HAL'S DIARY
オーナーのひとりごと。買付けの裏日記など。
きまぐれに更新しています。

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春雨じゃ...、
2014/05/21

朝、コーヒー屋で。
外は小雨が降り始めた。
私は今出ようか、それとももっと雨が小降りになったら出ようか、等とぼんやり考えていた。
その時、出て行こうとする老夫婦がいて、旦那がこういった。
「春雨じゃ、濡れて行こう」
それを聴いて私が笑うと、その方は「月形半平太だったね」。
うん、

何年ぶりだろう、こんな名台詞を聴いたのは。
たしか、私の記憶にあるのは長谷川一夫主演の映画だったような気がする。
「つき様、あめが...」
「春雨じゃ.. ぬれてまいろう」

この映画の大ヒットで、当時は普段でも、傘を持ってない時は、みなこういったものだった。
秋でも。

こういうセリフはゆっくり言うんだよね。
あのゆっくりさが、私には思い出になっている。

JEANNIE THOMAS “HIS n’ HERS”
2014/05/20

JEANNIE THOMAS “HIS n’ HERS” RELIABLE RRC-101 (USA)

さても、珍しいヴォーカル・アルバムの入荷である。
ファクトリ・シールだったが、聴いた事が無かったので、エイヤっとばかりに開けてしまった。
オマケに盤も心配だったから。針飛びなどがあったら購入した人に気の毒でもある。
開けたとて、やはり珍しい事に変わりはない。

彼女のアルバムは、STRAND(ストランド)にもう一枚あるが、出来は断然こちらが光る。
録音時期は、多分ストランド盤の直後というところか。

裏ジャケのライナーによると、彼女は50年代のミス・バージニアとなっているのだが、髪も黒いし、某評論家先生のいう所のブロンド美人という感じではない。
だが古風な感じの美人だったのだろうと思われる。
所が、神は二つも才能を与えてしまったようで、歌の方もなかなかのものだった。
まず、レコードを聴こう。
最初は「SENTIMENTAL JOURNEY」、ちょっと低めの声で、なんだかセクシー、しかも可愛らしさがある。
作品に大事な、可愛さがあるのは、愛嬌あるのは七難を隠すと言うとおり。
しかし、声の可愛さは取り繕っても出来るものでは無い。
これぞ才能としか言いようがない。時々、ちょっと甘えた様子が伺えると、オジサンゾクっとする。

何より、このアルバムは録音が抜群に良い。
繊細とか言うのではなくて、アメリカの良い時代をこれでもかと聴かせる、中音の良さ。
録音レベルも十分に高い。

作品はジャズ・ヴォーカルというわけではないが、もうちょっとジャズでもどうか、と思うとちゃんと出て来て、
「STARS FELL ON ALABAMA」などカスレた声もちょっと入れて良い。
「THE VERY THOUGHT OF YOU」や「IT HAD TO BE YOU」などはしっかりジャズ・ヴォーカルで、これがまた良い。
声が良く出て、しかも、可愛い声でスイングして見せる。
聞き飽きが無くて、知らない曲なのに知っているかのように聴き入ってしまう。
これは良い歌手の条件。
ウン、これはイケル。

オジサン、たまらない。
全部聴いてしまった。
久しぶりに嬉しかった。


イタリアと言えば
2014/05/19

昨日の日記の、詩の朗読の続きなのだが。
フィレンツからミラノ行の電車に乗っていた時、ミラノが近づいた時の電車の車内放送のイタリア語の響きの、あまりのカッコ良さに痺れてしまった事があった。
このまま乗っていたいと願った。
その他、空港だったかどこかから忘れたが、ミラノに近づいた時の車内放送がとてもカッコ良かった。

詩の朗読は、ヨ−ロッパ各地のレコードを仕入していて、たくさん聴いて来たが、その中で。イタリア語は一番響きが良い。
フランスのように流れるようにという感じではなく、英語のように口の中で籠ったような感じでもない。しいて言うと、洗練された流暢な言葉に突然戦争でも起きた時のような緊迫感がある響き!という感じにつきる。

