HAL'S DIARY
オーナーのひとりごと。買付けの裏日記など。
きまぐれに更新しています。

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高齢者の自動車運転
2016/12/01

最近のテレビでは、高齢者の運転事故のニュースが頻繁に流される。
それで、そんなに老人の事故ばかりが多いのかと、年齢別事故数を調べてみた。
ネットといえど一応警視庁が発表したデータなので、信頼できるはず。
その結果はなんと、取り立てて老人の事故が多いわけでもない。
ただ、データのまとめ方が、いやらしい手法を使ってあって、老人のくくり方が多くなるようにしている。
細かく区切れば別段、取り立てて目立つわけでもない。
若者の事故も相変わらず多い。

それで、ちょっと考えると、これは自動車メーカーと広告会社がつるんで、自動運転の車をまず老人に売りつけようとしているのではないか、と思える。
これで自動運転バブルを狙っているにちがいない。
次に自動車運転から老人の追放となるのか。

しかし、最近のニュースは老人から免許を取り上げることばかりキャンペーンをおこなっている。
老人にクルマがあるからこそ、生活が成り立っているということを社会は認める必要があるにも関わらず。
そのための環境を作ることが求めらているのだ。
老人は運転するな等と 簡単に済ませない欲しい。

それはそうと、ペダルの踏み違いを防ぐには、自動車メーカーがもっとブレーキペダルを大きくし、アクセルペダルを小さくする事。
もう一つは、マニュアル・ミッション(MT)車に乗ることである。
私がクルマの話をすると、50歳くらいの人が、もう歳だからMTは無理だという。
そうかな?と私は疑問で仕方がない。
わたしなどもう70歳に近く、しかも非力であるが、スポーツカーのクラッチの重いのに乗っているが、別段不便でもない。
いやそれどころか、たまにオートマに乗ると、踏み違えてしまった事が数回あった。
すなわち左足が遊んでいる事がいけないのではなかろうか。
それと、繰り返すがオートマ車のアクセルペダルの作りがが大きいのだ。
また、更にいうと ペダルの位置が中央側に寄り過ぎている。
アクセルペダルをもっと右端に持って行かないと駄目だ。

これは右ハンドルのせいでもある事は間違いない。
また販売優先でだれにでも運転できるようにした事のひずみである。

今のオートマ車は事故が起きても仕方がないのだ。
と私は思っている。

RUNE OFWERMAN “GLENN MILLER IS MISSING”
2016/11/30

RUNE OFWERMAN “GLENN MILLER IS MISSING” SONET SLP-2606 (SWEDEN)

久し振りにこのLPを見た。
このアルバムはなかなか良い出来である。
本人ルネ・オファーマンの中でも一番ではなかろうかと思う。
ルネと私が発音すると、意地の悪いスエーデン人の親父のひとりは、This is no.ルーネ(日本語で書けない)と巻き舌風にわざわざ言い直される。
何度言われても、出来ない発音はできないのだ。モトエ

スエーデンにおいて早期からジャズを牽引してきた音楽家だが、というより彼は私にとってレコード屋であった。
ルネ・オファーマンほど日本のほとんどのジャズのレコード屋に商品を供給してきた人はいまい。
またオークションもやっていたので、一般にも広い付き合いがあった。
ミュージシャンゆえの顔の広さを活用し、自国のコレクターからレコードを集めそれを売る才能もあった。
最初の出会いは、私がストックホルムのホテルにいた所に、現地のあるレコード屋から紹介されたと電話が掛かって来て、今から行っていいかというので部屋で初めて会って売買になった。その時のレコードがメタ・ルース(META ROOS)の白いジャケットの方。それをひと箱50枚を一枚50ドルで買えと言う、そもそもジャズの店であり、そんなにクラブミュージックに詳しくないし躊躇していると、日本では250ドルで売買されていると言うので、それならば5枚だけ買って帰って見ると、本当に一週間もかからず全部売れてしまった。
それなら残り全部買うと電話すると、翌日に全部売れてしまったと笑われてしまった。
以来、クラブミュージックの勉強もするようになった切っ掛けでもあり、それからの付き合いであった。

