HAL'S DIARY
オーナーのひとりごと。買付けの裏日記など。
きまぐれに更新しています。

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食い倒れ
2014/08/18

外人が書いた「英国一家、日本を食べる」という本を読んでいたところ、面白い表現に出会った。
大阪の食い倒れという意味は、お腹がいっぱいでも倒れるまで食べる、という意味だと説明していた。
誰が間違って教えたのか?
私が説明しても仕方がないが、この場なので言うと、こり過ぎて家が傾く、という例えである。

この○○倒れ、という言い方は各地にある。

食い倒れは大阪。
着倒れ、と言われるのは京都、
 京都こそ食い倒れなのかと思うのだが、きっと冷静に、腹八分目に抑える事を知っているのだな。
これらの2つは有名なので、どうと言う事もないが、このほかにある。

名古屋の「貯め倒れ」。
 そこまで、ケチとはおもえないが、貯めすぎて家が傾く事はないので、ちょっと想像出来なかった。
大阪の堺は、「建て倒れ」というらしいが、建て倒れといわれた場所がまだ他にある。
愛媛県 は、 伊予の「建て倒れ」と言われるらしい。
私の経験だが、行ってみると、菊間瓦という立派な瓦の生産地もバックボーンにあるせいなのか、大きな屋根の立派な家が多かく、なるほどと感心した。
それに対して、四国の中では、高知の「飲み倒れ」と言うんがあって、これも納得させられる。
もう一つ、讃岐の「賭け倒れ」というのだそうだが、それはあまり、解らないがきっとギャンブル好きが多いだろうか。
最近は、「今治倒れ」というのが....、違った「今治タオル」だった。

関東の方では、あまり○○倒れという、言い方をしない。
それは関西圏の言い回しなのであろう。
なかなか、ユーモアのある言い方で、よくぞ言ったと思えて、好きだ

今日は休み
2014/08/17

風邪っぽいので、休む。
私などいない方が店は活気があるし。
いない方が良いさ。

ヒューマン・ビート・ボックス
2014/08/16

ヒューマンビートボックスの演奏家のAFRAさん来店。
神宮球場の花火大会のステージがあって、その間に来てくれた。
AFRAさんは、10代の頃、外人のを見て、それにハマり、独学で初め、そのままプロになり、すでに10数年。

ところで、ヒューマン・ビート・ボックス(human beat box)とは、マイクを使い、人間の口だけで、DJの物真似をするあれ。

当店の従業員や吉田ヨウヘイも間接的に知り合いで、話は盛り上がった。
ついでに、一曲やってよというと、気安く、ドンドン・チー、ドンドン・チー、とやってくれた。
マイクを使ってやるのだが、マイクなしでも聴かせてくれるところは流石である。
カッコ良かった。

今度、聴きに行くね。
最高だった。
と言っても、現物でないと分からないよね。




https://www.youtube.com/watch?v=E7K7xG-npVA

JOHNNY GRIFFIN “THE KERRY DANCERS”
2014/08/15

JOHNNY GRIFFIN “THE KERRY DANCERS” RIVERSIDE RLP 420

こんな良い作品のオリジナル盤、入荷。
私はジャズを聴き始めた頃、多くのジャズファンと同じく、何と言ってもジャズの醍醐味はテナーサックスだと、ソニー・ロリンズ、コルトレーン、デクスター・ゴードン、そしてこの人ジョニー・グリフィンをよく聴いた。
グリフィンは豪快さの中に哀愁が感じられて、我が日本人の音楽心にも響いてくれた。
ブルーノートには彼の名盤は数あり、しっかりしたハード・バップで、サウンドも文句ない。
コレクターだったので、オリジナルで揃えていた。
だが実際、当時何故か良く聴いたアルバムは、The Little Giant(リトル・ジャイアント)や、この辺りのリバーサイドの作品が多かった。
それは聴き易さであった、と思う。
または、このレーベルによる、ゴリゴリしすぎないサウンド故かも知れない。

