HAL'S DIARY
オーナーのひとりごと。買付けの裏日記など。
きまぐれに更新しています。
  
| 仕事 | - 2016/07/10
- 当店の仕入部長が、買付に出かけたので、これから1週間また一人で店番。
出掛けた人も疲れるけど、残った人もまた疲れる。
もう一人づつでもいれば、ずいぶんと楽になりそうではある。 しかし、ウチのような小さな店はそれも出来ない。 大変だなあ。
でも、仕事というものは大変だと思えば大変だが、楽しいと思えばこれはまた生きがいにもなる。 心の持ちようでどうにでも変わる。 せっかくだから楽しくしよう。
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| 須田国太郎の絵 | - 2016/07/09
- 私が持っている絵の中で、何と言っていいか分からない絵が一枚ある。
それは写真の一枚なのだが、作者は「須田国太郎」という。 一応、日本の油絵の世界では巨匠であり、京都の国立近代美術館には多くの作品が所蔵されている。
私は2枚の絵を持っていて、一枚は油絵で「バラ」。 もう一枚は、この「カラス」と思われる絵である。
既に亡くなってしまった義父の話によると、旧国鉄の人事課長だった頃、1950年ころだと思うのだが「須田寛」という京都大学を卒業した青年を採用した。 それで、ある日、尋ねて来た方がいて、その方が須田寛の父親で「須田国太郎」という画家であった。 「私の息子を良くぞ採用してくれました、御礼に花でもと思いましたが、あいにくなので、代わりに絵を書いて参りました」と絵を差し出された。 花を買えないから絵を書いたと解釈もでき、大した値段でもなさそうでもあるし、公務員として良くはないが、わざわざ追い返すのも味気ないし、せっかくなので有り難く頂戴した。 持って帰り書斎の壁に飾った。 所がその後、須田国太郎はあれよあれよ、と言う間に売れ出した。 よって我が家においても、急に格を上げ、これは立派な作品だと家宝にし、飾る場所も応接間に格上げされた。
それから何十年、国鉄は民営化となり、息子さんの寛氏は、なんとJR東海の初代社長となられた。 さて、義父も亡くなり、私が会社を辞めるちょっと前の事、会社に義父の運転手だった奥村という男が訪ねて来た。 勝手知ったる会社とばかりに、つかつかといきなり私の机の所に来て、ちょっと話があると。 じゃ、外に出てという事になり、お茶を飲みながら聴いた話。
「お宅に須田国太郎の絵が有りますよね」 「バラのね」 彼は違うとばかりに首を横に振りながら、 「私の言いたい事は、バラの油絵ではありません」 「はあ?」 「はい、日本画のカラスのような下手くそな絵の方です」 「確かにあるが、なんで、あんたが知っているの?」 「実は、お父さまが、バラの絵を頂いてから、それでは悪いので、一枚はお金を払って買ってあげないといけないと言うので、当時個展に行きあのカラスの絵を買ったそうです。」 「親父にも良いところがあったんだね」 「はい、その後画伯は有名になり、東京のデパートでも展覧会がありました。確か小田急百貨店か高島屋だったと思いますが、私が運転してお供したのです。」 そう言えば奥村はどこにでも着いて行き、温泉にも泊まりに一緒に行っていた。 さて、本題。 「展覧会会場に着くと、画伯が寄って来て言うには、一度お買い上げ頂いたあの絵をお返しいただきたい、決して損はさせませんというのです。只とは申しません、ここにある、どんな絵と交換しても良いので、是非お願いしたいと言われました。 私はこれは良いお話だと思いましたが、何とお父様は、いやだと答えたのです。画伯も意外な返事に困り果てましたが、とにかく両方とも譲らず、話はこじれてしまったのです。そのまま不機嫌になって帰ってきたのです」 「.....」 「私が思いますが、あの時の話から考えますと、あれはどんな絵よりも高額だという事になりますよね。」 「うーん」 「ですから、大事にして下さい。」と他人の家の持物までなんでも知っている、昔の運転手の話にあっけに取られ、味があるが下手くそとも思える絵を想像している私を残して、帰って行ったのである。
その後、テレビの「なんでも鑑定団」を見る度に、私はいつもこの絵の事を思い出してしまうのであった。
