HAL'S DIARY
オーナーのひとりごと。買付けの裏日記など。
きまぐれに更新しています。

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名車
2013/04/19

日産の名車GTRのコマーシャル・ビデオを見た。
コンセプトは感動の創造という。感動を創造するとは、なんとも素晴らしい事を言う会社だ。感動とは見る人が、見た結果や体験した結果に感じることであって、あらかじめ感動を作られた商品って一体どういうものだろう。興味津々で見る。
ビデオによると「時速300キロで走りながら、助手席の人と会話が楽しめる圧倒的なスタビリティー....。時にはオートマチックモ−ドでスポーツクルージングを楽しめる乗り心地....。しかもエロコジーパフォーマンス.... 世界最高のパフォーマンス... 」いや、素晴らしい。

300キロのスピードで会話が楽しめるって何? レーサーでも300キロの時は、会話は楽しまないと思うが。
時にはオートマチックモードって、この車はオートマの車だったはず。
世界最高のパフォーマンスとあるが、世界最高とは一体何をもって世界最高というのだろう。
言っている価値観が貧乏な私には理解できないのだが、こういうビデオを作った人の感性に感心した。
この車を最初のテレビのCMで見た時、ポルシェの持っているタイムを超えたというものだった。
更に手の込んだ事に、確かNHKでもその事を取り上げたはずである。
国営放送が取り上げたのだ。

ただ、その画面を見ながら私は違和感を持った。
お互いにフェアなレースとして競争の場を作り、タイムが上回ったなら、CMに使用しても許されたかもしれない。
だが、それでもモータースポーツ・ファンは違和感を持つ。
タイムの事はあくまで結果であり、参考であるという事を知っているからである。

しかし、己一人で宣伝に使う事を目的にタイムアタックをして、勝った、勝ったの宣伝は、ある意味太平洋戦争のパールハーバー奇襲作戦の大本営発表を連想させる。

そもそも、ポルシェはスポーツカーとして売られているのだが、ル・マン24時間耐久レースの為に作られているという事を知っているだろうか、それもル・マン用の車両が吊るし(既製品)として作られているのだ。
例えば、重量はじめスペックはレギュレーションに適ったものであり、ガソリンは黄色のランプが付いてから、あのコース一周分が残された計算がされているのである。
それはニュルブリックリンクのコースのタイムアタックの為に作られている訳ではない。
一般車は、それを運転しやすいスペックに落とし、内装をし座り心地のよい椅子を置き、安全性を高めたボディーを被せて一般に売っていると思ってもあながち間違いでもないのだ。

では日産のGTRとはどういう目的の自動車なのだろう。
ポルシェのニュルブリックリンクでのタイムを超える事だけを目的に作られた車なのだろうか。
ただのスポーツカーではなく、世界最高という触れ込みならば、そこには大きな目的があるべきだと思う。

それ以来、各社がそんな宣伝が許されるのかと、レクサス等ちらほらと大本営方式宣伝を使い出したので、あまり気にする必要もないのだろうが、こんな時代になった事がちょっと私は淋しい。

車の購入の選択動機が子供っぽい、俺が一番という宣伝に踊らされるとは、日本国民として実に残念である。
これではスポーツカーが日本で低迷するはず。

でも、やっぱり日本車に頑張って欲しい。

RUUD BRINK IN VERONA “DOUBLE FACE
2013/04/18

RUUD BRINK IN VERONA “DOUBLE FACE” LMJ RECORDS LMJ 3340

内容、レア度、人気と三拍子そろったレコードで、オランダのRUUD BRINK(ルード・ブリンク)あだ名ルディ(RUDY)というテナーマンがイタリアでプレスした作品である。これだけでソソラれた人はもう立派なマニア。
このレコードは発売当時新入荷として日本にも若干は輸入されたようだが、個人的には買う事が出来なかった一枚である。
物との出会いは、時の運である。

