HAL'S DIARY
オーナーのひとりごと。買付けの裏日記など。
きまぐれに更新しています。

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LENNIE NIEHAUS “ZOUNDS”
2017/06/03

LENNIE NIEHAUS “ZOUNDS” CONTEMPORARY C3540 (USA)

ZOUNDSとは面白いタイトルである。
辞書を見るとちくしょう!という要は意味合いらしいが、サウンドと引っ掛けた所が洒落ている。
ドキッとする上手さである。
ところでDJの須永辰緒さんの使う名前もZOUNDSである。
流石にやるものである。

アメリカのコンテンポラリー・レーベルは西海岸ロサンゼルスに本拠地を置く。故にどうしたって白人のジャズとしてのレーベルであり、これが、何ともアメリカの国のイメージによく合う。
BLUE NOTE やPRESTIGEの方がアメリカだと言われるのは承知だが、あれはニューヨークの黒人ジャズとうイメージである。
白人ではちょっと違う。
しかし単純だがこのアルバムは特にアメリカ国家の象徴的なアルバムであるような気がするのだ。

ジャケットをみれば、水着の美女がふたり貝殻を耳に当て、その貝殻の響きを聴いている、ロマチックな様子。
きっと舞台は海岸である。
とすればヴェニスビーチとかサンタモニカか、とにかくビーチに集いし美女ふたり、明るい空が広がりそこに似合う明るいジャズが流れてきたら、それこそ眩しいアメリカの若者の文化そのもの。
いいなあ。
と言う訳で、私の青春は「貧しい若者が、眩しいアメリカ」に憧れた、という象徴的なジャケットである。

結構好きな一枚である。
しかし、別に決め手となる一曲はない。
音は大事なのだ!
全体が眩しさを表現して見せてくれる珍しいアルバムなのである。
録音も大変優秀で、サウンドは明るく、素敵で、納得して好きになれるアルバムで、ついでにジャケを眺めて、このお姉さんの顔の次に胸に目が行ってしまうのであった。

管球王国
2017/06/02

管球王国の取材でステレオ・サウンド社に行く。
評論家の和田博氏と対談形式に進める。
和田さんはミュージシャンとして、技術者として、オーディオのユーザーとしてどれを取っても一流で、経験豊富・知識も豊富なので、話も面白く興味が尽きない。
しっかりとした意見で、しかも細かい所もこだわりも持っていて、感心してしまった。
私は先生が書かれた本を読んでいたので、話が余計に面白かった。

それで、BILL EVANS "WALTZ FOR DEBBY"RIVERSIDEを掛けた。
ハイエンド・オーディオは凄い解像力で、一曲目から地下を走る電車のゴーという音がこれでもかと聴こえてくる。
我が家の装置ではここまで聴こえない。
ハイエンドの装置の帯域の広さ・解析の能力の高さ・音の綺麗さにも驚く。
聴いていると欲しくなる。

ところで、このハイエンドというものは、それで優秀なのだが、ふと気が付いた。
レコードの溝に刻まれた情報は何一つ漏らすまいと、あらゆる小さな音も広い、それをしっかりと聴かせてくれる。
それはすごいのだが、そうすると全部の音が、目の前に並べられてしまう。
それって良いのかなあ、と考えてしまった。

実は古い、或いは普通の装置では、たとえばボーカルのアルバムであれば歌い手の音は大きくフィーチャーされ、感度の鈍さに応じて伴奏はやや控えめに納まる。
そうすると我々はボーカルを聴いていれば良い事になる。
テナーカルテットはテナーのソロの所ではテナーに集中できる、或いはサビの部分に集中できるという、ある意味安定したリスニングが出来る。
鈍いと言うか、塩梅といい変えても良い。
ところが、この優秀な装置は、そのどれも聴こえてしまうので、一体私は何を聴いていたのか、はっきりしなくなる場合もある。
そんなに聴こえなくても良かったのにと思わない箇所、曲もある。
私がよく言っている事だが、イタリア人のジャズメンは歌手のバックでは引く所・歌手を立てるところが素晴らしい、と。だがハイエンドは中心の人を立てる所がなく、日本のジャメメンのように全員がガンガンとやっている。
行き過ぎでもある。
それはそれで、録音の技術者には大切なことであろう。
また、その通りに聴きたい時もある。
しかし全部が全部そういうわけでもなく、ケースバイケースというところか。

こう考えると、アマチュア・ユーザーにとってはハイエンドも完璧でない。
まあ、人それぞれである。


完璧なオーディオであっても、生活の中の音楽には、完璧ではない!

