HAL'S DIARY
オーナーのひとりごと。買付けの裏日記など。
きまぐれに更新しています。

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BILL McGFFIE “QUARTET”
2015/02/03

BILL McGFFIE “QUARTET” VOGUE EPV-1117 (England)

ちょっと面白い7インチ(EP)アルバム入荷。
何処が面白いかというとジャケット写真。

このジャケット写真をよく見ると、タバコをくわえたナイス煙草ジャケ!、ジャズはやっぱり煙草だぜ、と声が出た。
出た後で何だかおかしいぞと、よくよく見たら、やっぱりヘンだった。
そう、タバコではなく、エンピツだったのだ。
口に咥えたものは、ジャズ・アルバムのデザインとしては煙草と相場は決まっている。
それなのに鉛筆を咥えたジャケットは初めて見た。
いや、驚いた。
以前も何度か売った事があるはずなのだが、煙草だと思い込んでいた。
オジサン、死ぬ前に気が付いて良かった。

ところで、煙草を咥えたジャケットだと夜のクラブの雰囲気があって風情があるが、今回のように鉛筆だと解った瞬間に、クソ真面目な作曲家になってしまう。
しかし、こういうジャケット・デザインも悪くない。
悪いというより好感が持てる、良いジャケットである。

ところで、演奏の方はなかなかのイカス演奏スタイルのジャズ。
1952年のスイング感バッチリの軽妙なイギリス風モダンジャズ・ピアノトリオ。
カルテットと鳴っているからそこにヴァイブがちょっと入る。
あっさり感も出てメロディも綺麗。
良い演奏である。
EPなので短めの演奏ではあるが、日本やアメリカのEPのように3分では無く、7分くらいの長さなので、ちょうど良い時間でもある。

ところで、このEPを眺めていたら、大変な事が書かれていた。
それは彼が8歳の時に、上のお兄ちゃんと、ってお兄ちゃんは上に決まっているわ、いやそれで、お兄ちゃんと「カウボーイとインディアン」という遊びをしていて、間違ってドアに挟んだかして、薬指を落としてしまった。
彼は2歳の時からピアノをやっていたのだが、先生にも恵まれ、逆境にめげず努力を続け、遂にバンドを持つまでになり、作曲、アレンジャー、演奏家と活躍をした。
渡英した米国もジャズメンの相手も勤めた。
という素晴らしい演奏家だったのだ。

という事を考えながら聴いていると、なるほど鉛筆を咥えて作曲をしている真面目な演奏家であることを伝えるためのジャケットである事がやっと、理解できたのだった。

ART ENSEMBLE OF CHICAGO “PEOPLE IN SORROW”
2015/02/02

ART ENSEMBLE OF CHICAGO “PEOPLE IN SORROW” PAHE/EMI C-062-10523 (FRANCE)

70年代からずーっと私の好きなアルバム。
こんなアルバムのオリジナル盤が入荷。

先日、ヨーロッパの某国から若い男性の客が来た。
戦乱の国から良く来たと言ってあげたら、笑っていた。
彼曰く、「今まで、プログレ・ロックを聴いて来たが、最近アート・アンサンブル・オブ・シカゴを聴いて、心に響いた。CDを買ったけどあまり良くなかったので、レコードを探している。どこかで尋ねたらお前の店にあると言われてので来た。ついてはここにある在庫を全部見せてくれと」。
それならば見せて上げようと、店の奥にあった物も全部出した。
こんなにあったのかと驚いて、高いのは買えないといいながら、10枚以上も購入し、最後にこのアルバムを悩んで買った。
彼の言うには、このグループは作品ごとに全く印象が異なっていて、これで分かったと言える事がない。
次々と聴きたくなってしまい、欲しくなって大変、デンジャラスだと。

彼に感心しながら、自分の若かった頃と重ねあわせてしまった。
73年のスイングジャーナルの別冊で、彼等の作品を知った私は、さっそくレコード屋を廻った。
勿論どれがオリジナルかなど全く分からないが、BYGだけは大量に入荷していた。
その別冊には、すでに10枚ほど日本で再発されていると書かれていたのである。
日本の音楽産業のリリースの勢いのいかに凄まじいかったかという証拠である。
だが、こんなフリージャズなど当時一体何人の人が買ったのか?
モトエ、

