HAL'S DIARY
オーナーのひとりごと。買付けの裏日記など。
きまぐれに更新しています。

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血のつながるふるさと
2013/04/02

島崎藤村の本「夜明け前」は時々引っ張り出して読んでいる。
長いので、時間が掛かる。
おまけに昔の、あの界隈の事が出て来るので、景色に思いを馳せたり、私の父母や親戚や友人たちの事も考えてしまい、想いに沈んでしまい中々読み進むことがない。
それでも好しとしているのは、そういう郷愁に浸っている時が好きなだけだ。

あの藤村の言葉。
  血につながる ふるさと
  心につながる ふるさと
  言葉につながる ふるさと

これまで書き進んで、遂に思い出してしまったある出来事。
家に「島崎藤村」という本があった。文学者の紹介本である。
その本を買った父は、藤村の息子の楠雄氏に会いに行き、なにか書いてくれるように頼んだ。
相手は渋るも、なんとか説き伏せて、その本の見開きに書いてもらった。それが、あの言葉である。
それが父の宝物のひとつであった。
藤村本人ではないのが惜しいが、藤村そっくりな字で、なかなかの味わいであった。

高校生の頃、その本を欲しくなって、父に頼み込みその本を貰った。
「どうせ、オレが先に死ぬから、お前にやるか」という事になった。
私の自慢の逸品が出来た。今だったら人気テレビ番組「なんでも鑑定団」に出したいくらいだ。
それを遊びに来た友人が見つけた。
ちょっと貸せよ。
ちょっと貸してと、帰って来たことがないのはこの世の道理。
それでも、時々は催促しながら2年待った。

しびれを切らした卒業間際、彼に本を返してくれと言う事にした。
彼は落ち着いて「今更良いじゃないか、冷たい事をいうな、お前の面倒を見たのだから」。
「....」
面倒という言い方に、一言も返すことが出来ない。
なぜなら父が事業に失敗し、父も母も働きに出て家は金回りが良くは無い。学校に弁当を持たずに行く日もあったり、小銭を持っていなかったりする日もあった。
そんな時に気が利く彼がパンを一つ買って来てくれた事があった。弁当を半分分けてもらった事もある。
しかし貧乏かというと、叔父のお蔭で父は働く場所もあり、私が高校を退学するほど貧しくもならなかった。
むしろ普通に貧しい高校生だったと思っている。周囲もみな貧乏だったから。
ただこっちはせっせと小銭を貯めて映画を見に行きたいので、昼食も食べなくても一向に構わないのだが、彼が気を利かせてくれる。
パンを貰ったことは事実、空腹を満たした事も事実。とても有り難かったし、言われれば返す言葉がない。
友人もまた良いヤツだった。
結局、本は却って来なかった。
ただその時漠然と思った「これから大人になると、面倒な話がいっぱいあるのだろうな」と。
小さな出来事だが、当時は友の別れと、藤村の書が載った本との駆け引きが同時に起きて、余計に淋しかった。

井伏鱒二
2013/04/01

どうもここの所、話が続く。

それで今日は、広島県の方と電話で話していたら、福山市の子供達の中には、井伏鱒二が福山出身だという事を知らない子が沢山いるという話になって、これでは将来が不安だと、話が盛り上がった。

そう言えば、私が高校に行っていた頃、という事は東京オリンピックがあった頃。
私たちの郷土の文豪、島崎藤村を「シマザキ・フジムラ」と読んだ同級生がいたから不思議でもない。
先生は怒る事も忘れ茫然としていたが、クラスの中には、どこが拙いのかきょとんとしている子もいる。
当時の私でさえ思わず、コイツ等 本当にこれで良いのかと思った次第。
なぜならば、当時はまだ藤村の息子さんも生きていて、学校の遠足でも藤村記念堂に行った事があるはずだったから。

そう考えると今は、新宿区の子供達も夏目漱石が新宿区出身だと知らないだろうな、と漠然と思った。

ま、知らなくても生活に困る事もない。
知ったからと、どうなるものでもない。

花に嵐のたとえもあるさ
2013/03/31

今年は転勤で行ってしまう人が多い。
2・3日前には大阪に戻った方が、レコードを売って下さった。
それは嬉しいが、親しかった人が遠くに行ってしまった事が淋しい。

友の別れには、李白の有名な漢詩。
黄鶴樓の「煙花三月下揚州」の一節が脳裏をかすめた。
去り行く友を見送る最高の風景だ。
これは書くべきだと思った。
思ったのだが、他人の国境にちょっかいを出してくる中国など好きでは無い。
今後、私は絶対に漢詩の一節など書くものかと決めているから、書かない事にした。
それも寂しいから、やっぱり何か書かないと納まらない。
ならばと「花に嵐の例えもあるさ、さよならだけが人生さ」と書いてしまった。

