HAL'S DIARY
オーナーのひとりごと。買付けの裏日記など。
きまぐれに更新しています。

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VA (DEXTER GORDON , WARDEL GRAY etc) “WEST COAST JAZZ CONCERT”
2016/01/22

VA (DEXTER GORDON , WARDEL GRAY etc) “WEST COAST JAZZ CONCERT” REGENT MG(RMG)6049 (USA)

久しぶりに入荷した面白いアルバムだったので、ちょっと紹介したい。
大して人気ではないのだが、なにしろBE-BOPからHARD・BOPにかけてのもっとも典型的なホットな演奏である。
特に、ジャズ・ファンに現在も人気を保っているデクスターゴードンが入っているアルバムである。

演奏された場所はライナーによると in personと何だかいい加減なのだが、調べてみると「Elks hall」という事になる。人によってはElks Auditoriumとも書かれていて、要するに、ロサンゼルスのクラブなのだが、大規模で2000人も収容でき、しかも踊る事が出来るクラブである。
なるほどオーデトーリアムだわ。
それで、ワーデルグレイとデクスターの双頭コンビ、テナーバトルで売出し中の二人が出演したのである。
時期は1947年の7月の録音である。

聴くうちに徐々に興奮してくる自分がいる。
これは凄いとワクワクする、その理由はビ・バップの熱気がそのまま収録されていて、もう一枚の名盤DECCAの10インチの「THE CHASE」と同じである。
テナーバトルすなわちチェースのリズムのノリとその素晴らしさに酔った観衆の多くは興奮し、そのステージと観客の相互作用は連続的に行われ、正に興奮シマクラチヨコ状態なのである。
B面のCHERRY−KOKEの中ではDECCA盤のTHE CHASEと同じフレーズも飛び出す。

音的には、若干古いのだけれど、なにしろヴァン・ゲルダーの録音でもあり、熱い演奏はそのまま盤に閉じ込められているので、針を下して解放してあげればその賞賛に値する演奏がハジケて飛び出してくる。
ビ・バップという音楽が当時如何に前衛で、如何にスピーディーであり、激しかったか、そして観衆が如何にそれに巻き込まれるように酔って踊り・聴いたか、という事がよくわかる名演奏である。
この時、デクスターは24歳、ワーデルグレイは26歳、ハンプトンホーズにいたっては19歳である。
観衆も若ければ、演奏者も若かったという演奏である。
昔のスイングジャーナルによると、デクスターとワーデルは45年位から、ライオネルハンプトン楽団にいた時から知合い、互いの音楽性を認め合っており、こうした斬新なジャズになって行ったようだ。何より2人のリズム感が良かったのだろう。

こういうアルバムを聴く度に私は、あの時代に生まれたかったと常に思ってしまう。
そうやって40年も経つ、馬鹿だね。

このアルバムはその後、SAVOYからも何度も発売されるので、聴く事は出来る。

スタバの福袋事件
2016/01/21

自分の日記のネタをTVから拾うのは、私の最も嫌いな方法だが、年明けにちょっと引っかかっているニュースがあったので......。
それはスターバックスの福袋の販売に早朝から何十人?と並んでいたのに、先頭の客が一人で全部買い〆てしまった。
というニュース。

面白いなあと今でも思い出す。
買った方が我がままであるが、現在の自分中心の社会では別にどうという事もない。

それより、売ってしまった「店員」が実に面白い。
客に一人当たりの販売数の制限をしていなかったと主張されたと報道されていたのだが、店長だったようだが、理論の正しさに反論出来ずに全部売ってしまった。

以降の人々に対して商品がないと平気で言えることが凄い。
きっとこの方は、複数の事を同時に考えて判断が出来る人では無かったのだろう。
該当する客を集め、本日寒い中並んで下さった全員に行き渡るには、一人一個とさせていただくとか演説する方法もあった。しかHし、一つの手法しか考えなかった所が私には面白い。
そもそも、仕事という物は、一度に複数の事を同時にコナす能力が必要とされる部分がある。
その能力は社員全員には必要ではない。
接客も場合によっては同時に複数の客の相手をする必要もある。
おもうに、他の業種の店などでも、いつもイライラさせられるのだが最近の店員はじめ、現在の子にはこういう能力が著しく欠けていると思われる。
しかし、少なくともリーダー・店長などにはその能力が必要とされるはずである。