私は買って聴いた時に、特にフランスで作られた、パテ・レーベルでの2枚はじめBYGなどでの初期の作品は圧倒され、彼等の音楽性の高さと真面目さ、混乱と静寂、音楽の中から聴こえる叫び声、顔に色彩を施した写真を見るに一体、どういう真面目さなのかと混乱もした。
彼等のアルバムは1969年から、72・3年の間に20枚ほど発売という猛烈なスピードで作品を発表し、それもどれも変化に富んでいて、次々と見つける度に、また買わなければならないのかと思ったものだ。
しかし今と違って、現在進行形の中にあってジャズを聴いて行くと言うスリリングな楽しみは言葉に尽くせないものがあった。
それは当時のリスナーの特権であった事は間違いない。

ところで、69年パリでのこの作品、特に静寂な作品で、静寂というより小さな音と言った方がよく、レコードを掛けていて、ノイズの方が目立ってしまわないように祈って聴いたものだ。
ジャケットも実にシンプルで、黄色地に文字が掛かれていて、下の方にアフリかの女の子の小さな写真があるだけである。裏にも説明文はない。
ただその女の子の悲しそうな表情が、SORROW=哀しみを表したのであろう。
説明として、その写真がすべてであると言っているのだ。
フリージャズとして、これほど美しい作品があったのかと感動する。

邦題は「苦悩の人々」だったがそのまんま「哀しみの中の人々」で良かったんじゃないかと思ったりした。
つらつら気分でのまま書き進んで、これの2倍が書いてしまって、後半は削除。
これはイカン。

しかし、良いレコードというものはあるものだ。

ハンデ
2015/02/01

あるヨーロッパの国に身体障害のレコードディーラーがいた。
その人からも、結構レコードを仕入れていた。
でも、お互いレコードを売ったり買ったりしている訳で、お客とかち合う事もある。

有る時、私は街のレコード店で知り合った年配のコレクターからレコードを売ってもらう事になった。
自宅に伺いこれはいくら、あれはいくらと商談が進んで、最後の方に数枚残ったレコードがあった。
それで、先方がこれは一体いくらくらいが相場かと訊くので、私はかくかくしかじか 50ユーロで買うといった所、それっぽちの価格かと言う。
それで、80ユーロと言ったところ、急に話が違ってきて「これは○○さんが欲しがっていたから、彼に売りたい」と。
「では、90ユーロ出そう」と私。
「いや、価格では無い、彼は身体にハンデキャップがある、だから彼に売りたいのだ」と。
そう言われると、それ以上は競争にならない。

そういう事が先方と或いは、他のコレクターともしばしばあって、向こうの人達は優しいのだなと感心する反面、私は絶対に彼には仕入で勝てないのかと思った。
良く考えると身体のハンデキャップは確かにハンデではある。
しかし、レコードの仕入に関しては、かれは圧倒的に有利で、私の方が不利という事になる。
コレクターの人たちに、あれが欲しいと言っておけば、皆喜んで持って来てくれる。

それで、ハンデキャップという事の不思議さに気が付いた。
ハンデのある彼は有利で、ハンデの無い私が不利。

その話を一度、彼にしたことがあった。
私はどうしてもあなたに勝てないと。
お前も頑張れよと、彼は笑っていた。

彼もまた人生のプロである。
人生色々、人の世は面白い。

ある男性ヴォーカリスト
2015/01/31

ちょっと前の事。
初めての客から電話があり、叔父が亡くなったので、レコードを処分したいと。
用事のついでに店に寄るという事で待っていると、しばらくしてお持ちになった。
6箱ほどの結構な量であった。

亡くなった方は年齢と共に衰弱し、身寄りがなかったので、役所から甥という事で探し当てられ、連絡が来て初めて叔父の存在を知った。
身内という事で引き取り、最後まで介護され自宅で息を引き取った。
実の親でも面倒見たくない人もいる世の中なのに偉い。
「せっかくなので叔父との会話につとめ、音楽や家族の事など訊くと、始めての話が多くて驚いたのですが、とても良かったです」と言っていたのが印象に残った。

叔父は若い頃、ジャズが好きで、どうしてもジャズ・ボーカリストになりたかった。
ところが当時ジャズなんか歌っているようでは駄目だと父親が許さず、最後は喧嘩のようになり勘当され、千葉の家を出て行った。
そのまま家族とは消息を絶った。