藤田まこと
2017/06/01

最近、テレビ埼玉でやっている「必殺仕事人」を見てから、出勤する事が多い。
店に来てから、コーヒーを入れてほっと一息ついているとなぜか手がマウスを動かしてyoutubeの「剣客商売」を見てしまう。

私は、藤田まことが出ているのが好きだ。それに「三冬(みふゆ)」を演じる寺島しのぶが、はまり役というかピッタリで楽しい。良い感じである。
こんなによい時代劇の女優だったかと今更感心して好きになってしまう。うん、良い感じだなあ。
池波正太郎の原作は筋もなかなか面白いし、食べ物談義もあって良い。

しかし、藤田まことが出ている時代劇は何となく安心する。
思えば今から50年も昔、テレビの「当たり前田のクラッカー」のCMフレーズが学校で流行した「てなもんや三度笠」の「あにい」から始まり、必殺仕事人のウダツの上がらぬ婿殿!「中村主水」、はぐれ刑事「安浦吉之助」、剣客商売「秋山小兵衛」と良い役ばかりだ。
しかし、これらはどれも本人の努力により社会の中に定着した人物ばかりだ。
なぜなら藤田は役者として一流とは思われていなかったから。
だが、彼のドラマなどを見終わって考えると、すごい俳優だったなあと感心する。言葉も上方から東京弁から時代劇の言葉まできっちりと話す。
大阪出身の芸人のほとんどが大阪弁が抜けないものだが、りっぱであった。

私は、昭和のテレビは、この人なくては成らなかった、とつくづく思う。
なにしろ彼の顔はまさに役者顔。
彼の若い頃から、私も子供心にこんなに役者にぴったりの顔があるものかと思っていた。
しかし二枚目と三枚目の間を揺れ動きつつ、そつなくこなして行く姿は、正にジャズのグルーブ感(Groove)と近いものがある。
私も今頃になって、こんな事を書いても仕方がないなあ。遅いな。

しかし、役者は死んでも、あにい、中村主水、ヤッさん、秋山小兵衛は、今尚、我々の心にいる。

それに比べオイラは死んだら社会のゴミだもの。いや、生きている内からだったか。残念。

今朝の新宿
2017/05/31

ここ2・3日は、昼間はちょっと暑いが朝夕は涼しく、とても気分の良い天気である。
今朝も歩いてみれば、いつも場所にいつもの猫。
やあ、と挨拶をしていたら、なんとそこにやって来た中年の女性、どうも、などと頭を下げたとおもったら、藪の中にガサガサと分け入った。
服の汚れるのも構わないその勢い。
見れば、猫たちに餌を上げている人だった。

一通り猫の世話をした後、「いつも来られるんですか?」と改めて挨拶されたので、聴いてみると、まず一番の収穫はこの猫の名前が分かったこと。

「サキちゃん」というらしい。
それと触らせないので性別ははっきりと断言できないが、「一度子供を妊娠したとかいう噂が立ったので、多分女の子ですね」ということであった。
「妊娠の噂が立った」と言うのが、どういう風でどういう規模の噂なのか、聴きそびれたが、まあ噂になってしまって大変だったのかもしれない。

