾った。
見ていて、最初はアラアラという気持ちだが、だんだん、次に何か落とさないかと期待する。

見ていて可笑しかった。
おじさん、顔真っ赤。

ベルリンの壁
2008/11/09

ニュースで、ベルリンの壁崩壊から、ちょうど19年経った、と言っていた。
そういえば、ヨーロッパのレコードフェアの会場で、いつも見かける、旧東ドイツの国旗を掲げている人がいる。
本人は意気揚々としているが、そんな光景を、大体の西側のドイツ人はあまり良い顔をしていないようだ。
多分、彼は旧体制の時によほど良い思いをした人らしい、と噂をしていた。

という話から現地の人が言うには、今、もう一度旧体制に戻りたいと、多くの旧東のドイツ人が思っているのだそうだ。
自由主義になって、天国のような自由があって幸せになれると思っていたら、自分で必死に働かないと生きていくのが辛いと。
何もしなくても国が食べ物などをくれたので、昔は生活が出来た、政治思想の統制、貧困はあっても、生きる事はできた。
だから昔に戻りたいというわけ。

自由主義とは全ては自己の選択である。
極論を言えば、豊かな生活も選択ならば、貧しい生活も選択、それがいやなら死ぬ気で働くしかない、とも言える。

自由主義では、どこかで割り切らないと生きるのは辛いかも。

英語
2008/11/08

私が会社に入った頃、70年代。
会社の中で英語をしゃべれる人はちょっと威張っていた。
一般的にも頭の良い人、インテリ、として通用していたと思う。

アメリカに行けば、小学生だって英語しゃべっているし、乞食だって英語書けるんだから、その程度で頭が良いなんて威張るんじゃねぇ。と反発してきた。

でもま、特技として英会話は存在するし、あれば便利な事に依存はない。

昔は、文字の読み書きがインテリの第一歩で、江戸時代までは武士の地位を示す特技だったに違いない。
そのまた大昔は、きっと上手くしゃべれる人が特権階級だったに違いない。部族長から、「おい、これ覚えておけよ。」と言い付けられ、記憶していると何かの拍子に「あれはどういう事だったか」としゃべらされたのかな?。

通信手段が格段に進歩してしまった今。
これからはどういうインテリが産まれるんだろう。
やっぱり卒業学校の名前?

英語
2008/11/07

昔、私が中学生の頃、英語が嫌いだった。
姉に「英語をやっておかないと苦労するよ。」といつも言われていたが、その度に「英語なんて使わないもん。だってどこで使うんだよ」と答えていた。
すると高校に上がったばかりの姉は、「高校のある先生が、中学や高校で最も出来ない科目で、大人になった時に苦労するよ」と言うのだった。
「お前はきっと英語で苦労するよ」と。

今、私はやっぱり英語で苦労している。
人生そんなもんだ。

考えて見ると、幾多の子供達が「学校の勉強なんて社会に出て役に立たない!」と言い張って、勉強から逃れてきたか。
考えると、恐ろしい。

せっかく学校に行ったのだから、ちょっとでも勉強の楽しみを味わったらよかったのに、と思う。
学校で勉強して楽しいのは子供の特権。それを放棄してどうする。

近所の猫
2008/11/06

ちょっと寒くなって来た今頃の時期になると、この辺にいたある猫を思い出す。

雨が降ると必ずと言っていいほど、ビルの裏の道から、猫の鳴き声が聞こえて来る。それが大変大きな声で、ずっと鳴き続けている。
私も店に鍵を掛け下まで降りて、猫の声の方を探すと、やはり気になっているらしく、近所の会社のOLなんかも出てきて、みんなで顔を見合わせたり、うろうろしたりして、「どうしたんでしょうね?餌は?飼い主が居ないのかしら?」などと心配げに話し合うのだった。
その猫は、口先から脚まで白い、黒白のやや小ぶりな身体で、この辺りを縄張りにしている雌猫であることが分かった。可愛い顔で、身体に似合わぬ大声には哀れを感じさせられて、本当に参った。

賢い猫で、うちの従業員が、一度ビルの階段でばったり遭ってしまったので、マックのチキンナゲットを与えたら、翌日の全く同じ時間に、また現われた。私も時々餌を上げていたので、それとはなしに近寄ってくるのだが、野良ゆえか、決して捕まるようなドジではない。

彼女は毎年子供を産んで、何匹か育てるが、何割かは死んでしまう。子供が死ぬと巣にしているビルの、管理人のおばさんの所に咥えて持ってきて、何とかしてと言う風に、おばさんの顔を見つめている。それが切ない、とおばさんはこぼしていた。そのおばさんにも絶対に捕まらないのだった。

ちょうど3年前の寒い夜、仕事の整理も終わり、帰ろうと裏口から道に出ると、何と例の猫のような大鳴きの声がする。
良く見るとそれは親猫ではなくて、産まれて1月くらいの子猫で、それが例の親の子供とすぐに分かるほど、ガラも顔も、瓜二つ。
餌も食べてないようで、何かに向かって必至に泣き叫んでいて、何時間も泣いていたのだろうか、もう声もかすれていた。
コレは飼うしかない。私は慌ててコンビにに走り缶詰を買い、それを餌に近づき、空腹に耐え切れなくなって近寄ってきた子猫を捕まえて、懐の中に抱え込んで逃げないようにしてから、ここから比較的近くに住んでいる知り合いの女性に電話して、猫を飼ってくれと、育ての親になってくれとお願いをした。
しぶる彼女に今後、病院代はすべて私が負担するからと説得した。

それから野良猫も、可愛い家猫になったらしい。親に似て、よく大声で鳴くのが可愛いと言う。

親猫は2年以上も姿を見せていないので、もう死んだものと思っている。
育ての親からは、子猫の病院代は今だに、請求されていない。


携帯電話
2008/11/05

私の携帯電話はAU。
最近、どうも電波の調子が悪い、会話の途中で切れてしまう事も起るようになった。

ヘンだなと思って、さっきビルの外に出てみたら、なんと隣のビルの一階に、ドコモの大きなショップが開店していた。
どうりで、AUの電波の入りが悪いはずだ。
納得して昼を食べに行った。

  (本当の所は、別にドコモが邪魔をしている訳ではなく、
   ビルが出来たので、ちょっと電波の調子が悪くなっただけ)
 

カスベのから揚げ
2008/11/04

用事があって北海道に行って来た。
食事で入った店で、「カスベのから揚げ」とあったので頼んだ。
軟骨も付いていて、なかなか美味しい。
後で、店の人に「カスベ」ってどういう魚?と聞くと、なんと「エイ」だって。
知らなかった。

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