しかし、本人の意思は固く働きながらチャンスを見ては唄を歌い、一時はマーサ三宅さんにも習った事があったらしい。
あちこちで仕事を探したり歌ったりしている内に、最後の方は仙台に住んでいたようだ。
「よほどジャズと歌が好きで、一生歌っていられたから幸せだったと思います」との事であった。
勘当された時に新規一転、名前を変え、長谷川俊一と名乗っていたらしい。

私は、名前の書込みのある古いレコードを興味深く聴いた。
生活は苦しかったらしいと言うものの、あの名盤、この名盤は元より、この一曲という隠れ名盤もちゃんと持っていて、よく勉強されている。
またポップスの男性ボーカルもかなり持っていて、ヒット曲、女性が好みそうな雰囲気の曲なども勉強されている。
ライナーの空白部に、曲調、セリフ、コード、など歌手ならではの注意事項も書き込んでいる。

それらを私も追いかけて見たり聴いたりしているうちに長谷川俊一というボーカリストの雰囲気まで想像できるようになってしまった。
針を下すと、あ、これはこの人向きではないのではないかと思ったり、これってすらすら歌ったのか?と考えたりしてしまう。
好みは意外とポップス寄りだったのかなぁとか、これは流行だから歌っただけかなぁとか、どうやって語りを入れたのかなぁとか、想像してしまい、なんだか只の他人と思えなくなってしまった。

いやイカン、商売に深入りは禁物。

タクシーで
2015/01/30

タクシーに乗って運転手に話しかけたら、今日は面白くない事があったとエライ怒っていた。
その理由とは、
若造が乗って来て、いきなり「物産ビル」と言った。
運転手は何の事だか分からなくて判りませんと答えた。
すると、不機嫌になって、新橋のどこそこを入って、ああだ、こうだと言われ、なるほどと思って走って客を送り届けた。
するとその若造が降り際に。
「三井物産のビルくらい覚えて置け、常識だぞ!」
と怒鳴って降りて行ったと。

有りそうな話ではある。
ああいう会社の人はプライドが高いんですね、と呆れていた。
私も一時親戚に物産の社員がいた時は、やっぱりえらいプライドの高さに面倒くさいやっちゃと思っていたので、良く分かる。
だけど本当に偉い人は、例外はあるものの、そんなプライドは見せないもの。
タクシーの運ちゃん相手に威張るようでは、人生大した事はないわな。

だが世の中、そんな事は普通にあるから、いちいち怒っていてもしょうがない。

お茶
2015/01/28

知り合いにお茶の味にうるさい人がいて、せっかく美味しいと思って買って来ても、気にいらないと二度と飲まないので、困ってしまうと奥さんがこぼしていた。

それで、会った時にやっぱりお茶の話になって、面倒になってきて、私が「じゃあ。抹茶をちょっと入れて飲めばいいじゃないですか?」と言うと、それもそうだが、と。
友人の話。

抹茶が入ったお茶って、寿司屋で良く出される。
寿司屋とか、安いお茶に入っている抹茶入りという物。
あれは抹茶では無く、藻なのだそうだ。
そう言われてしまうと、なんだか美味しくなくなった。

なんだかなあ。
味にあまりうるさい人も大変だね。

趣味の世界で..
2015/01/27

オーディオの趣味の世界で、まだ聴いたことのないスピーカーは沢山あって、なんとか聴かせて頂きたいと思っているが、その中で特別なものがある。

それは、ウエスタンのフルレンジで「750A」と「755A」というユニット。
両方とも20センチのものだが、750Aは1937年に発表されたもので、戦争が終わってからの物が「755A」というところらしい。

片方は神様と呼ばれ、片や原器と呼ばれるらしい。
そういうのを聴かずしてオーディオは語る事ができないぞ、と言われると返事ができない。

だれか聴かせて!



