HAL'S DIARY
オーナーのひとりごと。買付けの裏日記など。
きまぐれに更新しています。

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SHIRLEY HORN “TRAVELIN’ LIGHT”
2015/02/13

SHIRLEY HORN “TRAVELIN’ LIGHT” ABC-PARAMOUNT ABCS-538 (USA)

久しぶりにカットの無いアルバム入荷。
カットとはカット・アウトの事である。
かつてアメリカでも、レコードを作れば企業にとってそれは資産で税の対象になる。
それを売れなくてずっと抱えていると、毎年税金を支払う事になってしまうので、どこかでエイヤッっと破棄することになる。
日本の場合は物品税という高額な税があったので、売れ残ったビニールは溶かしてしまう事になったらしいのだが、アメリカの場合はジャケットなどに切込を入れたりドリルで穴を開けたりして、商品価値を無くした。
その価値の無くなったレコードは学生などお金がないが芸術など必要な人達の為の低価格商品となっていたし、またディーラーという仲買人がいて、二束三文の価格で大量に買われて行った。
それが日本などにも沢山輸出され、我々が若かった頃、安いレコードとして有り難く入手できたのである。
そのカット・アウトの方法が色々あって、まず電動鋸で端っこの▼部分をバサっと切落す方法で、これは我々もちょっとガッカリしたものだ。
もう少しマシなのは鋸でちょっと切れ目を入れたり、ドリルで端っこに穴を開けたりする。
ドリルでも凄いのは、ジャケットのど真ん中にビニールと一緒にドサっと穴を開けてしまう事もあり、レコードによってはジャケット写真が美人なのに顔に穴があって、これもがっかりする事がある。
穴と言っても、無神経な大きな穴もあれば、申し訳程度に小さく目立たない場所に開けてあるものある。
きっと担当者のセンスが良かったか、親切な人だったかもしれないね、などと話し合ったものだ。
カットといってもサンプル盤にもカット・アウトがあって、その時は裏ジャケだけに穴を開けてあったり、穴をハトメで止めてあったりするので、良心を感じながら鑑賞する事になる。

今回せっかく穴の開いていないレコードが入荷したのに、何でカットアウトの話になってしまうのだろう、オレは。
モトエ、

それで、このレコード。
まずジャケットが良い、それは空港のジャケットだから。
白いコートを着た彼女が洒落た赤いカバンに囲まれて空港に座っている。
カバンが沢山有るので数えてみると6個、今はそんなに飛行機に積めないのだが、かつては結構許された。その話も置いといて。
右の大きなカバンにはABC・PARAMOUNTの焼き印のように見せているのも巧い。
ハンドバックだけはコートと同じ白い色で、お洒落な気の使いようが嬉しい。
きっと撮影のために建物の外で撮ったのだろう。
遠くに飛行機の尾翼が見える。
その奥に少しだけ見えるのはアメリカン・エアラインズらしい。
目立たないが、良く見ると振り返った右手には煙草が挟まれている。
煙草ジャケと空港ジャケの両方の雰囲気を持っている作品が悪いはずがない。
これから旅に行くのよ、と彼女が誘ってくれて、歌が始まる、おっと彼女は歌手では無いと言っているんだっけ、でもこんな素敵なジャズの歌手はいない。
まず冒頭の「Travelin’ light」など旅の郷愁がたっぷり。
次は「Sunday in NewYork」「Big city」とニューヨークをエンジョイするのよと教えてくれる。
こうして、旅に出て淋しさや我が家を想いシックになったりしながら、歌を聴くという仕組みであろう。
ちょっとハスキーで、ブルースが上手いのに、とても洗練されているのもイカス。
最後のビートルズの「And I love her」が出て来るのも60年代の特徴で、彼女の歌は良い味である。
彼女のピアノのムードにも酔ってあっという間に一枚聴いてしまうのだ。

基本的に彼女の弾き語りのピアノ・トリオであるが、曲により邪魔にならない程度にビックバンドが入ったり、JOE NEWMAN, JEROME RICHARDSON, KENNY BURRELLなどが顔を出す。
リラックスして聴いても、本当に良いアルバムである。
こういう歌手って意外にいないものだ。
彼女は本当にジャズだなあ。
うん。

