HAL'S DIARY
オーナーのひとりごと。買付けの裏日記など。
きまぐれに更新しています。

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RAY BRYANT  “PLAYS”  SIGNATURE
2015/04/15

RAY BRYANT  “PLAYS”  SIGNATURE SM6008 (USA)

ブライアントと書くと、何だかかつての近鉄のブライアントを思い出してしまう。
本当にこんなつづりだったかなと思いながらタイプを打つのだ。って古いなオレも、今はキーボードというのだ。

これは1974年の、幻の名盤ブームの雑誌のグラビアを賑わした人気盤である。
私もどこかのジャズ喫茶でたった一度だけ聴いて以来、どうしても欲しくてアメリカの、今は無きメール・オーダー・オークションで入手して大切に持っていた。
それがジャケットの上下が割れてしまっていた物であったが、ビニールの袋に入れピチッとすれば問題はなかった。
大好きなトリオ作品の一枚として、当店を開店して売ってしまうまで棚の重要作品の位置に鎮座していたのだ。

この作品は、彼特有のソウルフルで、弾む感じで非常に好ましいトリオである。
こういうのは、私も若い時に特に好感が持てた。
当時の名盤を探していた人たちの殆どが若者であった事を考えれば、人気のほどが伺える。

ところで、彼のリ−ダー作品は、1956年(25歳)のEPICレーベルにおける「Ray Bryant Trio」から始まる。
その後翌年のPRESTIGEにおける「Ray Bryant Trio(7098)」とDECCAのカーメンマクレイの「After Glow(DL 8583)」

そして1959年にこの作品「 Ray Bryant Plays (Signature)」。
1960年 にコロンビアの人気盤2枚「 Little Susie (CL 1449)」及び「Con Alma (CL 1633)」。
これで、日本のマニアの中の彼の音楽人生は完結してしまった。
25歳から29歳までの、たった4年間だけの作品が今も名盤として人気を保っているのである。

しかし、そんな日本のマニアの思惑など眼中になく、彼自身はその後も着々とジャズの演奏活動にいそしみ、
作品を出していた。
特に1966年のカデット(CADET)での数枚は素晴らしく、特に「Lonesome Traveler (LP 778)」の電車の客室の中に一人の女性が座っているジャケットなど、ジャケ・音楽内容ともに文句のない出来映え。
だがちょっと面白いことに、こういうアルバムを購入する人達はクラブジャズ派である。

ようするに、60年まではジャズファン。その後はクラブ・ジャズファン、と購入対象が2分される。
実に不思議な人なのである。
という事で、このアルバムに戻って。

タイトルのプレイズとは何かと言うと、当時のエリントンはじめ有名ジャズメンの得意曲を演奏をしたもので、それぞれ、彼流の解釈があって、これが才能と言うか、素晴らしい。
この作品が彼の最高傑作と言っても良いのではないかと思えるのである。
モンクの曲など、原曲の良さを損なう事なく見事に弾いて見せ、なお彼流の心地よさがちゃんとあって本当に感心する。

当時の廃盤ブームの起きた頃の熱気と楽しさは今でも忘れられない。
私のジャズ人生の原点でもある。
そうだ、明日は廃盤ブームの話にしよう。

ARTHUR DOYLE “ALABAMA FEELING”
2015/04/14

ARTHUR DOYLE “ALABAMA FEELING” AK-BA AKT1030 (USA)

これもまた好きな一枚である。
好きではあるがあまり他人に薦める事もないと思っていたのであるが、それが時代の移り変わりと言うのか、近年大変評価が高まり、今はレア・グルーブというのか?その道のファンに大人気になった。
という事で、元々自費出版のアルバム故、数も少なく一挙に価格が上がってしまったのだ。

昔からレコード屋の中古コーナーにごろごろしていたわけではない。
ちょっと入荷して、あっという間に無くなってしまったアルバムである。
大体アーサー・ドイルという名前など、イギリスの探偵小説以外で、聞いた事も無かったのである。
しかし、ここまで評価が上がってオジサン驚いた。

彼はフリージャズの中で、作品数は少なく、これが唯一のリーダー作だと思うのだが、このアルバム一発でファンの耳を虜にしたのであるから、やはり立派だと言わざるを得ない。
それは彼のサウンドが圧倒的である事による。