CAROLE KING “TAPESTRY”
2015/01/26

CAROLE KING “TAPESTRY” A&M ODE SP77009 (USA)

往年のPOPSアルバム入荷。
邦題が「つづれおり」といった。
そのままのタペストリーというタイトルでよいものを、ヘンな題名をつけるものだと思った記憶がある。

私が社会人になっていた頃のヒットアルバムで、社内の人に教えられた記憶がある。
その時は、私はジャズ一辺倒だったから、話題も無いとまずいと思って仕方なく購入した。
家に持って帰って聴いたところ、ものすごく怒りが湧いてきた。
なぜなら私の大好きな黒人の女の子のグループ、シレルズのヒット曲「Will you still love me tomorrow?」を歌っている。日本では小ヒットだけど、私の中ではグレーテスト・ヒット。
そんなもん、白人の姉ちゃんが歌うなと。
おまけにこれまた、私の好きなアレサ・フランクリンのこれも小ヒットだけどさ、「Natural woman」は歌っているわ、
ケシカランと怒っていたら、だれかが、「それはね、彼女が作った曲なのだ」と教えてくれた。
びっくりしたなあ、もう。

それで、ちゃんと正面から聴いた訳。
それで、この作品というか、私の好きな2曲に関しての話ではあるが、アメリカの音楽というのは黒人が小ヒットした作品を後から白人が歌って大ヒットさせるものだなあ。という事が理解出来たわけ。
「Will you still love me tomorrow?」などはシレルズが歌うと見るからに黒人が作ったような曲なのに、彼女の歌からは黒い色など微塵もない。
「Natural woman」も同様に、そのちょっと前にアレサ・フランクリンが歌っていた時は黒人が作った歌だと思い込んでいたのだが、これも彼女が作った歌だった。こういうカメレオンのようなというか、歌い手によってどうにでも変わってしまうような歌を、どうやって作っているのかという事に驚いた。
驚いた事は彼女が歌うと白人の歌にしか聞こえない。
シレルズもアレサも、きっと「なんで今更、本人が歌うのよ!」と怒っていたのではなかろうか。
更にやっかいな事に、元よりもっと上手く唄ってしまう。作った本人だし。
非常にショックだったアルバムであった。

でも、今となっては、ちょっと子供っぽさのある、とても良い作品だとおもえるようになった。
この作品の事で色々な人と話した結果、面白い事に、聴く人みな、自分にぴったりの歌だと思う所があるのだという事も知った。
まるで村上春樹の小説のように、受け手がだれもが自分に重ね合わせてしまう事ができるような作品なのだ。
ヒット商品の特徴でもある。

しかし、最近はこういうアメリカのかつてのレコードの綺麗な物は入手が困難になってきた。
今の内に、私も手に入れておきたいなあ。
こういう内容の良いレコードは、オリジナルでもセカンドでもどっちでも良い。


(オリジナルは売れたけど、英国盤などヨーロッパ盤ならまだあります。)

SARAH VAUGHAN “NO COUNT SARAH”
2015/01/25

SARAH VAUGHAN “NO COUNT SARAH” MERCURY MG 20441 (USA)

店のホームページに通販リストをアップした後で、入荷があった。
タッチの差で間に合わず、掲載は無し。

これは私の大好きなアルバム。
かつて20代の頃、良く聴いた。
あの頃のスピーカーは三菱の2S−305という大型モニターだった。
こういう歌はちょうど良い感じで鳴っていた。

まずジャズ定番名曲「Smoke Gets in Your Eyes」。
これは、京急(京浜急行電鉄)の電車の発車の時のベルのド〜レミファソラシドレ〜のように、アルトサックスMarshall Royalの音階が上がっていき、それを受けてサラのTHE〜Y と上がって行く、という洒落た演出。
ここが、このアルバムの出来の良さのすべてがある!
ライナーにも最初の30秒!と注釈がつけられた通りである。
このイメージは最後まで着いて廻る。
後は丁寧に、丁寧に唄って行く。
始まり部分や、所々の音の引っ張り具合は、流石ジャズ界ナンバーワンであった名人の技。
一つも文句はなく、全く以て素敵なジャズ・ヴォーカルである。
終わりのかすれ具合も完璧。
感動のあまり、もう一度針を冒頭に戻して聴いてしまうから、ちっとも先に進まない。

かと言って、このままで終われるほどヤワな作品でなく、2曲目「Doodlin」の雰囲気も、一曲目の雰囲気をちょっと落として、観客の心を落ち着けてくれる、にくい配慮。
3曲目の「Darn That Dream」はこれまた、ナイスなジャズ・ヴォーカル。
途中ちょっと顔を覘かせる、Joe Newmanのムード・トランペットも素敵。
あれ、今日確認して見たらThad Jonesの方かもしれないが、もうどうでもいいや。
歌の良さに変わりはないし、同じベイシー楽団の中の話だ。

