HAL'S DIARY
オーナーのひとりごと。買付けの裏日記など。
きまぐれに更新しています。

前ページTOPページ次ページHOMEページ

七月は
2014/07/28

想像したとおり、熱暑の7月になった。
あんまり暑い時に頑張っても、どうしようもない事もある。
休むが勝ち。



七月は 脳を休めて 水飲んで 

フジロック 
2014/07/27

当店のシンガー・ソング・ライターの吉田ヨウヘイ。
今、開催中のフジロック・フェスティバルに出演した。
本人からもメールで、良い演奏ができました、と連絡が来た。
ちょうど、知り合いもその場に行っていたようで、良かったですよと書き込んで下さった。
後から訊けば、何と1,000人も集まったらしい。
演奏の始まりの頃は50人くらいしかいなかったが、徐々に増えて来て、驚いたらしい。

本人にも大きな自信になった。

お前ら、よくぞ ここまで来た...

MARION BROWN “NOVEMBER COTTON FLOWER”
2014/07/24

MARION BROWN “NOVEMBER COTTON FLOWER” BAYSTATE RVJ-6066 (JAPAN)

何となく、ほんわかした気分になるので好きな一枚である。
当時の記憶。
その前に、このBAYSTATE(ベイステイト)と言うレーベルから「Zenzile(1977)」という超カッコ良いレコードが発売されたらしいのだが、何故か目にしないまま、後になってひっちゃきになって探した。
その後に発売された「Passion Flower(1978)」を購入。
まあまあだね、などと仲間と話しているうちに、このノベンバー・コットン・フラワーが発売された。

同レーベルのこれら3枚の内で、もっとも軟弱という事になったのだが、ところが商売人のビクター、このアルバムの一曲「LA PLACITA」がラテン・アフリカン調で心地良さがウケたらしく、大ヒット。
我々は、日本で作ると素人受けのばかり出しやがってと陰口をたたいていた。
要は、この作品によってマリオンブラウンの名前が、我々のような頑ななフリージャズ・ファンから一般に移った瞬間であった。
後輩から、マリオン・ブラウンって良いですね、あれがフリージャズなんですね。などと言われると、余計に腹立たしい。
というわけで、フリー・ジャズ・マニアとしては面白くなかった。
だが、不思議と何回も聴いたアルバムであった。

やっぱりA−2の「LA PLACITA」に尽きる。
一曲目も美しさがあって良いけれど、かつてもマリオン・ブラウンの、暗くて聴き難さを持ったおかしなサウンド、しかも切れがあるという、あのサウンドがないと、フリージャズにならない。
いっその事、あっけらかんとした「LA PLACITA」の方が良い、と折衷案を出した。
誰に?って、自分に。

と、ここまで書いてみて、フリー・ジャズ・マニアとは、実に面倒なやっちゃと思う。
しかし、おかしなもので、それから40年もすると、それが好きな一枚にも変わる所が可笑しい。
時間が掛かるのよ。
人も音楽も好きになるのは。
今日会ったから愛しているなどという、軽薄な人間とは違うのよ。
まあ、そこがマニアという事で。

このアルバムの良い所は、マリオン・ブラウンも吹っ切れたと言われた、今までも神経質なサウンドを一旦休んだ所にある。
まあ、それはダラー・ブランドのアフリカ調とも通ずる、たゆたう風に乗ったサウンドでもあり、西インド諸島を渡る風のようでもある。
音楽ビジネスとはそこまでやって見せるのだ。

思えば、この当時の同レーベルの三枚とも、今となっては揃って見る事など、なかなか叶わない。
どれも名盤と言われる、傑作である。

誉めたのだが、ちゃんと伝わったかな?

EYDIE GORME “BLAME IT ON THE BOSSA NOVA”
2014/07/23

EYDIE GORME “BLAME IT ON THE BOSSA NOVA” COLUMBIA CL2012 (USA)

もう終わったと思った音楽が、突如として蘇る事がある。
クラブジャズ・ブームの時に、ちょうどそんな風にDJ達が探し回った一枚である。
ボサノバ・ボサノヴァと騒いだものの、最近は、もう行き渡ったのだろう、静かになった。
値段もこなれて来て、良い事である。

このタイトル曲「BLAME IT ON THE BOSSA NOVA」は、60年初め、日本題「恋はボサノバ」として大ヒットしたのである。
当時、ラジオの電話リクエスト、略して「電リク」と言っていた番組から流れて来たのである。
長野の片田舎に住んでいる高校生が、夜になると聴こえやすくなるラジオにしがみ付いて聴いていたのだ。
何度聴いたことであろうか。
そんな少年は、思えば我ながら可哀想になってしまう。
それでもポップスを聴いて、胸をときめかせているのも、また青春であった。

