HAL'S DIARY
オーナーのひとりごと。買付けの裏日記など。
きまぐれに更新しています。
  
| 夜のうどん屋 | - 2011/11/25
- 仕事に疲れて、夜11時過ぎに池尻にある遅くまで営業している某うどん屋さんに行く。
私より先に座っていた姉ちゃん。 注文が二転三転してやっぱり○○にします、と店員さんも右往左往。
出て来る間、ずーっと携帯電話。 出てきた〜電話を止めて食べ始めるかと思いきや、そのまま電話継続。
私のうどんが出てきたので食べ始めるが、彼女は食事を目の前にして依然と電話中。 その後、まだ電話中。スティル電話中。 私が食事の終了に近づいても話は終わりそうもない。
会話はどうでも良い携帯を買った話とか、撮影に行く予定だとか。
私が終わって、お勘定を払った後もまだ電話中だった。 きっと、どんぶりの中は量が倍に膨れ上がっているな。 ちょっと想像。 食えねえ!
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| 今日も鼠 | - 2011/11/23
- 元気にビルの谷間を走りちらかしている鼠。
食べるもが豊富と見えて体つきも結構大きく、鼠色というより、かなり黒っぽいい。 そんな鼠だが、毎日見ていると可愛い。
「木枯らしを 走り抜けたる 大鼠」
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| 横浜シルクセンター | - 2011/11/22
- 昔の会社の同僚だった女性が寄ってくれた。
朝、パスポート取得で横浜に行ったとかで、横浜の街は素敵だったと興奮気味だった。ついでに彼女が昔の、横浜シルクセンターにいた時の話になった。
横浜シルクセンターは斬新なモダニズム建築で、当初はその名の通りの日本産生糸や絹製品の宣伝普及が目的で昭和35年に開業した。私も知っている。 近くには老舗ホテルのニューグランド、大桟橋、山下公園があり、レストランのスキャンディア目当てに東京近郊からも人が集まった異国情緒たっぷりな、港横浜の雰囲気の一等地だった。 上はシルクホテルで入港した船の外人さんたちが宿泊した。 地下のアーケードには外人向けお土産屋と並んで、日本航空、全日空、パンアメリカン航空、キャセイ航空、などが並び、その一角に以前いた旅行会社のカウンターが食い込んでいたのだ。 上には中国の領事館があったようで、社内の人たちもVISAの申請に良く訪れ、育ちの良い社員が多く、シルクホテルのアイスクリームやコーヒーを出前させ、奢ってもらった。 ふらっと来たジーパンの外人さんが、ちょっとアメリカに帰るからと飛行機を予約するとポンと何十万の現金がポケットから無造作に出され、入金される時代だった。 格安航空券など貧乏旅行チケットなど無かった時代である。
そこに毎日、夜になると真っ白な白粉と真っ赤な口紅の厚化粧でヒラヒラした服を着て、とても高いハイヒールを履いた女性がドアの陰に立っていた。 言葉遣いは上品だったが、毎日目が合うのが何となく嫌で、いったいこの人は何だろうと、ある日先輩の女性に尋ねると、「あの方はね、お金で買っていただく方なのよ」と一言言われて納得したそうだ。 メリーさんという、界隈では有名な人だったそうだ。
その陰陽併せ持ったシルクセンターも、高度成長と共にあっという間に役目を終え、昭和の内に幕を閉じた。思えばわずか20年足らずの短かくかつ華々しい時代であった。
という話で1時間と半。 「昔は面白かったよね」が結論になった。
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| 会社不明の再発 | - 2011/11/21
- 店で値段を付けていて、時々ふと困ってしまう事が多々ある。
それは日本で再発されたレコードの会社が不明な事。 ジャケットや盤に何も会社名が書かれていない。
多分、帯があった時には会社名があったはずである。そうでないければただの海賊盤になってしまう。 しかし、客が購入し家に持って帰って邪魔だとばかりに帯を捨てると、途端に海賊盤と変わらぬ状態に陥る。 日本語の解説書が入っているからやっぱり日本の会社なのだろう。
そうやって毎日会社名を探って悩んでいると、日本のレコード会社の中には、きっと海賊盤の会社でいる事に満足していたのかな?と思ってしまった。
やっぱり小さくても良いから裏ジャケとか、レーベルのどこかに、社名は入れた方が良いと思う。だって自分の仕事に対して記名出来ないって寂しいから。
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| PATTY McGOVERN | - 2011/11/20