ということで、収穫があった。
ね、サキちゃん。
ウン。


やきにく「六歌仙」
2017/05/30

新宿の近所の店シリーズになってしまった。

「六歌仙」は 当店から新宿駅西口に向かい1分、大ガードの信号を渡ったビルの6階で、新宿ナンバーワンの焼肉屋という評判がある。
たしかに肉は美味しく、油が多くてもしつこさを感じさせない、質の良いもので、更にちょっとお金を払えば松坂牛食べ放題2万円などというメニューもある。
私などが一番安いカルビとロースにビビンバなどを勿体なさそうに食べている横で、横柄な中国人たちがお代わり、お代わりと高級松坂牛をバンバン食べているのを見ると、日本は中国に負けたと認めざるを得ない瞬間でもある。
元々、ここは日本人の客で流行っていたのだが、リーマンショックの時に客が激減した。
ところがここの店はツキがあるのか、ちょうどその時、日本の美味しい焼肉屋として、アジアの旅行情報誌に掲載されたり、ネットに書込みがあったりで、突如中国からの観光客が舞い込んだ。
それが数年続き、そろそろ中国人が減ったと思った所、今度はタイの観光客が押し寄せるところとなり、そこに台湾の客が上乗せされ、その団体客の騒ぎが収まったあとは、その頃のリピーターが出来ていたという、まことに商売人には羨ましい話である。
しかし、一番の功労者は、一見ちょっと荒っぽいようで実は笑顔と、さりげない中にきめ細かな接客と、集客の販売戦略を練っている社長の能力である事は間違いない。本当に凄い社長だ。
私の情報収集力も凄いでしょ。

ご存知、焼肉は韓国料理ではない、韓国には骨付きカルビという焼き方があるがちょっと違う。
焼肉は日本生まれの日本育ち、ただ料理をやっている人達がちょっと向こう岸の人達という事であり漬物などもあちらの物に準拠している。
キムチなどは真っ赤な南のほうの物より、北のさっぱりした白菜漬の方が上品で美味しい。モトエ。
どうでもいい話、美味しい焼肉は日本で食べた方がはるかに上である。わざわざ韓国に行く必要はない。と言いたいだけなんだけど。

私もお金が出来た時にはこの店に行きたいが、残念なことにというか、ホッとするというか、最近はここに入れないのでお金を使わなくて有り難い。
なにしろ、エレベーターの前には、いつもアジア系はじめ外人さん達が順番待ちで溢れている。
これほど一軒の店がインタ−ナショナルになるとは思わなかった。

ところで、この店の従業員の更衣室が当ビルにあるため、時々エレベーターの中で社員と一緒になる。きけば皆 社長のことを尊敬し、慕っていて気持ちが出ていて良い感じである。
社長をひとつも尊敬をしていない、当店の仕入部長にも見習ってほしいものである。

てんぷら「天兼」
2017/05/28

新宿の近くの店。

てんぷら「天兼」は新宿西口・小田急ハルクの駅から西に向かって奥になるが、一等地でしかも一階である。
この大きなビルの中にあって、なぜか一階に喫茶店ピースから始まり、どら焼き時屋、茶道具屋など数軒、昔ながらの風情を残すショップが続く。
そのなぜか、という事を説明すると元々ここは映画館やら小さな店が軒を連ねていたのだが、小田急がデパートを作る計画が持ち上がり、土地の買収が始まった。しかし、数軒は今後もこの地で商売を継続したいという気持ちを譲らなかったため、それならばと小田急側が譲歩し一階の場所のまま残る営業権を得たのである。
天兼の店もその名残である。
その辺りのいきさつはと戦後のどさくさと土地の取った取られたの話は、以前に何度か書いているので省く。
いずれにせよ良い場所を手に入れた物である。

ここの店主は太った立派な体格で、この健康的な人が揚げてくれるならさぞや美味しかろうと期待させてしまうものがある。
正にその通り、このてんぷら屋は新宿で一番という地元の評判である。
たしかに、江戸前のてんぷらで胸やけせず、モタれず、胡麻油の香り良さ、ネタの良さ、さっぱりと最後まで気持ち良く食べられる店はそうそうない。
特にアナゴのさっぱり・パリッとしたものを食べられる店は少ない。
かなりの有名店もこうはいかない。
私などのように、ジジイになれば良く分かる。

彼はバイクやクルマが趣味なので、その辺りは私も他の客がいない時は趣味の話が出来るので、楽しみである。
大きな身体で乗るバイクとは相当大きくないとバランスが悪かろうと思っていたら、やっぱり大きなものらしいので安心した。
ところで最近、私と同い年で明るい性格の女将が引退してしまった、ちょっと淋しいが止むを得ない。
どこでも、若い人の時代になるのだ。

昨今の油や魚の値上げですこし価格も上がったが、時々は食べに行きたい店である。
私は昼しかいけないけれど、お金のある方はぜひ夜の部に行かれたい、高級感もいっそうもり上がるというもの。

RENATA MAURO “RENATA MAURO”
2017/05/27

RENATA MAURO “RENATA MAURO” DIRE RPM 33 FO 337 (Italy)