今になって考えると、日本的だが、これもまた漢詩の一節である。
原型は「花発多風雨」「人生足別離」となっていた物を、井伏鱒二がこういうふうに書いたからで、こうなった。

日本語訳が独り歩きしているようなので、これで良しとする。
好きだなこの「花に嵐のたとえもあるさ さよならだけが人生さ...」

転勤
2013/03/30

昨日の日記の続きで。

今日は初めて来店して下さり、音楽が好きで従業員とも私とも話が盛り上がったお客様がいた。
楽しかったので「また来て下さい」と送り出そうとすると。
「4月から福岡の方に転勤なんです」という。
せっかく知り合ったのに、なんとも残念。
春は最も希望に満ちた明るい季節なのに、またも別れの話かと、感傷的になった。

花に嵐の例えもあるさ
さよならだけが人生さ

3月
2013/03/29

3月は淋しい。
お客様で新潟から東京に転勤で来て、仲良くして頂いた方が転勤で地元に戻って行った。
淋しいねと従業員と話していた。
次に来店された方が、4月1日から大阪に転勤になると言う。こちらも音楽に詳しい方で楽しくお付き合いさせていただいた。
そんな時期だね、などと感傷に浸っていたら夕方、近くで働いている女性が寄ってくれて、4月1日から新宿であっても転勤だと挨拶に来てくれた。

次々と転勤がある3月。

人間は「別れ」という言葉から離れる事は出来ない。
会うは別れの始まり、とはよく言ったもの。


人生は 会って別れる 桜かな

EARL COLEMAN RETURNS
2013/03/28

EARL COLEMAN “EARL COLEMAN RETURNS” PRESTIGE 7045

このレコードは新入荷ではない。在庫としてもう数か月ほど経つ。
売れないのは、どうでも良いレコードと思われている節がある。
では、どうでも良いレコードかと言われると、全くそうではない。
まず作品として。
男声ボーカルとして中々の良いレコードで、彼の歌は柔らかく上品である。
黒人ボーカルとしてはやや上品過ぎ、大人し過ぎるが、聴く側のセンスが試されるような素晴らしい作品である。
バックのメンバーも申し分無く、アート・ファーマーにジジ・グライスと来ては、50年代中頃の最も充実した時期の演奏で、各人のソロを聴けば、納得の好演奏である。
だが、今は男声ボーカル不遇の時代。これもまら例に漏れずに人気のない、不運のアルバムである。

だが、ここで私が、ぐずぐずとアルバムの不運を嘆いている訳にも行かない。
ジャズのレコード・セールスマンとしてはお客様に良い点を示さないと。
どんなアルバムにも長所はある。といつも言っている通りである。
と、おもむろに話を進めると。

このレコードはとんでもない、重要な能力を秘めたアルバムなのである。
ある曲において、彼の歌が終わった後、後ろの方で数人がしゃべっているのである。
その話声が聞こえるかどうかで、持っているオーディオの解像力が分かると言うオーディオ・チェックとしての仕事が出来るアルバムなのである。

自分のステレオ装置がどの程度の解像力か 誰でも知りたいと思うはず。
ところが御誂え向きのアルバム等、そうそうあるものでは無い。
オーディオ・チエック・レコードだって、繊細な音になると、そうは行かない。
そんな時に、ぴったリなアルバムなのである。
試してみる価値はある。

しかし、このジャケット、上からど真ん中に青い色の矢印を塗っているが、これが無いとすると、同レーベルの名盤、ALL MORNING LONG (7130)のような、かなりのレベルの、ニューヨークの港の風景写真なのである。