この作品の録音したのは1977年11月となっている。
そうすると私は、そのほぼ同時期に作られた作品、LUTHER THOMAS の“FUNKY DONKY” とダブってしまう。
ほぼ同時期に購入した記憶があるので、多分そんなものだろう。
ファンキードンキーは同年1977年の9月1日の録音とされていて、レスターボウイまでも参加している。
ひょっとしてドイルはこの演奏を聴いたにちがいない。
ファンキードンキーの方は大人数であのサウンドである。
それをドイルはひとりで同等のサウンドを出せ事が出来ると踏んだのではないかと私は思うのである。
音楽から猛烈な製作意欲の迸るのを聴いて感じるのだが、それは、彼の負けじと思う気持ちをどうしても感じてしまうのである。
それ程、彼のサウンドはデカくて圧倒的である。
いきなり爆音で曲が始まり、終わるまで爆音のままの圧倒的なサウンドである。
そしてプツリと曲は終了する。
本当に「プツっ」という音が入っている。
グワーっとスタートして、倒れた瞬間が「プツッ」なのか。
脳の血管が切れた事による終了かとも思える、気狂いという領域のサウンドである。
実に素晴しい
こういうサウンドが集団で出している演奏はある、しかし単独でのこんな演奏は他にない。
他に例えると、まるでエベレスト単独登頂やアイガー北壁単独登頂といった類いの演奏なのである。

こちらもボリュームをできるだけ上げて、爆音で聴いてあげたい作品である。
亡くなった彼に対するせめてもの供養である。

思うに、ヨーロッパにおけるフリージャズが世界の主流となって行く中で、アメリカのフリージャズの推進者たち特に黒人達の中で、ジャズとして自分たちのサウンドの追及が行われたのではないか。
そこで発見されたのはヨーロッパの緊張と知性のサウンドに対して、圧倒的なパワーを求めたのでは無いかと思うのである。
その一つの答えがJOE McPHEEのNATAION TIME だったり、FUNKY DONKYだったり、この作品だったりするのであろうか。
身を削るような、パワーの出し方は身体の消耗によってなされる、きつい修業のようであり、身を削るそのパワーは嫌が丕でも伝わる。
録音はそれほど良いとは言えない。しかし、これほどの臨場感も滅多にない。
しかし、このジャケットの意味するものは一体なんぞや。
今回だけは、私も手も足も出ない。

しかし、何でも世界の一流になるには、気狂いにならんとイカン。
こういう黒人フリージャズは 「グワーッ」サウンドの中に情緒が感じられて良いね、、

HANK MOBLEY “SOUL STATION”
2015/04/13

HANK MOBLEY “SOUL STATION” BLUE NOTE 4031 (USA)

壁に飾ってあるこのアルバム、私の大好きなアルバムである。
ジャケット全体がいかにもこれぞと言わんばかりに、ブルーノートらしい青い色に染まっている。
4000番台に入って使いはじめた同社の楕円と長方形の例のマークも青い。
SOUL STAIONというタイトルだけは白抜きで、それ以外の文字も皆青い。
しかし、青でも所々で青い色は異なる。
彼の白いはずのシャツのカラーも又青い色の中にある。
徹底的に青い色に拘った。
これぞブルーノートであり、これぞ黒人のカラーすなわち俺たちの色だと。

モブレー本人は口をちょっと開き気味に半笑いで、テナー・サックスを右手で差し上げている。
オレのサックスはどうだと。
おもいっきり下から撮った写真は躍動的である。
しかし、ブルーノートの印刷の色合いは別格である。
再発盤がいくら頑張っても、頑張れば頑張るほど、違いは明確になるのだ。

私の中で、このアルバムは好きなブルーノート・レコードのベスト10に入れる。
何とも言えないジャズの完成された雰囲気がある。
かつて、一生懸命コレクションをしていた頃、仲間ももちろんモブレイが大好きで、先を競ってコレクションにいそしんでいたのだが、友人達と集まった時、何が好きかというと、なんと揃ってこのソウル・ステーションが一番に挙げる人が多くて、なるほど大好きなジャズメンのアルバムとはこういうのを言うのかと納得した。
それは1500番台に名盤は数あれど、聴き詰めた先はこれかと感心した。
勿論、ロールコールという人もいたが、何故か4000番台に入っていた時のアルバムである。
最もブルーノートらしさが完成された時期の作品である。
ちょっと肩の力を抜いた柔らかなサウンドはこれに尽きるのである。
このアルバムは珍しくワンホーンで、邪魔が無いのが良い。
バックはWYNTON KELLY(ウイントン・ケリー)というのも、柔らかさを引き出すことに成功している。

1960年当時、黒人ジャズの中で、彼のサウンドはアーシーな中に非常に洗練された物があって、その洗練さが良くてマイルスなども使ったのではないかと思う。
ビ・パップが出来てから、続いて起きたハードバップに移行し、より洗練さが求められる中、黒人らしさをけっして失わない上に、さらに抜群のセンスだったのだと思う。