TOMMY WHITTLE “THE TOMMY WHITTLE QUARTET”
2015/02/12

TOMMY WHITTLE “THE TOMMY WHITTLE QUARTET” HIS MASTER VOICE 7EG8325 EP盤 (ENGLAND)

7インチ盤(EP)の入荷。
トミー・ウイッテル(TOMMY WHITTLE)の作品はどれもレアで、珍品揃いで、しかも英国のちょうど50年代頃のモダン・ジャズの良い時期の良い演奏が聴く事が出来る。
それらのレーベルもTEMPO、ESQUIRE、HIS MASTER VOICEなど、今となっては入手困難なレア度の高い会社ばかり。
ひと頃、某店がイギリスのブルーノートと持ち上げて値を吊り上げてTEMPOレーベルのレコードもあらかた行き渡ったか、値もこなれて来た感があるのだが、この人のだけは一際珍しさが際立つ。
ESQUIREの10インチ盤やEPもあまり出て来なくなった。
当然、今回の物もなかなかお目にかかる事がない。

ジャケットは彼がサックスを咥えている写真を斜め後ろからのショットである。
髪の毛のちょっとひさしが立っているのが当時のカッコよいスタイルである。
中々良い。
裏ジャケには,EPながらちゃんとライナーもある。
日本やアメリカのEPの違いで、EPとは言わず、7インチというところの演奏もしっかり長尺なのである。
そういうヨーロッパ・レコード文化なのである。
ライナーによると、テッド・ヒース楽団を皮切りにBBCでの仕事などこなし自分のバンドを持つまでになり、アメリカのジャズメンが来た際には、相手を勤めたとなっている。

このアルバムは57年の良い時期の演奏で、メンバーもエディ・トンプソン(EDDIE THOMPSON)の参加も見逃せない。
「Day by day」「Laura」など彼の演奏のなかでも味わい深さは一際目立つ。

しかし、昔は廃盤屋でもこんなEPは見た事も無かった。
今は情報が多いと言うのか、流通が進んだというか、珍しい物がどんどん巷に出てくる。
そういう世の中なのか。

珍しいという言葉が無くなってしまいそうだ。

BMW Z3の事
2015/02/11

BMW Z3
去年、手放したので、何年式だったか忘れてしまった。
価格は10万円だった。
シートはガタガタしていたし、しょっちゅう修理屋に出していたので、そんなものか。
しかし、クルマという物は買う時は高いが売る時は二束三文。
経験上、最も損したと思った事は、昔ベンツを600万で購入し、売った時が10万だった時で、その時は二度とベンツは乗るまいと固く決心したのである。

それでZ3。
元々は知合いが持っていた車だったが、マツダのロードスターが発売になったのでそちらに乗り換えると言う事になったのだが、自動車屋の下取りが安かったので怒り、だったら、せっかくだから知合いに乗ってもらった方がマシだと、私が確かその下取り価格で買ったのだ。
オープンカーが好きだし。

それが珍しくも、左ハンドルのマニュアル(MT)車だった。
BMWはベンツ社のオートマ車一辺倒と異なり、本国で作っている限り、ちゃんとMT車も少ないながら日本にも販売しているのが好感持てる。
それで、そのZ3の事は、以前にも何度も書いたと思うのだが、日本のマツダの名車、初代ユーノス・ロードスターがヨーロッパで大人気になったのを受けて、各国各社が競合車をぶつけて来たのだが、BMWの車がこれだったのだ。
日本の自動車史上、日本車に欧米各社が慌てふためく等という事は今後絶対に起こる事がないであろう、快挙である。
まあ、坂本九の上を向いて歩こうのビルボード1位に匹敵する快挙と言っても過言ではないと、オジサンは思っている。
なんか自動車評論家の「徳大寺イケダ」って気持になってきた。

という事で、サイズはライト・ウエイトそのものの小ぶりで低出力、1600CCだし。
オープンで山道を走る楽しさだけが持ち味の車なのである。

馬力がないので、街中で隣の車とスタート競争でもしようものなら、軽自動車にも負けてしまう遅さ。
低出力なので、常にアクセル全開、街中でもエンジン・ブンブンだい。
弱いくせに音だけデカイというヘンなチンピラのような車。