看板
2013/03/27

ちょっと前の事。
同じフロアの斜前に若い姉ちゃんのネイルサロンが入った。
それがいきなり看板をドアの外に出した。
看板は中段に植物の植木鉢も入った手作り感のある、高さ1メートル弱だが出っ張りが結構ある。
実はビルの通路に物を置くと、消防署の指導でなんだかんだと管理人がうるさい。
他店でも通路の看板は傘立て程度にしている。
これはまずいと判断したので、その姉ちゃんに「これだけ大きいと、多分、管理人や理事会の役員から文句が出ると思うので、もうちょっと小さいのにした方が良いよ」と軽くアドバイス。
すると、むくれて「あそう」といきなり看板を引っ込めて、ドアをバタン。

この辺りの不動産屋は小さなショップが賃貸を探していると、看板は歩道に出してやりなさいとか、店の前にちょっとぐらい許される等と、営業トークに使っている。
不法な事などおくびにも出さない。

きっとお姉さんが、近所の嫌な親父があたしの看板にケチを付けた。
どうしてくれるんだ、入居の際の話が違うと、不動産屋にでも怒鳴り込んだら面倒になる。
これはまずい事を言ったかな、とちょっと心配していると。
あにはからんや。
翌日、ビル管理組合の理事長が部下約1名を引き連れて、当店にやって来て、「お宅の看板引っ込めてよ。こんなの認めてないよ」とエライ高圧的。
10年間消防署がチェックに来る時以外はお互いに「まあいいか」でやって来たのに、看板は撤去、撤去と威張りまくり。
急にどうしたのですか、と聞いても、規則だからと。
結局、ドアの前に旗を立てていた店も、小さな看板を出していた店も全滅。
これからは厳しくして、看板を通路に出したら罰金100万円と紙も貼っている。

なんだか読みの通りになってしまった。
想像でしかないが、私がへんな事をいわなければ、こんな事にならなかったのであろうと思うと、ちょっと後悔。

この辺りは人通りも増え、歩道の看板も道路交通法の対象として、警察の取り締まりも増えた。
それでもなぜか中国系のマッサージとか、家賃未払い即鍵交換の最近の不動産屋は、継続的に看板を置いている。
厳しい中、なぜそのまま看板を継続できるのか理解に苦しむ。
警察もレコード屋にはエライ厳しかったのだけれど、あっち系には弱いらしい。
ま、弱い者に厳しいのは世の常、という事で。

カッコオいい白バイ
2013/03/26

朝、歌舞伎町の近くの交差点で、白バイが停まって、違反車を探しているようだった。
ちょうど先の小さな信号を、赤信号にも関わらず横断して行った自転車がいた。
即、出動と思ったら、びくとも動かない。
なんで?

車だったら鬼の首を取ったように、蹴っ飛ばされたように走って行って捕まえるのに。
車が多くて、危険な横断だったにも関わらず、自転車や歩行者は御目こぼしとは、さすが白バイ隊員は太っ腹。
カッコイイ。

うん?
それとも、お金にならないからかな。

一時停止
2013/03/25

新宿の歌舞伎町の近く、道路の角にお巡りさんが二人立っている。
何をしているのだろうと思っていたら、脇道から出て来る自動車の一時停止を見ているのだった。

それなら、近くで見ていれば良さそうなものを、広い道路のフェンスの陰から見ている。
ちょうど、そこに出て来た自動車が、止まったか止まらなかったかの、微妙な停車で、ゆっくり曲がって行ってしまった自動車の運転手が捕まっていた。

事故防止を願っているなら、近くに立っていて注意すれば良いものを。
正義の味方のお巡りさんも、結構いじわる。

桜とくれば辛夷
2013/03/24

知合いが「コブシ咲く春なのに、あなたは来ない〜」と口ずさんでいた。
何か落着かないので、口ずさんでみた。
ちょっと考えたらそれはコブシではなくて椿だった。
ジャズ親父でも知ってる歌だったので、「椿だよ」とやさしく教えて上げた。
日本と韓国を混同しては拙い。
日本の方は「コブシ咲く あの丘北国の ああ北国の春〜」で、唄う不動産屋、と言われた千昌夫。
北国の春は大ヒットした。
カラオケでも私のような歳の人が集まると、先に歌った方が勝ちという状況になる。
あの曲で良いのは「季節が都会では分からないだろうと」とか、「兄貴も親父似で無口な二人」の所である。
郷愁は故郷のみならず、過去に対する想いでもある。ヒットした当時すでに過去への郷愁が大部分であった。
それを演歌で唄うところに、聴く人にも地方出身ならではの郷愁がある。

だがこれも昭和の事で、風景も遠のいた。

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