ウイントン・ケリーのピアノもまたアーシーかつ洗練さがあり、まさに時代に打って付けの逸材であった。
今、聴いて私はウイントン・ケリーのピアノに改めて尊敬の念を抱く、彼こそジャズの完成されたピアノニストだったと思う。
ジャズはやっぱり黒人だという意見に、ハードバップである限り反論はない。

私もいつか、店を辞める時に、こういうのを買うのだ。
最近の私のオーディオなら相当良い感じで鳴ってくれそうだから、家で聴きたいじゃん。
絶対。

イチゴ白書で...
2015/04/12

70年代のあの運動が一段落した後、学生たちの中に、さっぱりと足を洗って会社に入る者、田舎に帰って農業でもやるという者ばかりでなくそのまま政治運動を続けるものがいた。
思い出したのだが、当時盛んに囁かれたのは、沖縄に行こうと言う話であった。
沖縄に住んで運動をすれば食えるという話である。
今、思えば行った人は基地の周辺の何もなかった原っぱに住んで、根付いた結果が、基地反対運動だったのかもしれない、と最近良く思う。
きっとあの当時に、早い話が出稼ぎ?に行った連中が、頑張った結果なのかと、想像してしまうのだ。
相模原などに米軍基地近くに金目当てで行った者もいた話は聞いた。
噂ではあるのだが、いづれにせよ、それも就職の一つだったわけだ。
だとしたらヤクザのシノギと一緒だな。

こうして考えるに、当時の彼等が日本の政治を牛耳って見たいという思いは、ちゃんと実現していたのだ。
それは先の民主党政権で、彼等の経歴を調べると、ネット情報ではあるがかなりの議員が全共闘出身者だったことがわかる。
時期が到来して、同じ考えで生きて来たマスコミ内部の人間と呼応したというか意識的というか上手く扇動して民主党政権が出来上がったのだ。
結局、短命に終わったのはたった一つ、左翼と言え、日本国家の指導者たる者、いつまでも「反日」では、国の運営は出来ないという、実に簡単な理屈なのである。
国家の指導たる者、左翼であれ右翼であれ如何なる思想であっても愛国心に基づくものでなければ、人心の掌握はできないのだ。
共産国家の中国や北朝鮮でさえ愛国心を育て、右翼の国アメリカは愛国の国である。
その中で日本の指導者だけが反日であっても、植民地の傀儡政権と同様、どうしたって政治が不自然極まりない。
それ以外にあの失敗はない。
今後もし左翼政党が政権に就くためには、反日思想を捨てない事には、絶対にそれはかなう事がない。

しかし一度は政権の座に付いた事は、彼ら自身の、また当時からの左翼支持者の人生の目的は達成したのだ、と私は思う。
ある意味、有り得ないほど凄い事で、歴史的な政治事件でもある。

いちご白書から、とんでもなく話が飛んだなあ。

鎌倉「紅谷」の菓子
2015/04/11

親戚の結婚式があって行って来た鎌倉。
その帰り、せっかく鎌倉に来たからには念願のお菓子を買ってと。

それは段葛(だんかずら)の横にある店、紅谷のお菓子。
クルミっ子という。

菓子はクルミを固めたものをビスケットの薄い台で挟んだもの。
和菓子屋の菓子だが、洋菓子である。
しっとり感があって美味しい。
店の言葉を借りると
「クルミのたっぷり入った自家製キャラメルを紅谷特製の手焼きのバタークッキーで挟んだ、かわいいお菓子。
クルミがぎっしり詰まったキャラメルは、口の中でトローっと溶け、そのクセになるような美味しさは、一度食べればやみつき」

なるほど、やみつきね。
そう言えば、店に買って帰って一度開けたら、最後まで食べてしまった。
夕食の前だというのに...。

いちご白書をもう一度
2015/04/10

整理していたら出て来たEP、「いちご白書をもう一度」。
聴いたら、なかなか良かったから家に持って帰ってもう一度聴いた。
歌は、映画の内容の事より、一緒に観に行ってくれた彼女の事が気になって仕方が無かったよという、終わった恋なのにまだ忘れられないという、男のメソメソした所が良い。
さっぱりと気持ちを切り替えられる現実的な女と違って、別れた後の男と言うのはそういうものだからね。
あの映画がまたやってくる、ああ、あの映画を彼女もまた観るだろうか?いや、観て欲しいという、何年も前に別れた彼女をいつまで想っているのかと、一生やってろ!と突っ込みを入れたい所でもあるが、まあいいじゃん。