彼のマンションはストックホルムの中でも王宮のあるガムラスタンという中心街のそれこそ、もっとも良い場所に住んでいた。こういう場所は、普通の人では住む事など敵わないもので、何らかのコネクションまたは地位が必要だと現地では言われている。
尋ねて行くと大きなお腹を突き出してニコニコして迎えてくれる。
その部屋に入った場所に、このジャケットの絵の原画が掛けられていた。
驚いて訊ねたところ、これをジャケットにし、絵は自分が頂いて、宝物にしていると言う。
売れと言ったら1,000$だと言われたので諦めた。今となっては、想い出に買って置けば良かった。

彼の奥さんはシルビア・ブレッサーマンという大変な美人なポップス歌手で、ほれ込んだ彼が作曲・アレンジ・プロデューサー、有名ジャズプレイヤーで固めた録音メンバー、はたまた切りの良い番号のレコード番号獲得まで、力を注いだ結果である。
彼女のレコードもまたボサノヴァ曲が2・3曲入っているので、クラブブームの時には日本でも随分売れた。
しかし奥さんが愛に目覚め、家を出てしまってからしょんぼりしていたが、70歳をとうに過ぎていたがガールフレンドが出来たと、明るさを取り戻して、私も嬉しかった。

彼の偉いところは、日本から来たわれわれレコード屋などにも、わざわざ、昼だから食事に行くか?とか、今夜、どこそこで演奏するけど来ないかと、誘ってくれる良い人なのである。
私なども、あっちこっちのレストランに何度も連れて行ってもらった。
また、取引をしている日本のレコード屋にも、これをあの人、これはこの人と万遍なく付き合い、律儀な所も日本人にはウケル所以であった。
そういう彼も亡くなってしまった。

そうそう、かれは昔チャーリーパーカーの演奏を間近で見た、ということであった。
印象を訊くと「何しろ、パーカーはずっと食ってばかりいた事だけが印象にある」という事であった。

今朝の新宿
2016/11/29

昨日も見に行ったが、例の猫が不在であった。
今日こそ少し暖かいので期待して行ってみれば、ちゃんといつもの場所にうずくまっている。
声を掛け、写真を撮ると、薄目を開けてこちらをずっと見ている。
撮り終わったらまた寝た。



そう言えば、キューバのカストロが亡くなった。
随分長生きだった。
これで、カストロ兄弟が歴史から消えた事になる。ひと時代が終焉した。

日本のサヨク新聞やテレビは何しろ彼の事は良い事しか言わないので、かつて我々も唯一の共産革命の成功例かと思っていたのだが、それは実は意外にそうでもなくて、その後の研究者の話を待たない事にはなんとも言えない。
小作の百姓は少しは良かったかもしれないが、経済の停滞はキューバにおいて いつまでも革命以前の古いアメ車が走っているのを見れば良く分かる。

内幕を暴いた本が出るのが楽しみである。

夜中に目が覚めて
2016/11/28

夜中に目が覚めてお茶をいれてぼんやりしている。
私はいま東京の闇の中に潜んでいる。

私は長年東京に住んでいる。
だが江戸っ子ではない。長野県の更に山の中で生まれたのだから江戸っ子ではない、しかし、あえて言えば東京人ではあると思っている。

下町に住んで狭い地域の中の人のつながりや祭りのことを心配している江戸っ子ではなく、東京に住んで、東京の近代的文化に触れていられるのは、これぞ東京人であろう。
都会の街の楽しさ、クールな人の付き合い、少しお金はかかるけど都会で生きている。
東京の夜の空の下、いかにも闇に溶けてしまいそうになりながら、ひっそりと生きている。

東京人である事がうれしい。

教育
2016/11/27

最近、教育の機会均等などと盛んにテレビでも叫ばれ、子供の進学の援助・奨学金の不公平問題が取り上げられる。

だが、そういう報道を見ていて思うのだが、それほど学校に行くことが良い事なのか?
何がなんでも、家にお金も無いのに進学しないといけないのかと。

私が子供の頃、よく大工さんが家に来た。
その仕事が面白くて、ずっとくっついて見ていると、その方が「坊、大工が好きか?じゃ、大きくなったら大工になるか」とからかって来た。
「うん」などと返事をしていると、
「坊、大工はな、馬鹿じゃ出来ない仕事でな数学でいうと微分・積分くらいはできないとダメだぞ、だから、一生懸命勉強しておけよ」と言う。
「じゃおじさんは学校で勉強したの?」
「いや、貧乏で学校に行けなかったから自分で勉強したんだ」
父に聞くとその大工さんは、子供の頃からとても頭の良い人だということであった。