時は流れ、2000年前後、DJブームの一環としてボサノバが流行ると、この曲も探されるようになり、踊りの場で人々に聴かれたのである。
素晴しき人生の繰り返し。
輪廻は巡る。

アメリカにおいて、スタンゲッツやジルベルのヒットに始まり、流行していたボサノバを多くの歌手たちが歌い出した。当時はジョニー・ソマーズ(JONNIE SOMMERS)など、誰もが一斉に歌ったのだ。
それは今聴くと、アメリカン・ボサノバといえるのだが、青春の明るさと爽やかさが全面に出ていて、私など好きだ。
今聴いても、なんとなく嬉しい気分になる。

しかし、思えば当時のアメリカのポップス・ミュージックの豊かな事。
それでもかと曲が作られ、アレンジャーも多くいて、歌手の層も厚かった。
当時の豊かなアメリカにおける、ティンーン・エージャーといわれる世代に対する音楽の供給量の豊かさもさる事ながら、曲そのももが持っている雰囲気が豊かで、現代などの曲は、比べるべくも無い。
凄かった。

ところで、このアルバムの演奏メンバーは見れば大したもので、CLARK TERRY, DICK HYMAN, MUNDELL LOWE, AL CAIOLA 等ジャズメンがゴロゴロ。
うーん、良いアルバムだ。

友人が来て、このアルバムを眺めながら、この中の曲「THE GIFT」 がテレビのタバコのCMで流れてきて、高校生の時すぐにEPを買ったのだが、LPは高くて買えず、どうしても欲しかった、と言っていた。
そのTHE GIFTという曲は原題はリカルド・ボッサ。
なんど聴いても飽きない。

こうして針を下して聴くと、知らない曲がないもの!
ねっ!

って、そういう年代だから当たり前か?


RED GARLAND - JOHN COLTRANE “SOUL JUNCTION”
2014/07/22

RED GARLAND & JOHN COLTRANE “SOUL JUNCTION” PRESTIGE 7181 (USA)

入荷のこのアルバムは、なかなかイケル。
何がイケるかと言うと、良い時代のプレステイジ・レーベルの香りがする。

写真のガーランド。
どこぞの親父のような様子だが、まだ若い。
しかしストローハットをかぶり、丸みの出て来た横顔に口髭を生やし、胴回りも肉が付き、すっかり貫禄が出て来た。
しかし、目つきの鋭さは残っており、まだまだ現役だい!と胸を張った。
なんと言ったって元プロボクサーだからね。
全体的にオレンジ色のモノクロ写真が良い感じ。
アルバムのタイトルが「ソウル・ジャンクション」。
アメリカのフリー・ウエー(高速道路)その名称が、「ソウル線」の合流・分岐点それも馬鹿デカイ、ジャンクションだと言い切ったタイトルが素敵。

まだ私が若かった頃、このアルバムを購入して聴いた時に感じた事は、とてもアメリカ的だという事だった。
プレステイジのハードバップのサウンドというか、雰囲気が伝わって来てとても好きになった。
だがどこかで聴いたアルバムのような不思議な作品だと思って、よく調べた所、何のことはなくて、あの名盤「ALL MORNIN‘ LONG(オール・モーニン・ロング)」と同じセッションだったので、ああ、そういう事だったのか、そっくりなサウンドの双子の関係にあったのだ。
と納得したのである。
これで合わせて2枚組となったわけである。
だが、この時の1957年のセッションはこれだけにとどまらず、次のハイプレッシャー(HIGH PRESSURE)、更にディグ・イット(DIG IT)と続く。
いやいや、良い作品はみんな1957年、本当に恐るべし57年。

しかし、いま改めて思うと、レッド・ガーランドという人は当時レーベル・オーナーから大変な信頼を寄せられていた事が理解できる。
何しろ、今だから我々はオール・モーニン・ロングのような歴史に残る大名盤や、この作品にしても、コルトレーンがリダーかと思ってしまう、いや、思いたいのだが、実はリーダーは彼・レッド・ガーランドであり、コルトレーンでさえ、当セッションではサイドメンなのである。

久しぶりに盤面に針を下すと、いつまでも止まらないガーランドのイントロ。
もう一度計ってみたら、8分ほどもある。
そんな長いイントロ、というかブルースのピアノ・トリオとして十分に通用する演奏をしている間、あの大スターのコルトレーン先生がサックスと首に掛け、今や遅しと出番を待っている姿を想像すると、何だか可笑しくなる。
コルトレーンは、「先輩!いつまでやっているののですか」とイライラしたかもしれぬ。
と同時にガーランドの偉大さに気が付く。
やっと入ってきたコルトレーンのソロは満を持していただけの事はあって、テナー・サウンドが炸裂する素晴らしさも、またこの作品の一つの聴き所である。
イエーィ!