こういう人を店長にした人事のミスともいえる、面白い事件だった。

五寸釘のような
2016/01/20

最近街を歩いていると、若いお姉さんの足元のハイヒールが妙に高い。
しかも「五寸釘」で作ったようなヒールである。
五寸釘と言えば怨念の詰まったハイヒールになってしまうなあ。

きけばピンヒールというらしい。
後ろからみると、まるで「SMの女王」のような雰囲気である。
しかし、顔の方を見ると、あどけないお姉さんが多く、子供っぽいSM女王というのも、なんだかなあという気もする。
だからといって別にどうという事はない。

コーヒーで
2016/01/19

ウチの仕入担当部長が最近はよく、セブン・イレブンのコーヒーを飲んでいる。
彼の意見によると結構美味しいらしい。
それで当店の一階もセブン・イレブンなので、時々観察してみたら、かなりの客がコーヒーを買って帰る。

それで、私がセブン・イレブンのような店が安価に販売するとはけしからんドトールが可哀想だと怒っていたら、
「親父よ、考えて見なよ、ドトールが出来た時に、それまでの個人の喫茶店がいったい何軒つぶれたのか」と。
企業はそれを承知でやっているのだという。

まあ、確かにそうだった。
ドトールコーヒーが出来て、安価な喫茶店だと評判になり、スターバックス、タリーズと大資本のチェーン店が林立し、それまで地域に根付いていた喫茶店文化が一遍に消滅した、あの悲しい事実は忘れもしない。
いま残っているのは、資金が潤沢にあるコメダだの、セミチェーン展開したところだけである。
新入社員の頃から、仕事中にサボって喫茶店通いをしてきた私としては、チェーン店こそ憎い大企業である。

企業が個人的なスモールビジネスに入り込んできたのは、何も喫茶店だけではない。
我々のレコード屋だって同じである。

そうか、じゃこれを機会にチェーン店よ みんな潰れてしまえ!

デューク・エリントン楽団
2016/01/18

三具氏のフランク・シナトラの本「シナトラ・コンプリート」を呼んでいたら、面白い事が書かれていた。
それはエリントンとのアルバムの製作の時の話。
「1967年、シナトラの命を受けたビリー・メイが録音に先立ち、リハーサルを行ったのだが、エリントン楽団のメンバーの中に初見で演奏が出来ない人が少なからずいた事に驚いた」と。
ウエスト・コ−ストのスタジオ・ミュージシャンには考えられない事だと。
エリントンは録音の日までにリハーサルをして置くと約束してくれたが、シナトラはとても怒ったと。

ここを読んでいて、私は愉快でたまらなかった。
まず世界に冠たるエリントン楽団に楽譜が読めない人がいるという事はどういうことか。
現在のミュージシャンにおいては確かに考えニクイことではある。

しかし、エリントン楽団はジャズメンの集まりであって、音楽演奏家の集まりではない、という所が、これではっきりしたということでもある。
すなわち、ジャズという音楽は楽譜無しで演奏され、しばしば記憶によるリスムやメロディで、そう楽譜などがなくても最高の演奏が行われていたからである。
いや、却って楽譜など無い方がジャズとして真っ当なんだと言えなくもない。

私は場面を想像してしまう、ハリー・カーネイやホッジスやハミルトンやレイ・ナンスなど何人もいて、ゴンザルバスか誰かが「○○という曲を演奏するよ」というと、「うんうん」と言いながらすっとぼけて、誰かが演奏するのを待っていて、サビを聴いてから、付いて行くという感じだろうか。
いいねえ。

思えば、そういう所を大切にし、そういう昔ながらの古いタイプのミュージシャンを使い続けたエリントンの音楽は、その結果にあるのだと思うとなんだか感動してしまった。
勿論、リハーサルは欠かすことが出来ない。
しかし、しかしだ、その結果のあの音楽とは、世の中に奇跡はあったのだ。

そういう音楽だから私なども、ずっと好きでいたんだよなあ。
世の中では立派だといわれるけれど、私などはお金がもったいないと思ってしまう音楽もあれば、お金を幾ら払っても惜しくない音楽もある。