レナータ・マウロの名唱盤。
それもイタリアの超マイナーでフリー系のレーベルのDIREから発売されたもので、やっかいな事に日本に広まったのがセカンド・ジャケットなので、かつて私なども大いに迷ったものである。
オリジナルはこのジャケットの数字の「5」と書かれた、ハードカバーのダブル・ジャケットである。
ジャケを開くと、なんという事でしょう、彼女の美しい顔の大写し。
右手にグラスとタバコを持った写真のなんという洗練さ。
ガチガチのハードカバーで、大迫力のなんとも頼もしい。

タイトルは通常、名前のRENATA MAUROか、セカンドバージョンのBALLADにする。
しかし、オリジナルにはイタリア語の長いタイトルが書かれていて、どうもこれが本当らしい、しかし、長すぎてしかも意味が分からないし書けないので、まあ、なんでもいいのかな?
(ジャケット写真の下の方に書かれているもの)

彼女は、ジャズ・ボーカリスではなく、イタリアン・ポップスの大物で60年代、かのサンレモ音楽祭やテレビなどでも活躍した人である。
それが、活動を証明するLPの代表はこれ一枚、それもジャズだけという、なんとも不思議な巡り合わせである。

歌伴は幾多のイタリアン・ジャズのLPで名前を見た大物ピアニストのレナート・セラーニ。
表現力はピカイチ。
それにほんの時々、ストリングスが入るという仕組み。
ムードを盛り上げる事に関してはイタリア人でもあり、完璧である。

さて、その歌。
英語で歌ったその声はやや低く、アルトなんだけど、それがなんとも言えないジャズの雰囲気とお姉さま的な大物感を醸し出す。
歌はバラード調でそれが妙な迫力がある。
ジャケットの内側の大きな写真を見ながら聴くと堪らない。
人気盤である事が理解できる大傑作である。

こういうのはジャケットを見ていると、内容など聴かなくても欲しくなってしまう。

JOE HAIDER “CAFE DES PYRENNEES”
2017/05/26

JOE HAIDER “CAFE DES PYRENNEES” KICK H/A 1012 (GERMANY)

ジョー・ハイダーのピアノ・トリオ作品。
この作品はピアノトリオ・ブームの時には非常に人気が高かった。やがてトリオ・ブームが去り、幾多の作品の評価が下がってしまった中にあって、なぜか不動の人気の作品なのである。
かといって、作品は普通のアコースティックのピアノ・トリオでも無い。
エレピは出て来るわ、今時、好かれない構成でもある。

それなのに何で人気が高いのか、一曲目からシカと聴こうではないか。
冒頭はアコースティックのピアノで、それがノリ良し、サウンド良し、メロディ良し。
しかもこのノリはマッコイ・タイナーの影響も感じられる、いや、マッコイ以上にマッコイらしいナイス・サウンド。
見事な作品である。

この方、こんなに立派な音楽家なのかとちょっと資料を調べると。
1971年に同様なトリオ作「カゼンヴィラ」を発売以来、年々調子を上げ、学校も作るなど、ヨ−ロッパ各地で足跡を残し、90年代にはJHM(Joe Heider Music)を立ち上げ、八面六臂の活躍。
大した芸術家であったのだ。

特にトリオ作は71年のカゼンビラ(KATZENVILLA)はドラムに欧州フリーを代表するピエール・ファーブルも参加して、やや堅い演奏で評論家の評価は高い。
しかし、一般的な人気はノリの良さ、バラエティに富んだ演奏、心地よさで考えると、こちらピレネーになるのは致し方の無い所である。

それにタイトル名の「ピレネー山カフェ」とは、中々のお洒落。
ジャケットの絵柄も、山の上に道が伸びると頂上付近に建物があり、その周りに雲があるという肌理細かい線画。
遠くに三日月が微かに浮かぶ。
手前はコーヒーカップが大きく描かれ、立ち上った湯気もまたふわっと大きく広がるという見事な作り。
そしてその場所とはカフェ・ピレネーで、誘うのは私ジョー・ハイダーであると。
いやはや、これは製作者の勝ちだわい。