ところで、この人は、1956年 Introducing (Blue Note BLP 1533)でレコード・デビュー飾ったのだが、その後、トントン拍子。
なによりも57年にアート・ブレイキー楽団に迎え入れられた事が大きい。
勢いを継続し、ブルーノートにも傑作を残し、58年リバーサイドに移籍し人生益々絶好調、作品の出来も絶好調、リリースの数もこなし順調に進む。
59年には彼の代表作 The Little Giant (Riverside RLP 12-304)を発表。
それに落ち着く事もなくEddie "Lockjaw" Davis とタッグを組み、豪快さを売りにしたテナー・バトルで更に人気も上げた。
その後の61年、ちょっと一息着いた時の、この作品。それだけに、柔軟性があって精神的にも心が落着いたサウンドが聴ける。
要は柔らかい。
そんな作品が、悪いはずがないのである。
「Hush-A-Bye」など、ハード・バップと適当な柔らかさが混ざり合った雰囲気で、いつ聴いても惚れ惚れする。

しかし、このアルバムの録音の後もガンガン行くかと思いきや、ちょっと一休み状態、まったりした様子。
63年にリバーサイド後期名盤と言われる、「 Do Nothing 'Til You Hear From Me RLP 462」を残すと、そのままヨーロッパに移動。
心機一転、という気持ちもあったに違いない。
64年にドイツで、これも名盤「Night Lady」を録音、芸術性にも文句の無い所を見せた。
そのまま、クラーク・ボランド楽団にも参加して、バンドの中で仕事をする。
67年、後期の大名盤「 The Man I Love − Polydor 583 734」をリリース。
これが「THE KERRY DANCERS」の延長線上にありそうな気がする。
曲の「Hush-A-Bye」は更に洗練さを増している。

というわけで、「THE KERRY DANCERS」は、前期の終わり、後期の始まりといえる、キッカケのところにある作品。
ゴリゴリ・サウンドとソフトのミックス。
ハード・バップとモダン・ジャズのミックス。
強さと優しさも中くらい。
アメリカで頑張って、そのごヨーロッパへ移行する時期。
実に興味深い作品なのである。
33歳と若いながら、早熟でもあった彼が、ある意味到達したジャズ。
そういう到達点の作品て、どうしたって気になる何かがある。

ところで、このアルバム、廃盤マニアの間で、盤のラベルの「深ミゾ」有り・無しが気になるらしく、なかなかウルサイ。
しかし音質的には、どちらも大して変わりはない。
この辺りは「溝」云々は問わないというのが正しい道のような気もする。
気がするのだが、「溝有り」の盤が出ると、やっぱり嬉しい。
悲しいサガである。

テレビで
2014/08/14

戦争の話をテレビでやっている。
8月ならでは。

沖縄戦、東京大空襲、原爆投下、終戦後のソ連の宣戦布告と、一般人の様々な被害・苦労をやっていたのだが、最後にコメンテータがこう言った。
「ただね、被害の話も沢山あって、それはそれで良いけれど、加害者としての戦争を決して忘れないようにしないといけない」と。
赤ちゃん、子供、女、老人と一般市民が無残に亡くなって行った人達の話があった後で、よくも、しゃあしゃあと言えるものだと感心。
そう言う話は8月以外の時には、散々している。
日本人は常に周辺国特に中国と韓国か? に加害者として謝っていかにといけない。
何があっても、両国には謝るんだ。
そういう気になってしまったよ。
ところで、テレビに出てそういう事を扇動しているあんた達は一体、どこの国の人なの?
まさか日本のパスポートなど持っていないよね。

近所の旅行会社が詐欺で
2014/08/13

当店の前の交差点辺りに、なぜかハイヤーが10台ほど。
近頃にしては珍しい、黒塗りのハイヤー。
この辺りには料亭は無いし、まだ昼間だし、それなら葬式でもあったのかと思いながら見てもそれらしいのはない。
ただ、撮影隊が沢山いたので、ドラマの撮影でもして居たのか、それなら俳優さんが乗ったハイヤーなのかと考えた。
夏は暑いから俳優さん達はハイヤーか、と。