B面は一転、完璧なジャズの作品。
中々の構成である。
だが、始まりのイメージが濃厚で20年位はA面しか聴いていない。
それ程、素晴らしいアルバム作品だということである。

ジャケットは、白地に大きな字体で「NO COUNT SARAH」と3段書きになっていて、「O」の字の中に彼女の写真をちょっとだけ入れている。カウントは居ないけど、サラはいると言いたかったのか。

本当は自分で買ってしまおうと思ったけど、やっぱり商品だからお客様優先。
2週間売れなかったら、自分で買おうかな。

ところで、どこでも言い尽くされたのでなんだけど、NO COUNTとはカウントベイシーがここでは参加していないと言う意味。
時々ジャズのアルバムにこういう言い方がある。
例えば、ピアノ・ホリデーというタイトルがあった場合は、その通り、そのバンドのピアニストが休んでいて、ここには入っていないという意味。
昔は洒落ていたのだ。
ピアノレスと言うより良いもの。

NANCIE MALCOMS “THE WEST COAST OF BROADWAY”
2015/01/24

NANCIE MALCOMS “THE WEST COAST OF BROADWAY” CAMDEN  CAL-422 (USA)

そろそろ通販リストの原稿の準備もしないといけない。
そう思い、しばらく見てもいなかったバックヤードの棚の中を引っ掻き回していると、あら不思議、こんなレコードが手着かずで眠っていた。
思えば、30年も聴いていなかったアルバムである。
もう記憶が失せていたが、確かいい感じのヴォーカルだったはず。
これは聴かにゃなるまいとターンテーブルに載せて聴いた。

いやいや、良くぞ大切に長い年月、保存されていただけあって、さらっとして良い歌声だ。
ピアノとの息がピッタリあって良いなあ、と思いよく考えたら何の事はなくて彼女の弾き語りだった。
ジャケットの写真は本人がピアノに肘を掛けてにっこり笑っているのであるから、早く気が付くべきであった。
いかにも裕福なアメリカの庭園らしい場所にわざわざピアノを引っ張り出して、真っ白なドレスを着て、芝生の上で写真を撮った訳で、相当レコード会社も気合を入れていたに違いない。
まあ、ジャズっぽさがあるポップスのレコードとして売ろうと。
所で、彼女の情報はほとんど見当たらない。
ライナーにも子供の頃からダンスも習っていた事くらいしか書かれていないので、私は書きようがないのだが、当アルバムも一度日本盤で再発されているので、そこのライナーに何か情報があるかもしれない。

作品はリリースされたものの幸運の女神は微笑まなかったか、彼女のアルバムはどうもこれ一枚のみであるらしい。
でもいいじゃないか、たった一枚でも生きた証の、己の写真が載った作品が残ったのであるから。
私など死んだら何も残らないのだから。モトエ

アルバムは、歌とピアノ・トリオの演奏が互い違いにある構成で、なかなかの好内容である。
1959年の録音でリリースが60年であると思われる。
レーベルがカムデンという再発というか廉価版レーベルの会社であるところが引っ掛かって、本当はRCA盤があるのではないかと思ったが、どうもこれがオリジナルで良いと思われる。
内容は、さらっとした自然な歌声で、これまたナチュラルなピアノである。
それも会社の意志に反してしっかりしたジャズ・ピアノであり、それにちょっとだけ適当にポップス感を付けただけである所が、聴き易さになっているのだ。
いいね、こういうの。

共演者たちを見ると、Al Viola (g),Jim Aton (b),Mel Lewis (ds)と好メンバー。
なるほどと思える、立派な作品だわ。
一曲目から気持ちいいが、「My Ship」やアル・ヴィオラとのギター・カルテットの「If I were a bell」等、捨てがたい良い味である。
大名盤だと大騒ぎはしないが、通好みの良いアルバムである。

私としては過去のアルバムはもう掘り尽くして、新たに良い作品など発見はないと思い込んでいただけに、嬉しかった。
って、ただ勉強していなかっただけのことだけど。

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