なにしろ大巨人のコルトレーンであるからして、大名盤が目白押し、その中に埋もれてしまいそうな作品であるが、聴けば、こういう作品を良くぞ作ったものだと感心する面白さ。
と私が言っても仕方がない。

でも、じっくりガーランド節も聴けて、私は満足した。
ありがとう!

JENNIE SMITH “JENNIE”
2014/07/21

JENNIE SMITH “JENNIE” DOT DLP 3586 (USA)

猫ジャケ好きな私としては、ちょっと欲しかったアルバム。
このアルバムは確か、某評論家の先生が美女ジャケと持ち上げて書いたので、それで人気と相場が比例して急騰してしまった。
しかし、昨今の不景気で一応落ち着いた感があり、ある意味買いやすくなった。

しかし、その先生でなくても、美人のジャケットである。
彼女の顔をよく見ると、化粧がノった肌が生々しくて。
純情なオジサンなどドキッとしてしまう。
むかし、キャバ嬢に誘われて顔を近づけた時の、彼女の肌を思い出してしまう。
目のアイラインのひき方なども、昔のガールフレンドを思い出す。
若い子の化粧も悪くない。ウン。
いやそういう事ではなくて。

彼女が美人な事は置いといて。
何と言っても、猫が可愛い。
猫の視線と彼女の視線が同じ方向を向いているのが良い。
本当に欲しくなる猫ジャケである。

ところで、そんなジャケットの歌だから大した事が無いと思えば、大間違い。
アメリカでレコードデビューする事、更に作曲をすべて、50年代からテレビ・音楽で大活躍のSTEVE ALLENに曲を作ってもらえるような歌手は、そんじょそこらにいるものではない。
非常にラッキーともいえるのだが、幸運とは実力あっての世界、彼女のキュートな声は一度聴けば忘れられない魅惑的な声質にオジサン、また聴きたくなって何度も聴いてしまった。
ひと頃、何万円もしたことも理解できる。

そういえば、ビクターにも同じタイトルのアルバムがあって、あちらもジャズの雰囲気があって、なかなかの名唱であった。

良いアルバムを作る人なのだ。

DODO MARAMAROSA "DODO'S BACK"
2014/07/20

DODO MARAMAROSA "DODO'S BACK" ARGO LP-4012 (USA)

一昨日の事。
ドド・マーマローサ(DODO MARMAROSA)のドドス・バック(DODO’S BACK)を家のステレ装置で聴いていたところ、あまりパッとしない。
悲しそうな雰囲気がしなくなった。
それで、友人に「ステレオから哀しみの音がでないのだけれどどうしよう」電話した。
暫くすると車でやってきた友人と、プレイヤーの回転を調べると、やや不安定であった。
それで修理に持って行ってもらった。

こうやってなんだかんだと、トーレンスの修理ばかりしている。
でも、少しづつ、良い方向に向かっている。

その時の私の電話をそばで聴いていた、友人の御嬢さんが呆れたそうだ。
「ステレオから哀しみの音が出ないなんて言って騒いでいるパパ達は、どう考えても頭がオカシイ」と。
彼女は音大出の音楽家ではあるが、オーディオの話をして悲しい音がどうのこうのと言っているのは、大変不自然に思えるのだそうだ。
耄碌してしまって大丈夫なのかと心配されているそうだ。

確かに心配するかも。
悪魔に魅入られたような趣味だし。

今回はサンプル盤である。
ジャケットは只で配るわけであるから、カットしてあるのだが、確かに左上にカットがある。
当然である。
しかし、嬉しい事に、見栄えが悪くならないようにしたのか、金色のハトメで止めてある。
文字が全く取れてしまった訳では無いので、非常に嬉しい。
こういうのが揃ってこその見本盤と言える。