そう思って聴くと、まことに心にすっとくる。
まあ、人によって抑揚も違えば、言葉の流れも異なるものであろうが、それでも妙な味があって、深いものである。

イタリアと言えば、私がヨーロッパを旅して歩いた結果、田舎の方に行ってもイタリア人が一番ハンサムな人が多かった。
女性もイタリアで一番かわいい子を見たような気がする。

私の叔父さんはかつて、それこそ50年も昔の話だが、ヨーロッパ一周ツアーに参加して、意気揚々と帰国し、土産話でどこの女が一番だったかという話になったとき、即座に「イタリアの女が一番」と断言したことが、不思議に記憶に残っている。
まあ、そんな話で座が盛り上がる、鷹揚な時代の事である。
しかし、その時私は、一体オジサンはどういう経験に基づいて断言したのか疑問に持って、ただ見ただけなのか、どういう行為にかかるものなかとと、想像を働かせ、男らしさを大いに羨ましく思った。
詳しく聞こうと思っていたが、ついそのままになってしまった。

今日はいったい、何の話だったのか?

HELEN MERRILL “PAROLE E MUSICA”
2014/05/18

HELEN MERRILL “PAROLE E MUSICA” RCA ITALIANA LPM-10105 (ITALY)

ちょっと面白いヴォーカル・アルバム。
これはヘレン・メリルのアルバムであるが、曲の前に必ず詩の朗読があって、ふとかつての深夜ラジオ・城達也の「ジェット・ストリーム」のナレーションを髣髴とさせてくれるのであるが、曲の数が11曲あって、その数だけナレーションが入る。
好みのうるさいコレクター諸氏に於かれては、たまにはラジオを付けたつもりで、ゆったりとして聴いていただきたい。ごちゃごちゃ批判は言いっこ無しと。

タイトルが「パローラとムジカ」という通り、「詩の朗読と歌」という仕掛けである。
なかなかの面白い企画なのである。
これは単に、企画でそうなった訳では無い。アルバムの裏のライナーを頼りない語学力で読むと、彼女は60年にベルギーのあるジャズフェスティバルを皮切りにヨーロッパ・ツアーに出た。
そしてイタリアに行き、それでウミリアーニ(PIERO UMILIANI)がホストを務めた、RAI・TVという所で、夜9時25分に始まる"Moderato Swing"というプログラムに出演した。
その時の録音という事になろうか、それをそのままアルバムにしてしまったものだと。

その時の吹込みはこれだけに留まらず、トロバヨ−リ(ARMANDO TROVAJOLI)ともEPにしたという事になっていて、それはEP RCA EPA-30-387だと紹介されているから、例の名曲「ESTATE」のことである。
伊太利語だが、雰囲気はきっちりと伝わってくる見事な歌唱力である。
またライナーの最後には彼女は日本でもこのように歌っている、と書かれている。そうだ子守歌を歌わせていた。

ただの企画物なら、私もここまで気合は入らない。
なぜなら、このアルバム、彼女の歌としてはトップクラスの出来栄えだから。
私はいつも言っている、歌の伴奏になると、イタリアのジャズメンは本当に抜群の良い仕事をする人たちだと。
ここでもウミリアーニはじめ、みな見事なバッキング。
クリフォードブラウンのようなジャズを聴くアルバムなら、あちらが良いが。彼女のヴォーカルを聴くのなら、この時の3枚、それが、奇しくも3枚とも1960年、それもイタリアにおいてのレコード。
まず当LP、それからRCAのエスターテ、そしてJAZZ IN ITALY(CETRA)EP EPD36がベストだと断言する。
ニューヨークのため息ならぬ、まさに「ローマのため息」的な3枚である。
それらを聴く度に、これほど彼女が気持ちよさそうに歌っているアルバムが他にあろうか。
ニニ・ロッソも参加で、一度も大きな音が鳴る事はなく、バックに徹した所も聴き所。
その後。彼女が来日した時、ちょうどニニ・ロッソのコンサートがあって、ソロで大きなポスターに納まった写真を見て、「夕日のトランペット」の大ヒットぶりに驚き、「この人はあたしのバックだったのよ」と嘆息をもらした。
人生どこで、どう転ぶかわからないもの。
音楽を聴くという事は、人生の学習にもなる。