コーヒー「ゲイシャ」
2016/01/17

芸者というコーヒーを飲んだ。
芸者では無くて「ゲイシャ」という種類のコーヒーである。
パナマが産地であるらしく、かなりのレア物とされる。

味がちょっと変わっていて、口に入れた瞬間、黄な粉を焦がしたような香りがする。
エッと思うのだが、その後の味わいは、一般的な酸味とか苦味とか渋みと言った味ではなく、そういう味がふわっとした幕のような、何かに包まれた味わいである。
飲んでいて、きっとその内に何か特徴が出て来るだろうと思わせる。
途中で砂糖を入れるとこれまた素敵なコーヒーになる。
興味津々で最後まで進むと、何かが起こりそうな感じは、飲み終わった後にやって来て、ずっと口に残るのは薫りであった。
普通は口に残るのは余り良い物とも思えないのだが、このコーヒーはちょっと違う。
「豊かさ」と言いたい感じが残る。
たしかに面白いコーヒーであった。

コーヒーは、どんなに高級で、どんな美味しく、どんなに通ぶっても、所詮コーヒーの味しかない。
そこが酒などと違っていて、なんだかなあと思える所がある。
ある意味空しい趣味でもあるが、考えてみると、そのほんの僅かな違いが面白い所なのだ。
これってレコードの音の違いと同じ様なものだ。

新宿で雪
2016/01/16

今朝は新宿でも雪が積もった。
TVでは6センチの積雪だという。
積っただけならいいがその後、雨になった。
所が温度が低いので雪は解けず、そのまま水が溜まった。
車で出かけようとして少し走ったのだが、ハンドルは取られるし、後輪はスリップするし、ちょっとの坂なのに危うく立ち往生をするところだった。
シャーベットの雪はイカンともしがたい。もっとも、こちらも冬タイヤでもないし、チェーンもしていないので問題はある。

歩いて店にきたのだが、水の中を歩く事になり靴の中はビショビショ。
新宿もそれなりに大変であった。

本 「オリヴィエ少年の物語」
2016/01/15

どうも子供向けの本であるらしく、大人としてやや恥ずかしいのであんまり大きな声で言いたくないが、私が結構好きで読んでいた、いや、いる所の本。
ロベール・サバティエというフランス人作家の本で、「オリヴィエ少年の物語」といい、福音館から3冊に分かれて出ている。
これは、なんだか読んでいると心が豊かになってくる。気がするんだ。
ところが本の内容は孤児の成長の話でとても豊かな話では無い。
ちょっと暇があると、時々、思い出してパラパラと何となく読んでしまう。

その中の「三つのミント・キャンディー」という本の終わりに面白い事が書かれている。
長いけど書き出してみよう。実に面倒ではあるが。

『ブルジョワというと日本ではただ大金持ちというニュアンスで理解されていますが、これは本当の意味と少し違います。ブルジョワ(bourgeois)という言葉の語源は封建領主=貴族の支配をうけない自由商業都市(bourg)の市民というもので、先祖から受け継いだ土地の収穫で生活する貴族に対し、自分の才能だけを頼りに生きる市民と言う意味を持っていました。つまり、働かないでもお金のある貴族に対して知恵を働かせる事で財をなした商人の事をさしていたのです。この意味は現在にもいきています。いかえれば先祖から受け継いだ財産でなく、自分が働いたお金をたくさん持っている人がブルジョワなのです。
したがって、この階級の人々は貴族階級と異なって働くと言うことを恥じるどころか、非常に大切なことと感じています。働くことがお金を生み出す以上、時間を能率よく使い、秩序正しい生活をしなければならないと考えるのです。ブルジョワ階級の人たちが、日常の生活でも「ていねいな言葉つかい」にこだわり、「厳格さというよろい」をまとうのは、貴族のまねをしているのではなく、自分達の生活のモラルに忠実であろうとするからです。』

これって子供の本か? こんな事を書くかねえ。
きっと賢い子どもが読む本なのだろう。

こういうのを理解していないと、ヨーロッパの本を読んでも中途半端に分かったつもりになってしまう。
話は飛ぶが、
しかし、こういうのを否定してしまったのだから、共産主義は既に破綻していたというしかないね。