思えば、かつて頭が良いけれど学校にいけない人たちがたくさんいた、その人たちが、職人として仕事をしたのだが、頭脳の優れた人は、やっぱり良い仕事をしていたように思う。
そういう人たちがたくさんいて、今の日本を築いたのだと思う。

かつては、「手に職を付ける」と言った事も今は薄れ、ひたすら大学進学ばかりを目指す。
猫も杓子も大学を出て、いったいどうするというのか?おじさんには不思議である。
教育も成長過程に置いて覚えるべき事は必ずあるように、仕事の中には、成長過程に覚えた方が良い事が沢山あるのだ。
訊いた事がないだろうか、ある将棋指しの兄弟は、出来の良い方が将棋に進み、頭の悪い方が東大に行ったと言う話を。

いや、いいんだよ、東大に行ける人は行って、そのかわり命を掛けて国や社会に貢献をしてもらいたい。

スーパーマーケットで街が
2016/11/26

スパーマーケット一つで街は簡単に変わる。

先日、お客様と話をしていたら、私がこの間手術をした国際医療センターの近くに住んでいる方だった。
私の掛かり付けの胃腸の病院もその近くでもあり、それで話が盛り上がった。
住所で言えば新宿区若松町というのだろうか。
今はすっかり半分マンション・半分住宅街・少し商店という感じで、1年程前にゴルフの練習場を壊して作った中規模のスーパーマーケットを中心に成り立っている。
その前からあった小さなスーパーは客を奪われ、その時に撤退した。

しかしずっと昔は、その辺りも小さいながらも結構楽しい商店街だったという。
それが小さなスーパーが出現して以来、街はさっぱり駄目になったという。
小さなスーパーマーケットでさえ、出現すればこういう事態なのだ。
いやいや、東京の真ん中でさえ、こういう話になってしまうのだから、地方はいかほどであろうか。

思えば、大店法の改正じゃなくて、改悪以来、田んぼの中にいきなり大型スーパーが出現した、と共に日本の町と言う町の商店街は崩壊した。
小さな村はもっとひどい。

しかし、地元の政治家が、シャッター通りを見てもなんとも思わないのが凄い。
大店法改正は自民党の政治の最大の汚点である。
シャッター通りというのはゴーストタウン、死んだ街という事。
住民の消費したお金も全部本社=東京に持って行かれる。
だが最早、国民も何とも思わないどころか、巨大スーパーが嬉しくて、その方が良いと思っているらしい。

だけど、そんなスーパーしかない田舎に遊びに行きたくないなあ。
まあ、いっか。

今朝の新宿
2016/11/25

今朝も非常に寒かった。
そのせいか、猫は不在。
いつもの猫どころか、猫一匹いなかった。
ここのところの寒さと冷たい雨の天気で、ねこたちは大丈夫だろうか。

と、狭い通路を横いっぱいになって、後ろから人が来て先に生きたそうにしているのを、振り返りながら、しっかり見ていながら、一向に譲る気配の無い中国人6人を見ながら心の中で、お前ら嫌いだ!
言ってやった。

写真は取らなかった。


今朝の新宿
2016/11/24

雪がちらつき、非常に寒い中、行かにゃなるまい。
と出かけたものの、猫ちゃん不在。

そうだ、今日は雨でこれだけの寒さだもの、どこかに隠れたのだろう。
また、明日。

寒さの中、生きて行けるのだろうかと、心配になってしまう。

今日の新宿
2016/11/23

今朝はいつもの定位置に猫がいない。
ガッカリして、辺りを見渡すと納得、新宿区の清掃であった。
掃除のおじさんたちは野良猫を嫌っているので、ここのネコの天敵なのである。
残念
また明日ね。


しかし話は変わって。
地震の時にNHKが強い口調で、「直ちに避難して下さい」と呼びかけていた事が私には、今も印象に残っている。
強い口調だと反対の意見があるらしい。
しかし、そんな下らない意見に耳を貸す事なく、今後とも頑張ってもらいたい。
今の世の中、みんな弱すぎるからな。

今日の新宿
2016/11/22

今日の新宿。
今朝も同じ場所で毛づくろい。

キレイ好きである。

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