店を開いてからヨーロッパに通うようになって、知合ったオランダ人のディーラーが時々は見つけて来てくれた。
珍しいから買えと言われて、高額だが付き合いだと思い渋々購入していた。それが意外に、人気が高く売れ行き好調。
今度はこちらから、もっと仕入して来いとハッパと掛けるようになった。
彼は真面目というか、ストレートというかプレイヤーの家族にコンタクトを取って会いに行った。
遂に家族から、残りの十数枚を買い占めて戻ってきたのは良いが、私がオランダに行くたびに一枚づつしか売らない方針だと。
頼み込んでも、せいぜい2枚という営業方針で、イギリスのダイモンドの会社デビアスのようなビジネスをするのであった。仕方なく、イタリアに行っても帰りにオランダに寄り、スエーデンに行っても寄り、ノルェーに行っても寄りと、時々は腹立たしいが、これも仕事と割り切って、各地を飛び回った。
毎年5・6枚は入荷した訳で、マニアの間でもハルズに行けば、買えると言う噂が立った事もあったらしく、遠くからお客様が訪ねて来てくれた事もある。
それが、在庫も底を突き、さらに彼が亡くなってからは、入荷がほとんどなくなった。

思えば、ヨーロッパでディーラーやコレクターだった人で、私の仕入ルートとして付き合っていた人の中で、3人は亡くなった。私のルートが一つ一つ消えて行くのが淋しい。
そうでなくとも廃盤のレコードの入荷は、あらゆる意味で困難になった。
もはや私の出番ではない気がしてきた。 今後は、せいぜい若い人の新しいルートに任せたい。

ところで、このレコードはジャケットが折りたたみ式になっていて、ちょっとそそられる。
レコード会社がイタリアのミラノにあったLMJという個人名を社名にしたレーベルで、Bruno Mariniの関係者らしいが、概要は良く分からない。
BRUNO MARINIはベローナに住んでいたようで、RuuD BRINKはどうもそこに招待されて行ったようだ。
そこでミラノのこのレーベル・オーナーに引合されて、どういう話かはわからないが、ともかくレコーディングした。
先程のディーラーが本人に聞いた話によると、プレスされたレコ−ドは200とか300枚とか言っていたが、ほとんど自分で持ち帰ったそうだ。だがレーベル・オーナーの所にブツを残してあるはずで、これがどのくらいあるか分からない。
実際トータルのプレス数は、RUUD BRINK本人も亡くなってしまった今となっては、まったく分からない。
皆が生きている内に聞いておけば良かったと改めて後悔する。
要はこのレコードの大部分は廃盤としての価格の元で流通されていた事になる。

ところで、RUUD BRINKという人の作品数は極めて少ない。
少ないが、仕事には恵まれていたようで、サイドメンとして、またスタジオ・ミュージシャンとして特にヴォーカルのバックに仕事は多い。
私も、オランダの歌手のレコードを手に取った時は、メンバーを見る事にしているが、ちょこちょこ見かける。
思うに、良いテナーマンであった。
ZOOT SIMSのように、例えばスエーデンならLENART JONSSON、ノルェーならBJARNE NEREMのような、ヴォーカルを引き立てたり、支えたり、タイミングや音や技を熟知している貴重なテナーマンとして彼等には共通点があるのだと思う。
これは正に、彼の真骨頂である、テナーサックスのサウンドを聴く事が出来る、貴重な一枚である。
長く付き合える、良い作品である。

子育て
2013/04/17

朝、NHKを見ていたらイクメンという特集だった。
育児をする男という事らしい。
男として仕事はどうする? とか、奥さんが働くのかな、とか疑問があったが共同作業ならで良いか?等と、我々の年代から上には全く縁のない言葉なので、興味本位に見た。

奥様方と協力し合って子育てをするわけで、良い事である。
色々子育てとか奥様と仲良くとか、番組は進み。
コメンテーターとして漫才コンビ・浅草キッドの玉袋筋太郎がいて、彼のセリフ。

いや、そうするとですよ、あのドラマ「子連れ狼」の主人公の「拝一刀」という人は、最高のイクメンという事になりますね!