共産主義者宣言
2016/01/14

新宿の地下商店街「サブナード」に古本市が出展していたので、覘いて思わず買ってしまった。
マルクスが書いた「共産主義者宣言」の日本語版。

40数年前に私も大変有り難く、押し頂いて読んだ本。
しかし、その後の欧州社会主義国家の衰退で、古臭くなり、誰も読む事もない本であることは間違いない。
今日日の左翼にだって、考えが違っていて全く必要のない本であろう。
今更だけど、却って面白いなあとよんでみた。

今思うに、このマルクスという人は、余程貧乏だったのか?それとも心が貧乏だったか知らない、ブルジョアにたいする憎しみは尋常では無かった。
当時は私なども、納得して素晴らしいと思っていたのが恥ずかしい。

金持ちに対する憎しみありきで、革命がソ連、東ドイツ、ポーランドはじめ東欧諸国がこぞって共産国家になったのだから、大したパワーだったのだ。
一体何がそうさせたのか不思議である。
その後の社会主義国家における自由への憧れは筆舌に尽くしがたいものが有り、血を流して勝ち取って行くのだが、それが中国や北朝鮮やベトナムなど有色人種の国に於いてはそのまま残っているのも不思議である。
台湾などもその中国にすり寄って行ったし、日本なども中国ブームがあるほどの人気だった。
どういう事か分からないが、民主主義は白人のもので、独裁主義は有色人種には普通の思想という事なのであろうか。

しかし、日本人も左翼が好きだよな。
私は自由が良いけどなあ。

だけど最近のサヨクの、自由は欲しい、お金も欲しい、財産もある、でもサヨクってのは一番困るよなあ。
私が指導者だったら真っ先に「粛清」の対象だな。
公務員のサヨクとかも。
だって国から金貰っていながら「私、共産主義者です」なんて言われたら、信用できないもん。そういう人間ほど、また反体制側の人間になるものだから。

KRZYSTOF KOMEDA “MUZYKA KRZYSZTOF KOMEDA”
2016/01/13

KRZYSTOF KOMEDA “MUZYKA KRZYSZTOF KOMEDA” MUZA 0558/61 (POLAND)

久しぶりに入荷した、ポーランドジャズの代表作。
コメダの往年の実力が分かる60年代の作品を4枚のアルバムにしてあり、それを箱に入れた物である。
これは大変なレア盤である。
バラでは時々出会う事はあるが、今回のような箱入りはまず出ない。
揃ったら、箱に入っていて欲しいと思うが人情というものである。

ジャケットはモノクロの壁に赤い花ガラが一つあるだけのシンプルなもの。
それが4枚同じジャケットであり、ボックスの表紙もまた、この絵柄である。
実にシンプルで4枚は共通ジャケである。
だが、この4枚はこの作品だけのために作られているので、共通ジャケといえ、格別な扱いで、如何に気合が入っていたか。
裏ジャケの説明は一度に4枚分を掲載している。
簡単過ぎるが、まあ仕方がない。そういう時代だったという事で。

音楽は彼の代表的作品が収録されている。
例えば、「Crazy Girl」.
これは最初、Berndt Rosengrenと一緒の吹き込んだ物があるが、ここではサックスをJanWroblewski(ウルブルスキー)と組んでいて、こちらの演奏も上出来である。
その他、映画音楽も多くあり、どれも見事な出来栄えに感心させられる。
曲により演奏者は入れ替わり、ポーランドの有名所が次々と現れる。
Zbigniew Namyslowski, Michal Urbaniak, Tomasz Stanko, 等
そこにスエーデンのEje Thelin, Rune Carlssonなどの参加。
歌手のWanda Waeskaも参加。

何処から聴いても楽しめる。
楽しめると言うよりは芸術作品で、当時のポーランドのジャズの水準の,高さは恐ろしいものがある。
当時の芸術はどの分野もそうだが、ジャズは当時の社会主義国家における自由への憧れの象徴で、自由を求めるあの力強さ凄さに圧倒される。

ところで、この作品群はバラ売りもされた、その後ジャケット・デザインを変えPOLJAZZからもばら売りされたので、聴こうと思えば、聴く事は出来る。
是非、聴いて欲しい作品である。

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