これらは従ってLP,EPに関わらずどれも高価なコクレクターズ・アイテムばかり、だが今は再発もCDもあるので聴く事は可能である。

そうそう、ジャケットの事。
彼女のポートレート写真という事になっている。
左から光が差すと、彼女のブロンドの髪を透かして、そして顔の輪郭をなぞるかのように彼女の美貌が際立つ。
首筋に並ぶダイヤのネックレスの粒。
その下につづく背のくぼみと柔らかな白い肌。
録音中に時間を空けてポーズを取らせた写真と思うが、それともちょっとした休憩のスナップか。
いずれにせよ、流石はイタリアのモード写真というか、なんというか女性の美しさを撮るのが上手い。
一曲目の「ナイト・アンド・デイ」を表現してみせたようだ。
これぞ世界に君臨する大歌手のジャケット写真に相応しい。

ポール・マッカートニー
2014/05/17

ポール・マッカートニー、とパソコンのキーボードで打つと面倒だな。

ポールのコンサートに行ったら中止。
恥ずかしいから黙っていたけれど、書くことが無いので、やっぱり書かないと。

文明堂
2014/05/15

東京駅、文明堂。
手焼き「どら焼き」。

日記を読んだジャズに関係の無い知り合いが、わざわざ買ってきてくれた。
やっと、食べることが出来た。

結論は、おいしかった!
大粒小豆と言うあんこと、レモンあんという2種類。
本筋の、小豆あんの方は、甘さも皮も味に、食感に、持った感じに、過不足なく、これぞ、よくたどり着いたという味わい。

食べてしまった後に、気が付いたので、写真はレモンのみ。
喰いしんぼなので、浅ましいから失敗するんだ。

JOHN COLTRANE “STARDUST”
2014/05/14

JOHN COLTRANE “STARDUST” PRESTIGE 7268 (USA)

そう言えば、最近はこういうレコードも入荷しなくなった。
以前は、二線級と見做されて、あまりコレクションの自慢にはならなかった。
以前はというと、こういう年数の概念がジャズのレコードの場合、70年代でも新しいと言ってしまうのだから、どういう計算なのか良く分からない。
クルマの場合など、90年でも「古いですね」などと言われてしまうのに、なんというこの違い。
嘆く場ではなかった。モトエ。

このアルバムの演奏は、ディスコグラフィーを確認すると1958年に吹き込んでいる。
で、アルバムの後ろのライナーを読むと、ライナーノーツを書いたのが63年となっている。

コルトレーンは、58年までPRESTIGEとの契約が残っていたらしく、せっせと録音をこなしていて、この歳の録音を挙げれば、KENNY BURRELL、 SOULTRANE、SETTIN’ THE PACE、BELIEVER、BLACK PEARLS、STANDARD、このアルバム等々、当時に戻って考えなくても、 悲しいほどの仕事である。
既にこの時、マイルスは当レーベルから足を洗って、COLUMBIAで新しい音楽に取り組んでいる。
コルトレーンはきっと焦りもあったに違いない。
明けて59年、ようやく彼はATLANTICに移籍して、新しい音楽の模索に入る。
一方、有名になって行くマイルスやコルトレーンに便乗して、何とかして利益を上げたいのは、この世の人情。PRESTIGEレーベルは、彼が既にATLANTICからIMPULSEに移籍しているにも関わらず、手を替え品を変え、足したり引いたりして、依然として発売していたわけで、63年にも、こうして発売しているのが、可笑しくもある。
悪い会社などと考える必要はない。当時の契約故の話である。
ある意味、その商売根性に感心する。
ただ、そういう事を解っているからこそ、我々コルトレーンの日本のファンはPRESTIGEレーベルの後期作品を善しとしなかった。
しかし、そうは言う物の、このアルバムの冒頭の「スターダスト」を聴くならば。
たちまち、心はわが青春に飛び、ついでにヴァンゲルダー・スタジオに行きたい気分。