間違いない! 私も同感! 
日本の世の男よ、拝一刀になれ!
そういう番組だったっけ。

LUCY ANN POLK "TREND"
2013/04/16

LUCY ANN POLK “SINGS WITH THE DAVE PELL OCTET” 10inch LONDON H-APB 1028 (SOUTH AFRICA)

これは大変に珍しいアルバムである。
オリジナルはアメリカのTRENDレーベルから出た、可憐な後姿の紫の絵のジャケットである。
それが、LONDONレーベルとあるので、英国でプレスされたのだと思いながらじっくり眺めていた所、小さくmade in south africaと記載されているのを見つけ、アッと息を飲んだ。
南アフリカ盤の10インチだったのだ。
よくぞ発売されていたものだ。

こんな盤など見た事も、聴いた事も、いや存在することすら知らなかったので、本当に驚いた。
ラベルは古色あるエンジ色である。
ジャケットは緑色を基本とし、バックにミュージシャンが二人、灰色でキュビズムの影響とは言わないまでも角ばったイラストでラフに書かれている。
そこから浮き上がって線画で書かれた歌手の姿はこれまた顔を見せていない。彼女本人である事は疑いない。
彼女はとても美人なのだが、アメリカのTOREND盤でも顔が出てない。
MODE盤ではしっかり彼女の美人顔が書かれていて、好感度は高い。
ジャケットは本人を売り込むための物なのに、どういう経緯で顔を出さないようにしたのか知りたいものであるが、歌に余程自信があったので、あえてリスナーの興味をそそるために、そうしたのであろうか。
ジャケット一枚でも、興味は尽きない。

それにしても、やや古風な10インチ盤は、なんともコレクター心をくすぐる出来である。
私も欲しい、と久しぶりに思った。

2013/04/15

夜12時近く、車で通りかかった路地に車に轢かれたらしく猫が一匹横たわっている。
気の毒に思い、傍に寄ってみると茶虎の成猫。この辺りに生息している、野良である。持っていたエサをあげたこともあったので、これも何かの縁。何もしないよりいいかとビニール袋を探して、車に置いてあった軍手をはめて、猫の死骸を片付けた。
片付けたものの、さて、どこに、どうしたら良いのかと思うが置く場所もない。
仕方なく持って帰り部屋の前に置いておいた。
御線香でも上げようかと思うが、ウチには線香などない。
猫に申し訳ないが葬式はなし。
心の中で「もし猫に神様がいらっしゃるなら、野良ですが、どうかお導き下さい」とお祈りだけでおしまいにした。

心の葬式が終わり、さて葬儀の費用。
地獄の沙汰も金次第。あまりケチるのもいかがかと思う。
ネットで調べると、業者は埋葬費用18,000円で24時間対応。
新宿区の清掃局でも引き取ってくれるようでこちらは2,500円だが、朝8時ころから。
飼い猫でもないし、18,000円は不景気な折ちょっと痛手なので、区にお願いする事にした。それでも2,500円の葬儀費用。
朝、直接持って行ったところ、有り難い事に、快く引き受けて下さった。

店に帰ってから気付いた、費用の2,500円を払うのを忘れていた事に。
あの猫、お金を持たずに天国に行けるのか。
野良だから何とかしてたどり着くだろう。
払いに行こうか、このままトンずらを決め込むか。
まあ、いいか。

MAX ROACH “WE INSIST”
2013/04/14

MAX ROACH “WE INSIST” CANDID 8002 (USA)

WE INSIST、我々は要求する、といういかにも政治的なタイトル。
このジャケットは見ていると、無意識にとても不安にさせられる写真である。
レストランのカウンターであろうか、中で働いているのが白い帽子を被ってナプキンを丸めて顔を斜めに不安げな様子の白人である。こちらに何かを訴えるような目つきが印象的である。
そのカウンターには3人の黒人の若者が座っている。
白人が黒人にサービスをするなどという事が考えられない時代の写真である。
黒人の若者は、良く見ると手に持っているのは本で、本は広げられている。
3人の顔の様子は強がっても萎縮した様子もない、淡々とした様子である。