「就職が決まって髪を切って来たとき、もう若くないと、君に言い訳したね ♪」
聴いていたら、なんとなくしんみりして昔を思い出した。

「いちご白書」というのはアメリカの映画で、実際に大学で起きた学生運動を描いた映画。
その映画を観た想い出の歌という事になる。

当時、私も観に行った。
左翼映画ばかり上映していた「新宿文化」だったと思う。
私は既に会社員になっていたので、歌のように二人で授業を抜け出す事もなく、結婚する前のカミさんと会社の帰りに行った。
私としては70年安保の学生運動と重なる所があって、まだ左翼思想に染まっていたので、思い入れというか心に響くものがあった。
映画が終わって外に出て、彼女にどうだったと聞いた所、「あまり面白くなかった、それに映画館に居ると頭痛がする」という事で、左翼ムードはあっさり却下。
新宿のどこかの喫茶店でコーヒーを飲んで帰った。
それで所詮、豊かな国における学生運動・政治運動など、当事者には受けるものの、一般大衆には説得力に欠けるのだと言う事が解った。

そういえば70年代前半の、あの頃の青春の歌。
「神田川」という唄があって、歌の内容は大学生の同棲生活があって、どこか無気力というか、若いのに侘しさというか、負け組のような雰囲気が漂っている。
それで、それではイカンと女の方が別れを決意したのが、「22歳のわかれ」となるのであろうか。
女は稼いでくれる力強い男の方が良いに決まっている。
そうそう、別れが決まって駅に送って行った時の、男の方の気持ちの情景は「なごり雪」とも言えなくもない。

その何年も経って、それぞれが後戻り出来ない日常だったのに、たった一枚の映画のポスターを見たお蔭で、己の心に火が付いてしまった。
吉田拓郎の歌の文句ではないけれど、君の中においては僕と言う人間は思い出の一人でしかないかもしれないが、僕は君をまだ想い出にする事が出来ないという、彼女への執着を歌ったのが、この「いちご白書をもう一度」となるのか、と勝手に想像した。
それが75年頃だったから、それでこの歌はメソメソしているが、青春と決別を覚悟したとも言える。
いや決別しなければならなかった。

どれも、我々の世代、とくに地方から東京や都会に出て行った若者たちの、「都会に住んてみたけれど」という金も無い生活感と、恋愛事情とダブってしまう、恥じや悔しさなど愛憎折り重なった忸怩たる想いの青春の歌なのだ。

こうして聴いたり観たりしていると、日本のフォークも良かったねぇ。
しかし、この歌はなぜかフォークというより歌謡曲だね。
なんでかね。
そういう時代か?

しかし、こういう時は、YOU TUBEは便利でいいもんだね。
今日の結論はこれか。

https://www.youtube.com/watch?v=Juh44IfYu5Q




“不滅のスタンダード” 日本コロムビア 
2015/04/09

This is eternal standard “不滅のスタンダード” 日本コロムビア KW-7323-6 (日本)

4枚組のボックスセット。
今回のは81年発売となっているのだが、なかなかの人気だったらしく、何回かジャケットデザインを変えて発売しているようなので、どれが初期プレスなのか、私は知らない。
だが、ジャケの絵柄はこのボックスが一番ジャズっぽくて良い。

演奏をしているバンドは、日本のFRESH AND NOBLE ORCHESTRAという楽団だと。
メンバーは北村英治、小田悟、猪俣猛等々一流どころばかりである。
演奏はいたってスインギーな演奏である。
スタンダードの原曲を覚えるには誠に有り難いアルバムである。
全54曲、すべてスタンダード曲である。

しかし、このアルバムは他に楽しみがあって、それはヴォーカルで5曲?ほど参加しているアン・ヤングの歌。
彼女の歌がとても良い。

ただのボックス・セットとして見逃すには惜しいので、記載した。
( 価格は適当に )

迷惑メール
2015/04/08

最近、また迷惑メールが増えた。
それは多分、メールが届き、一覧を見た時個人名があるので思わずオーダーかと思い、開いてしまうから。
それともエッチサイトを見たからかな。
まあ、いずれにせよ、出会い系のメールが日に何十通と来るようになってしまった。