早い話が、音が大きく、オープンで、ライトウエトの運転の楽しさという点に尽きる、これがスポーツカーだと。
勿論、荷物はほとんど入らない。
まあ実生活には役立たず。
それが良くて私は乗っていた。
いいねスポーツカーは、役に立たたないところが。

世の中のオジサン達、定年をきっかけにこういう小さなMT車を購入し、カミさんと二人で乗って晩年を楽しんだら良いのではないか、と思うのである。

若い頃、彼女をドライブに誘うより、妻からの愛の冷めた今のカミさんをドライブに誘う方が大変難しい事は間違いない。
乗ってくれればの話ではあるが。

シルビアの事
2015/02/10

シルビアで楽しかった事の一つに、外装。
ただの白い車では面白く無かろうと、知り合いがデザインしてくれ、ペイントすることになったのだが、今はペイントと言ってもカットシートを張るのがそれで、数日がかりで切り抜いたシートを張った。

スポーツカーと称して売っている車のほとんどはスポーツカーではなく、それ風なので、実際は軽量化を施さないとスポーツカーにはならない。
そうすると売る時に叩かれてしまうので、そうは出来ない。

そこに行くとシルビアなど安価な車だったり、ドリフト目的で売買される車など、好きなようにイジれるのが良い。
ペイントした車が結構、気にいっていた。

しかし、マフラーを取り換えていたのでエンジン音が大きくて、交番や警察署の前を通る時はなるべくアクセルを踏まないように惰性だけで走っていたり、気を使っていたのだが、走っていれば警察の目に付くらしく、高速道路で時々止められ、なんだかんだと因縁をつけられた。
「今、何キロで走っていました?」
「119`です」
「なんで分かるの?」
「細かいデジタルメーターなんで」
「あそう、じゃそれはいいとして、右側をずっと走っていたよね」
という風に、車線違反とか、車間距離とか、改造車とか、小さな違反で、何としてでも切符を切りたいらしく、チクチクとやられやれて面倒だった。

それで、だんだん走らなくなってしまった。
そうか、思えば国家権力に屈してしまったのかオレは。

残念。

だが、こうして写真を見ていると、これでは警察に捕まるわな。
まるで「族車」。

シルビアの事
2015/02/09

結局、車遊びがヒートアップしてくると、結局はお金の問題になる。
ポルシェなどは一度ぶつけると、その修理費は半端でなく高額となる。
日本の中古屋や修理屋の外車価格というのが出て来るし、そうで無くともドイツ本国から送って来るパーツも又高額である。
それでポルシェでサーキットなどと威勢よく言ったものの、お金が掛かれば背に腹は代えられず、結局購入する事になるのが、日産シルビア。
FRの代表的な車。
FRすなわちフロントエンジン・リアドライブ漢字で書くと後輪駆動となる。
前に重量があって、後ろで掻くので、動きが素直で良い。
これは、走りは良いし、ドリフトにも使えるし、何しろ大量に販売されていたので、パーツが豊富で安価。
一度エンジンが壊れたのだが、確か5万円だったし、ミッションも5万円だった。
修理屋でも、何しろシルビアなので、修理費もあまり吹っかけられないらしい。
兎に角ポルシェのエンジンだと90年代のでも200万掛かったと言う人がいるくらいで、ポルシェのパーツが万円単位だとすると、シルビアは千円単位。
有り難い車であった。

それを軽量化として剥がせる物は全て剥がし、ボンネット等はプラスチックに変えた。
それにウイング等を付けて、マフラーも替えて、しっかりレーシングカーに早変わり。
お蔭様で楽しませてもらった。
仲間とチームを結成して耐久レースにも出た。