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| 坂本 九 “SUKIYAKI” | - 2016/07/08
- 坂本 九 “SUKIYAKI” HIS MASTERs VOICE CLP1674 (ENGLAND)
なんと歌謡曲のアルバムの入荷。 坂本九の大ヒット曲、「上を向いて歩こう」収録の英国で発売されたLP盤である。 このジャケットを見ている内に欲しくなって自分で買おうと思ったのだが、しかし、それではいけないと思い直し、店頭に飾る事にした。 何しろ、私が中学生の頃からラジオ、テレビで、いやというほど耳にし、また口ずさんだ曲であり、友達が少なかった孤独のわが青春の想い出と共に、懐かしくて涙が出て来そうになる。
おまけに「上を向いて歩こう」は日本の歌謡曲史上、たった一度だけの全米大ヒットなのである。 この曲は、1961年に日本で発売になり、翌々年63年、アメリカ本土上陸を果たし、あの芸に厳しいアメリカに置いてヒット、ヒットの大ヒット。 なんとビルボードのみならず、キャッシュボックスの双方にて第1位に輝いたのである。 ここほどの偉業はその後、まったく無い、いや今後も無いと言われている。
私が東京に出て来た頃、知合った女の子が、 「ねえねえ、坂本九の上を向いて歩こう、って知っているでしょ」 「うん」 「アメリカで発売になったレコードに坂木九って、本が木になっているの知ってる?」 貧乏で日本盤はおろか、アメリカ盤など見た事も無い私は、当然、そんな詳細は知る由もない。 自慢のLPを見せてもらいながら、「坂木」となっているのを確認させてもらった。 勝ち誇ったような、その子の顔は今でも忘れない。 でも、その子はその後 理由は知らないが自殺してしまった。 可哀想な事をしたものである。モトエ。
という訳で、なんとなく懐かしいアルバム。 しかし、このアルバムの「上を向いて歩こう」は素晴らしいポップスなのに、他の曲は全くの日本の歌謡曲・宴会の曲ばかり、不思議なものである。 その中にあって、この一曲の出来は一体どういう事だったのだろうと、今でもこのLPを聴く度に、考える。 出だしのヴィブラフォンがなにか浮き立つ所があって、おやっと思わせる。 品があって、軽ろやかで、ちょっと淋しげなのに、しかも、楽しさもあって、なにより新しさがある。 終わりの方の口笛が、もう一度メロディーをなぞると、懐かしさが胸にあふれ、曲と離れがたい思いにさせられる、そしてまた、歌を聴かせてくれるという上手い仕掛け。 もう一度針を戻してしまうのである。 口笛は当時の若者の気持ちの代弁のような気もする。 私も好きな女の子の家の前を通るたにび、なぜか口笛を吹いたものだ。 しかし、素晴らしい音の進行である。 我々日本の若者がアメリカの歌を聴いて、意味も分からないのに感動していたと同じ事が、アメリカの少年たちが意味も解らぬ日本語に感じる物があったのだ。なんという感動であろうか。 しかも、宣伝することなくラジオや口コミだけでアメリカの若者の間でヒットしたのである。 凄い曲である。
かつて、嫌々、今でもまだ、この曲がテレビなどで取り上げられると必ず永六輔の作詞の事ばかりが取り上げられ、彼が「涙がおちてしまうから、上を向いてね,,,,」などという話がいやという程聞かされた。 テレビ局の人間は永六輔がよほど好きなのだろう。
しかし、私はあえて言うと、作曲が良かったからこそ、この作品はヒットしたのである。 曲調はちょっとジャズの雰囲気もあり、アメリカンポップスの臭いがプンプンした、実に60年代のティーンエージャーが好みそうな良い曲である。 センスが良いとはこの事で、日本人としては誇らしい一枚である。 日本の歌謡音楽史上における最高の一曲でもあるという事である。
後日、 これを書いた、3日後、作詞をした永六輔が亡くなったというニュースがあった。 ニュースを見たお客様から電話があり、せっかくだからとお買い求めになられた。 私が3日前に書かなければ、こうはならなかった。 これも何かの縁だねえ。
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| 友人のブログから | - 2016/07/07
- レコード盤で再生するとなぜ気持ちの良い音になるか?