その夜、ニュースを見ていたら、ここの交差点辺りが映し出されていて、ビルの5階だか6階だかに入っていた旅行会社、レックスなんとか、という会社が、客から参加費を集めて置いて、チケットを渡していないらしい。
まあ、詐欺であった。

それで、なるほど、あの撮影隊はニュースの張り込みだったのか、と納得。
しかし、NHKもテレビ朝日も画面に映し出されているのは、外観のみ。
それなら、あの、どうでも良いビルの外観を写すためだけのために、ハイヤーが10台。
あの道路にあふれた取材陣の数。

確かに、4時間以上はいたはずで、張り込みも大変だったのかもしれない。
しかし、移った映像はビルの外観。
たったそのために、マスコミ各社の記者は、ハイヤーを停めて、張り込んでいたのだ。
なんとも贅沢な張り込み。

テレビのドラマの張り込みのシーン等と、エライ違いの豪華さに、ちょっと引いた。
画面の報道に迫力がないのは、そのせいかな?

そんなんだったら、ビルの外観だって、いつものように、ボカしてしまえば、どこか分からないから、わざわざ現地に行く必要もなさそうだけどね。

2014/08/12

最近の夏は、本当に店が暇になる。
暑すぎるせいかと思うが、どうもネット販売が定着したせいであろう。

昔は、今頃になると日本中から一杯お客様が来て、にぎやかだった。
子供連れで来て「お父さん、おしっこ」なんて騒いだり。
支払の時には、女房にちょっとあっちに行っててね、なんて声を掛けたり。

お盆だというのに毎日、暇。
今後は夏休みも検討した方が良いのかもしれないな、などと思う今日この頃。


レコード屋
2014/08/11

時々お客様に、あなたはなぜサラリーマンから レコード屋になったのかと聞かれる。
会社のリストラとか色々成り行きがあったものの、やや面倒な話なので、話す気も無くここまで来たのだが、レコード店として自分がやらなければならないと思った理由がある。

まず、開店の前の事、某チェーン店で欲しいレコードを見つけた。価格が1万円は超えていた。
その時私は、生憎お金の持ち合わせが無かった。
明日取りに来るから、それまで取っておいて下さい。と頼んだところアルバイトの店員の返事はNOだった。
それなら会社の帰りに寄るつもりで、夕方頃まで取っておいてといっても返事はNOであった。では銀行を往復の1時間とお願いしたがNOという事であった。
当時でもその店では、上得意だけには内緒で取り置きをしている事は、私も知っていた。
必死に店員にすがる自分を、その時、冷静に俯瞰する自分がいて、そこまでして買物はするな。
馬鹿にされてまで、お金を使ってはいけないと諭す自分がいて、その場を引いた。
あれ以来その店にあまり行かなくなった。
ん、いや正直には、ほんのたまには行くけれど。