ところで、作品は「ドドス・バック」となった通り、61年、彼が復帰したので、そういうタイトルになった。
彼は40年代中ごろのビ・バップの時には中心的役割を果たしたのだが、精神的な病を抱えていたようで、音楽に没頭できる状況になかった。
それゆえに彼の人生には、苦しみや悲しみがきっと沢山あった事であろう。
その彼の一応の61年の復帰作である。
哀しみのピアノと、私が言う通り、冒頭からしんみりと聴き入ってしまう。
彼の内に秘めた哀しみがそこはかとなく現れた表現で、彼の訴えたい言葉があるような気になって仕方がない。
聴いていて何とも言えない切ない心持ちになる。
実際、そんなにジメジメした雰囲気のピアノでは決してない。
一曲目など明るく振舞って健気でさえある。
ただ、私にはそういう明るさが、却って悲しく思えるのだ。

2曲の「COTTAGE FOR SALE」は、はっきり哀愁が漂う。
この曲は、結婚して家を買って幸せだった二人が、なにかの事で家を手放すことになった哀しみを唄った歌なのだが、こんな曲を彼が演奏すると、本当に拙い事態になっていたのかと勘繰ってしまい、私は、正常な気持ちで聴くことが出来ない。
いやはや。
1〜2曲と来て、もう哀愁は絶頂である。

しかし私などは、ちょっと陰に籠った作品が好きなので、こういう頑張って仕事をしているけど、苦しみ哀しみを隠している作品は、よけいに大好きになってしまう。
いいアルバムだ。





JERI SOUTHERN “COFFEE, CIGARETTE AND MEMORIES”
2014/07/19

JERI SOUTHERN “COFFEE, CIGARETTE AND MEMORIES” ROULETTE R-25039 (USA)

先日、彼女の一枚を取り上げたばかりなのに、また一枚。

ジャケットの中央に美人の彼女がゴージャスな装いでテーブルに座っている。
前にはコーヒーカップがひとつ。
こんな場違いなところに来ても良かったのか。
毅然として姿勢は正しく、胸の谷間が眩しく視線が外せなくなってしまった。
左手の薬指には素敵な指輪が。
右手は肘をついてブルーの指輪の付いた美しい指先には煙草を持っている。
ちょっと曲げた小指と薬指が粋。
唇はややぽっちゃりとしてセクシー、こんなセクシーな唇で煙草をくゆらせていたのだろうか。
アップのブロンドの髪が素敵。
眼差しは遠くを見つめている、誰かを待っているかのよう。
なんと美しい姿なのだろう。

コーヒーと煙草と想い出。
そして美しくも男を想う切ないおんなの心。
私の話をきかせて上げるわよ、という話の始まりなのである。
それなら、僕もコーヒーと煙草を片手に彼女のお話を聞いてあげよう。いえ、ぜひ聞かせて下さい。
だって美人に相談されると弱いんだ。

Coffee, the third cup,
Cigarettes, the fifth one,
Memories, haunting memories,
That's all I have to keep me company.

コーヒー、3杯目
シガレット、5本目
忘れられない想い出の数々
私と一緒にいた想い出が私のすべて
と歌は進んで、 コーヒー4杯目、煙草6本目、
ドアを見つめたり、床を歩き回ったり、待つ事を諦めたりしてている内に、
やがてコーヒーは5杯目で煙草は10本になった....。
というお話。

ムードいっぱいのトーチソングで、彼女の歌は雰囲気の表現が素敵。
歌詞の進み方も、ちょっと変わった歌で、この歌は他の歌手もあまり歌っていなくて、聴くチャンスが少ない。
何かで聴いた事はあるが、大変難しそうで、こちらも疲れてしまう。
そういう難しそうな歌を、サラッと歌ってしまったので、オジサン感動してしまったという訳。
というより、このアルバムが早く入荷して、こうして書きたかったのだ。

GEORGE ADAMS PARADAISE SPACE SHUTTLE”
2014/07/18

GEORGE ADAMS PARADAISE SPACE SHUTTLE” TIMELESS SJP127 (HOLLAND)

このアルバムは、今回カッコ良い作品として書こうか、それとも一曲の名盤として書こうかと迷った。
それ程、どちらにしてもカッコ良いという事で。

このアルバムは購入した当時、毎日聴いていた。
だってあまりにカッコ良かったから。
ジョージ・アダムスという当時、彗星のように現れて、ギル・エヴァンスのバンドやイタリアのHOROレーベルから作品が出て、カッコ良いサウンドを聴かせてくれたプレイヤーは、70年代のジャズに閉塞感が出て来たと言われていたあの頃、彼こそが希望であった。
オマケに背が高くて、ちょっと民族風の衣装を着てステージにたった凛々しい姿は今でも思い出す。
兎に角、演奏が自由で、ちょっと民族的であり、ソウルで、ファンキーで、新主流であり、フリーであり、それでいて伝統に注意を払ったサウンドは、今までにいなかったプレイヤーであり、なによりもそのスタイルは一言で言えば、「カッコ良いサックス」と言うしかなかったのだ。
わかるかな? わかんねーだろうな。