という長年の疑問を研究している友人が最近、ちょっと閃く事があったというので、自身のブログに書いた。 そのまま、ちょっと端折って紹介したい。
「普段チェロやピアノを心底趣味として楽しんでいる友人が電話で話した事。 ・すべての楽器は 基音+倍音 の再現で成り立っている ・これは声楽でも同じで ボデーを震わせ、基音+倍音 で成り立っている ・上等な楽器は上等な音楽家のふるまい(コントロール)で基音+倍音.の表現がより発揮される ・注意点は歪やノイズなどの倍音も同時に出る というものであった。
先日私が、ライブで聴いたクリスタルボウル楽器はボウルの内側を軽くこすり倍音成分を 表出させるというものであった。ところが、強くこすると倍音は出ない。 これは、LPレコードの再生環境がこれに類似していないか? レコードには理論上 カッテイングは上限10000Hz〜18000Hzだが 良質な再生装置でプレイした場合。 例えば1万Hzだと上は2万・4万・・下は 500Hz・250Hz・・・と再現しているはずである。 この無限の再現は テープでは無理だしCDやハイレゾなどデジタル機器でも当然不可能であり、レコードには可能なことなのであろう。
シンプルだが凄いことである。」 という話。
ブログの主は・「RENOVhioki」というハンドルネームである。 プレイヤーを作ったり、スピーカーを作ったりしている面白い人である。
私が彼と一緒にいて、彼は本当にオーディオが好きなんだなあ、と思うのは、例えば実験と称して、何度もケーブルを付け替えたり、ハンダ付を何度繰り返しても、嫌そうなそぶりが一度もない。「私がやります」と70歳になるのに、淡々とこなして行く、その姿。 また、こんな古いスピーカー知らないかと言うと、家にあったよと奥の倉庫から出てくるのである、これぞオーディオ道の仙人と思わずにはいられないのである。
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| 最近のニュース | - 2016/07/06
- 最近のニュースを見ていて思ったのだが、ここしばらく韓国の日本バッシングが急激に減った。
アメリカに住んでいる韓国系の住民は、相変わらず日本叩きは盛んなようではある。 肝心の日本にいる反日の方々も、戦争反対というだけで、これも幾分、日本憎しのトーンが落ちている。
これは、おかしい。 急に日本と仲良くしたい等と言うような国民では無い事は、だれでも知っている。 それが、どういう事なのか、と考えて見た。
どうも、それは北朝鮮に関係しているきがする。 北がどうも仕掛けてくるような様子である。 盛んにテストをしているミサイルもそうだが、昨日のニュースによると、北朝鮮側のダム放水で下流の韓国側の市民避難という話には驚いた。
両国はどちらも、真剣な様子である。 韓国も日本が悪いと言っていられない状況になってきたのか? でもサヨク政治家のいう通り、日本は9条を守っていて戦争できないんで、助けることができないんだなあ。 また、アメリカに守って貰えば良いよね。 言っちゃいけないけど、日本は特需かも?
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| 都知事 選挙 | - 2016/07/02
- 都知事の候補者選びに自民党は何を考えたか、ジャニーズ事務所所属の芸人 桜井翔の父親を引っ張り出したいらしい。
本人は流石に、息子の人気にあやかっている事が分かっているので、固辞したという。 しかし、過去の経験上、芸能人の人気にあやかった候補者選びは止めようと、いう動きに来ているのにも関わらず、何とも間抜けな自民党の感覚にがっかり。
しかし、自民党も解っていない。
そんな煮え切らない自民党の意向など気にすることもなく、立候補した小池百合子は、安倍首相周辺に嫌われているらしく、推薦がないかもしれない。 いざとなったら無所属で出馬となろう、そうなると、却って反骨精神が都民に受け、人気があがるかもしれない、それで党の面子は丸ツブレ。 それも面白いね。 どこかのTV曲が街頭インタビューをしたところ、「票は、桜井翔君に入れます」とオバサン達が言っていた。あはっ!
今度は、元岩手県知事を押したいらしい。 でもなあ、東京都民が岩手県の使い古しを喜ぶかな? ちょっと都民を舐めてないか? 反対ならいざ知らず。 自民党ももう終わってるね。
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| 都知事の経費 | - 2016/07/01
- TVで、舛添都知事の経費問題は今でもくすぶっている。
例えば、都知事が飛行機のファーストクラスに乗っていくのは如何なものかとか。 私は、自分達の選んだリーダーがファーストクラスに載せないような市民の感覚の方が、貧乏臭くて可笑しい。 金は上げたのだから、使ったっていいんだよ。
それより気になるのは、そういう事を言っているTV朝日の報道のクルーが全員ビジネスクラスに乗ってスッチーを顎で使っていた方が、私は不愉快だった。 結構前の話だけど。 態度はデカいし、チーフらしい女は腕組みしてふんぞり返り、部下の男が跪いてヘイコラして、それがスッチーを偉そうに呼びつけて、見ているのも虫唾が走るとはこの事。 隣の乗客も呆れて嫌だねえ、と話し合った。 コイツラとは二度と一緒に乗るもんかと思った。
そういうのが、知事が税金でファーストクラスに乗るのは如何なものかと、言う気がしれない。 なに、ウチラは会社の金? 違うだろ、我々のCMを見させられた時間だろ! だったら、オレの時間を返せ!