内容・ジャケット芸術と珍しく揃った良いアルバムである。

かつての同僚が
2017/05/25

一昨日は変な一日だった。
それは、昼に尋ねてくれた80歳の友人と昼食に行っていたら、店から電話が掛かってきて、かつての会社の同僚で、現在ニューヨーク在住の人が来てますよ、と。
慌ててコーヒーを飲みかけに友人と別れ、店に戻ると10年ぶりに見る顔。
突然だが東京に来たので寄ってくれたのだという。
せっかくだからと小田急百貨店でコーヒーでもしようと出かけた。
話が盛り上がってところで、店からまた電話が掛かって来て、かつて会社の同僚だったという女性が来てますよ。と。
それなら同じOB同志、コーヒー屋に来てと言づけを頼んで待つとほどなく彼女がやって来た。
ニューヨークの彼は、昔海外旅行センターで航空券の発券業務で一緒だった。また彼女は海外旅行のホテルやバスなど飛行機以外の手配をするセクションで一緒だった。
二人は在職時期がややズレていたので、顔は知らなかったものの同じセンターだったのですぐに話が弾んだ。

しかし両方共10年ぶりの再会なのに、なにゆえ同じ日に集まるとは、縁とは不思議なものである。
またの再開を約束して別れた。

しかし思えば、私は後輩たちに何一つ会社の中で引っ張り上げてやる事もしなかった。
自分自身もいつも投げやりで、先輩の受けも良くなかった。
勿論、そんな事では後輩の面倒も見られる筈もない。
にも関わらず、私のような出来の悪い先輩と共に働き、夕方は食事にもよく付き合ってくれていた。
そう思い出すと逆に、彼等はどういう目で馬鹿な先輩と付き合ってくれていたのだろうかと今更ながら心配してしまう。
それなのに、近くに来たからと寄ってくれる事の有り難さ。
二人と別れた後、申し訳ない気持ちでいっぱいになった。

しかし、
開き直れば、先輩は必ずしも優秀でなくてもいいんだ。

うなぎ屋 「双葉」
2017/05/24

近所の店。

うなぎ屋 「双葉」
時々「力を付けにゃ」と思う時に行く、かといって別に力が付くわけでは無い。
ただ、昔から言われている事はうなぎを食べると目が良くなる、という話を信じている。
昔のお祖母ちゃんで、人の目を見ただけで「あんたうなぎを食べたでしょ」と分かるという事を自慢していた人がいた。うなぎを食べると目が輝くので、漢方薬の「ヤツメウナギ」というクスリもこういう事なのだそうだ。

さて、そのうなぎ屋の「双葉」。
小田急百貨店の12階と西口地下道の京王モールの中にもある。
小田急百貨店の方は数年前までは、入口が裏と表の両方あったが、混んで来ると、オバサンが勝手に一つに決めるようで、反対か入ろうものなら「そっちは出口でしょ!」と大声で怒鳴られる。
一度、嫌われたら最後、オーダーも通っていない事もあるほどで、私などそれでも時々は行くものの、徐々に京王モールの方に行くようになった。
その内に、店内改装があって店員もほとんど入れ替わり、温厚な人ばかりになった。
良かった良かった。

「双葉」に入りたい理由は食事の他に一つあって、「島岡達三」の大鉢がいくつも並べられていたからである。
それは見事な作品ばかりで、食事を待つ間、ちょっと立ち上がって眺める人も多くいた。
それが東北大震災では奇跡的に破壊が免れたものの、以来危ないという事で、残念ながら仕舞われてしまった。
まあ、仕方のない事である。

前置きが長かった、それで、うなぎ。
ここのうなぎは柔らかい、油ののりもほどほどで、生臭みもほとんどない、小骨は全く気にならない。
タレも掛け過ぎず、ご飯がグチャグチャになる事もない。実に大切な事である。
簡単な事だと思うかもしれないが、それだけの事が出来ていない店が沢山あるのだ。
また、例えに出すものではないが、飯倉の巨匠の店のうなぎのは実にさっぱりしていて、飽食の時には良いのだが、身体が欲している時は、物足りなさが心に残る。
店も色々、使い分ければ良い。

この前、夜遅く友人と小田急の店に行ったところ、帰りに「またいらして下さい」と言われたので、また行きたい。
10日ほど前に、京王モールの店に行ったら。美人のお姉さんが「お髭が良く似合いますね」と言ってくれたから、また行かなくちゃ。

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