- PATTY McGOVERN-THOMAS TALBERT “WEDNESDAY’S CHILD” ATLANTIC 1245
今日もまたレア盤が一枚やって来た。嬉しくて朝からニヤニヤしてしまう。
彼女もまた、たった一枚だけの幻の名盤ヴォーカリストである。 たった一枚のレコードが製作後50年も経ってから大人気。元々マニア間においては人気盤だったがジャケットをほめた某評論家のお蔭で一挙に人気が広がった。評論家のページ一枚で売れ行きが左右されるから、評論家は気を付けてね。 今更でなく当時に書いてくれ、と言われても、それは無理なので仕方ない。 そんなに高値で取引されているのなら、私にも1割でも送金して、と本人から言われそうな気もしないでもない。 彼女は才能があった人らしく、ヴォーカルグループに長くいて歌の評価も高かっただけでなく、、この作品の中においても、2曲も彼女自身が歌を作っている。 大した歌手だった。
さて、このジャケットは確かに素敵である。 美人が束ねた髪をコンクリートの壁に無造作に押し付けて、上目使いで前方をキリッと見据えた視線。引き締まった口元に赤い口紅。ウエストの辺りで結んだコットンの楚々とした淡いブルーのワンピースも彼女のしっかりした心持ちを表しているようで、実に良い。 ビルの間の奥の方から歩いてきたと思われるスーツ姿の男性。ロングなボタンダウンのシャツにやや細いネクタイ、当時のワッションも素敵だ。ポケットに手を突っ込んで、彼女に何か言いたげに立ち止まったか、または歩みをわざとゆっくりしたかのどちらかである。しかし無視した彼女は視線を動かさない。 ジャケット写真の色合いが、50年代当時のアメリカの色が出ていて、逆光で撮った所がドラマチックで余計に映画のワンシーンのようだ。
これはどこかで見た光景だと、昨日から考えていたら思い出した。 映画「第三の男」の最初と最後のシーンだった。あれは確か女が歩いて来て、男が車のドアに寄りかかって女を見つめているシーンだった。 ラストのシーンはわざわざ飛行機に乗らないで現場に戻った男に目もくれないで、女は真っ直ぐな眼差しを彼方に向けたまま、観客に向かって歩いて去って行く映像だったと思う。それを見ながら私は、振り向いてやれよ、ニコッとでもしてやれよ、と心の中で叫んだものだ。
うーん、昔は良かった。
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| LYNN TAYLOR | - 2011/11/19
- LYNN TAYLOR “I SEE YOUR FACE BEFORE ME” GRAND AWARD GA33-367
ジャズヴォーカルのナイス・アルバム。 会話の時よく「ほら、油絵のような上半身の可愛い子のジャケット」で理解できるのが、これ。 ジャケットを見ているだけで幸せになれる。 幸せついでに盤も聴けば、部屋中に彼女のゾクゾクする歌声が右から左から、かと思うと、上から下から音楽の神様の使いの声が流れると、身体中に己の感情が揺れて動く、豊かさ、幸せ、寂しさ、悲しみ、哀愁が次々と心に満ちる。不幸な私にも至福の時が流れる。
輪郭がはっきりした録音なのか、とても聴きやすいサウンドも長所になっている。
さて、彼女名義のジャズヴォーカル作品はこれ一枚で、無名扱いの歌手の部類に入る。 所が私や、私たちの当時の世代の中には彼女を知っている人が多いはず。 それは「WALK RIGHT IN」というフォークソングがビルボードで1位になる大ヒットで、日本でもその後、かなりの回数ラジオでも聴く事が出来たから。 何と言ったグループだったか忘れていたので、せっせとYOUTUBEを探したら出て来た。動画もついでに出て来たので、お顔も拝める。 こちらを見ているととてもジャズヴォーカルを目指していたとも思えないほど、フォークの歌手で、いかに見事なテクニックを持っていたか分かる。なんでもこなすのだろう。
彼女は元来ジャズの方に望みを持っていたらしいが、あまり芳しい売れ行きで無かった事もあり、またこのフォークグループの共演者などに注目された事で、ジャンルを変えた、それが大成功につながったらしい。今更であるが個人的には惜しい気がしないでもないが、私が過去にケチをつけてもどうしようもない。
「彼女は可愛くて、キュートで、温かみがあって、きらめく瞳を持っていて、新鮮でそれでいてフレンドリーな表情で、誰にでも愛される顔とそして魅力的な声である」というような感想をライナーノーツが言っている。大体ライナーなどゴマスリ記事が多いものだがこれだけは本当かも!