ガーランド(RED GARLAND)のピアノは、実に、ジャズのムードの真髄ここにありとばかりに流暢。
トランペットのハーデン(WILBUR HARDIN)も、コルトレーンからソロを引き継ぎ、中庸を得て見事。
ベースのチェンバース(PAUL CHAMBERS)はゆったりとしかも確実に、下から支え続ける。
ドラムは、ここはJIMMY COBB、バラードのリズムを心得ている。
そしてコルトレーンの真骨頂、バラードこそ彼の右に出るものはいないと思わせる、見事なタイミングと山から谷、谷から山と、流れるような刺激的なテナー・サックスの世界。
低音の魅力を聴かせたと思えば、俺にはこれもあるぞと高音の綺麗さ。

スターダストはザ・ピーナツもテレビで歌いまくった普通のスタンダード。
こういう単純な、世の中の誰にでも知られている曲こそが、実は大変難しい。
そう思いながら聴くと、いやいや、こんなに素晴らしい説得力のあるバラードが他にあろうか。
IMPULSが最高と言わないとコルトレーンには悪いけど、どうしても止められない。
こういうジャズのバラード。
この方は、本当のバラード奏者だ。


翌日の追加分)
この日記を見た方が、翌日来られて、「マスター、コルトレーンのも良いけどさ、スターストといえば、レスターヤングのスターダストを忘れないでよ」と。良く分かります。
はい、忘れた事は一度もありません。

GEORGE RUSSELL “THE ESOTERIC CIRCLE”
2014/05/13

GEORGE RUSSELL “THE ESOTERIC CIRCLE” FLYING DUTCHMAN FD-10125 (USA)

久しぶりに、熱い血がたぎるアルバム。
最近は滅多に入荷する事が無くなった。
こういうレコードが珍しくなったという事は、これも時代の流れか、と思うのだけれども考えれば、このアルバムの録音は1969年であるから、すでに45年は経過した訳で、珍しいのが当たり前。

このアルバム、アメリカで発売されたのだが、メンバーを見ると全員ノルウェー陣。
ちょっと食いつきにくいと思ったが、私は仕方なしに購入した。
当時はジャズの学習意欲に燃えていたから。

さて、もう一度、メンバーを見よう。
JAN GARBAREK, TERJE RYPDL, JON CHRISTENSEN, ARILD ANDERSEN, あれまあ、ECMのレコードの録音でも始まったのかしらと思ってしまう。
しかし70年当時、既にノルウェーに置いては、世界の見えない所で、現在のジャズ王国に向かっての下地が着々と築きつつあったのだ。

私が店を開いたはいいが仕入の当てが無く、仕方なしにヨーロッパ各地を放浪して歩いた。
税関で止められたりしながら。
そして当然、我々には未開の北欧にも足が向いて、ノルウェーの首都オスロから、スエーデンのイエテボリ・ストックホルム・マルメ、フィンランドのヘルシンキとレコードハンティングをしていたわけだ。
そのオスロでなんだか、ジョージ・ラッセル関連のレコードが目に付く。
面白がっているうちに、ふと現地の人に質問してみた。
すると、ノルウェーにおいては、ジョージ・ラッセルと言う人は神様のような存在だった事が解った。
話によると、64・5年にスエーデンとノルウェーに数年間も滞在した。
どちらの国が最初だったか忘れたが、たしかスエーデンだった気がするが、そこでワークショップを作り、新しい彼が提唱するジャズ理論を教えた。スエーデンにおいてはその後を追ってドンチェリーなどが来て、新しいジャズ運動が進む。

ノルウェーでは、彼にとって最高のメンバーを獲得する事になった。
それがこの作品の彼等である。
ガルバレクはちょっとコルトレーンのようなサックスを吹きモードを習得していた。
ギターのリピダルはロック出身だが、卓越したテクニックと個性的な音楽性が注目された。
ドラムのクリステンセンは体育会系とも思える力技で、ラッセルのリズムの表現に必要な人材だった。
アンデルセンも土台を保つ、音楽性においてピッタリだった。
そのワークショップの完成がこの作品である。

日本で我々がアート・ブレイキーを聴いて喜んでいた頃、すでにこんなモードの新しいジャズが試され、アメリカの新主流とも異なり、ヨーロッパに起きたフリージャズ、更にこれまたヨーロッパで多くの若者を獲得して行ったロックをも取込んだ、ジャズの一大ムーブメントであった。
うんん、ノルウェーに限ったムーブメントか。
やがて70年に彼はアメリカに戻るのだが、特にノルウェーにおいては、ガルバレク等の高い音楽性に目を付けたECMレーベルが、一同を引込んで今に至る、と言う流れになろうか。
このメンバー以外に彼の教え子たちは多く育って、その人たちが、現代の世界のフリージャズ界のリーダーだと言っても過言ではない。