シルビアで学んだ事は、見栄さえ張らなければ、ポルシェに劣らぬスポーツカーになるという事だった。
しかし、人間はプライドとか、見栄から逃れられないのだな。
残念。

ポルシェの事
2015/02/08

次に出会ったのは勿論MT、92年式の「964」ポルシェなのだが、それが凝った車で名称が「RSレーシング」という日本に19台しかなかったといわれるものだった。
外装はいたって普通だが、レーシング・カーだったと言うだけあって、窓の開閉、パワステ、など一切のオート機構は無く、今時、全て手動式という面倒なヤツ。
中はレーシング・カーそのもので、ガチガチにロールケージが張り巡らされいた。
それを街乗りも出来るようにと、わざわざ馬鹿丁寧に皮でロールケージを巻いてあった。
シートはレカロ製なのだが、黒・赤・紫の三色にしてあり、ハンドルも同様に三色に塗り分けてあった。
そういう皮細工の綺麗な仕事ぶりに、時々眺めては惚れ惚れするのであった。
当然、二人乗り。
通常のシートベルトがなく、4点式のレース用のがあるだけ。
クラッチが非常に重くて、購入した直後は、坂道発進でうまく繋がらず再三エンストしては、後続の軽自動車のおばさんに怒られていた。
その内に乗っていれば馴れるもの、日曜日の早朝は、4時に起きて箱根に出かけては山道を走る様になり、山頂付近にはマニアが集っていて徐々に知合いが出来て来たところで、ある人から売らないかと声を掛けられ手放してしまった。
エアコンもないし、クラッチが重すぎるし、大変な車だったので潮時かなと思った。
お金も掛かるし。

しかし、稀少性があり、車の雑誌などに何度か掲載され、一時はマニアの間でちょっと有名になった。
カーライフを楽しませてくれた一台だった。

ポルシェの事
2015/02/07

最初のポルシェは91年式「964」のカブリオーレだった。
中古で購入したのだが、前のオーナーが芸術家だったという事で、外装は赤、内装が白で統一されていて、とても素敵だったので、ミーハーな私は即買った。
中古店の後日談では、こういう変わった車は実は売れ行きが悪いのだそうで有り難かったと。
ただメーター類のパネルが黒かったので、これは白いパーツを探して交換してもらった。
椅子・側面が白いのは良くあるが、床のカーペットも真っ白だった。
嬉しくていつもオープンで走っていた。もちろん冬もオープンで、外が真っ赤で、中が真っ白、それは目立って、道路に止めておくと外人のお姉ちゃんにキャアキャア言われた事が再三ある。
この車もまた欠点があって、雨が降ると水がポタリポタリと落ちて来て、タオルを手放せない。
荒井由美の歌「中央フリーウェイ」ではないけれど、片手に持つハンドル♪片手で肩を抱いて♪というのがあったが、私のは、片手に持つハンドル、片手にタオルを持って、というスタイルだった。
まあ、これも中古車の醍醐味であった。

オープンのスポーツカーを運転する楽しさを知ったのだが、所が、たった一つの気がかりな事があって、それはオートマだったこと。
ある時雑誌に、たしか福野礼一郎氏だったと思うのだが、「オートマのポルシェに乗ってるやつはオカマだ...云々」と。
これ読んだ瞬間、頭に血が上り、マニュアル車に変えようと決心したのだった。
知合いの修理屋に「MT換装を頼んだのだが、MTとATはエンジン特性も違うし、中古ミッションも付随の部品もないし、もしあっても割高だから買い替えた方が安い」と言われ、結局、手放した。

でもやっぱり頑張ってMTに換装し、あの時の車に乗って見たいと時々思うのである。
特に今の年齢になると、そう思う今日この頃。

(写真が無いのが悔まれる。)


STEVE LACY “LAPIS”
2015/02/6

STEVE LACY “LAPIS” 日本コロムビア YQ-7014-SH (日本)

こんな珍しいアルバム入荷。
オリジナルはフランスSARAVAH(SH-10031) である。
作品として非常に出来の良い作品なので、入荷したらいつか書こうと思っていたのだが理由もなく、ついつい遅くなった。
遅くなったついでにだんだん考えが変わって来て、どうせなら日本盤の方を書こうと思うようになったのだが、珍品なので中々入荷が無かったが、今回遂にゲット。
この日本盤は発売当時、私は存在を知らなかった。
知らなかったと言うより日本盤など興味が無かったと言った方が正しい。
店を始めてからこんなアルバムが出ていたのかと知り、買っておけば良かったと後悔をした。
日本盤だからではない。
この作品に込められた、レイシー本人、解説を書いた清水俊彦、それにちょっとしたフリージャズ名盤にはなぜか必ず清水俊彦と一対のように登場する間章の文省も読み応えがあるからである。
この二人が対になってライナーを書いた作品はどれも名作という事になる。
フリージャズの事を、この二人以外の評論家の書いたものなど読みたくもない。
とにかくこの二人でフリージャズ界の評論は完結しているといっても過言では無いのである。
したがって、このアルバムにおいても、ライナーは2枚に亘る力作。
ぜひ読んでいただきたい。
理解しがたい?
読んでも解読しがたいと他の評論家でさえ言っている通り、確かに難解であるが、その難解な表現方法で確立してしまったのであるから、頑張って頂きたい。