私は可愛い子に甘いんだ。
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| 昨日もネズミ君 | - 2011/11/18
- ビルの裏に、昨夜も鼠がいた。
良く見ると本当に可愛いものだ。
ビル陰に 見つめ合いしは ネズミと我
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| ニュースで | - 2011/11/17
- 巨人チーム内のゴタゴタで、日テレ以外のTV局が盛り上がった。
せっかくのプロ野球の千秋楽・日本シリーズの真っ最中に、よくも内輪の話で騒げるものだと呆れた。
この反乱ニュースの中で、サラリーマンにインタビューのシーンがあった。 「貴方なら上司に反乱を起こすことが出来ますか?」という質問内容。 立派な中年に差し掛かろうという働き盛りばかり。 ところが皆一様に、 家族を守るために出来ません。 家庭のために出来ません。 将来を考えて出来ません。
いつから日本の男たちは駄目になったのだろう? 男たるもの、いつでも会社など辞めて、家族などいくらでも食わせてやるぞ、ぐらいの気構えが無くてどうする。
そんな事だから、結局家族の中で父親の舐められるようになったんだな。 心が弱い。 「そんな夫に守って欲しくないだろ、貴方のカミさんも」と一人で怒った。
知らない人に怒ってもな。
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| 歩るく | - 2011/11/16
- 今朝もあたりを歩き散らかして来た。
朝の新宿の街は、朝まで飲んでいて外に出てきたキャバクラのお姉さんの顔の ようで、とても朝見る物ではないが、それはそれ、人がダイナミックに動いている躍動感いっぱいな街。 それなりにいろいろある。
自然に囲まれた海や山の散歩はもちろん良いのだけれど、都会の街の散歩も人が生きている息が聞こえていそうで、結構これはこれで面白い。
しかし、小便の臭いやら何やら汚いもんだな。
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| MY FAIR LADY | - 2011/11/15
- SHELLY MANNE AND HIS FRIENDS "MY FAIR LADY" CONTEMPORARY C3527
どこが?って聞かれると困るが、実は大好きな一枚。 昔はフリージャズを聴き疲れたら、その合間に時々聴いていた。心が安らぐ一枚。
ライナーによると次のレコードの発売に当たってアイディアを練っていた所、プロデューサーのコーニング氏が今流行っているブロードウェイ・ミュージカルの音楽はどうだ?と言い出したので、シェリーマンもプレビンも感心して、そうだとなった。トリオで演ることになり、ベースにはヴィネガーを持って来た。何しろトリオ形式における第三のヴォイスとして彼のサウンドが必要だったと。 決まれば何しろクラシック界における重鎮のプレヴィンと、これまたウエストコースト随一のジャズメンのマンの事、あっという間にアレンジも仕上げてしまった。芸術家という物はそういうモノ、決まれば仕事は早い。 もちろんレコーディングは当然ロイ・デュナンが担当しただけの事はある。中域がすっとでて、締った低域がズンと出て、聴く人の腹が据わる。 音楽と聴く人の気持ちにぴったり嵌ったサウンドがここにある。
出来上がったレコードはジャズ史上、トップクラスの販売になり、ジャズレコードの成功例になって、以後ミュージカルに題材にもらった作品も続出した。ウエストサイド・ストーリー等がある。
このレコード確かに最高のトリオとはだれも言わない。べた誉めしている記事にも出会った事はない。だが、ネットで検索して見ると、この作品について多くの人がブログにも書いている事は、やはりヒットしたのだなと納得する。 売れるという事はそういう事なのである。誉めようがケナそうが、話題に上がったら勝ち組。
本当に最高とは言わないが、エンタータイメントとしてのピアノトリオの出来の良さは認めざるを得ない。冴えたる腕のピアノの音色は見事で粋である。 すっと出たり、さっと引いたりの緩急自在な演奏者の愛情がいっぱい詰まったジャズがここにある。 ヴィネガーの散歩しているかのようなベースラインは、聴く私と共に歩いてくれるの気がする。
各種名盤と共に、一緒に棚に収めて置くと何故か安心できる一枚である。 30年も聴いていると、聴く度に人生の過去の出来事が色々思い出す。 「君住む街角(A−2)」も良いなあ。
今回、当店に入荷したレコードの裏ジャケに赤い枠があるのが嬉しい。
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