そういう基盤をたった5年で作ってしまった彼の理論と、それを行動に移しジャズにして見せた、メンバー彼等の音楽性の一致は、人の出会いの奇跡だっと言える。
恐るべし、ノルウェージャズ。
当時これから起こりつつあった音楽性、前衛音楽、電子音楽、激しいリズム、ロック等々、先取りして行ったまでと言えばそうなのだが、それらを冷静に分析しながら取込んで行った気配があって、やはりこれは普通の人には出来なかった音楽なのだと思う。
聴いていると、フリーフォームの要素と情緒とを巧みに織り込んでいて、ノルウェー恐るべしと改めて思う。
現在に繋がる、ジャズ芸術の力作である。

私は時々思う。
もし当時、ジョージ・ラッセルが日本に来てとしたら、同じくこういう展開になったであろうかと?
答えは簡単できっと、ならなかったと確信する。
それは彼がアメリカを代表するようなブランドでは無かったから。
コルトレーンにばかり目が行っていた時代でもある。
そんな時にノルウェーのジャズ関係の人達は、何故ゆえにこの人に従おうと思ったのか。
それは国民的な音楽レベルの高さであって、ブランドにごまかされない能力と、寒い国の人達の持つ、冷徹な目が、ラッセルの能力を見極め、そして受け入れたのだろう。
と思わざるをえない。
改めて、おそるべし北の国。

文明堂のどら焼き
2014/05/12

文明堂のどら焼き。
先日、文明堂のどら焼きについて書いた。
その時、伊勢丹のと新宿御苑本店のと味がちょっと違うと書いた。

そうした所、反響はやっぱり何もなかったが、偶然と言うか何というか、文明堂の社員の方と知り合って、ここぞとばかりにひつこく問い詰めた。
嫌々ながらも白状させると...。

こんな状況らしい。
新宿本店の工場では三か所に卸している。
まず伊勢丹、ここは伊勢丹のバイヤーさんの意見を反映して、伊勢丹のお客様
に受けるように作っている。
新宿本店で売っているものは、元来ここで作られたレシピ通りに作っていると。
最後に何と東京駅。
ここは別にどうこう指図する人がいなかった、それで職人さんが考えたレシピで作っているらしい。

という事は、粉の産地も違えば、小豆も同じ地方でも農家が違う、三者三様の味わいになるそうだ。
私はまだ、東京駅のを食べていないので、どれがどうと書くことが出来ない。

だれかレポートして欲しいのだが...。

ipadの親戚のような
2014/05/11

ipadの親戚のような電子書籍なるもの。
最近は結構売れているようだ。

ところで、私はカーナビで運転するのが結構苦手。
以前のように地図を見ていた頃は全く不自由がなかった。
カーナビがどうも、良く分からない。
狭い範囲しか示さないので、本当は、違う道があるのではないかとか、信号待ちの長い場所しか選択肢がないのかとか、考えてしまうと、徐々に不愉快になる。
私は地図が読めない訳ではない。
地図は、学校で地理が専門だったのでよく理解しているつもりだ。
自分で行くべき道の組み立ても出来る。
それがカーナビとなるとどうも上手く、私の通りたい道と一致しない。
左方面、右方面等と言われてもしっくりこない。
きっと印刷された地図と、ナビは異なる事が良くわかった。

さて、本ではなく液晶画面で見る本。
あれは、どう考えても本ではないので、本が大好きな私には、どうにも好きになれない。
買おうと思ってヨドバシやビックカメラに行ったが、駄目そうだ。
私は本が好きなので、画面ではあまり見たくない。
読み終わった気に入った本は、本のまま、本として手元に置いておきたい。

何?本は場所を取るからだと。
だから良いのだ!

カーナビと電子書籍は同じようなものだと思った。
「本」や「地図」が嫌いな人達のために、作られた物だと思った。
うん。

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