ところで、このアルバムの写真。
これは日本盤製作にあたって、どうしても本人がフランス盤とジャケットを変えてくれと、それも本人の撮った写真を使ってくれと、要望があって、それを使ったという事であった。
写真はパリの街のアパート群の屋根裏と屋根が連なる写真である。
暗く重いアパートの建物群である。
その上の空には雲が浮かび、飛行機雲が二筋横と斜めに横断している、あっけらかんとした空。
しかしそこは、「パリの空」である。
ちょっと違うのだと言いたい。

そして裏ジャケにレイシーの言葉がある。
「LAPIS(瑠璃)、古い言葉の意味として「石」「ペンシル」を意味する。
それは、私にとってソプラノ・サックスにより、「書く」という意味合いでもある。」
と書いている。

ソプラノ・サックスの持つ、意味合いが興味深い。
71年、彼の絶頂期の良い作品である。
日本コロムビアも再発するに当たって、味のある良い事をした。

言語の元は
2015/02/05

正月過ぎにボンヤリテレビを見ていたら、吉本隆明が「言語の始まりは沈黙である」と言ったとやっていた。
私は、全くそうは思わなくて、言語の始まりは騒音であると思っていたから、びっくりした。

だって、動物はまず鳴き声を発する事から始まったのであるから、必要に応じて鳴いたのであるから少なくとも沈黙ではない。
また現代においても、人間の社会の煩さは相当なもので、初期の人間は鳴き声も煩く、目立ちたがりで行動も一々音を立てる騒音の動物ではなかったかと思うのである。
現代の人間が、あらゆる生物の中で最も煩い動物である事が、何よりの証明である。
まだ言語が無かった頃は、既に道具も住み家も持ち始めていたであろう事から、他の動物に対して圧倒的に強く、逃げ隠れする必要が無かった。それはそれはギャアギャアと煩かったと思われる。
故にその結果、鳴き声が言語に変化したのではなかろうか。
という事で言語が無かった頃もまた、そうとう騒音だったと思うのだが。

私がヨシモトリュウメイに異議を唱えても仕方ないなあ。

テロ支援?
2015/02/04

新聞のニュースで、外務省がテレビ朝日に対して反論したと。
各省庁に取ってどんな気に食わないニュースであっても、大概沈黙しているのだが、余程腹に据えかねたのだろう。
珍しい事もあるものだ、と思って読むと。

2月2日のテレビ朝日の報道ステーションで、シリアにおける邦人殺害事件の報道の一環として、安倍総理の中東・エジプト訪問は、外務省から総理官邸に対し中東訪問見直しを進言していたにもかかわらず強行された。
また、その時に行われた政策スピーチが外務省の「意に反して」行われた。という報道内容。

この報道にカチンときた外務報道官及び中東局長の連名で、抗議をした。
外務省の意に反していない。
報道機関たるもの、事実に反した報道を行うことが、国民に誤解を与えるのみならずテロリストを利することにもつながりかねないと。

訂正と謝罪を求めていたが、これに対しテレビ朝日は、取材に基づくものだと、シカトしている。
であれば取材先を示して、外務省と戦うべき時が来たのだが...。

もっとすごい事に、
日本人を狙うと予告があるにも関わらず、ネットの中においても、日本企業や住んでいる町や人数など、事細かに発表してしまい、朝日はイスラム・テロに最も重要な情報を流してしまったのである。
テロ支援の報道組織であると断定できるような状況となってしまった。
それが結局、YOUTUBEのアカウントを取り消された。
余程の国際感覚・政治感覚が鈍いか、あるいは確信犯という事になる。

しかし、従軍慰安婦問題から始まり、朝日は一体何を訴えて、何処に行こうとしているのか面白くて、目を離せない。
イスラム・テロの支援をする報道機関って凄いよね。

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