1960年の8月9月で作られたこの作品。
1960年という時代背景をジャズ・マニアの多くが知らないはずがない。
それから察するにこの写真は、思わず危険がいっぱいだと思わざるを得ない。
今の若者言葉でいうヤベーである。
それを承知で作られたこの作品、MAX ROACHは意識して作った所が偉いのである。

この写真のモデルが、実はちゃんと残っている。
それはSIT-INと呼ばれた出来事である。

面倒なので簡単に情報を探そう。
家に帰って本を探すより、近くのネットで探せという格言の通りである。そんな格言あったかな?

1960年2月1日、アメリカの東側、ノースカロライナ州、グリーンズボロという町にある黒人専用の学校、ノースカロライナ農工大学の4人の黒人学生が、白人オンリーのアメリカ大手のショッピングセンターWOOLWORTHのカフェのカウターに何気なく座り、コーヒーを注文したのである。
当時は黒人にはコーヒーも水でさえサービスしてはならないという法律があったので、店側は何もサービスをしなかった。
だが、彼ら4人はコーヒーも出なかったにも関わらず椅子に座り続け、やがて教科書を広げ、しばらく居続けたのである。
学校に帰った彼等は英雄になり、翌日からその店には学生が押し掛けて、SIT-INという言葉が生まれ、流行り、続々と大勢の学生が運動に参加し、運動は継続されたのである。
思えば、日本でも我々もそれを真似て新宿東口に座ったりしたが、結局は姉ちゃんをナンパするだけである。何をかいわんやである。モトイ。

これ以来抗議活動が南部で広がり、黒人解放運動が広がるのである。
実際にあった店のカウンターと椅子は、スミソニアン博物館に展示されているようだ。当時の写真も見られるはずである。
ジャズを聴くという事の一つの面白さは、アメリカの歴史を勉強できるという事でもある。

さて、当時の写真をネットから拾っておいたので、並べて置いた。
良く見ると、ジャケット写真はデザイン上撮影されたものである。
一方、実物の方はバーテンが黒人である。大学生の方は顔つきからすると中々のインテリそうな立派な顔立ちの方ばかり。
それは当然で、こういう運動のきっかけを作った4人なのだから。
ジャケットの方はバーテンを白人にして、より煽っている所が面白い。
強気なMAX君である。

所で音楽の事。
音楽はABBY LIMCOLNの歌でというかボイスで始まると、MAXのドラミングは黒人を意識した音楽であり、正確で冷静でそして緊張感が高く、サウンドの精神はまるでフリージャズのドラマーのようである。
BOOKER LITTLE等も力演している。
一曲目ではサックスCOLEMAN HAWKINSが参加している。もっと前衛的な人を入れなかったのかという疑問がないわけではないが、このジャズのサウンドには不可欠だったのであろう。太い音で良い味を出している。
こういう点が音楽の摩訶不思議なところで、そういう彼らが集った時、前衛と呼ぶことが出来る音楽が生まれたのである。

改めて聴けば、今でも心が高揚して、黒人解放運動に身を投じたい衝動に駆られるのである。
といって当時は命がけの行動だったのだ。

消えた
2013/04/13

仕事が忙しかったので、深夜になって今日の日記をやっと書いた。
ああ、出来たと思いながら、最後の方に溜まった、不要な文や言葉の切れっ端を[Back Space]キーで消していたら....。
あらま、不思議。
一遍に、文が全部消えてしまった。