それから、やはり15年程も前の事、まだ会社員だった頃、ちょっと大きなお金が必要になったので、委託で売ろうと某レコード店にレコードを持って行った。
レコードは下記の通り
HANK MOBLEY “HANK MOBLEY SEXTET” BLUE NOTE 1540
HANK MOBLEY “AND HIS ALL STARS” BLUE NOTE 1544
HANK MOBLEY “QUINTET” BLUE NOTE 1550
HANK MOBLEY “HANK” BLUE NOTE 1560
HANK MOBLEY “HANK MOBLEY” BLUE NOTE 1568 (片23付)
HANK MOBLEY “PEVKIN TIME” BLUE NOTE 1574
とこんなオリジナルばかりのラインアップ。
忘れたが確か、もう1枚くらい余分にあったはずである。
抱えて委託に持って行き。「最近の相場は解らないが、お金が必要になったので高めに売って欲しい。金額については任せるから」
「分かった。任せてくれるんだね」
「お願いします」という事その場終わって。
2週間後、店に行き売れましたかと尋ねると、売れたよと封筒を渡してくれる。
開けると20万が入っている。
その当時、HANK MOBLEY のBLUE NOTE1568は40万を超えている時代である。当店が開店した15年前には70万で売った店もあるのである。
それに持参したレコードは、ブルーノートのハンク・モブレイの人気盤ばかりである。
当時としても全部で、最低100万円で売れてもよい計算であった。
手数料を払っても7−80万はあるはず。私のコレクションは綺麗だし。
それが某チェーン店に売るより安い。
呆れて、「まさか、たったこれだけですか?」と聞くと、彼はこう言った。
「任すって言ったよね」
「だからって」
「それって昔、20万で買ったものでしょ」
「それは、あまりに...」
「何だかんだ言われてもさ、売っちゃったから」
任されたから1円で売ろうとオレの勝手とも言える態度に、争うのも大人気ないので引き下がった。
ここの店とは、最早これまでだと思った。

別に私はそれで恨んでもいないし、どうこうしようとしている訳ではない。
お金の事は、自分が働けば良いのだし。
その店も、お客様によっては信頼に足る立派な店であろう。
その店の名誉を傷つけるつもりはない。
無いがただ、そういう事実があった。
私にも大いに反省点はある、大切なレコードの売買価格を他人に任せるべきではなかった。
そういう態度が、問題を起こしてしまったのだろう。。

という経緯があり私としては楽しく、また信頼と安心を持って売買できる店が無くなった。
レコードを買ったり売ったりする事は人生で最も、楽しくも真剣な遊びであったはずが、その遊びが楽しめない。
それなら自分でやろうかという、一つの原因になったのである。

おみやげ「タイヤカス」
2014/08/10

サーキット「ツイン・リング・もてぎ」のお土産。
それは「タイヤカス」。
さきイカなのだが、イカ墨で真っ黒にしてある。
それがあたかも、サーキットのコースに転がっている「タイヤカス」のように見える。
さきイカと、パッケージのフォーミュラ・カーやGTカー等の、アンバランス感が素晴らしい。
よくぞ作ったと思える。

袋を開けると黒くて汚らしい様子がして面白い。
味はそのまま、「さきイカ」である。

見ずらいのだが、下に、注意書きがある。
さきいかを「イカ墨」で味付けした絶妙な珍味です。本物のタイヤカスと間違えないで下さい。と

ピストン西沢の
2014/08/09

久々に栃木県茂木町にあるサーキット「ツイン・リング・もてぎ」に行った。
FMラジオJ−WAVEのDJ、ピストン西沢さんが主催の「みんなのモーター・ショー」略して「みんモー」に参加。
久々に休みを取った。
台風の影響で大雨といわれたのだが、行かなきゃ分からないと、出かけた。
着くと既にピストン西沢さんがいて、ありがとう、せっかくだから乗せてあげますよと、親切に横に大きくJ−WAVEと書かれた、愛車の「シルビア15」に同乗させてくれ、華麗なドリフトを披露して下さった。
いや、これだけでも来た甲斐があったというもの。

コースにいたら、知合いも来ていて、楽しく過ごした。
4年ぶりのサーキットなので、大した走りは出来なかったが、楽しかった。
モータ−・スポーツは知らない人でも、隣同士なら仲良くなれるの。

ところで、このサーキットの良い所があって、それは、道中の景色が素晴らしい事。
水戸からでも良いのだが、友部インターから、焼き物で有名な町、益子(笠間)を抜けて山道に入って行く道路の、周囲の田圃と、青い山と、麓の家々が何とも素敵。
日本の田舎の景色とはこうあったのだと言う、見本のような景色。
こんな場所故に焼き物も出来たのかと想像できる。

また行きたいな、サーキットではなくて、笠間の辺りだけでも良いと思う。

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