それで、この作品。
白黒反転した彼の演奏中の写真である。
時代はすぐに80年、おまけにペラジャケのヨーロッパのジャケットなので、ジャケット云々は無しにしよう。

演奏は、多才な所が聴ける。
A面の頭に針を落とすと、いきなり心地良いリズムとメロディーが流れて、こちらもテンションが上がる。
更に、レオン・トーマスばりのオヨヨヨ〜をサックスでそのまま演じてくれる。

そのまま2曲目に突入すると、あらまあ、スローバラードで、「SEND IN THE CLOWNS」。
あの当時、ちょうどサラ・ヴォーンもこの歌を唄っているけど、あれも中々の名唱である。
それで、こちらは、ターリラ、タリラ、ターリラ.....ヒュルヒュルヒュル〜!となって、いままで、こんな吹き方は聴いた事が無かった。
低音と高音が行ったり来たり。
フランク永井は低音の魅力と言うのがあったけど、ジョージ・アダムスも低音の魅力。
そこに持ってきて、高域の音の刺激的な事。

この曲を聴いているうちに、ここばかり聴いてしまうようになって困った。
どれも良い演奏だけれど、こんなカッコ良いジャズって無かった。
それである意味、断トツの一曲。

彼の時代が到来して、いつまでも颯爽とテナーサックスを吹く姿が想像された。
しかし、やがて、その彼がエイズで亡くなるとは誰も思わなかった。

ジャズを聴いて、我々はどうせファンであるなら、生き方を聴こうと思うのだが、それにしても、
人生は哀れだ。

CHARLIE MARIANO “PLAYS”
2014/07/14

CHARLIE MARIANO “PLAYS” BETHLEHEM BCP-49 (USA)

良いジャケットのデザインである。
こういうのが入荷すると店の親父としては嬉しい。
なんたって、商品は見栄えが大切である。

この素敵なジャケットは「BURT GOLDBRATT」のデザインによる。
暗闇の中に浮かび上がったのは、サックスのマウスピース。
サックスではない、それも先端部分と手前にだけ光を当てた。
リードを留める、ネジがヤケに強調されている。
何が素晴らしかったかと言うと、このアルバムにはビニール・コーティングが施されていて、そのヌメっとした艶が絶妙な奥行き感と重厚感が出ているのだ。
そして、30センチ四方のジャケット写真のど真ん中に、「CHARLIE MARIANO PLAYS 」と書いた。
それもモノクロ写真に一点だけ色彩を付けた。
黄色で、お前たち注目してくれよ、と。
これで、このサックスの主がマリアーノであり、その音楽が聞こえてくるというもの。

しかし、当時こんな写真を撮ってジャケットに使用などと誰が考えたのか。
このゴールドブラットと言う人の才能は素晴らしい。
デザインが素晴らしいだけでなく、彼の写真は今に通ずるモダンな感覚があって素晴らしい。
ベツレヘムには彼の作品は数あるが、どれも人の気を引いいてハッとさせてくれる。

それで、演奏は悪いはずはない。
聴けばマリアーノの才能がこれでもかと発揮される。
私がジャズ喫茶に入り浸っていた頃、当然昭和だな、先輩達の中にマリア−ノなんて、秋吉敏子がいなかったら日本で有名になんかなれなかった二流のサックス吹きだ、などとケナしていたものだ。
そりゃ、ねーよ!
しかし、こうして改めて聴けば、どこが二流かと訊きかえしたくなる腕前で、ひょっとするとアート・ペッパ−よりずっと良いプレイヤでは無かったかと思うほどの才能。
他人の過去の結婚話に、口ばしを突っ込むのは良い事ではないが、むしろ彼女がこの人と一緒にいて学んだ事が多かったのではなかろうかと想像してしまうのである。

ところで、このアルバム、聴いているうちにテナーサックスで「マンテカ」が始まる。
テナーサックスなど参加していたのかと慌てて裏のライナーを見ても誰も書かれていない。
それで、ああそうかマリアーノが吹いていたのかと納得する。
これもバリッとして良い演奏である。
B面の最後の2曲もテナーを吹く。
滅多に聴けないテナーだけに嬉しい誤算というのか。

ところで、MARIANO いう単語は、日本語でタイピングしても マリアーノなので、キーの運指が同じで打ちやすくていいな。

前ページTOPページ次ページHOMEページ

 Copyright 2025 HAL'S All right reserved. Initial up at 2001