そう言えば、出会い系の話、
開店当時だから15年も昔だが、ある人から一緒にやらないかと誘われたのが、この出会い系というビジネス。
一応、機械を作ったと言う人に会いに行ったところ、パソコンが置いてあって一台100万だったか200万だったか忘れたが、そんなコンピュータ・システムを買えと。
その能力は、無作為なメールアドレスに対しメールを送信するのだが、一度の送信件数が10万件という高性能。
それを一日中、送信し続け、その中でひっかかった阿呆な人をターゲットにする仕組み。
最初は無料で話が出来ると言うか、メールでやり取りが出来るのだが、あっという間に無料の枠が無くなりそこからは膨大な請求が発生するという仕組み。
だからと言って出会いなど、そうそうあるわけがないのは世の常。
そのシステムにオジサン驚いたのだが、躊躇していると、仕事が嫌になったらこのマシンでレコードの新着案内を送ったら良いじゃないですか? という素晴らしい提案もあって、思わず心が動いてしまった。
こういう人達のアイディアの凄さに2度驚いたのだ。

しかし、職業に貴賤は無いというけれど、こんな事をしている人達って、いったいどういう考えでいるのだろうか。
考えているとだんだん腹が立ってきた。
こういう所の社員と言う人達も、あって見れば一丁前にビジネスマンぶっているのだ。
お前ら仕事してると思っているが、とんでもないぞ!
と怒りをぶつけたいのだが、ぶつける所がない。

予防策としては、せめて削除するしかないのだが、実はこれらの迷惑メールを転送すると集めて調査している機関もあるので、あまりにシツコイ時はそちらに転送すると良い。
パソコン、携帯とそれぞれアドレスは違うが、検索すればすぐに出てくるので、やってみる事をお薦めする。

この世の中、職業に貴賤はある!

2015/04/07

お客様に洲之内さんという方がいる。
最初に会った時に失礼ながら、いきなりご出身は?と聞いたら松山と言うので、じゃあ洲之内徹さんの御親戚かと重ねると、違うというので、ちょっとガッカリした。
別にガッカリする理由もないのだが。
美術のエッセイで「気まぐれ美術館」が白洲正子のエッセイと並んで、芸術新潮の看板的存在だった頃、私も欠かさず購入して読んだ。また本になった時も読んだ。
その中で、いくつも記憶に残っているのがあって、......
ちょっと待てよ、本を取って来ないとちゃんと書けないな。

「さらば気まぐれ美術館」のなかだ。
三上寛と友川かずきというフォーク歌手の対談で、「何故あんなに盛んだった鳩の飼育が、急にすたれたのだろう」というと。「鳩というのは、どこか貧乏とつながっているんだよなあ、不思議なほどに」という会話があって、いたく感心した。
たしかに今時というか、バブルの頃には鳩など飼育している人もいなくなっていた。
確かに、鳩の飼育は貧乏と関連性があったのだろうか。

という事から、洲之内さん → 鳩、となって私はある話を思い出した。

かつて満州にいた人の話。
子供だったのだが、ある中国人の地主のおじいさんが可愛がってくれて、しょっちゅう家に呼んは、自慢げに鳩小屋を見せる。
鳩小屋は広い庭に点々と置いてあり、全体に見ればかなりの数であった。
そしてその鳩たちには、奇妙な事に羽根にそっていくつもの鈴を付けてあった。

それで、鳩を空に放すのだが、小屋ごとに群れになって空を飛ぶ。
飛ぶと羽根に付けた鈴が一斉に鳴る。
それが、小屋ごとに音色の異なる鈴なのだそうだ、
群れごとに音階が付けてあるわけ。
それが群れになって飛ぶので、群れ、群れの音の合奏が空に響き、遠くなったり近くなったり、音が合さったり
なんとも言えない演奏会だったそうだ。

後にも先にも、そんな経験はないそうだ。
私も聞いた事はない。

遊びといえ、気の遠くなるような優雅で悠長な趣味に、本当の趣味と言うのは、そういう遠大な計画なのかと思った。



ALBERT AYLER "BELLS"
2015/04/06

ALBERT AYLER "BELLS" ESP 1010 (USA)

今週入荷のこのアルバムは大変にレアな一枚なのだが、、今回のは黒字に黄色の文字でBELLSと書かれている。
シルクスクリーンである。
盤は白い透明なビニールに白い字で、同様にBALLSと盤面に印刷されている。
非常に貴重な、アイラーの重要作品である。

さて、裏側にひっくり返すと同様な絵柄のジャケットで、これもオリジナル度としては非常に重要なところであって、良かった。
しかしなのだ、何やら赤いマジックで書きなぐった様子が。

なんでも本人のサインという触れ込みであった。
それで、一生けん命に読んでいるのだが、黒地に溶け込んでしまったせいか、どうも読めない。

惜しいなあ、
もし、本当にアイラーのサインだと解ったら、幾らの価値になるか気が遠くなりそうである。
まあ、買った方の楽しみという事で。

(写真は裏面を掲載)

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