そうそう、ついでに言えば、かつて旅行会社在籍時に、国連大学という、戦勝国の組合であるところの国連だ、その国連大学の教授などという方々の国際航空券を切っていた事がある。 その方々のほとんどは、ファーストクラスだった。 あのお金って、ほとんど日本が、先方様の言うがままに払っていたらしいね。こっちの方が気分が悪かった。 なんだかなあ、という感じだった。 今は昔の話だけど。
リ−ダーに選んだ人の恥を掻かせるようなケチくさい事はするものではない。 だけど、世間の事を見ていると、こういう事を言う人間って、税金払わないヤツほど、そういう発言をするんだよなあ。
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| ヤマダ電機 | - 2016/06/30
- ここの近くのヤマダ電機、建物の上の方にスクリーンがあって、連日音楽ビデオを流している。
思ったのだが、ここは韓国の バンドやら歌手の時には 一段と音量が上がる。 普段の倍以上の大きさで、非常に大きく、携帯電話の音など当然聞こえない。
わざとらしいというか、なんかヘン。 これっておかしくない?
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| GERRY MULLIGAN “NIGHT LIGHTS” | - 2016/06/29
- GERRY MULLIGAN “NIGHT LIGHTS” PHILIPS 852 037BY stereo (HOLAND)
これは、神保町のジャズクラブ、アディロンダックの閉店音楽である。 夜11時になると、爽やかなお休みモードのこの曲が流れて来ると、常連客はそそくさと帰り支度を始める、という流れ。 マスターの話によると、時には、良い曲だなあ、と座り込んでしまって帰るのを止めてしまう客もいるらしいが。 誠に、その帰りの名残惜しい一時の間の、客の気持ちが良く出ていて好ましい曲である。 みな、この曲に送られて店をでるのだ。
そのアディロンダックも開店時間が1時になり、4時になり、禁煙宣言をし煙草の無いジャズのバーなどがあろう事か、、一体このままでは消滅してしまうのかと、客たちが気を揉んでいる。 いつまでも、夜11時になったらこの曲が聴きたいものだ。
さて、前置きが長くなってしまったが、本日の入荷はこのアルバム一枚。 今回はオランダ盤のステレオである。 オランダ盤は音が綺麗なので、こういう音楽の音質は問題がない。 あとは聴く人の好みである。
しかし、このアルバムがこれほどの人気盤、かつ名盤と呼ばれるようになったのは驚く。 昔はマリガンの名盤と言えば、チェット・ベイカ−と共演したPACIFIC JAZZレーベルとか、フランスのスイング盤の「3e Salon du jazz,Paris 1954」とか、RIVERSIDE「Mulligan meets monk」や、VERVEでの共演物だった。 その後は、ピアソラとの共演作品が話題になった。 それが2000年からは、すっかりこれがナンバーワンに君臨してしまった。 なんでかなあ、と思わない訳では無いが、これも時代なのであろう。
そう思って聴くと、サウンドの柔らかさ、センス、品、どれも第一級である。 タイトル曲のマリガンのピアノもまた結構。 夜の静寂(しじま)と、都会の空がかすかに紫色に染まった色合いが見えそうな、サウンドはまさに音響技師の勝利であろう。
今の時代、きちんとした西洋音階で育った人たちには、これがすーっと耳に入ってくるのだ。 やむを得ない所である。 時代が変わったのだと思う。
というところで、この60年代前半の音楽を聴くと、メンバーはJIM HALL,ART FARMER,BOB BROOKMEYER,などいつものメンバーなのであるが、特別に耳に心地よいのが不思議。 選曲も素晴らしい。 タイトル曲はもちろん、B面の冒頭はショパンの曲で、ライナーにはこう書かれている。 「Prelude in E Minor, from poland, in Brazilian dress」. いや、お洒落な表現。 オジサン、負けたよ。
今夜は、行こうかなアディロンダック。
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| クリーニング屋のオバサン | - 2016/06/28
- 2・3・日前、クリーニング屋に急ぎの用事があったので行ったら休んでいた。
それで今日 オバサンに訊くと。 広島に行って来たと。 「オバマさんが来て、ツルを折ったでしょ。あれを見たかったから」。 と笑っている。
アメリカ大統領が広島に来たことが余程嬉しかったのだろう。 仕事を休んでまで、わざわざ見に行ったんだ。
良いねえ、こういうの。
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