全部消してしまう事はないと思うよ、パソコン君よ。
友達だと思っていたのに。
さっきの通りにも、もう書くことは出来ないのだよ。
がっかりしたさ。

買付中
2013/04/12

従業員が買付中。
私は一人で留守番。
もう疲れた。

元々、一ところにじっとして要られなくて、ふらふらとお茶を飲みに行ったり買い物に行ったりしたい質なので、こういう店のように動けないのが苦手。
早く、この辺りをブラブラしたいものだ。

かと言って仕入がないといけない。

吉田ヨウヘイのCD
2013/04/11

今朝、アマゾンからメール配信があったので、見てみると、どこかで聞いたことのあるタイトルのCD。
気が付いたら、当店の社員「吉田ヨウヘイ」の商品だった。私に送って来てどうするのだ、と笑いながらも、ちょっと嬉しい。
有難く内容を見させていただくと推薦文の数々。
それなら私が配信したいくらい。
大変、有難い。

有難いのだが、数字に結び付くと、更に有難いと思いながら.....。
amazonからちょっとコピーさせていただいて紹介。


「amazonの商品説明、の内容説明」

レインボータウンFM、北海道ノースウェイブ等でピックアップされ、岡村詩野ら著名音楽評論家も太鼓判を押す、吉田ヨウヘイgroup!!
和製ダーティー・プロジェクターズ、遂に全国リリース!!

推薦コメント多数!!
「彼らこそ日本のダーティ・プロジェクターズを目指せるバンドだ!」(音楽評論家/岡村詩野)

「吉田ヨウヘイはアマチュアミュージシャンがあまねく尊敬し飲みの席で名前をあげる存在たり得るし、同時に一般にも広く強く受け入れられるべきと思います。全力で推します」(ミュージシャン/よしむらひらく)」

「聴くと心がふっとほぐれ、整えられていくタイム感。心地好いです」(音楽フリーペーパーasatte編集長/小川ワタル)

メディア掲載レビューほか
2012年4月に結成された吉田ヨウヘイgroupがCDをリリース。評論家陣から“日本のダーティ・プロジェクターズになれるバンド”と絶賛された、彼らのサウンドは必聴。 (C)RS

アーティストについて
2012年4月結成。初録音の楽曲「ボーダーレス」が音楽評論家の岡村詩野氏に評価され、7月以降「レインボータウンFM radio kitten」「北海道ノースウェイブNishiazabu Record Store」などのラジオでオンエア、岡村氏から「日本のダーティー・プロジェクターズになれるバンド」と評される。9月、同氏の編集した「radio kitten コンピレーション」に「ボーダーレス」が収録、ototoyから配信される。9月末には初音源となるCD-R「霧のように」をリリース。ディスクユニオン、JETSETなどで販売、好評を得る。11月半ばから、CRJ-TOKYOのweekly chartに「霧のように」が4週連続チャートインする。渋谷7th Floor、渋谷O-nest、新代田FEVER、三軒茶屋HEAVEN'S DOOR等で活動。

山吹
2013/04/10

近くを歩いていたら、山吹の白い花を見つけた。
やや地味ながら楚々とした花である。
白い山吹とは珍しいと写真に取っているうちに、何かおかしいと気が付いた。
そばに咲いている黄色い山吹と比較すると、なんと花びらが4枚しか無い。

これは一大事と、植物図鑑を開こうかと思ったが、面倒なのでネットで検索。
近くに図鑑など無いし。便利な時代である。

木も葉っぱも山吹にそっくりであるが、白山吹は黄色の山吹とは別種であると。
こちらは4弁だが、黄色の方は花が5弁。
葉っぱもちょっと違う、といっても素人目には解りにくい。

さらに白山吹は実が成る。

さてさて、山吹の山吹たる所以がある。
それは太田道灌の「七重八重 花は咲けども やまぶきの 実の一つだに 無きぞ悲しき」という蓑を借りる話があってこそ、山吹なのである。
実が無いからこそ、山吹なのである。

それが、何と、実が成ってしまうとなると、山吹でなくなる。
すなわち白い方はは山吹でないというヘンな仮定法の理屈で山吹でなくなる。

これは違って当然だと、納得。

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